No | 128969 | |
著者(漢字) | 葛原,昌幸 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | クズハラ,マサユキ | |
標題(和) | 直接撮像観測による巨大ガス惑星の形成と進化の研究 | |
標題(洋) | Studies of Gas Giant Planet Formation and Evolution with Direct Imaging Observations | |
報告番号 | 128969 | |
報告番号 | 甲28969 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5946号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 地球惑星科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 巨大ガス惑星の形成過程として広く支持されている理論にコア集積モデル(Mizuno 1980)がある。その理論では、微惑星の衝突や合体を通して形成された大きな固体のコアが周囲から急速にガスを獲得し巨大ガス惑星が誕生することを説明する。コア集積理論の特徴としては惑星の形成可能な領域に制限があることがあげられる。まず大きな固体コアの形成は雪線より外側に限られることである。しかし、微惑星の集積は惑星系外縁部ほど遅いため、あまりに外側になるとガス惑星の形成は困難になる。近年の理論的見積もりでは、少なくとも主星から約30 天文単位(AU)よりも内側でないとその様なコアの形成は難しいと予測されている(例:Dodson-Robinson et al. 2009)。しかし、これまで検出された太陽系外惑星(系外惑星)の中には、雪線より内側に存在するものも多く発見されている。現在ではそのようなコア集積理論だけでは説明困難な内側ガス惑星の起源としてタイプII 型移動モデル(中心星への円盤降着に伴い内側にガス惑星が移動する過程; Lin & Papaloizou 1985)が支持されている。これと同様に有力な惑星の移動理論としては、複数形成されたガス惑星同士の重力相互作用による惑星散乱モデルがある(Nagasawa et al. 2008)。散乱モデルの特徴の一つに、系の外側へも惑星が移動することがあげられる。このように現在では、惑星の内側や外側への移動によって、系外惑星の特徴を説明する試みられている。さらに様々な円盤の特徴に基づいて、惑星の形成や成長、移動などを総合的にモデル化することで惑星の質量や軌道などの特徴の母集団を推定し(population synthesis model)、それを系外惑星の観測結果と比較する試みもなされている(例:Ida & Lin 2004)。またさらに別の枠組みとして、重力不安定モデル(例:Durisen et al. 2007)では、中心星から数十AU という外側にガス惑星がその場で直接形成されることが予測されている。 系外惑星の観測はそのような理論的予測の検証に有効である。これまで主に系外惑星の検出に利用されてきた手法は視線速度法やトランジット法と呼ばれる間接的手法である。これら間接法は惑星が中心星を公転することで、その主星の視線速度や明るさに変化が生じる効果に基づいて惑星を検出する方法であり、系の比較的内側を公転する惑星の質量や半径、軌道長半径などを高い精度で導出できる点で有益である。しかし、間接法は惑星の公転運動に基づいているため、系の外側を公転する大軌道惑星の探査に対しては、必要精度や要求観測時間などの点から非現実的である。さらに、若い星は自らの(黒点)活動などによって、視線速度や明るさが大きく変化する。従って、これらの手法で若い惑星を探査するのは困難である。一方、直接撮像法は惑星からの放射を検出し、それを撮像する手法であるが、大きな軌道を持つ惑星や若い惑星の観測に対して有効である。最大の課題はそれが技術的に極めて困難な点であったが、補償光学技術などの近年の技術的進歩によりその問題は徐々に改善されており、巨大ガス惑星に対してはその撮像が可能になってきた。実際、約10 例の若い巨大ガス惑星の直接撮像が報告されている(例:Marois et al. 2008)。 本研究では、若くかつ大きな軌道半径の巨大ガス惑星を直接撮像観測により探査することで、上で説明した様な惑星形成モデルの理論的枠組みを検証することを目指した。そこで、すばる望遠鏡を用いて近赤外線観測により惑星および円盤を探査するSEEDS 計画に参加して、観測的研究を勧めた。とりわけ、SEEDS プロジェクト内における観測ターゲット選定において、年齢が1 千万年から2 億年ほどの若い星を選定してきた。これらの星の年齢は、もしその星の周りで巨大ガス惑星が複数存在すれば惑星間の力学的相互作用が活発に起こる時代に相当する。そのため、その影響による巨大ガス惑星の移動の効果を調べるには重要な時期でもある。そのターゲットの選定においては、星の年齢をより良い精度で合理的に決めることが必要になる。そこで、まず運動学的星団に属していることが知られている星に注目した。運動学的星団は同じ起源を持つ星で構成されており、その星団の年齢はその中に含まれる複数の星の光度・温度進化関係などから比較的良い精度で求められている。次に、星団に属していない太陽近傍の星にも注目したが、これらの星には上記の手法は適用できないため、近年導出された星の年齢と自転周期の関係を示した経験式(gyrochronology) や星の彩層活動をその年齢の関数として求めた経験式(Mamajek &Hillenbrand 2008)を用いて年齢を推定し、ターゲットを選定した。そのターゲットの実際の観測は2009 年から開始したが、取得した36 天体のデータを解析したところ、およそ40 の伴星候補天体を検出した。星は固有に天球面上を運動していることが知られているが、その星に物理的に付随する天体も同じ固有運動をしている。その原理に基づいて40 の星がその主星に付随するかどうかを調べたところ、GJ 504 という1.2 太陽質量の星周囲で検出された伴星天体(GJ 504 b)のみ、主星に対しておよそ43.5AU の距離を保ちながら同じ運動をしていることを確かめた。 さらにその天体の主星に対する位置変化を約一年間に7 回測定した結果、その運動がケプラー運動で説明できることを確認した。この検出した天体の質量は、主星の年齢が惑星の年齢とほぼ一致するという仮定のもと、その近赤外光度を巨大ガス惑星の光度進化モデル(Baraffe et al. 2003)と比較することにより導出した。GJ 504 の年齢は最も直接的かつ精度の良い方法であるgyrochronology 法を用いて1 億年から2.3 億年と推定されるが、その年齢ではGJ 504 b の質量はおよそ2–4.5 木星質量(M(Jup))と推定された(図2)。年齢推定としては2 次的であり、統計的精度も悪い彩層活動に基づいた手法ではGJ 504の年齢は1.5–5億年と見積もられたが、その年齢を保守的に採用した場合でも、質量は2–7.5 M(Jup) となる。そのため検出した天体は巨大ガス惑星と考えられる質量を持ち、これまで検出された大きな軌道を持つ惑星の中でも最小質量の惑星の一つであることが分かった。特筆すべきは、年齢が1 億年より大きい場合、質量推定の際に使われる光度進化モデルの不定性が比較的小さい(Spiegel & Burrows 2012)ために、GJ 504 b の質量推定も不定性が小さいことである。過去に直接撮像されてきた巨大ガス惑星は5 千万年より若いため、その不定性の影響は無視できない。これまで直接撮像法では、巨大ガス惑星は主に太陽の1.5 倍以上大きな質量をもつ星の周囲で検出されてきたが、GJ 504 b は太陽に近い質量を持つ星の周囲で検出された初の確実な検出例である。これは、古典的なコア集積の枠組みでは説明するのが難しい大きな軌道の巨大ガス惑星が太陽より1.5 倍以上というような限られた範囲の質量を持つ星の周囲でのみ存在するわけではないことを観測的に支持する。 さらに本研究では、本探査の総合的な結果がコア集積および惑星の理論モデルによって、どの程度説明可能かどうかを検証するために下記の統計分析をおこなった。この方法では、巨大ガス惑星のpopulation synthesis と今回得た総合的な観測結果を比較し、一つの惑星検出を再現できるかどうかを調べた。この方法では、Ida & Lin らのpopulation synthesis model (参考: Ida & Lin 2004; Ida & Lin 2010)からモンテカルロ法により惑星をランダム摘出した。さらに各々観測したターゲットに分配、天球面上座標系への変換などもモンテカルロ法を用いて統計的に扱うことでモデルにより産出された惑星の物理的情報を観測と比較可能な量に変換した。さらに、それらの惑星が各々のターゲットに対して導出した検出限界と比較したときに検出可能であるかを調べた。これらの作業を一万回独立に繰り返すことで、全体のターゲットを観測したときに一つガス惑星が検出される確率を推定すると、34%の確率でそれが実現されることがわかった。この確率は採用した理論モデルを否定する値ではない。本研究で用いたガス惑星の形成/軌道進化モデルはまだ発展途中のものであり、既に間接法による探査から明らかになった系外惑星探査の統計的特徴を一部再現するのに失敗している(Howard et al. 2010)。また、より一般的な検証のためには本研究で採用したIda & Lin 以外のモデルとの比較も必要である。さらにそれらの問題点に加え、ガス惑星の光度進化モデルの不定性などを考慮すると、本研究の統計的分析で得られた確率に基づいてコア集積やガス惑星の移動理論の妥当性を結論するのは未だ現実的ではない。しかし、本研究で試みた統計分析は直接撮像観測がガス惑星の形成および進化理論を統計的な観点から制限可能であることをデモンストレーションするに至ったと言える。また、本研究では同分析手法に基づいて将来の直接撮像探査における見込みも提示している。 以上のように本研究では、巨大ガス惑星の検出に成功し、さらに全体的な観測結果から巨大ガス惑星の形成や進化に対する理論を統計的に検証する糸口を与えることに寄与した。 図1:GJ 504惑星系 図2:光度進化モデルとの比較による質量推定 GJ 504 b の波長J (~1.2 um), H (~1.6 um), (L': ~3.8um)における光度を巨大ガス惑星の光度進化モデル(破線)と比較した結果。図の四角の横幅は推定年齢範囲、縦幅は測定光度とそのエラー範囲に相当。 | |
審査要旨 | 本論文は、太陽系外に存在する巨大ガス惑星の特性や起源の解明に向けて、直接撮像法という手法を用いて観測的にアプローチしたものである。具体的には、多くの恒星に対して系外巨大ガス惑星の探査を行なった結果、巨大ガス惑星であることが有力である天体を実際に検出することに成功した。さらに、全データの統計的考察によって、巨大ガス惑星の形成過程に対する重要な示唆を与えた。本論文は本編8章と3つのAppendixから構成される。以下、各章の内容を要約し、審査委員会の評価を述べる。 第1章はイントロダクションであり、巨大ガス惑星の起源に対する理論的研究および系外惑星の観測的研究の手法や成果に対するレビューが行われている。 そして、それらをふまえた上で、本研究における論文提出者の研究動機や目的が述べられている。 第2章では、本探査計画を実行するにおいて論文提出者が行なった観測ターゲット選定について詳しく議論されている。直接撮像観測において、ターゲットとなる恒星の年齢が、検出された惑星の特徴や起源を議論する際に重要な要素になる。そのため、提出者は年齢推定の手法の利点や精度、注意点に対して注意深く議論を行なっている。また、その議論に基づいて提出者が考えたターゲットの年齢推定の主旨や、その年齢推定の結果を説明している。 第3章では、本研究で用いられた直接撮像法の観測方法や得られたデータの解析方法を説明している。また観測やデータ解析において、提出者が工夫した点や注意した点についても説明を行なっている。本研究で用いられた観測・解析手法は必ずしも独自に考案されたものではないが、提出者がそれらの手法の適用に対して独自に注意深く検討してきたことがうかがえる。 第4章では、同探査において得られた全体的な結果がまとめられている。特に、多数検出された惑星候補天体が主星に重力的に束縛されているものであるか否かを議論し、さらに本探査で得られた検出感度(それぞれの主星からどの程度は離れたところで、どの程度の質量の惑星が検出可能かを示したもの)を提示している。 第5章では、本研究の最大の成果である太陽型の恒星GJ504から43.5天文単位離れたところを公転する巨大ガス惑星(GJ504b)の検出について報告されている。GJ504の年齢は提出者が注目したgyrochronologyという手法に基づいて主に推定されている。同手法は星の自転周期が年齢に応じて長くなる現象に基づいて年齢を推定する手法であり、単独で存在する恒星に対しては、現在のところ最も高い精度で年齢を推定することが可能な手法の一つである。提出者の年齢推定の結果では、GJ504の年齢は1.6[-0.6,+3.5]億年である。また、GJ504bの質量は巨大ガス惑星の光度進化モデルから木星の3[-1,+4.5]倍と推定されている。その光度進化モデルは直接撮像法で検出された巨大ガス惑星の質量推定に一般的に用いられるものであるが、特に若い巨大ガス惑星に対する年齢推定には大きな不定性を含むことが知られている。しかし、GJ504bの年齢は1億年よりも長いため、その不定性は過去の検出例と比較し極めて小さい。これは、検出された惑星の特徴や信頼性を解釈する際に重要な点であり、本発見の特筆すべき点である。また、GJ504bは主星から遠く離れた巨大ガス惑星であり、古典的な惑星形成論の枠組みでは起源を説明することが困難である。本研究の発見は、そのような巨大ガス惑星が太陽に近い質量を持つ恒星(いわゆる太陽型星)の周囲にも存在することを示した初めての確実な例として極めて興味深いと言える。 第6章では、本研究における全探査で得られた惑星の検出頻度(約3%)がコア集積理論と惑星移動理論に基づいた統合理論と整合的かどうかを統計的に検証することを試みている。それによって、理論モデルが本探査からは確率的に否定されないことを示した。論文提出者の本章における試みは直接撮像法が他の手法同様に、統計的観点からガス惑星起源を議論するのに有用であることを例証するのに至ったと言える。さらに本章では、今後の直接撮像探査によって展開されるべきサイエンスについて、提出者の分析方法に基づいて提案されている。従って、本章における統計的考察は今後の系外惑星の研究において重要な糸口になると言える。 第7章では、本論文の結論が述べられている。最後に、第8章では、本研究成果に基づいて、将来における系外惑星の観測的研究が幾つか提案されている。 なお、本論文の内容の多くは、田村元秀氏およびSEEDSグループとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって観測ターゲット選定やデータ解析、統計的考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 以上により、論文提出者に博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
UTokyo Repositoryリンク |