学位論文要旨



No 129002
著者(漢字) 樋口,高志
著者(英字)
著者(カナ) ヒグチ,タカシ
標題(和) 二価金属イオンおよび糖輸送体の構造解析
標題(洋) Structural analyses of divalent cation and sugar transporters
報告番号 129002
報告番号 甲29002
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5979号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 豊島,近
 東京大学 教授 濡木,理
 東京大学 准教授 末次,志郎
内容要旨 要旨を表示する

細胞は疎水性の細胞膜によって外界から隔離されているが,この膜を越えて細胞外から金属イオンや糖などの物質の取り込み・排出を行う必要がある.膜輸送体タンパク質は膜に局在し,膜を超えた物質の輸送を行う.このような膜輸送体タンパク質による輸送機構の解明には,その立体構造情報が不可欠となる.近年,膜輸送体の構造解析例は増加傾向にあるが,詳細な議論がなされているものはほとんどない.本研究はX線結晶構造解析を用いて,二価金属イオン輸送体および糖輸送体の輸送機構の詳細を理解することを目的とした.

・二価金属イオン排出体CDF輸送体細胞質ドメインの解析

亜鉛などの二価金属イオンはタンパク質の立体構造の安定化や触媒反応に関わるなど,全ての生体にとって必須であることが知られている.しかしこのような金属イオンが細胞内へ過剰に蓄積すると生命にとって致命的な毒性を持つことからその細胞内濃度は多様な輸送体によって厳密に制御されている.そのような輸送体の中でcation diffusion facilitator(CDF)ファミリーはZn(2+),Co(2+),Cd(2+),Ni(2+),Fe(2+),Cu(2+),Hg(2+)などの様々な二価金属イオンの排出を担っており,6回の膜貫通ドメインと100から200残基程度の細胞質ドメインから構成されている.CDFファミリーはあらゆる生物種に広く保存され,真正細菌の細胞膜上や,酵母や植物細胞の液胞,動物細胞のゴルジ体など細胞小器官の膜上に見られる.一般にCDFは,H+の濃度勾配を輸送駆動力とする能動輸送体であり,2量体として機能することが知られている.2007年に大腸菌由来のCDFファミリーに属するYiiPの全長構造がはじめて3.8Åの分解能で決定された.この構造は複数の亜鉛原子を含んでおり,細胞外側を向いた構造をとっていた.次いで2008年に同ファミリーに属するThermus thermophilus由来CzrBの細胞質ドメイン構造が亜鉛存在下と非存在下において1.8Å,1.7Å分解能でそれぞれ決定された.この報告によると,亜鉛存在下では二量体を形成するプロトマーが亜鉛を介して密に相互作用していたが,亜鉛非存在下では膜貫通ドメイン側でプロトマー同士が開いた配向をとっており,このコンフォメーション変化が膜貫通ドメインにも伝わり輸送活性の調節に関わっていることが示唆された.しかしこの大きなコンフォメーション変化が生体内での構造を反映したものであるか,または結晶化の際のパッキングによる影響なのかは明らかではなかった.

本研究でThermotoga maritima由来CDF細胞質ドメインに相当すると考えられる206から306番目の残基(TM0876206-306)を用いて精製・結晶化を行い,亜鉛非存在下での構造を,セレノメチオニン置換体を利用した多波長異常分散法によって2.18Å分解能で決定した.プロトマーの構造は図1に示すように2つのαヘリックスと3つのβストランドからなり,以前に決定された亜鉛結合型・非結合型両方のCzrBの構造と非常によく似たものであった.結晶化条件中に亜鉛が含まれていないこと,保存された亜鉛結合部位の周辺に亜鉛に相当する電子密度のピークが見られないことから,この構造は亜鉛非結合型であると判断した.しかし,結晶学的対称性で位置づけられるプロトマーとの二量体形成モデルを作成し,2つの型のCzrB細胞質ドメインニ量体と片方のプロトマーで重ね合わせを行ったところ,亜鉛結合型・非結合型CzrB細胞質ドメインにおけるプロトマーの開きはそれぞれ19.8Åと38.0Åであるのに対し,TM0876206-306の二量体の開きはほぼ中間の値である27.8Åであることがわかった(図2).これにより本研究によって決定された構造はCDF細胞質ドメインの新しい配向を捉えたものであると考えられ,このことからCDF細胞質ドメインは亜鉛結合型,非結合型で2つの配向をとるのではなく,亜鉛非結合型では配向がフレキシブルである一方で,亜鉛と結合することで固定されることが示唆された.

・糖輸送体PTS Enzyme IICドメインの解析

多くの真正細菌は外界から細胞内へ糖を取り込むのにホスホエノールピルビン酸(PEP):糖リン酸転移システム(PTS)を用いていることが知られている.PTSは図3に示すように5つのタンパク質から構成されており,最初にPEPからリン酸を受け取ってEnzyme IのHis残基がリン酸化された後,HPr,Enzyme IIA,BのHisもしくはCys残基へとリン酸基が転移されてゆき,最終的にリン酸化されたEnzyme IIBが膜に組み込まれたEnzyme IICと共役して外界にある糖の6位の酸素原子をリン酸化して取り込むといったグループ転移を行う.取り込まれた糖は解糖系による最初のリン酸化をすでに終えた状態であるので,PTSによる能動輸送は細菌にとってエネルギー的に非常に有利である.PTSの構成タンパク質は外界の基質濃度が低いときはリン酸化状態,逆に高いときは脱リン酸化状態で存在し,そのリン酸化の状態に応じて他の糖輸送体の活性や遺伝子の転写を活性化もしくは抑制し,さらには走化性にまで関与する.Enzyme IIA,B,Cは基質に対して特異的に働き,同一の基質特異性を持ったEnzyme IIA,B,Cは単一遺伝子上にコードされてシングルペプチドに翻訳されるか,単独でコードされていても同一オペロン上に存在して翻訳後に複合体を形成する.Enzyme IIA,B,Cはその進化の起源によって4つのスーパーファミリーに分類され,各スーパーファミリーのEnzyme IIA,Bにおいて多くの単体,もしくは複合体の構造が決定されており,それらの立体構造はスーパーファミリー間で大きく異なっていることがすでに分かっている.しかし膜輸送体であるEnzyme IICは他の輸送体のどれとも相同性がなく,1つの大きな輸送体のグループを形成している.2011年に唯一報告されたBacillus cereus由来ChbCの構造は分解能3.3Åで基質の結合した閉塞状態であり,この構造を基に基質の輸送機構モデルが提唱された。しかしながら,一つの構造情報からのみで提唱されたこのモデルは未だ議論の余地を残している.また,能動輸送を行う際にEnzyme IICと共役することが知られているEnzyme IIBと,どのように相互作用するかは不明であり,グループ転移の機構に対する完全理解はなされていない.そこで,本研究は異なる配向状態のEnzyme IICの構造を高分解能にて決定することで,グループ輸送の詳細解明を行うことを目的とした.

本研究では,Enzyme IICドメインの構造決定を目指し研究を進めた。構造解析に適した単分散性や安定性などを有するEnzyme IICドメインを探索するため,Fluorescence Detection Size-exclusion Chromatography(FSEC)法を用いたスクリーニングを行った.FSEC法は目的タンパク質を蛍光タンパク質であるGFPとの融合タンパク質として発現させ,これを未精製のままゲル濾過カラムクロマトグラフィーにかけることで,対象となる目的タンパク質の発現量及び単分散性を評価することができる.様々な種が持つEnzyme IICドメインを含むタンパク質約50種をGFP融合タンパク質として発現させ,FSEC法によって,結晶化に適すると考えられるタンパク質を4種見つけ出した.これら4種のタンパク質に対してコンストラクトの改良や界面活性剤のスクリーニング,結晶化条件の検討を行った.結晶化条件の探索には,環状ペプチドや抗体Fabフラグメントなど,目的タンパク質と結合することで,安定性や結晶性の向上を期待できるバインディングパートナーとの共結晶化も試みた.また,結晶化には蒸気拡散法に加え,Lipidic Cubic Phase(LCP)法も用いた.LCP法による結晶化は,目的タンパク質をメソ相の脂質に再構成した状態で結晶化を行う手法である.界面活性剤に可溶化された状態と異なり,疎水性の膜貫通領域同士で結晶化時のタンパク質間相互作用が起こるため,良質な結晶を得ることができると期待される.現在までにLCP法を用いて得たE.coli由来Mannitol特異的Enzyme IICドメインの結晶(図4)から,Spring-8のマイクロビームラインBL32XUにおけるX線回折実験により,分解能2.5Å程度の反射像を得た(図5).

・総括

本研究においては,膜輸送体タンパク質の立体構造を決定することによって,構造と機能の相関を解明することを目標としてきた.CDF細胞質ドメインにおいては,結晶構造により新たな配向を捉え,機能と構造変化に関する知見を得た.PTS Enzyme IICドメインについては現在までに構造は得られていないが,FSEC法やLCP法,微小結晶からのX線回折実験を可能としたマイクロビームラインなど,近年に開発された技術や機器を使用することで分解能2.5Å程度の回折像を得た.今後も新たな技術が開発され,多くのタンパク質において新規構造および新たな配向が解明されると期待される.

図1 TM0876206-306の結晶構造

図2 細胞質ドメインの重ね合わせ

図3 グルコース特異的PTSのリン酸基転移

図4 E.coli由来Mannitol特異的Enzyme IICドメインの結晶

図5 図4の結晶より得られた反射像

審査要旨 要旨を表示する

本論文は4章からなる.序章はイントロダクションにあたり,本論文中で扱う膜タンパク質輸送体についての概略および論文の概要,研究目的等が記述されている.

第1章は糖輸送体PTSの結晶化について述べられている.大腸菌組換えタンパク質として発現させたサンプルについて結晶化を試みていた.結晶化に適する性質をもったタンパク質を探索するため,GFP-FSEC法というスクリーニング法を用いている.これにより45種のタンパク質について発現量,単分散性,安定性を評価し,結晶化のターゲットを4種にまで絞りこんでいる.また,これら4種全てのタンパク質において結晶が得られている.結晶化においては界面活性剤の検討やコンストラクトの改変,結晶の脱水処理,Fabや環状ペプチドなどのバインダーとの共結晶化,モノオレインLCP法という結晶化方法などを組み合わせて用いることにより,結晶の良質化を行っている.その結果,大腸菌由来マンニトール特異的PTS Enzyme IICドメインの結晶を用いたX線回折実験によって最大分解能2.5 Aの反射像を得ることに成功している.

第2章は二価金属イオン排出体CDF輸送体細胞質ドメインの構造解析について述べられている.Thermotoga maritima由来CDF細胞質ドメインに相当すると考えられる206から306番目の残基(TM0876(206-306))を,大腸菌を用いて発現させ,結晶構造解析の対象としている.セレノメチオニン置換体を調製し,多波長異常分散法によって位相決定を行い,分解能2.84 Aで構造を決定している.決定された構造は基質である亜鉛イオンを含まない,亜鉛非結合型の構造であった.結晶学的対称性で位置づけられるプロトマーとの二量体形成モデルを作成し,膜貫通ドメイン近傍で構造がフリップすることを確かめており,これによって以前までに提唱されている二つの輸送制御モデルのうちの一方を支持すると結論付けている.

なお,本論文第2章は,服部素之,田中良樹との共同研究であるが,論文提出者が主体となって,CDF輸送体細胞質ドメインの分析を行なったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

したがって,博士(理学)の学位を授与できるものと認める.

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