学位論文要旨



No 128964
著者(漢字) 但木,謙一
著者(英字)
著者(カナ) タダキ,ケンイチ
標題(和) 銀河形成の最盛期における大質量銀河の星生成活動
標題(洋) Star forming activities of massive galaxies at the peak epoch of galaxy formation
報告番号 128964
報告番号 甲28964
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5941号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 嶋作,一大
 東京大学 准教授 本原,顕太郎
 東京大学 准教授 大内,正己
 東北大学 教授 千葉,柾司
 国立天文台 准教授 柏川,伸成
内容要旨 要旨を表示する

現在の宇宙には様々な形態の銀河が無数に存在している。銀河の形態はその物理的性質と密接に関係しており、円盤銀河では現在でも活発に星形成を行っているのに対して、楕円銀河ではすでに星形成を終えており、古い星種族から銀河が構成されていることが知られている。一方で赤方偏移2 を超えるような遠方宇宙では、近傍宇宙に見られるような秩序だった形態の銀河はほとんど見られず、不規則でクランプ構造を持った銀河が多く存在している。これらの銀河がどのようにして現在の宇宙に見られるような銀河に進化してきたのかという謎は銀河天文学における最大の問題の1つである。この問題を解決するためには銀河の形成や進化が最も激しく進行している赤方偏移2-3 の時代にある銀河を直接観測し、その形態や物理的性質との関係を調べることが重要となってくる。本学位論文ではすばる望遠鏡に搭載された近赤外撮像装置MOIRCS を用いて赤方偏移2.2 と2.5 にある星形成銀河の探査を行い、ハッブル宇宙望遠鏡によって取得された画像を用いて、それらの銀河の物理的性質や形態を徹底的に調査した。

まず第一に本研究の独創的な点は星形成銀河の選択手法にある。先行研究の多くは測光赤方偏移または分光赤方偏移に基づいて星形成銀河を選択しており、前者は推定される赤方偏移や測定した星形成率に不定性があり、後者は銀河の選択バイアスの影響を強く受けるといった問題があった。狭帯域フィルターを用いたHα 輝線銀河探査はこれらの問題を解決し、赤方偏移2 を超える星形成銀河であってもほぼ無バイアスにサンプルすることが可能である。我々はハッブル宇宙望遠鏡によって取得された高解像度の可視・近赤外の撮像データが利用できるCANDELS-SXDF フィールドにおいて、MOIRCS に搭載した専用狭帯域フィルターNB209 とNB2315 を用いた撮像観測を行い、赤方偏移2 を超える104 個のHα 輝線銀河を同定した。

通常の星形成銀河は大質量星の寄与により青い色を示すのに対して、我々が同定した星形成銀河のいくつかは赤い色を示していた。これらの赤いHα 輝線銀河においては、Hα輝線光度から見積もった星形成率が静止系紫外域の連続光から見積もった星形成率に比べて2倍以上大きいことがわかった。Hα 輝線は紫外域に比べてダストによる減光を受けにくいことから、これらの赤いHα輝線銀河はダストに埋もれたスターバースト銀河であると考えられる。さらに赤いHα 輝線銀河の多くがMIPS 24μm の中間赤外線で検出されていることもこの結果を強く支持している。

同定したHα 輝線銀河のうち13 天体については、MOIRCS を用いて近赤外分光観測を行った。そのうち12 天体から実際にHα 輝線を検出し、8 天体から[N (II)] 輝線を検出した。[N (II)] とHα の輝線比から、3 個のHα 輝線銀河はAGN による影響を強く受けていることが明らかになった。これらは全て、星質量が10(11M)⊙ より大きく赤い銀河であるのに対して、それより小質量のHα 輝線銀河にはいずれもAGN による影響が見られなかったことから、大質量銀河の形成過程の晩年期にAGN の活動が高まり、最終的に銀河内のガスを吹き飛ばし星形成を止める、いわゆる「AGNフィードバック」が起きている可能性を示唆する。

AGN の影響が無視できるほど小さい場合、[N (II)]/Hα 輝線比は銀河内星間ガスの金属量の指標となる。我々はこの指標を用いて、Hα 輝線銀河の金属量の星質量依存関係を調べた。我々のサンプルの金属量は先行研究で示されているように同じ質量の近傍の星形成銀河に比べて小さいが、その分散は大きく、同じ星質量の銀河でもダストによる減光度が大きい銀河では金属量も大きくなっていることがわかった(図1参照)。過去に同じ星質量を作り出しているのにも関わらず、異なる化学進化を経ていることから、銀河内に残存する分子ガスの質量に違いがあると考えられる。この仮定を観測によって確かめるためには、ALMA によるCO 分子輝線の観測が重要である。

無バイアスな星形成銀河探査は個々の銀河の性質を調べるだけでなく、この時代の星形成銀河の統計的な性質を調べることにも有効的である。赤方偏移2.2 の我々のサンプルから得られたHα光度関数は暗い側で急な勾配を示しており、先行研究によって報告されている値と概ね一致した。一方で赤方偏移2.5 のサンプルから得られたHα 光度関数は水平な勾配を示し、全く異なっていることがわかった。赤方偏移2.2 と2.5 では宇宙年齢の差が4 億年しかないことから、時間進化というよりは環境の違いが見えている可能性が高い。実際に赤方偏移2.5 のHα 輝線銀河は群れており、このような高密度環境では銀河同士の合体が頻繁に起こることが期待されるため、結果として光度関数の明るい側の寄与が大きくなっていると考えられる。今後原始銀河団のような超高密度環境との比較をすることで、光度関数の環境依存性をより詳しく調べることができるだろう。

星質量が10(10)M⊙ 以上のHα 輝線銀河サンプルのうち、およそ38%はクランピーな構造を持った銀河であった。クランプの典型的なサイズと星質量はそれぞれ1.1 kpc と10(9.3)M⊙ であり、回転円盤ガスにおけるToomre 半径、Toomre 質量と概ね一致しており、これらのクランプは銀河円盤中での重力不安定性によって形成されたものだと考えられる。

宇宙論的シミュレーションでは銀河円盤で形成されたクランプは動的摩擦によって角運動量を失い、やがて銀河中心へ落ちていくと予想されている。また一方で星形成による強いアウトフローを考慮したシミュレーションでは、中心に落ちる前にクランプは壊れてしまうという結果も得られている。このクランプ移動は銀河のバルジ形成に大きく寄与することから、クランプの形成後の進化は大きな関心を集めている。クランピーな構造をしたHα 輝線銀河のうち、MIPS 24μmで赤外放射が検出された7 天体について、クランプの色と銀河中心からの距離の関係を調べた結果、同じ銀河内であってもクランプの色は大きく異なっており、銀河の中心に近いクランプは外側のクランプに比べて赤いことがわかった(図2参照)。クランプの色の起源としては年齢とダストによる減光の2つが考えられるが、これらは縮退しており、例え多波長のデータがあったとしても解くことは難しい。しかし我々のサンプルの場合、銀河内のどこかからは赤外放射が確実に放射されており、最も可能性が高い放射源は銀河核の赤いクランプである。円盤で形成されたクランプが、力学的摩擦や相互作用によるエネルギー散逸によって、ガスを消費尽くす前に銀河中心に辿り着き、クランプ間の衝突によって銀河中心での激しい星形成が誘発されたと考えられる。

最後に我々の同定したHα 輝線銀河の今後の進化について考察した。Hα 輝線銀河のうち44%は近傍の晩期型銀河の星質量ーサイズ関係と概ね一致していた。これらの銀河はこの関係に沿ってより大質量の星形成銀河へと進化していくことが期待される。注目すべきは近傍の星質量ーサイズ関係に比べて極めて小さいHα 輝線銀河である。コンパクトなHα 輝線銀河は全体の25%を占めるが、その星質量表面密度が近傍の早期型銀河よりも高いことは大変興味深い。近年、赤方偏移2 の時代に同じ星質量の近傍の楕円銀河に比べて極めて小さい受動的銀河が発見されているが、我々のコンパクトなHα 輝線銀河はその祖先に当たる銀河なのかもしれない。

以上のように、本学位論文では、銀河が最も盛んに形成されている時代を代表する星形成銀河の優良な独自サンプルを、すばる望遠鏡によるHα 輝線銀河探査によって構築し、ハッブル宇宙望遠鏡による高解像度画像やスピッツァー望遠鏡のダスト放射画像を併用して、星形成銀河の統計的な性質と、個々の銀河の形態や内部構造を詳細に調査したものである。そして、大質量銀河の形成と初期の進化を支配している物理過程を直接観測によって実証的に探り、さらにこれら形成途上の活動的な銀河から、同時代から少し後の時代に観測されている、より進化が進んだ大質量でコンパクトで静かな銀河へと至る、進化の道筋を描き出すことに成功した。

図1: 星間ガスの金属量(縦軸)とダストによる減光度(横軸)の関係。赤丸と青丸は赤方偏移2.2にあるHα 輝線銀河を示している。緑丸は星質量が10(10) < Mstar < 10(11) の範囲にあるものを示しており、同じ質量であってもダストによる減光度が大きい銀河で金属量が大きくなる傾向がある。

図2: クランピーな構造を持ち、かつMIPS 24μm で検出された7個のHα 輝線銀河のハッブル宇宙望遠鏡による3色画像。黄丸と黄十字はそれぞれクランプの位置と銀河の質量重心を示している。銀河中心に近いクランプの方が赤くなっている。

審査要旨 要旨を表示する

銀河の星形成活動は赤方偏移z〜2で最も盛んだったことが知られている。現在の銀河を構成する星の多くはこの頃に作られたものである。銀河形態のハッブル系列が生まれたのもこの頃だとされる。銀河の進化の過程を明らかにする上で、z〜2は一つの鍵となる時代なのである。本論文は、すばる望遠鏡を用いてz〜2のある星形成率以上の銀河を全て含むサンプルを作り、ハッブル宇宙望遠鏡による高空間分解能の画像等を組み合わせて、それらの銀河の大局的性質と内部構造を調べたものである。

本論文は8章と付録からなる。第一章では研究の背景と目的が述べられている。まず、銀河の歴史の中でのz〜2の時代の位置づけが述べられ、続いて、これまでに判明している当時の銀河の性質がまとめられている。周囲からのガス降着の仕方によって銀河の性質が変わるとする理論的研究も紹介されている。最後に、偏りのないサンプルを用いて星形成銀河の大局的性質と内部構造を明らかにするという本研究の目的とその意義が述べられている。

第二章では本研究で用いる銀河サンプルが説明されている。本研究の特長は、強度が星形成率に比例する水素原子のHα輝線に着目して、ある星形成率以上の銀河をすべて含むサンプルを作成したことである。過去の研究で用いられたサンプルの多くは、測光的赤方偏移という精度の低い赤方偏移に基づいているか、もしくは、選択の偏りの大きな分光観測に基づいている。本研究では、すばる望遠鏡の近赤外撮像分光装置MOIRCSにz=2.2とz=2.5のHα線の波長に合わせた狭帯域フィルターを取り付けて、Subaru/XMM-Newton Deep Survey領域を撮像し、z=2.2で67個、z=2.5で37個の銀河を検出している。そのうち13個についてはMOIRCSで分光し、サンプルの信頼性の確認とAGNの除去を行い、9個については重元素量を測定している。

第三章では銀河の大局的な性質が調べられている。まず、サンプルの中に赤い色をした天体が存在することを指摘し、それらが中間赤外で明るいことから、ダスト吸収を受けた星形成銀河であると結論づけている。ダスト吸収の大きさの指標として、Hα線強度と遠紫外線強度の比(ダスティネス)を提案している。続いて、星形成率が質量の0.7乗に比例すること、重い銀河ほどダスティネスが大きいこと、および、重い銀河ほどAGNを持つ傾向があることを見いだしている。最後に、重元素量について調べ、ダスト吸収の大きい銀河ほど重元素量が多い傾向があることなどを指摘している。

第四章では、ハッブル宇宙望遠鏡の可視と近赤外の画像を用いて銀河の内部構造が調べられている。まず、光度分布の指標であるセルシック指数、および、光度分布の偏りや不規則さを定量化した2つの指数を測定し、それらと他の物理量との相関を調べている。続いて、各銀河についてクランプ(塊状の構造)の有無を調べ、星質量が1010太陽質量以上の銀河の約4割がクランプを持つこと、および、クランプの大きさと質量が銀河円盤の重力不安定の理論から予想される値と合っていることを示している。

第五章ではHα光度関数と星質量関数が求められている。z=2.2に比べてz=2.5では暗い銀河が相対的に少ない可能性を指摘し、その原因として星形成活動の環境依存性を挙げている。星質量関数については、z=0からz〜2にさかのぼるにつれて軽い銀河が減少する傾向があることを指摘している。

第六章では、主に第四章の結果を考察している。前半では、銀河の中心に近いクランプほど色が赤いことを示し、銀河自身が中間赤外で明るいことから、赤いクランプではダスト吸収を受けた活発な星形成が起きていると推定している。その上で、この活発な星形成は、銀河円盤で作られたクランプが中心部に落ち込んで合体することによって誘発されたのではないかと推論している。後半では、本研究のサンプルに含まれるコンパクトな星形成銀河は、後の時代で見つかっている星形成を終えたコンパクトな銀河の祖先である可能性を指摘している。第七章では論文全体のまとめ、第八章では将来の展望が述べられている。

以上のように本研究は、星形成活動の最も盛んなz〜2の時代において、独自の優れたサンプルに基づいて星形成銀河の大局的性質と内部構造を詳しく調べたものである。特に、クランプに着目した銀河の星形成活動の考察は注目に値する。本論文は兒玉忠恭、林将央との共同研究であるが、観測、データ解析、考察、論文執筆のすべてにおいて論文提出者が主体的に行なっており、その寄与は十分高いと判断できる。よって博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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