No | 129008 | |
著者(漢字) | 直良,悠子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナオラ,ユウコ | |
標題(和) | アフリカツメガエル幼生の再生不応期に尾再生能を阻害する免疫応答に関する研究 | |
標題(洋) | Study of immune responses that impair the tail regenerative ability of Xenopus laevis tadpoles during the refractory period | |
報告番号 | 129008 | |
報告番号 | 甲29008 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5985号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 器官再生能は様々な動物に見られるが、その程度は動物種や発生段階、器官の種類により異なる。しかしなぜ、こうした再生能に違いがあるのかに関しては不明な点が多い。私が研究対象としたアフリカツメガエル(無尾両生類)は幼生(オタマジャクシ)期に尾や肢の再生能をもつ。通常、幼生尾を切断すると約1週間で元通りの尾が再生されるが、発生過程において、再生能力が一過的に失われる時期(再生不応期)があることが近年報告された(図1A-C)(Beck et al., 2003)。先行研究により、再生不応期と可能期では、尾切断端で異なるサイトカイン遺伝子が発現すること、また不応期の個体を免疫抑制剤(FK506など)処理すると再生能が回復することが見いだされた(図1D, E)。さらに私は、修士課程の研究で、不応期に様々な免疫関連遺伝子が発現し始めることを見出した。一方、免疫細胞の働きを抑える制御性T細胞のマーカー遺伝子は不応期が終わってから発現する。以上の知見は、ツメガエル幼生尾では免疫応答が再生能を規定する一要因となることを示している。すなわち不応期では、免疫細胞が再生芽の増殖細胞を「非自己」と認識して排除するため、再生能が阻害される可能性がある(Fukazawa et al., 2009)。しかしながら、具体的に再生芽細胞を攻撃する免疫細胞の種類や、それが標的とする「非自己」分子など、再生能を規定する免疫応答に関する分子機構は明らかではない。そこで本研究では、この分子機構を解明することを目的とした。 再生能を規定する免疫応答に関する分子を探索する上で、私は、再生能の有無に連動して幼生の尾切断端で発現変動する新規遺伝子に着目し、これら遺伝子をDifferential Display(DD)法を用いて網羅的に探索することとした。探索にあたり、まず、不応期の尾切断24時間後のFK506処理群(再生能あり)と無処理群(DMSO群、再生能なし)を用意した(図2)。これにより、同一の発生ステージでありながら再生能に違いのある個体群を創り出すことができ、単に不応期と可能期を比較するだけでは避けられなかった、発生段階に依存して発現変動する遺伝子を検出する可能性を回避した。さらにFK506処理自体による遺伝子発現変化(薬物の副作用など)を検出する可能性を回避するため、可能期の尾切断24時間後のFK506処理群と無処理群も解析に供した(図2)。また尾切断により発現変動する遺伝子候補を得るため、不応期と可能期で尾切断直後の個体群も解析に供した。 探索の結果、3種の候補遺伝子断片(クローン#1, 2, 3)を得た(表1)。クローン#1はphytanoyl-CoA dioxygenase遺伝子に相同性を示す遺伝子で、不応期の尾切断後24時間(再生能なし)でのみ発現上昇した。クローン#2はデータベース未登録の新規遺伝子で、クローン#1同様に、不応期の尾切断後24時間(再生能なし)でのみ発現上昇した。クローン#3はC-type lectin様配列を含み、不応期の尾切断後24時間FK506処理(再生能あり)でのみ発現上昇した。 得られた候補遺伝子について、(A)発生過程、(B)不応期尾切断後FK506処理/無処理下での発現パターンを定量的RT-PCR法を用いて解析した。クローン#1は発生段階では不応期選択的に発現した(図3A)。また不応期の尾切断後にも一過的に発現上昇し、この発現上昇はFK506処理により抑制された(図3B)。さらに、不応期個体の組織ごとの発現量を比較すると、免疫細胞を多く含む血球分画において有意に高い発現が検出された(図4)。これらの結果は、クローン#1が不応期選択的に出現する一方で、尾切断端では一過的に出現し再生能に対して阻害的に働く免疫関連因子をコードする可能性を示唆している。次に機能解析のため、2細胞期胚にモルフォリノアンチセンスオリゴ(MO)を顕微注入し、遺伝子ノックダウンを行ったところ、MO注入群では対照(5mis-pair MO注入と無処理)群とは異なり、発生過程でそのほとんどが死亡した(図5)。このことは、クローン#1が発生過程でも重要な働きをもつことを示唆している。こうした因子の候補として、不応期に再生芽細胞を攻撃する免疫細胞で発現、機能する因子が考えられる。クローン#1のノックダウン個体では初期発生過程で十分な量の免疫細胞が確保できず、生体防御機構が破綻することにより生存率が低下した可能性がある。 クローン#2は発生過程では顕著な発現変動は検出されなかったが、不応期の尾切断後ではFK506無処理群(再生能なし)で発現上昇した。クローン#2は、決定した塩基配列が既知の遺伝子配列に相同性を示さず、さらに、配列内に明らかなORFも見出されないことから、尾切断後に免疫細胞が標的に対して応答する際に遺伝子発現調節などに機能する機能性RNA(non-coding RNA)をコードする可能性があると考えている。 クローン#3は発生段階ではクローン#1と同様に、発生初期にはほとんど発現しないものの、不応期で発現増強した(図3A)。またDD法の結果とは異なり、定量的RT-PCR法の結果では、不応期の尾切断後48時間にかけて、FK506処理、無処理のいずれでも緩やかに発現上昇した(図3B)。不応期では自己反応性の免疫細胞が体内を巡ると考えられ、これにより傷害された一部の組織が恒常的に再構築されていると予想される。また、尾切断後も一部の組織の再構築が起きる。したがって、クロ-ン#3は組織の再構築に関わる因子である可能性がある。 以上の知見から、再生不応期で尾切断後に生じる分子機構として次のようなモデルを考えている。オタマジャクシの尾を切断すると、切断端では破壊された組織の再構成と再生芽での細胞増殖が起きる。クローン#3(C-type lectin)はこの破壊された組織の再構成に関わる可能性がある。しかしながら不応期では、クローン#1を発現するような自己反応性の免疫細胞が、クローン#2(non-coding RNA)などによる遺伝子発現調節を受けて再生芽の増殖細胞を「非自己」と認識し、攻撃する。したがって再生が阻害される、というものである(図6)。 本研究は免疫応答と再生能との関連の分子基盤を解析した最初の研究である。特にクローン#1は、再生芽の増殖細胞を「非自己」として攻撃する免疫細胞そのもので発現している可能性があり、再生を阻害する免疫応答の実態を解明する上で非常に重要な鍵となる可能性がある。今後、本研究で明らかとなった分子基盤を、再生能の異なる他種の生物においても解析することで、再生能の規定要因の解明や、延いては再生能の賦活化などへと応用されることが期待される。 図1.アフリカツメガエルの尾再生能力 A.アフリカツメガエル発生過程と再生能の変化.B,C.再生可能期(B),不応期(C)に尾を切断した幼生.D,E.不応期に切断し,FK506処理した尾(D)と対照(E).B-Eは切断後1週間.矢じりは切断端を示す.Scale bar=2mmADESt 図2 Differential Display 比較群. 不応期のFK506無処理群(DMSO群)のみ処理後に尾を再生しない.不応期のFK506処理/無処理群間で発現パターンの異なる遺伝子を候補とした. 表1.DD法で得られた候補遺伝子断片の発現パターン模式図 DD法では,不応期の尾切断直後(0 hours post amputation, hpa), 尾切断後24時間FK506無処理(DMSO)/処理と,可能期の0 hpa,尾切断後24時間FK506無処理(DMSO)/処理の6群間で発現パターンを比較した.表では,得られた候補の定量結果を模式的に表した.白マスは発現が低いことを,黒マスは発現が高いことを示す. 図3. 候補遺伝子断片の発現解析 (A)発生過程における全身での発現変動.(B)不応期尾切断後のFK506処理/無処理下における尾切断端での発現変動.*:P< 0.01, Tukey-Kramer method. †:P < 0.05, student's t-test. (mean ±SEM, n= 4) 発現量はEF1αの発現量により補正し,1日目(A),0時間後(B)の発現量を1とした相対発現量で示した. 図4. #1の組織ごとの発現量 不応期幼生の血球分画および頭部,胴部,尾部間で遺伝子発現量を比較した.*: P< 0.01, Dunnet'stest.(mean ±SEM, n= 4) 発現量はEF1αの発現量により補正し,血球分画の発現量を1とした相対発現量で示した. 図5. #1MO注入胚の生存割合 (A) MO注入後15日目までの生存個体の割合の変化.i, ii, iiiは試行の回数を表す.EXP: #1に対するMO, 5mis: 5mis-pair control, NON: uninjected(B)媒精後8日目(不応期開始期)における生存個体の割合. *P<0.05, **P<0.01, Dunnett'stest. 図6.免疫応答による尾再生阻害モデル #1:切断端に遊走する免疫細胞に発現する因子,#2:免疫細胞の遺伝子発現を調節するnon-coding RNAなど,#3:再生芽細胞が発現する因子をコードすると考えている. | |
審査要旨 | 器官再生能は動物種や発生段階、器官の種類により異なるが、その理由は不明である。アフリカツメガエルXenopus laevis の幼生(オタマジャクシ)は高い尾の再生能をもつが、発育過程でその再生能を一過的に失う(再生不応期)。当研究室の深澤らは、これまでに再生不応期と不応期後可能期では尾切断後に異なる免疫応答が生じること、不応期の個体を免疫抑制剤(FK506 など)処理すると再生能が顕著に回復することを報告している。修士課程の研究で論文提出者は、再生不応期に獲得免疫系が分化することを示した。一方、深澤らは可能期には制御性T 細胞が出現することを示した。以上の知見から深澤・直良らはツメガエル幼生尾の再生能の発育に伴う変遷に関する新規な仮説を提示した。すなわち、再生不応期には獲得免疫系が分化し始めるが、未熟な免疫細胞が再生芽細胞を「非自己」と誤認して攻撃するため、再生能が阻害される。一方、可能期には制御性T 細胞がこれらの免疫細胞の働きを抑制するため再生能が回復する、というものである(Fukazawa et al., 2009)。しかしながら再生芽を攻撃する免疫細胞の実体や、標的とする再生芽細胞の「自己抗原」など、再生能を阻害する免疫応答の分子機構は不明であった。そこで論文提出者は、この分子機構の解明を目的として博士課程の研究を行った。 本論文は1 章構成であり、3 つの遺伝子の同定と解析がなされている。先ず再生能を規定する免疫応答に関わる遺伝子を同定するため、ディファレンシャル・ディスプレイ法を用いて不応期の切断前には発現せず、切断24 時間後のFK506 処理群(再生能あり)と無処理群(再生能なし)の尾で発現が異なる遺伝子を検索した。この時、FK506 の副作用を避けるため、可能期のFK506 処理群と無処理群(伴に再生能あり)では発現変動しない遺伝子を選んだ。その結果、3 種類の遺伝子、クローン1:phytanoyl-CoA dioxygenase に相同性を示す新規遺伝子(XPhyH-like)、クローン2:非翻訳性RNA と思われる有意なORF をもたない新規遺伝子、クローン3:樹状細胞特異的C-type lectin 遺伝子を得た。 XPhyH-like の発現は不応期無処理群の尾の切断後に一過的に上昇し、その上昇はFK506 処理で抑えられた。また、この一過的発現上昇は可能期より不応期で高く、頭部や胴部、尾部に比べ血球分画で有意に高く発現した。このことは、XPhyH-like が不応期の尾切断端に一過的に浸潤し、再生を阻害する免疫細胞に発現することを示唆する。XPhyH-like は発育過程では不応期選択的に発現し、不応期にはXPhyH-like を発現する自己反応性の免疫細胞が全身に漏出している可能性が考えられた。機能解析のため、モルフォリノアンチセンスオリゴを用いた遺伝子ノックダウンを行うと、実験群は発生過程でほとんどの個体が死亡した。このことはXPhyH-like が発生過程で重要な働きをもつことを示している。クローン2 の発現も不応期無処理群の尾切断端で上昇し、その上昇はFK506 処理で抑えられた。また頭部や胴部、尾部に比べ血球分画で高く発現する傾向が見られた。またクローン2 はどの発生段階でも同様に発現していた。このことはクローン2が不応期の尾切断端に浸潤し、再生を阻害する自然免疫細胞に発現することを示唆する。クローン3 はFK506 処理の有無によらず、切断後48 時間にかけて尾切断端で緩やかに発現上昇したことから、切断尾の組織リモデリングに働く可能性が考えられた。クローン3は様々な組織で発現したが、これは樹状細胞が様々な組織に分布することと一致する。また胚発生期にはほとんど発現せず、不応期や変態期に発現した。このことは、クローン3 を発現する樹状細胞が、不応期や変態期に、自己反応性の免疫細胞により障害された組織のリモデリングに働く可能性を示唆している。 本研究は再生能を阻害する免疫応答の分子機構を解析した初めての例である。特に、XPhyH-like は自己反応性の免疫細胞選択的に発現する遺伝子として今回、初めて同定された。今後、再生芽細胞を攻撃する免疫細胞のマーカーとして、再生能を失った成体(カエル)や、再生能をもたない哺乳類での自己反応性の免疫細胞の動態解析のために利用可能と思われ、再生生物学の発展に大きく寄与すると期待される研究成果である。なお、本論文は深澤太朗・菱田祐子・國枝武和・久保健雄(東京大学)との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究戦略の設定、実験、考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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