学位論文要旨



No 128982
著者(漢字) 石黒,望
著者(英字)
著者(カナ) イシグロ,ノゾム
標題(和) 時間・空間分解XAFS法を用いた不均一系実触媒の構造解析
標題(洋) Advanced Characterization of Practical Heterogeneous Catalysts Using Time-Resolved/Space-Resolved XAFS
報告番号 128982
報告番号 甲28982
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5959号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大越,慎一
 東京大学 教授 山内,薫
 東京大学 教授 佃,達哉
 東京大学 教授 合田,圭介
 東京大学 特任教授 松尾,豊
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、in situ時間分解XAFS法を用いた燃料電池カソード触媒の構造速度論解析と、空間分解μ-XAFS法を用いた触媒粒子一粒の触媒金属種の局所配位構造解析を通じて、不均一系固体触媒の構造速度論やミクロ空間構造情報の解明を行ったものであり、以下の4章からなる。

【第1章:緒言】不均一系触媒は現代の私達の生活の中にある多様な化学プロセスに使われており、大変重要な役割を担っている。しかし、不均一系触媒は一般に、金属・酸化物・有機物等の混合物である場合も多く、多様な形状(粉体・膜・ペレット等)を有する複雑系であり、触媒反応系も触媒に加えて、反応物・生成物・溶媒・ガス・添加物等が混在し、更にその組成・構造が時々刻々と変化する系である。そのため、今日においても不均一系触媒のダイナミックな構造変化やミクロ構造を理解することは依然として難しい。X線吸収微細構造(XAFS)は、硬X線の高い透過性と元素選択性を利用して、触媒反応が進行している条件(in situ)で、測定対象原子の電子状態および局所配位構造を明らかにできる手法である。しかしながら、一般的な測定手法では、mmサイズのビームを用いて10min-1h程度の測定時間を要するため、時間・空間の分解能に制限があった。このため、触媒の構造変化を追跡する上で必要なμs-msの時間スケールでの計測や、固体触媒のミクロ構造を明らかにするために必要なnm-μmスケールの空間分解計測は、これまで殆ど行われてこなかった。

本研究では、時間・空間分解XAFS法を不均一系実触媒に展開し、これまで明らかにすることが困難であった不均一系触媒の構造速度論や触媒粒子一粒のミクロ構造を明らかにした。第2章では、in situ時間分解XAFS法を固体高分子形燃料電池のPt系カソード触媒に用い、燃料電池運転条件での電圧サイクル過程の触媒構造速度論の解析を議論した。第3章では、空間分解μ-XAFS法をNiOx/Ce2Zr2Oy触媒一粒子の局所配位構造解析に展開し、不均一系触媒粒子のミクロ構造の解析を議論した。

【第2章:In situ時間分解XAFS法による固体高分子形燃料電池Pt系カソード触媒の構造速度論解析】固体高分子形燃料電池では、カソード触媒の性能・耐久性向上が求められているが、触媒劣化のメカニズムは明らかになっていない。本章では、in situ時間分解XAFS法を用いて、燃料電池作動条件下における膜電極接合体(MEA)内のPt系カソード触媒の構造速度論を検討した。

[Pt3Co/CとPt/Cカソード触媒の構造速度論]Pt/Cよりも性能・耐久性に優れたカソード触媒として知られているPt3Co/Cカソード触媒の燃料電池電圧サイクル過程における構造速度論を検討した。MEAには、Pt3Co/C(TKK TEC36E56E;6mg(-pt3Co)cm(-2))とPt/C(TECIOE50E;6mg(-pt)cm(-2))を使用した。SPring-8BL40XUにて自作したin situXAFS用燃料電池セルを用いて、353Kでアノード側にH2、カソード側にN2を加湿してフローさせ、0.4V→1.OV及び1.OV→0.4Vにセル電圧を変化させた際のPt L(III)端in sitU時間分解XAFSを500ms毎に連続測定した(図1)。ポテンショスタットを用いて、セルを流れる電流の時間変化も同時計測し、得られた一連の時間分解XANES/EXAFSの解析(図2)から、それぞれの電圧サイクル過程における電気化学反応、Ptの帯電、Pt-0、Pt-Pt、Pt-Co結合形成/解裂の速度定数を決定した(図3)。0.4V→1.OV過程では、Pt-Pt結合解裂(k(pt-Ot)=0.13(-1)、Pt帯電(k(Pt)=0.12(-1)、Pt-0結合形成(k(Pt-O)=0.10s(-i))であり、1.OV→0.4V過程では、Pt-0結合解裂(k'(Pt-O)=0.4s(-1))、Pt-Pt結合再形成(k'(Pt-Pt)=0.3s(-1))、Pt還元(k'(Pt)=0.24s(-1)と求まった。また、得られた速度定数は、同条件で測定したPt/Cにおける対応する速度定数より大きかった。一方、CoK端XAFSでは、電位による明確な変化が見られなかった。Pt3Co/C触媒はPt-Co合金コアーPtスキン表面を有した構造をとっており、Pt3Co/Cカソード触媒粒子の表面は主にPtで構成されているため、電圧サイクルにおいてPtのみ構造変化が観測されたものと考えられる。一連のinsitu時間分解XAFSによる構造速度論解析から、Coの合金化によって、Pt上で起こる結合形成・解裂・酸化還元の反応速度がいずれも向上していることが明らかになった。特に、Pt3Co/Cカソード触媒では、Pt-0結合の解離とPt-Pt結合の再結合過程の速度が速くなっており、これらの過程は、Pt系触媒の溶出の抑制につながると考えられ、Pt3Co/C触媒の高耐久性と関連していることも示唆された。

【実用(低)触媒担持量のMEAにおけるPt/Cカソード触媒の構造速度論1前節では、EXAFS測定・解析のために触媒塗布量を増やした(6mg(-Pt)cm(-2))MEAを使用したが、触媒担持量の増加によりガスの拡散等が遅くなり反応速度が低下することが知られている。本節では、実用(低)触媒担持量のMEA(0.5mg(-Pt)cm(-2))におけるPt/Cカソード触媒について、燃料電池電圧サイクルにおけるPt/C触媒の構造速度論をin situ時間分解XAFS法を用いて検討した。Pt/C(TKKTEC10E50E;0.5mg(-Pt)cm(-2))をカソードに塗布したMEAを用い、353KでアノードにH2を、カソードにN2又は空気をフローさせて、0.4V-1.OVの電圧サイクルにおけるPtL(III)端in situ時間分解XAFSをSPring-8BL40XUにて測定した。XANESの解析には100ms毎に測定したデータ(図4(A))を用い、EXAFSは500ms毎に測定したデータを用いた。測定した一連の時間分解XANESおよびEXAFSの解析から、Pt/C触媒のPt価数、Pt-0、Pt-Pt結合の配位数、結合長の時間変化を算出し(図4(B))、電圧サイクル過程における電気化学的反応、Ptの帯電、Pt-0、Pt-Pt結合形成/解裂の速度定数を算出した。N2下で電圧を0.4V→1.OVの過程では、Pt-0結合形成(k(Pt-O)=1.3s(-1))、Pt-Pt結合解裂(k(Pt-Pt)=0.4s(-1)とPt帯電(k(Pt)-0.20s(-1)と求まり、1.OV→0.4Vの過程では、Pt-0結合解裂(k'(Pt-O)=1.5s(-1))、Ptの還元(k'(Pt)=0.8s(-1))、Pt-Pt結合再形成(k'(Pt-Pt)=0.5s(-1))と求まった(図5)。図3(B)の6.Omg(-Pt)cm(-2)のPt/Cを塗布したMEAと比較すると、一連の過程の速度定数が大きいことがわかった。一方で、いずれの場合でも、電気化学反応とPt触媒の構造変化速度には時間的なギャップが存在した。また、空気雰囲気下での電圧サイクルにおけるPt/C触媒の構造速度論も明らかにした。

【第3章:空間分解μ一XAFS法によるNi担持セリアージルコニア固溶体触媒一粒子の構造解析】本章では、メタンと水から水素を作り出すメタンスチームリフォーミング反応において優れた触媒特性を示すNiOx/Ce2Zr2Oy酸化物固溶体(x=0-1,y=7-8)触媒について、SPring-8BL37XUの1000(h)×800(v)nmのX線マイクロビームを用いた空間分解μ一XAFS法を用いて、触媒となるNi種の電子状態及び局所配位構造を検討した。担体であるCe2Zr2Oy酸化物固溶体は、平均粒子径750nmの単結晶粒子であり、バルク内部の酸素貯蔵量yに応じてメタンスチームリフォーミング特性が大きく変化する特徴を有する。触媒活性を示すNiOx/Ce2Zr2O7と不活性なNiOx/Ce2Zr2O8粒子に対して、NiK端μ一XAFS測定を行い、触媒粒子一粒におけるNiの局所配位構造の違いを検討した。

30μm厚のSiO2基板上に、NiOx/Ce2Zr2Oy粒子を粒子が重なり合う割合が2%以下になるよう高分散担持し、673KでO2又はH2と反応させ、NiOx/Ce2Zr2O7とNiOx/Ce2Zr2O8粒子を基板上に高分散した試料を作成した。測定試料は自作したμ一XAFSセルに封入し、N2雰囲気下でμ一XAFS測定を行った。ピエゾステージを用いて試料セルを掃引しながら、Ni一Kα及びCe-Lα,β蛍光X線を検出して2次元μ一XRFマッピングを得た(図6(A))。いずれの蛍光X線でも、同位置に明確なコントラストが観測され、基板上におけるNiox/Ce2Zr2Oy触媒粒子位置を決定することができた。

次に、得られた2次元μ一XRFマッピングの重心位置(粒子位置)にx線マイクロビームを照射し、NiK瑞μ一XAFSの計測を行った。酸素貯蔵量(y)の異なるNiOx/Ce2Ze2Oy触媒粒子では、図6(B)のようにNiK端μ-XANESの差異が見られ、不活性なNiOx/Ce2Zr2O8触媒粒子ではNiOと同等なXANESが観測された。一方、触媒活性を有するNiOx/Ce2Zr2O7触媒粒子のμ一XANESは、金属Niに近い形状を示し、還元されたNi種が形成されていることが示唆された。また、不活性なNiOx/Ce2Zr2O8触媒粒子について、カーブフィッティング解析が可能なS/Nを有するNiK端μ一EXAFSを測定することにも成功した(図7)。μーEXAFS振動とフーリエ変更をカープフィッティング解析し、0.208±0.003nmのNi-0結合(配位数=5.4±1.2)と0.292±0.001nmのNi-Ni結合(配位数=11.7±0.9)の構造パラメータを得た。これはNiOの局所配位構造と一致したことから、不活性な触媒粒子はNiO/Ce2Zr208であり、実触媒粒子一粒における触媒種の局所配位構造を初めて決定した。

【第4章:結論】本研究では、in sitU時間分解XAFS法によって、電圧サイクルにおける実燃料電池Pt系カソード触媒の構造速度論を明らかにし、活性・耐久性向上に関連する触媒のダイナミック構造変化を捉えることに成功した。また、空間分解μ一XAFS法を用いて、NiOx/Ce2Zr2Oy粒子一粒におけるNi触媒活性種のミクロ構造を明らかにし、メタンスチームリフォーミング反応の触媒活性/不活性構造の違いを捉えることにも成功した。

図1Pt3Co/Cの(A)0.4V→1.OV過程における時間分解PtL(III)端XANES,(B)1.OV→0.4V過程における時間分解PtL(III)端EXAFS(k=30-130nm(-1)).

図2.(A)0.4V→1.OV過程,(B)0.4V→1.OV過程におけるPt3Co/Cの構造パラメータの経時変化。(1)燃料電池に流れる電荷量とPt価数,(2)Pt-Pt,Pt-Coの配位数,(3)Pt-Oの配位数,(4)Pt-Pt,Pt-Coの結合長.

図3.燃料電池電圧サイクルにおける(A)Pt3Co/Cと(B)Pt/Cカソード触媒の構造速度論.

図4.(A)0.4V→1.OV過程おける実用触媒担持量(0.5mg(-Pt)cm(-2))のMEAにおけるPt/C触媒のPtL(III)端時間分解XANES.(B)電圧サイクルにおける構造パラメータの経時変化.(a)N2,0.4V→1.OV過程,(b)N2,1.OV→0.4V過程.(1)XANESホワイトライン強度(Pt価数),(2)Pt-Pt配位数,(3)Pt-O配位数,(4)Pt-Pt結合長.

図5.燃料電池電圧サイクルにおける実用触媒担持量(0.5mg(-Pt)cm(-2))のMEAにおけるPt/Cカソード触媒の構造速度論.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、in situ時間分解XAFS法を用いた燃料電池カソード触媒の構造速度論解析と、空間分解μ-XAFS法を用いた触媒粒子一粒の触媒金属種の局所配位構造解析を通じて、不均一系固体触媒の構造速度論やミクロ空間構造情報の解明を行ったものである。

本論文は全4章からなっており、第1章では序論として不均一系触媒とその反応系の構造解析における現状と課題、その問題点を探索する手段として時間分解・空間分解XAFS法を用いた触媒構造解析の有用性が述べられており、本論文の意義を示している。

第2章はin situ時間分解XAFS法による固体高分子形燃料電池カソード触媒の構造速度論について述べられており、Pt3Co/CとPt/Cカソード触媒の構造速度論と実用(低)触媒担持量の膜電極接合体 (MEA) におけるPt/Cカソード触媒の構造速度論という2つの研究テーマが論じられている。前者では、in situ時間分解XAFSスペクトルの解析により、燃料電池性能の向上が報告されているPt3Co/Cカソード触媒がCoとの合金化により、電圧サイクル過程における表面Pt構造変化速度が一般的なPt/Cよりも向上することを見出している。またその中でも特に、触媒ナノ粒子の表面Ptが酸化した状態から還元する過程でのPt-O結合解裂、Pt-Pt結合再形成、Ptの還元の構造変化速度が速くなることが、Pt3Co/Cの耐久性向上の一因となっていることを明らかにしている。後者では、同様な解析を実際の燃料電池の使用条件に近いPt/Cカソード触媒が低塗布量のMEAで成功させ、その結果、低触媒塗布量のMEAでは触媒塗布量の多いMEAよりも電圧サイクル過程におけるPt構造変化速度は増大するが、そのメカニズムは類似していることを見出した。また、触媒ナノ粒子の表面Ptが酸化した状態から還元する過程において触媒塗布量に関わらず、Pt-Pt結合の再形成がPt-O結合の解裂に対して大きく遅れて進行するということを明らかにし、これがPt/C触媒の劣化溶出の一因になることを示唆している。

第3章は空間分解μ-XAFS法によるNi担持セリア-ジルコニア固溶体触媒粒子一粒のミクロ構造解析について論じられている。メタンと水から水素を作り出すメタンスチームリフォーミング反応において優れた触媒特性を示すNiOx/Ce2Zr2Oy触媒について、X線マイクロビームを用いた空間分解μ-XAFS法を用いて、触媒活性Ni種の電子状態及び局所配位構造解析に成功し、触媒活性を示すNiOx/Ce2Zr2O7と不活性な NiOx/Ce2Zr2O8粒子に対して、Ni K 端μ-XAFS スペクトルからNi の電子構造及び局所配位構造を触媒粒子一粒のミクロな構造レベルで初めて明らかにしている。

第4章は本論文の結論と、本研究の今後の触媒化学における展開が論じられている。以上、本論文の研究内容はin situ時間分解XAFS法を用いた燃料電池カソード触媒の構造速度論と空間分解μ-XAFS法を用いた触媒粒子一粒のミクロ構造解析を取り扱い、今後の触媒設計指針となる構造情報を示唆するとともに、これらの時間分解・空間分解XAFS法を用いた構造解析の手法の発展が今後の触媒化学へ及ぼし得る展開を示しているとの判断が審査委員全員の賛同により認められた。

なお、本研究は、共同研究者である才田隆広、永松伸一、長澤兼作、山本孝、関澤央輝、新田清文、寺田靖子、宇留賀朋哉、横山利彦、岩澤康裕、唯美津木、大越慎一の協力と助言にて行われたが、本論文に記された実験の立案と実施は論文提出者の主導のもとに行われ、データの解析および考察も論文提出者のものであり、その寄与は十分であると判断される。

従って、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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