学位論文要旨



No 129007
著者(漢字) 高瀬,将映
著者(英字)
著者(カナ) タカセ,マサヒデ
標題(和) 概日時計遺伝子PRR5の新規機能の解明
標題(洋) The unique function of the Arabidopsis circadian clock gene PRR5 in the regulation of shade avoidance response
報告番号 129007
報告番号 甲29007
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5984号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塚谷,裕一
 東京大学 教授 寺島,一郎
 東京大学 教授 平野,博之
 東京大学 教授 岡,良隆
 東京大学 准教授 阿部,光知
内容要旨 要旨を表示する

1. 本研究の背景

バクテリアから種子植物,哺乳動物にいたるまで,生物は外部からの刺激に依存しない約24時間周期の生理学的な発振機構をもつ。これを概日時計(Circadian Clock)という。これによって,生物は生理反応や行動を調節し,環境に適応している。概日時計は,動物では摂食および睡眠,求愛などの行動を制御していることが知られている(Ishida et al., 2010)。また植物では,花芽形成および気功の開閉,葉茎の伸長,光合成色素の合成などを制御していることが知られている。(Nakamichi et al, 2011)。

概日時計の機構は動物と植物で類似しており,リズムを生み出す中心振動体と,その位相および周期,振幅を調節する多数の補助因子からなる。中心振動体は,複数の遺伝子が互いにその発現を促進または抑制することでリズムを発生させる生理的振動子であり,動物ではClock/Bmal, Per/Cry(TIM) が,植物ではLHY/CCA1, TOC1,PCL1が知られている。 また,補助因子としては,動物ではROR, REBERVなどが,植物ではLUX,GI,ELF3などがある(Davidson et al, 2012,Nakamichi et al, 2011 )。現在,概日時計を構成する様々な遺伝子について解析が進められているが,それらの相互作用の複雑さと影響の広範さが障害となっている。

本研究では,シロイヌナズナの時計補助因子群の一つである転写制御因子PRR9 ,PRR7 およびPRR5に着目した。変異体を用いた解析から,これらの遺伝子は概日時計の位相および周期を調節していると考えられている。これら全てが欠損すると概日リズムが消滅するが,いずれか一つが正常ならば,位相や周期に異常はあるがリズム自体は保たれる(Iida et al., 2007, Nakamichi et al., 2010)。このことから,PRR9 およびPRR7,PRR5は類似した機能を持ち,重複的に働いていると考えられてきた。しかし本研究によって,PRR5が,PRR9およびPRR7とは異なる独特の機能を持ち,植物の光形態形成を直接的に制御していることが明らかになった。

2. prr9/7/5 三重 変異体は暗期に避陰応答を示す

植物によって遮られた光は,赤色光成分(600-700 nm)が吸収され,近赤外光(700-750 nm)が相対的に強くなる。植物はそれを赤色光・近赤外光受容体フィトクロム(主にPhyA, B) の平衡状態の変化として感知し,葉身の展開を抑制し,茎や葉柄の伸長を促進させる。これを避陰応答という。prr9/7/5 三重変異体においては,恒明条件下では野生型より矮化し,明暗条件下では葉身の展開が抑制され,葉柄の伸長が促進されるという,避陰応答に類似した表現型が観察された(Fig. 2)。

明暗条件におけるprr9/7/5 の避陰応答に類似した表現型について,避陰応答のマーカー遺伝子であるHFR1の発現を測定すると,暗期において著しく発現が上昇していた。さらに,避陰応答の正の制御因子で,概日時計によって暗期での発現が抑制されるPIF4およびPIF5の発現が,prr9/7/5では周期性を失い,かつ野生型の10−20 倍に上昇していた(Fig. 3)。

以上から,リズム消失型の変異体であるprr9/7/5では,暗期でPIF4およびPIF5が著しく発現していることが,明暗条件において避陰応答に類似した表現型を示す原因であると推測される。

3. PRR5 は避陰応答の強度の調節に関与する

明期の終わりに近赤外光(ピーク波長:735 nm)を照射し,フィトクロムの平衡状態を変化させて避陰応答を誘導すると(以後,E.O.D-FR 処理),prr9/7/5およびprr7/5において,避陰応答のマーカー遺伝子HFR1の発現が対照区より著しく上昇した。さらに,PRR9,PRR7およびPRR5の変異体および過剰発現体にE.O.DFR 処理を施すと,prr5でのみHFR1が野生型の2倍以上発現し,PRR5過剰発現体でのみE.O.D-FR処理によるHFR1の発現誘導が著しく抑制された(Fig.4)。

prr5は恒明条件下および明暗条件下において,目立った表現型を示さない( Iida et al., 2005)。また,恒常的に避陰応答示すphyB変異体およびPIF5過剰発現体にE.O.D-FR処理を施しても,避陰応答のマーカー遺伝子の発現は野生型と同程度であることが報告されている( Lorrain et al., 2008)。以上を総合して考えると,PRR5は避陰応答の誘導ではなく,誘導後の応答強度を負に制御するという,PRR9およびPRR7には存在しない独特の機能を持つことが示された。

4. 避陰応答シグナル経路において, PRR5 は PIF5 の下流を制御している

避陰応答シグナル経路におけるPRR5の位置を調べるために,PRR5およびPIF5の過剰発現体(以後,PIF5oxPRR5ox)を作成した。PIF5oxPRR5oxではPRR5oxと同様に,胚軸の伸長が著しく抑制され(Fig.5),避陰応答のマーカー遺伝子HFR1の発現も抑制された(データ未表示)。

赤色光下におけるphyAphyB二重変異体の胚軸伸長がPRR5によって抑制されることから,PRR5がPhyAおよびPhyBシグナルの下流を制御していると推測されていたが(Matsushita et al., 2007),本実験により,PIF5の下流を制御していることが明らかになった。

5. PRR5 は葉身特異的な避陰応答に関与している

避陰応答では,葉身の展開が抑制され,葉柄の伸長が促進される。PRR5による避陰応答強度の制御が形態形成に及ぼす影響を調べるために,prr9,prr7およびprr5を白色光に近赤外光を付与した光条件下(赤色光と近赤外光との光量子密度比 R:FR < 0.2)で栽培し,それぞれの葉の形態を調べた。結果,近赤外光照射による葉柄の伸長促進は,prr9およびprr7においては野生型と同程度であったが,prr5では野生型の~1.7 倍と著しかった。また,prr9およびprr7においては,近赤外光照射により葉身の展開が抑制されたが,prr5では抑制されなかった(Fig.6)。以上の結果から,PRR5が葉身特異的な避陰応答の抑制に関与していることが示された。

6. 結論

以上の結果から,PRR5はPRR9およびPRR7とともに概日時計の補助因子として重複的に機能するだけではなく,PIF5の下流において避陰応答の強度を負に制御し,葉身特異的な避陰応答を抑制するという独特の機能を持つことが示された。PRR5の独特の性質としては,時計遺伝子TOC1およびZTLとのタンパク質間相互作用が報告されている(Kiba et al., 2007, Wang etal., 2010)。しかし,TOC1およびZTLとの相互作用部位であるPRRドメインは避陰応答の抑制に必要ないことが報告されている(Matsushita et al., 2007)。また,Chipassayによる解析からも,PRR5の特異的なターゲットは発見されていない(Nakamichi et al., 2012)。PRR5独特の作用機構の解明については,今後の課題である。また,PRR5による葉身特異的な避陰応答の抑制については,葉身と葉柄との避陰応答の差異を解明するきっかけになると期待される。

Fig. 1 Schematic dialog of Circadian clock.

Fig. 2 prr9/7/5 triple mutant grown under continuous lighting (LL) or 16 h / 8 h light / dark cycle (LD) for 20 d.a.s.

Fig. 3 Time course of HFR1, PIF4 and PIF5 expression in prr9/7/5. Plants were grown under LD condition (16 h / 8 h) for 20 d.a.s.

Fig. 4 Effects of End of day-FR treatment on HFR1 and PIF4 expression in PRR9, PRR7 and PRR5 mutants and overexpressors.

Fig. 5 Hypocotyl elongation of PIF5oxPRR5ox. Seedlings were grown under 20 μE PPFD for 7 d.a.g.

Fig. 6 Petiole elongation and leaf expansion of prr9,7 and 5 mutants grown under high R/FR(> 2) or low R/FR(< 0.2) . Bars indicate S.E. (n=6).

審査要旨 要旨を表示する

本論文はGeneral introduction, Introduction, Materials and Methods, Results, Discussion, Conclusion, Acknowledgements, References, Appendicesからなる。論文提出者は本論文で、シロイヌナズナをモデル系として、概日時計による制御と、光環境に基づく葉の被陰反応の制御とが、どのように関わっているのかを、発生遺伝学的にまた分子遺伝学的に解析している。

提出者は本論文において、シロイヌナズナの時計補助因子群の一つである転写制御因子PRR9 / PRR7 / PRR5に着目している。過去の先行研究によれば、これらの転写因子の変異体を用いた解析から、PRR9 / PRR7 / PRR5遺伝子は概日時計の位相および周期を調節していると考えられており、これら全てが欠損すると概日リズムが消滅するが、いずれか一つが正常ならば、位相や周期に異常はあるがリズム自体は保たれることが知られている。またPRR9 / PRR7 / PRR5の3つの因子は互いに極めて類似した配列を持つことから、PRR9/PRR7/PRR5は類似した機能を持ち、重複的に働いていると考えられてきた。これらの3つの因子の本質的な違いは、概日リズムの上で発現時間帯が異なること、すなわち順に発現をリレーしていくことがその機能の本質であると考えられてきた。

しかし本研究において提出者は、prr9 prr7 prr5 三重変異体の表現型を観察すると、まるで光条件の質が低いときに植物が見せる反応、被陰反応を発揮しているかのように見えることに注目した。もしPRR9 / PRR7 / PRR5遺伝子の全てが欠損した結果が、概日リズムの消滅だけであれば、被陰反応が起きることを説明できない。被陰反応は、昼間と植物が判断している時間帯において光の質あるいは量が不足しているときに発揮される現象である。

そこで提出者は避陰応答のマーカー遺伝子であるHFR1の発現を調べた。すると三重変異体において、HFR1の発現は暗期において著しく発現が上昇していた。さらに、避陰応答の正の制御因子であるPIF4およびPIF5の発現が、prr9/7/5では周期性を失い、かつ野生型の10〜20 倍に上昇していた。ここで提出者の研究の独自性は、PIF4およびPIF5の発現が周期性を失っているばかりか、桁違いに発現上昇している点に注目したことである。

次に提出者は、明期の終わりに近赤外光(ピーク波長:735 nm)を照射し、人為的にフィトクロムの平衡状態を変化させて避陰応答を誘導する処理(EOD-FR 処理)を行なった。するとprr9/7/5三重変異体のみならずprr7/5二重変異体においても、避陰応答のマーカー遺伝子HFR1の発現が対照区より著しく上昇するという結果を得た。さらに、PRR9およびPRR7、PRR5のそれぞれの遺伝子の機能欠損型変異体および過剰発現体についてEOD-FR処理を施すと、PRR9 / PRR7 / PRR5遺伝子の単一の変異体のうち、prr5変異体でのみ、HFR1が野生型の2倍以上発現し、逆にPRR5過剰発現体でのみEOD-FR処理によるHFR1の発現誘導が著しく抑制されることが判明した。この事実から提出者は、PRR9/PRR7/PRR5は類似した機能を持ち、重複的に働いているだけでなく、PRR5にはそれとは別に、被陰反応誘導後の、応答の強度を負に制御するという、PRR9およびPRR7には存在しない独自の機能を持つと提唱した。

さらに提出者はPRR5およびPIF5の過剰発現体(以後、PIF5oxPRR5ox)を作成したところ、PIF5oxPRR5oxではPRR5oxと同様に、胚軸の伸長が著しく抑制され、避陰応答のマーカー遺伝子HFR1の発現も抑制されることを見いだした。従来、PRR5は赤色光受容体のPhyAおよびPhyBシグナルの下流を制御していると推測されていたが、この解析結果により、PIF5の下流を制御していることが明らかになった。さらにprr9およびprr7、prr5変異体を白色光に近赤外光を付与した光条件下で栽培した結果、近赤外光照射による葉柄の伸長促進は、prr9およびprr7のそれぞれの単一遺伝子の機能欠損においては野生型と同程度であったが、prr5変異体は野生型の倍近い著しい表現型を示した。また、prr9およびprr7のそれぞれの単一機能欠損においては、近赤外光照射により葉身の展開が抑制されたが、prr5では抑制されなかった。以上の結果から、PRR5が葉身特異的な避陰応答の抑制に関与していることが見いだされた。

上記の諸知見は、生物時計と光環境に対する葉の形態的応答との間に、これまで知られていなかった遺伝的連関があることを初めて示したものであり、PRR5がPRR9、PRR7とともに概日時計の補助因子として重複的に働くだけではなく、PIF5下流での避陰応答の強度の抑制、および葉身特異的な避陰応答の抑制という独特の機能を持つことを初めて明らかにした点で、画期的な研究成果と評価される。本論文の主要内容は、提出者を筆頭著者として、すでに植物の環境応答に関する国際誌Plant Signaling & Behaviorに掲載が確定されている。なおこの論文は、溝口剛博士、小塚 俊明博士、塚谷 裕一博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析及び検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。また論文の英語も質の高いものであった。

したがって、博士(理学)の学位を授与できるものと認めるものである。

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