学位論文要旨



No 128988
著者(漢字) 関根,真樹
著者(英字)
著者(カナ) セキネ,マサキ
標題(和) 鉄触媒を用いたsp3炭素-水素結合の選択的アリール化反応
標題(洋) Iron-catalyzed Selective Arylation of C(sp3)-H Bonds
報告番号 128988
報告番号 甲28988
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5965号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,栄一
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 佃,達哉
 東京大学 准教授 狩野,直和
内容要旨 要旨を表示する

Organic chemistry has contributed to the development of modern society by providing various bulk and fine chemicals. The realization of a sustainable society requires the invention of more efficient and environmentally benign synthetic methods. The author believes that direct functionalization of C–H bonds and iron catalysis are promising strategies for the chemistry of the next era. The present thesis describes the development of a new reaction model for the iron-catalyzed arylation of a C(sp3)–H bond in simple hydrocarbons.

Chapter 1 describes the motivation of the author. A brief introduction about the significance and challenges in the development of iron catalysis and the difficulties of C(sp3)–H bond functionalization compared to C(sp2)–H bond functionalization are presented.

Chapter 2 describes an iron-catalyzed arylation of a C–H bond in saturated hydrocarbons. The synthetic potential of the iron catalytic system was demonstrated for the arylation of an unactivated C(sp3)–H bond (Scheme 1). The regioselectivity of the arylation indicates that the reaction proceeds via homolytic cleavage of the C–H bond by an organometallic iron intermediate.

Chapter 3 describes an iron-catalyzed allylic arylation of olefins via C(sp3)–H activation (Scheme 2). By using an aryl Grignard reagent in the presence of bulky aryl iodide, a catalytic amount of an iron salt and a diphosphine ligand, the allylic C–H bond of a cycloalkene or an allylbenzene derivative is successfully converted into a C–C bond under mild conditions. The stereo- and regioselectivity of the reaction, together with deuterium labeling experiments, suggest that C–H bond activation is the slow step in the catalytic cycle preceding the formation of an allyliron intermediate, and that the reductive elimination from the allyliron species is sensitive to sterics.

Chapter 4 gives a summary of the thesis, together with perspectives on iron catalysis for C(sp3)–H bond functionalization.

Scheme 1.

Scheme 2.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は四章から構成されており,第一章は序論,第二章は鉄触媒を用いた飽和炭化水素における不活性sp3炭素–水素結合のアリール化反応の開発へ向けた検討について,第三章は鉄触媒を用いたオレフィン系炭化水素におけるアリル位炭素–水素結合の選択的アリール化反応の開発について,そして第四章は結論および今後の展望について,それぞれ述べている.

第一章では,持続可能な社会へ向けて合成化学の目指すべき一つの方向性について論じている.その中で,従来のレアメタル触媒に替えて鉄触媒を用いること,およびこれまで不活性な結合としてそのままでは分子変換に利用することが難しいとされてきた炭素–水素結合を,遷移金属錯体を用いて触媒的に活性化し,直截的に官能基化された化合物へと誘導することの意義について述べている.後者については特に,sp3炭素–水素結合の活性化が困難であることを明らかにし,これに対する本研究における方策について述べている.

第二章では,sp3炭素–水素結合の活性化反応開発の研究対象として,とりわけ飽和炭化水素の直截的官能基化反応の開拓が重要であるとし,その現状と課題について明らかにした上で,鉄触媒を用いた飽和炭化水素の選択的アリール化反応の開発について述べている.かさ高いアリールヨージドおよびリガンドを用いることによりいくつかの副反応を抑え,飽和炭化水素の触媒的かつ位置選択的なアリール化反応の開発に,部分的ながら成功している.本反応は,配向基などをもたない単純な飽和炭化水素の触媒的分子間アリール化反応の実現可能性を実験的に示した希有な例であり,先駆的知見として意義があるものといえる.

第三章では,遷移金属触媒によるオレフィン系炭化水素のアリル位炭素–水素結合の直截的官能基化について,現状と課題を明らかにした上で,前章で述べられた鉄触媒系をベースとしてより詳細な反応条件の最適化を行うことにより,穏和な条件下進行する触媒的アリル位選択的モノアリール化反応の開発に成功している.本反応は,ヘテロ原子のα位やベンジル位のsp3炭素–水素結合,あるいは炭素–ハロゲン結合に優先してアリル位のsp3炭素–水素結合が選択的に切断・アリール化されるため,非常に特異的であるといえる.ここで,速度論的同位体効果をはじめとした種々の機構解明へ向けた検討を行うことにより,本反応においては,sp3炭素–水素結合の切断を契機とするπアリル鉄中間体の生成が反応の駆動力であり,引き続く還元的脱離によるアリール化の過程が立体障害に敏感であることも加えて,特異な選択性が発現していると合理的に論じている.こうした知見をもとに,置換シクロヘキセンにおいて位置および立体選択的なアリール化が進行することについても明らかにしている.なお,鎖状オレフィンにおける炭素–水素結合の触媒的アリル位アリール化反応は前例がなく,世界に先駆けた成果といえる.

第四章は本研究の総括として,鉄触媒を用いた単純な炭化水素類の直截的アリール化反応の現時点における達成度と今後の展望について論じている.

以上のように,本研究は前例のない,脂肪族炭化水素におけるsp3炭素–水素結合の触媒的アリール化反応を実現することに成功したものであり,炭化水素類の触媒的直截官能基化を開発していく上で基礎的かつ重要な多くの知見を与えたものであると評価できる.また,安価で環境調和性の高い鉄触媒を用いていることも,今後の鉄触媒の開発を促す上で波及的な効果が期待されるものである.

なお、本論文は中村栄一博士およびイリエシュ・ラウレアン博士との共同研究であるが,研究計画および検討の主体は論文提出者であり,論文提出者の寄与が十分であると認められる.

したがって,本論文は博士(理学)を授与できる学位論文として価値のあるものと認める.

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