No | 128999 | |
著者(漢字) | 大石,圭太 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オオイシ,ケイタ | |
標題(和) | アミロイド性蛋白質Lsm4による酵母プリオンの調節機構の解析 | |
標題(洋) | Analysis of the regulatory mechanism of prions by amyloidogenic protein Lsm4 in Saccharomyces cerevisiae | |
報告番号 | 128999 | |
報告番号 | 甲28999 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5976号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背景 出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeでは、プリオンが新しいエピジェネティック制御因子として近年注目を集めている。出芽酵母ではグルタミン残基(Q)とアスパラギン残基(N)に富む領域(Q/N-rich領域)を持つ内因性蛋白質のアミロイド凝集体の内、遺伝性を持つものをプリオンと呼ぶ。酵母プリオンの遺伝性は、適度に伸長したプリオン蛋白質の自己凝集体粒子が娘細胞に伝達され凝集核となることで達成される。その伝達には凝集体粒子のサイズが重要であり、過剰な伸長や短小化は遺伝性の破綻に繋がると考えられている。プリオンの形成は、プリオン蛋白質自身のコンフォメーション変化を伴うため当該因子の活性低下を引き起こす。例えば、[PSI+]と呼ばれる翻訳終結因子eRF3(Sup35)のプリオン化が進むと細胞内の翻訳終結効率が低下し終止コドンが読み飛ばされ、C末端が延長した異常蛋白質の合成率が上昇する。しかし一方でこの異常蛋白質の生成により細胞内ストレス応答系が活性化されることなどから、出芽酵母はこの[PSI+]により厳酷な環境に対する適応戦略を獲得してきた可能性が示唆されている。他のプリオン蛋白質でも同様の環境適応機構が示唆され始めている。 酵母の実験室培養環境では、プリオン化および、その消失は非常に低い頻度で起こるイベントである。一方、これまでに細胞内因子の人為的な過剰発現により、プリオン化やプリオン消失が誘導される例が複数報告されている。例えば、機能不明因子Rnq1やRNA修飾関連因子Lsm4の発現量の上昇は、プリオン化を亢進させる因子として報告されている。また、当研究室で同定された機能不明G蛋白質γサブユニット様因子Gpg1は、高発現によりプリオンの消失を誘導する。しかしながら、いずれの因子においても誘導の分子機構については未だ理解が乏しい。 目的 出芽酵母において一定の頻度でプリオンが出現し、環境適応に寄与する仕組みを実現しているとしたら、その制御はどのように行われているのだろうか。本研究では、出芽酵母プリオンのプリオン化・消失の調節機構の解明を目的として、高発現時にプリオンの消失を引き起こす新規因子の探索を行い、プリオン消失の機序解析を行った。 実験と結果 I 新規プリオン消失因子Lsm4の同定 出芽酵母には前述の[PSI+]のほか、窒素代謝制御因子Ure2に起因する[URE3]など幾つかのプリオンが報告されている。[URE3]は[PSI+]に比べて自然消失しやすい傾向があるが、両者の遺伝機構には共通関連因子が多く知られている。そこで、まず高感度な探索を実現するため[URE3]消失をコロニー色で評価できる系を用い、多コピープラスミドゲノムライブラリーを用いて新規プリオン消失因子の遺伝学的探索を行った。その結果、5種類の因子が同定されたが、驚くべきことにその中にはプリオン化誘導因子として知られるLsm4が含まれていた。本研究では、両面性を持つLsm4の分子機構解明のためさらに詳しく解析を進めた。GFP融合蛋白質の細胞内観察や凝集体の分子量解析(SDD-AGE)の結果、Lsm4は高発現時に[URE3]、[PSI+]、[RNQ+](Rnq1のプリオン化体)3種全てのプリオンを消失させることが判明した。これはつまり、プリオン化を助けるはずのLsm4は、既に細胞内に[PSI+]関連プリオンが存在する場合には、逆に実際にプリオンを消失させる作用があることが明らかになった。 II [PSI+]発生誘導活性との相関性 II—I Lsm4 Q/N-rich領域の機能性検証 Lsm蛋白質の一員であるLsm4の一次構造は、他のLsm蛋白質と複合体を形成してmRNAのスプライシングや分解に関与するN末端領域(1-90番残基)と、機能が不明瞭なQ/N-richなC末端領域(91-187番残基)に分かれている。Lsm4は蛋白質発現に関わる因子であるため、Lsm4の過剰供給がLsm4複合体の機能を撹乱させ、蛋白質合成能を低下させた結果プリオン消失を誘導する可能性を検証した。まず、Lsm4のN末端領域とC末端領域を単独で高発現させたところ、プリオン消失が認められたのはLsm複合体機能に関わるN末端領域ではなくC末端Q/N-rich領域の高発現であった。次に、Lsm4 C末端のアミロイド形成能(後述)が染色体上の野生型Lsm4によるLsm4複合体機能に影響することを考慮し、染色体上のLsm4のC末端欠失株で同様に評価を行い、実際にプリオン消失能がC末端側にある機能未知のQ/N-rich領域に起因していることを確かめた。 Lsm4をはじめとする既知の[PSI+]発生誘導因子は、いずれもQ/N-rich領域を有する。そこでLsm4のQ/N-rich領域のプリオン化誘導能を確認するため、Lsm4のN末端領域およびQ/N-richなC末端領域の独立な高発現下での非プリオン化状態からのプリオン化効率を評価した。その結果、C末端領域にのみ[PSI+]発生亢進が認められた。以上から、プリオン化と消失ともに、Lsm4が有するQ/N-rich領域に起因していることが示された。 II—II Lsm4のアミロイド形成能に対する依存性 Q/N-rich領域を持つLsm4は、過剰供給時に細胞内でアミロイド凝集体を形成できる。コロニー色判定とSDD-AGEを組み合わせた解析から、Lsm4の発現量とプリオンの消失効率は正に相関していること、そしてLsm4の発現量の増加はLsm4アミロイドとLsm4モノマーの両方の増加を導くことを見出した。それでは、プリオン消失能を有するのはLsm4のアミロイドとモノマーのどちらであろうか。 もしアミロイドがプリオン消失能を有するならば、アミロイド形成不全をもたらすQ/N-rich領域内の変異によって、Lsm4はプリオン消失活性を失うと予想される。完全長Lsm4およびQ/N-rich領域のC末端側を一定間隔ずつ欠失させていった変異体を用いた実験の結果、Lsm41-170以長の変異体ではアミロイド形成能・プリオン消失活性・プリオン発生誘導活性がすべて顕著に認められたのに対し、Lsm41-150以短の変異体ではこれら3つの性質が同時に失われたことから、Lsm4のプリオン化誘導能・プリオン消失能がともにアミロイド形成能に依存することが示唆された。さらに詳細な実験の結果、消失活性の損失が起きる境界は154番残基付近であり、その周辺には特徴的な3つのイソロイシン残基が見出された。Q/N-rich領域におけるイソロイシン残基はアミロイド形成を亢進するため、Lsm4のI151, I155, I158のうち1つまたは複数をアラニン置換することにより、プリオン化誘導能とプリオン消失能の両方が抑制されると予想される。実際にアラニン置換を行うと、プリオン発生誘導活性と消失活性はともに抑制された。これは、Lsm4のアミロイド形成能がプリオン消失活性とプリオン発生誘導活性の必要条件となっていることを示している。また、共通の変異に対して感受性を示すことから、Lsm4のプリオン化誘導とプリオン消失は、互いに類似した分子機構を根底にしている可能性が高い。 III プリオンとLsm4-mRFPアミロイドの物理的相互作用 細胞内でLsm4が形成するアミロイドはプリオンの凝集体と相互作用しているだろうか。[PSI+]株においてLsm4-mRFPをSup35NM-GFPを発現させると、2種類の蛋白質が細胞内で点状に共局在する様子が観察された。この共局在の本性を調べるためSup35-HAを染色体から発現する細胞でLsm4-3FLAGを発現させて共免疫沈降実験を行なったところ、共沈降が検出され、これら2つの蛋白質の凝集体が物理的相互作用していることが示唆された。同様の共局在は[URE3]におけるLsm4-mRFPとUre2N-GFPの間でも観察された。 IV プリオン凝集体の肥大化と娘細胞へのプリオン伝達不全 プリオン消失の過程において、プリオンの凝集体はどのような物理的変化を辿るのだろうか。プリオン蛋白質遺伝子にGFP遺伝子を融合した[PSI+]株におけるLsm4高発現後の[PSI+]凝集体の分子サイズの変化を、蛍光相関分光法解析によって評価した。その結果、Lsm4の発現後72時間の親細胞では、[PSI+]凝集体の分子サイズの上昇が認められた。また、このように[PSI+]凝集体が肥大化した細胞では、ペアを組む娘細胞において[PSI+]が消失していた。プリオンが正常に遺伝するための凝集体サイズには上限があることから、この結果は、Lsm4の消失のメカニズムが、プリオン凝集体の肥大化による娘細胞への伝達不全である可能性を示唆している。プリオン化誘導・消失の分子機構が類似するならば、[PSI+]の発生誘導にも新しいプリオン凝集体の肥大化が関わっていると考えられる。 V 他種Q/N-rich蛋白質におけるプリオン消失能とプリオン化誘導能 先行研究により、多数のQ/N-rich蛋白質にプリオン化誘導能があることが知られている。Lsm4の各変異体においてプリオン化誘導とプリオン消失の活性に相関があるならば、他種Q/N-rich蛋白質も発現量の上昇時にプリオン化誘導活性とプリオン消失活性の両方を示すことが予想される。実際評価を行なったところ、Lsm4以外でもプリオン化誘導能を持つQ/N-rich蛋白質では、プリオン消失能が認められた。この結果は、プリオン化誘導能・消失能がQ/N-rich蛋白質の持つ普遍的な二面性であることを示唆する。 考察 以上より、次の統一モデルの構築に至った:Lsm4によるプリオン化誘導・消失は、ともに凝集体の成長を促進するLsm4の機能性に基づく結果として理解できる。大きすぎても小さすぎても破綻するプリオン伝達の2面性を巧みに利用することでプリオン化誘導・消失の両方を達成する(図1)。さらに、同様のプリオン化誘導能・消失能の同時獲得は他種のQ/N-rich蛋白質でも普遍的に見られたことから、出芽酵母には、Lsm4をはじめ多くのQ/N-rich因子の発現量をシグナルとして、各種ストレスや環境変化に応答してプリオン化・消失を誘導するストレス応答ネットワークが存在する可能性が想定される(図2)。 これまでに細胞内で確認されているQ/N-rich領域を有する蛋白質の数は100を超えるが、その中で自身がプリオン化する報告例はわずか10程度である。Q/N-rich領域には機能未知なものが多く、Q/N-rich領域がさまざまな蛋白質に付随する生物学的意義も未解明であった。本研究は、このようなQ/N-rich蛋白質の大半は、外部ストレス等による発現量上昇や局在性の変化を介して酵母プリオンの調節因子として機能する可能性があることを示しており、プリオンによるエピジェネティック制御の普遍的な側面に対する重要な知見となる。 図1: Lsm4によるプリオン化・消失誘導機構 図2: Q/N-rich蛋白質が調節するプリオン環境順応機構(QNはQ/N-richを表す) | |
審査要旨 | 本論文は、プリオンの生成・維持機構を解明する目的で、出芽酵母における遺伝学的手法を用いて研究されたものである。本論文は五章から構成され、過剰発現でプリオンを消失させる因子の探索、同定、解析について、以下の内容で述べられている。 第一章では、プリオン研究の一般的説明および、本研究に至る背景が述べられている。出芽酵母プリオンがエピジェネティック調節因子として振る舞うことが述べられた後、その発生・消失を調節する分子機構の解明を研究目標とする新規な研究視点とその意義について述べられている。 第二章は、実験結果が述べられている。第一節では、酵母プリオンを消失させる新規因子Lsm4を同定するまでの実験手法とその実施結果が述べられている。第二節では、Lsm4がプリオン発生促進因子として見いだされた先行知見に着目し、Lsm4がプリオン消失と発生を誘導するそれぞれの分子機構の比較解析を行なっている。欠失型、アミノ酸置換型それぞれの変異体を構築し、生化学・分子遺伝学的に解析した結果、Lsm4のアミロイド形成能が、プリオン消失・発生双方に必要であることを明らかにすると同時に、アミロイド化に寄与する機能部位の一候補を同定した。第三節では、Lsm4によるプリオン消失過程の蛍光相関顕微鏡観察により、蛍光標識したプリオン凝集体が母親細胞内で一旦肥大化することを見いだし、プリオン凝集核が母親細胞から切り出されないため、娘細胞に伝達されないことが推定された。第四節では、プリオン発生誘導と消失誘導を引き起こすLsm4の二面性が、Lsm4と同様のアミロイド性蛋白質10種の間で広く保存されているという結果を示している。 第三章では、第二章の結果に基づく考察が述べられている。本章で論文提出者は、プリオンの発生と消失が、共にLsm4アミロイドによって引き起こされる分子機構モデル、および、Lsm4を含む細胞内アミロイドによるプリオン凝集体肥大化と消失機構モデルを提唱している。さらに本研究の生物学的意義について議論を行なっている。 第四章には実験材料と方法が述べられ、第五章では引用文献リストが記されている。 本論文の第二章第三節は、倉橋洋史博士、白燦基博士、佐甲靖志博士、中村義一博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断される。 これまでプリオンの消失を促進する分子機構については理解が遅れていたが、本研究の成果は、Lsm4をはじめとするアミロイド性タンパク質が、共通した分子基盤を用いて、酵母プリオンの発生と消失という一見相反する現象に寄与しうることを明らかにした点で、プリオン研究において十分な学術的な意義をもつものと評価される。 したがって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。 | |
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