学位論文要旨



No 129005
著者(漢字) 山田,真太郎
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,シンタロウ
標題(和) 分裂酵母の減数分裂期組換え活性化に関わるヒストン修飾の解析
標題(洋) Histone modifications associated with meiotic recombination in fission yeast
報告番号 129005
報告番号 甲29005
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5982号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邊,嘉典
 東京大学 教授 斎藤,春雄
 東京大学 教授 伊藤,隆司
 東京大学 教授 伊庭,英夫
 東京大学 教授 太田,邦史
内容要旨 要旨を表示する

<序章>

ヒストンは種間でよく保存されたタンパク質であり、クロマチン構造を形成して真核生物のDNAを核内に収納している。またヒストンは多様な翻訳後修飾を受けることにより、DNAとの相互作用様式を変化させたりタンパク質を呼び寄せたりしてクロマチン構造を制御している。これまでにアセチル化やメチル化を始めとした様々なヒストン修飾が見つかっており、それぞれの修飾が1つ以上のDNA関連反応に関連していることが分かっている。例えばヒストンのアセチル化やヒストンH3の4番目のリシンのトリメチル化(H3K4me3)は、多くの遺伝子プロモーター領域に存在し、転写活性化に関与していることが知られている。

相同組換えは配列が類似した(相同な)DNAの間で一方の遺伝情報が他方に置き換わる反応であり、原核生物から真核生物に至るまでよく保存されている。減数分裂期に活性化される相同組換えは、適切な染色体の分離を保証し、配偶子に遺伝的多様性を与えている。減数分裂期相同組換えの特徴として、組換えがDNAの二重鎖切断(DSB、Double Strand Break)によって開始すること、また染色体全体に渡って等確率に起こらず、組換えホットスポットと呼ばれる特定領域で高頻度に生じることがあげられる。これらの特徴がみられるのはDSB形成に関わる因子群の働きが染色体の局所的構造の影響を受けるためと考えられている。

これまで組換えホットスポットの染色体構造について、いくつかの特徴が明らかになっている。まず出芽酵母や分裂酵母においてホットスポット周辺のヒストンの密度が低いことが挙げられる。このことからホットスポットでは組換え開始タンパク質がDNAに作用しやすいクロマチン構造になっていることが示唆される。もう一つの特徴はホットスポットに特定のヒストン修飾が濃縮していることである。分裂酵母のホットスポットの一つであるade6-M26ではヒストンの高アセチル化が観察され、ヒストンアセチル化酵素の遺伝子を破壊するとその周辺の組換え頻度が減少することが示されている。また出芽酵母やマウスではほとんどのホットスポットにH3K4me3がみられ、H3K4メチル化酵素がDSB形成やその分布の決定に重要な役割を果たしている。しかしながら、これらヒストン修飾がどのように機能して組換えを制御しているのかは未知である。また、ホットスポットに関連する修飾が生物種でどれほど保存されているのかも不明である。そこで本研究では分裂酵母のホットスポットに関連するヒストン修飾を詳細に調べ、その修飾の機能を明らかにすることを試みた。

<結果>

(1)ade6-M26ホットスポット周辺に特徴的なヒストン修飾パターンがみられる

まず、分裂酵母のade6-M26ホットスポットにおいてヒストン修飾を詳細に解析した。ヒストンのリシン残基のそれぞれがアセチル化されたものに対する抗体を用いてクロマチン免疫沈降(ChIP、Chromatin Immunoprecipitation)を行ったところ、ade6-M26周辺では減数分裂期初期においてヒストンH3の9番目のリシンのアセチル化(H3K9ac)が他の残基のアセチル化に比べて特に昂進していることが分かった。また、出芽酵母やマウスのホットスポット周辺で濃縮しているH3K4me3は、逆に著しく低下していることが明らかになった。

(2)ade6-M26周辺のヒストン修飾はade6-M26の組換え活性化因子に依存している

次にH3K9acレベルが高く、H3K4me3レベルが低いというade6-M26ホットスポット周辺の修飾パターンが、組換え活性化とどのような関連を有するのかを調べた。ade6-M26ホットスポットの組換え活性化因子であるAtf1の変異体やGcn5の遺伝子の欠損株では、ade6-M26の組換え頻度が部分的に減少する。これらの株ではH3K9acレベルが部分的に減少し、H3K4me3が部分的に増加していることが分かった。このことから、上記の修飾がAtf1やGcn5を介して形成される組換えに有利な修飾である可能性が示唆された。

(3)ade6-M26の修飾パターンはM26配列に組換え活性が依存するホットスポットに共通している

さらに、ade6-M26でみられたヒストン修飾の一般性を調べた。そのためにade6-M26と同様に組換え活性がM26と呼ばれる配列に依存する他のホットスポットであるade6-3049ホットスポットや、分裂酵母のゲノムにみられる天然のM26配列に依存するcds1+ホットスポットについて、ヒストン修飾を解析した。その結果、両者ともade6-M26と同様の修飾パターンがみられた。一方で、M26配列に依存して転写が活性化されるctt1+のプロモーター周辺では、ade6-M26と修飾パターンが異なっていた。このことから、ade6-M26でみられた修飾パターンは、転写活性化に関わるM26配列周辺には観察されず、組換えホットスポットに特異的に確立されるものと推測された。

(4)ade6-M26の修飾パターンは分裂酵母のホットスポットに一般的である

そこでade6-M26型の修飾パターンの一般性をゲノムワイドに検証するため、ゲノムタイリングアレイを用いたクロマチン免疫沈降法(ChIP-chip法)により、分裂酵母の全ホットスポットにおけるヒストン修飾を解析した。その結果、80%以上のホットスポット周辺でH3K9acが濃縮している一方で、H3K4me3が濃縮しているホットスポットの割合は15%に留まっていることが分かった。また全ホットスポット周辺におけるヒストン修飾レベルを平均すると、H3K9acがホットスポットを中心に濃縮していたのに対し、H3K4me3はホットスポット周辺にほとんどみられなかった。このことから、高レベルのH3K9acと低レベルのH3K4me3という修飾パターンが分裂酵母のほとんどのホットスポットに共通する性質であることが分かった。

(5)H3K9の変異やH3K4メチル化酵素の欠損により、減数分裂期組換え開始頻度が部分的に低下する

ChIP-chipの結果からH3K9acが減数分裂期組換えの制御に関連している可能性が考えられた。そこで、H3K9acの組換え活性化における意義を調べるため、H3K9がアセチル化されないようアラニンに置換したH3K9A変異体を作成した。またH3K4me3の機能を調べるために、分裂酵母で唯一のH3K4メチル化酵素であるSet1の欠損株を解析した。両株は減数分裂期初期の進行に異常がみられなかったが、調べた限り組換え頻度は部分的に低下していた。そこでChIP-chip法を用いて組換え開始タンパク質であるRec12(分裂酵母のSpo11ホモログ)の染色体結合レベルを調べた。その結果、H3K9A株では、ほとんどのホットスポットにおいてRec12結合量が野生型に比べて部分的に減少していた。一方で、set1Δ株では概してホットスポットへのRec12結合量が増加していた。両変異株は野生株と比べてRec12の発現量に差がみられなかったことを考慮すると、H3K9A変異によってRec12とホットスポットの相互作用が低下すること、set1の欠損によってDNAに結合するRec12が増加することが示唆される。

さらに組換え開始反応であるDSBの形成頻度を調べた。その結果、H3K9A変異体におけるDSB頻度は調べた全てのホットスポットにおいて部分的に低下することが分かった。一方でset1Δ株ではDSB頻度が部分的に低下する領域と低下しない領域の両方が存在することが明らかになった。以上により、H3K9におけるヒストン修飾がRec12の染色体結合を促進することでDSB形成に関与していること、そしてSet1もいくつかの領域においてDSB形成を促進している可能性が示唆された。

<結論>

本研究により次の2つが明らかになった。まず、分裂酵母のホットスポットではH3K9acレベルが高く、H3K4me3レベルが低いという一般的な特徴がみられることである。2つ目はH3K9におけるヒストン修飾やSet1が分裂酵母の組換え活性化に関与することである。ほとんどのホットスポットにおいてH3K9acレベルが高く、H3K4me3レベルが低いことを考慮すると、H3K9acがホットスポット周辺でRec12とクロマチンの相互作用を強めるなどによりDSB形成を促進し、Set1がそれとは異なる機構によってDSB形成に関与している可能性が推測された。なお、H3K9Aやset1Δの組換えへの影響が部分的であったことから、他の因子も組換え活性化に関わると考えられる。本研究から、分裂酵母においてH3K9acやSet1などのクロマチン関連因子が複合的に組換え開始反応を調整していることが示唆された(図)。

図 分裂酵母における減数分裂期組換え活性化のモデル

減数分裂期組換えが頻発する領域であるホットスポット周辺では、栄養増殖期にヒストンが特徴的な翻訳後修飾を受ける。これにより、H3K9acレベルが高く、H3K4me3レベルが低いという、ホットスポット特異的な修飾パターンが形成され、減数分裂期組換え開始まで維持される。減数分裂期のホットスポット周辺はクロマチンの凝集度が低下し、組換え関連因子が結合しやすい状態になる。そして、H3K9acは組換え開始因子の一つであるRec12のホットスポットへの結合を促進するなどにより、H3K4メチル化酵素Set1はその他の機構により、他の未知の因子群と協調して減数分裂期組換え開始反応であるDNA二重鎖切断(DSB)を誘導する。

審査要旨 要旨を表示する

生物にとって、遺伝情報の多様性を確保することが、持続的な生存可能性を高める大きな方法となっている。真核生物が子孫を残す際に生殖細胞で行われる「減数分裂」では、両親由来の染色体DNAを積極的に切断・再結合することにより、遺伝的多様性が獲得される。本研究は、このような減数分裂期組換えの開始機構に関し、真核生物の大きな特質の一つである「クロマチン構造」や「エピゲノム修飾」の役割を検証するものである。本研究により、組換えが開始される染色体部位である「組換えホットスポット」の位置決定に、ヒストンH3のN末端から9番目のリシンのアセチル化(H3K9ac)や、4番目のリシンのトリメチル化(H3K4me3)が関与することが、種々の遺伝学的解析から明らかになった。以下に本論文の構成と概要を述べる。

序論において、減数分裂期組換えの機構と、その生物学的意義が概観されでいる。次に、遺伝的組換えの開始におけるクロマチン構造やヒストンの化学修飾の関与について、背景がまとめられている。本研究の動機・目的としては、減数分裂期組換えの活性化と関連するヒストン修飾パターンとは何なのか、またそのパターンに変化を与えた場合にどのような影響があるのか、という基本的質問が提起されている。著者は上記課題の解決のため、単純なモデル真核生物である分裂酵母を用いて、遺伝学的手法とゲノムワイドなピストン修飾解析などを組み合わせ、詳細な分析を行った。

結果は7部から構成される。第1部では、減数分裂期組換えのホットスポットの一つ、ade6-M26遺伝子座において観察される「特徴的なヒストン修飾パターン」について記述されている。まず、M26配列に依存するade6-M26ホットスポットにおいて、高レベルのH3K9acと低レベルのH3K4me3の組み合わせが顕著に観察されることを示した。第2部では、上記のピストン修飾パターンが減数分裂開始前の体細胞分裂期に確立されることを明らかにした。第3部では、上記のヒストン修飾と組換え活性の量的相関について検証がなされている。その結果、両者に定量的な相関性が認められることが示された。以上をふまえ、第4部から第6部では、他の一般的な組換えホットスポットにおける同様のヒストン修飾パターンの存在を明らかにした。まず、第4部では、天然のゲノム配列における他の,M26配列依存型ホットスポットにおいても、同様な修飾パターンを見出した。組換え活性化配列であるM26配列は、ストレス応答遺伝子の活性化にも関与する。そこで第5部では、転写活性化にのみ関与するM26配列を含むプロモーター領域においてヒストン修飾を解析し、組換えホットスポット型と異なる修飾パターンが観察されることを示した。第6部では、ゲノムタイリングアレイと呼ばれる技術を用いて、分裂酵母の全ホットスポットにおけるヒストン修飾を解析した結果が記述されている。この結果、ゲノム全体のホットスポットに共通する傾向として、「高H3K9ac-低H3K4me3」というヒストン修飾パターンが認められることをはじめて明らかにした。第7部では、生体内のヒストン遺伝子に変異を導入し、H3K9を非修飾型のアラニンに置換した酵母株を作製し、組換えの開始制御における影響を調べた。その結果、多くのホットスポットで、組換え開始に関わるDNA二本鎖切断が低減することを示した。また、H3K4me3を導入するヒストンメチル化酵素Setlの遺伝子破壊株を用い、H3K4me3の消失により、ホットスポットにおけるDNA二本鎖切断レベルが影響を受けることを示した。さらに、これらの裏付けとして、組換え頻度への影響についても確認が行われている。

考察では、分裂酵母のホットスポットにおけるヒストン修飾の特徴と、その意義が述べられている。さらには、ヒストンの修飾機構や、ヒストン修飾を介した組換え活性化の仕組みについても議論がなされた。分裂酵母ではH3K9acやSetlが他の未知因子と協調して、減数分裂期組換えの開始を調整するという仮説が提案されている。

本研究により、分裂酵母のホットスポットに共通するヒストン修飾パターンの実体がはじめて明らかにされた。本研究は、真核生物における減数分裂期組換えの開始を制御する「ヒストン修飾コード」の存在を示した点、また複数の修飾パターンの組み合わせが組換え開始の制御に重要である点を、はじめて明らかにした点で、当該分野において学問的に重要な貢献を果たしたと考えられる。

なお、本論文のデータは山田貴富と太田邦史との共同研究により得られたものである。しかしながら、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、審査委員会は全員一致で山田真太郎に博士(理学)の学位を授与できると判断する。

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