学位論文要旨



No 129004
著者(漢字) 丸橋,拓海
著者(英字)
著者(カナ) マルハシ,タクミ
標題(和) 新規強直性脊椎炎モデルマウスの解析
標題(洋) DCIR deficient mice as a novel model of ankylosing spondylitis
報告番号 129004
報告番号 甲29004
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5981号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三宅,健介
 東京大学 教授 斎藤,春雄
 東京大学 教授 深田,吉孝
 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 准教授 中江,進
内容要旨 要旨を表示する

強直性脊椎炎 (ankylosing spondylitis; AS) は腱付着部における炎症と、骨、軟骨新生を伴う関節の強直を特徴とする血清反応陰性脊椎関節症のひとつである。炎症性の痛みや関節の強直によって患者のQOL (quality of life) を著しく低下させるが、確立された疾患モデル動物が少ないために詳細な病態形成機構の理解が進んでおらず、根治療法の開発もされていない。

DCIR (Dendritic Cell ImmunoReceptor) はC型レクチン受容体の一種で、主に樹状細胞 (Dendritic Cell; DC) に発現している。細胞内に抑制性シグナル伝達モチーフを有していることから、DCIRは免疫応答を負に制御することで免疫系の恒常性を維持していると考えられた。そこでDCIR欠損マウスを作製し解析を行ったところ、加齢に伴って唾液腺炎や腱付着部炎を自然発症することを見出した。これらのマウスでは抗原提示細胞である樹状細胞の過剰増殖が認められたことから、DCIRは樹状細胞の分化増殖を制御しており、この分子の異常は抗原提示細胞の過剰増殖を引き起こし、自己免疫となることが示唆されている。

DCIR欠損マウスはこの他に、加齢に伴って関節強直が起こることがわかっている。そこで本研究では、腱付着部炎および関節強直の発症機構について解析した。まず病理組織学的な解析によって、DCIR欠損マウスが自然発症する腱付着部炎や骨、軟骨新生を伴う関節強直がヒトのASに非常によく似た病態であることを特徴づけた。このことから、DCIR欠損マウスはヒトASの病態発症機構を分子レベル、細胞レベルで解析するために非常に有用なモデルマウスとなり得ることが示唆された。免疫学的な解析から、炎症性サイトカインであるIFN-γを産生するT細胞がDCIR欠損マウスのリンパ節や関節局所において増加していることが明らかになった。さらに、DCIR欠損マウスをT細胞とB細胞の存在しないRAG2欠損マウスと掛け合わせることで腱付着部炎や関節強直の発症が完全に抑制されたことから、異常活性化したT細胞がヒトAS様の病態発症に重要な役割を果たしていること、また腱付着部の炎症がその後の骨、軟骨新生を誘導する引き金となっていることが示唆された。今回、DCIRの欠損がDCの過剰増殖のみならず、機能異常も引き起こし、結果としてDCによって支持されるT細胞の増殖やIFN-γ産生の亢進が生じることを見出した。さらに、DCIRと各種サイトカインの二重欠損マウスの解析を行うことで、DCIR欠損マウスが自然発症する強直を伴う付着部炎の発症はIFN-γ とTNF-α、IL-1に依存しており、IL-17は必要でないことを明らかにした。IFN-γは炎症を媒介する機能だけでなく、in vitroの実験系において軟骨基質産生を促す作用を持つことが示されたため、IFN-γが腱付着部において炎症と軟骨新生の両方の病態を誘導している可能性がある。

以上の結果から、DCIRを欠損したDCによってIFN-γ産生性T細胞の異常増加が誘導され、そのIFN-γがDCIR欠損マウスに認められるヒトASに類似した病態形成の原因となっていると考えられた。今後、DCIR欠損マウスをモデルとして更なる解析を行うことで、ASの新規治療法の開発に繋げたい。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、DCIR欠損マウスが強直性脊椎炎と呼ばれる疾患のモデルマウスとして適当であるかを検討し、さらにそのマウスモデルを用いることで強直性脊椎炎様の病態発症機構の解析を行ったものである。

強直性脊椎炎とは、血清反応陰性脊椎関節症の一種であり、その罹患率は全人口の0.1-1%であるとされている。強直性脊椎炎は脊椎関節や末梢関節において、腱・靭帯と骨との付着部に起こる腱付着部炎、および軟骨新生・異所性石灰化を伴う関節強直という2つの非常に特徴的な症状を呈する。しかし、炎症性の痛みや関節強直による関節可動域の制限によって患者のQOLを著しく低下させる疾患であるにもかかわらず、未だに根治療法の開発がなされていないのが現状である。その原因のひとつとして、確立された動物モデルが少なく、病態形成機構の理解が進んでいないことが挙げられる。特に、どのような分子が腱付着部炎や関節強直の発症に関与しているのか、また、炎症と軟骨・骨新生はそれぞれ独立したメカニズムで起こる病態であるのか、など不明な点が未だに多く残されている。

そこで申請者は、C型レクチン受容体のひとつである樹状細胞免疫受容体DCIRを欠損したマウスに着目して解析を行っている。すでにDCIR欠損マウスが腱付着部炎や関節強直を自然発症することが明らかとなっていることを受けて、さらに詳細な病理組織学的解析を行うことで、DCIR欠損マウスにおける病態がヒトの強直性脊椎炎に類似していることを示した。さらに申請者は、DCIR欠損マウスをモデルとして用いることで、強直性脊椎炎様の病態の発症機構の解明を目指した。免疫学的解析を通して、DCIR欠損マウスのリンパ節および関節局所においてIFN-γ産生性のT細胞が増加していること、そしてDCIR欠損樹状細胞がIFN-γ産生性のT細胞を誘導することを明らかにした。さらに、数種の二重欠損マウスを作製することで、DCIR欠損マウスが生じる腱付着部炎や関節強直の病態発症には、T細胞やB細胞などの特定のリンパ球、およびTNF-α、IL-1、IFN-γという炎症性サイトカインが非常に重要な役割を果たしていることを示した。加えて、IFN-γが炎症のメディエーターとして働くだけではなく、軟骨新生を促進する作用をも有していることを突き止めた。現在臨床の場においてTNF-γを標的とした治療薬が用いられているが、炎症による痛みの緩和は可能であるものの骨病変については改善されないことがわかっている。今回の申請者の研究によって、IFN-γを標的とした治療薬が炎症および骨病変の両方に有効である可能性が示唆されており、強直性脊椎炎の病態の理解と新規治療法の開発に大きく寄与するものであると評価できる。

なお、本論文は、海部知則、矢部力朗、妹尾彬正、藤門範行、岩倉洋一郎との共同研究であるが、申請者が主体となって分析および検証を行ったもので論文提出者の寄与が十分であると判断された。したがって、審査員一同,博士(理学)の学位を授与できるものと認める。

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