学位論文要旨



No 129010
著者(漢字) 浅岡,凜
著者(英字)
著者(カナ) アサオカ,リン
標題(和) シロイヌナズナにおける細胞内輸送制御因子RABA1の研究
標題(洋) Study on RABA1 GTPases in Arabidopsis thaliana
報告番号 129010
報告番号 甲29010
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5987号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中野,明彦
 東京大学 教授 福田,裕穂
 東京大学 教授 平野,博之
 群馬大学 教授 佐藤,健
 東京大学 准教授 上田,貴志
内容要旨 要旨を表示する

〈序論〉

細胞の中にはさまざまな細胞小器官が存在し,それらが厳密に機能分化し,連携することにより複雑な生命現象を実現している.細胞小器官の間の物質輸送は,真核細胞生物に普遍的に備わる膜交通という機構により行なわれている.この機構は,細胞の恒常性の維持に重要な役割をはたすだけでなく,必要に応じてタンパク質や脂質の局在を機敏に調節することで多細胞生物の形態形成や環境応答などのさまざまな現象にも関与している.膜交通における制御因子の一つであるRABは,低分子量のGTPaseであり,活性型であるGTP結合型と不活性型であるGDP結合型をサイクルすることにより,分子スイッチとして機能する.RABは,物質を積んだ輸送小胞が正しく標的膜に融合するための制御因子として働き,積み荷が誤った場所へ輸送されることを防いでいると考えられている.

RAB11グループは,真核細胞生物に広く保存されたRAB GTPaseの一群であり,動物や酵母では,RAB11グループのメンバーが1~3個存在する.これに対し,植物のRAB11メンバーは非常に多様化し,巨大なグループを形成しており,シロイヌナズナのゲノム中にコードされる57個のRABのうち,半数近くに及ぶ26メンバーがRAB11グループに分類される.このことは,植物独自の膜交通システムのありかたにRAB11が寄与している可能性を示している.RAB11グループは,さらにRABA1からRABA6の6つのサブグループに分けられ,このうちRABA2,RABA3グループは細胞板の形成に,RABA4グループのRABA4b,RABA4dは根毛の伸長と花粉管の伸長にそれぞれ関与していることが明らかになっている.しかし,機能の分かっていないメンバーがいまだ多く残っており,多様化した植物RAB11の包括的理解には遠く及ばないのが現状である.そこで私は,RABA1メンバーの詳細な細胞内局在解析を行なうことで,RABA1メンバーがポストゴルジ網の中のどのような輸送経路を制御しているかを調べるとともに,機能欠失変異体・優勢阻害型変異体の解析から,RABA1メンバーの制御する輸送経路がどのような高次生命現象に関与しているのかを明らかにすることを目的として研究を行なった.また,細胞内局在解析の解析を通して観察されたRABA1bコンパートメントのダイナミックな運動に関して,その動きのメカニズムを解析した.

〈結果と考察〉

◆RABA1メンバーはトランスゴルジ網(TGN)と細胞膜の間の輸送を制御する

RABA1サブグループはRABA1aからRABA1iの9つのメンバーから成る.このうち,根端分裂組織で主に発現する3つのメンバーであるRABA1a,RABA1b,RABA1cにそれぞれGFP,Venus,またはmRFPを融合したタンパク質をネイティブプロモーター制御下で発現する形質転換体を作成し,それぞれの二重染色を行うことで,3つのメンバーが共局在することを明らかにした.そこでGFP-RABA1bとポストゴルジ網のさまざまなオルガネラマーカーとの局在を比較したところ,GFP-RABA1bはmRFP-SYP43およびVHA-a1-mRFPでラベルされるTGNに近接した粒状のコンパートメントと,活発に動く小胞様の構造に局在した(図1A).また,GFP-RABA1bは分泌経路で機能することが知られているR-SNAREであるVAMP721/722と共局在した(図1B).さらに,RABA1bのGTP固定型は制御する輸送の標的膜に蓄積することが予想されるが,根端細胞においては細胞膜に局在した(図1C).一連の結果から,RABA1bがTGNから細胞膜へ向けての輸送を制御することが示唆された.

◆RABA1bの局在する小胞はアクチン依存的に運動する

斜照射顕微鏡での観察により,GFP-RABA1bの局在する細かい小胞は列をなして非常に速く細胞内を運動することが明らかになった.マーカータンパク質との局在比較と阻害剤実験により,この列がアクチン繊維に沿っていること,RABA1bコンパートメントの運動にはアクチン繊維の重合が必要であることを示した.このことから,RABA1bコンパートメントの速い運動は,アクチン繊維に依存していることが示された.

◆RABA1メンバーは塩ストレス耐性に必要である

raba1a raba1b raba1c raba1d四重変異体を用いた塩ストレス試験の結果から,RABA1a,RABA1b,RABA1c,RABA1dの4メンバーが塩ストレス耐性に必要であることが示された.また,この表現型がいずれか1メンバーの発現により相補されることから,4メンバーが塩ストレス耐性に対し冗長的に機能していることがわかった(図2).さらに,ソルビトールを用いた浸透圧ストレス試験では,野生型と変異体で生育に差が見られなかったことから,四重変異体の生育阻害は高浸透圧ではなく塩そのものによることが明らかになった.

◆raba1変異体の塩ストレス耐性低下はナトリウム取り込み・排出の異常が原因ではない

RABA1メンバーがどのようなメカニズムで塩ストレスに関与しているのかを知る手がかりとして,NaClを添加した培地条件において四重変異体がナトリウムを異常蓄積しているかどうかを誘導結合プラズマ質量分析法(ICP-MS)を用いて調べた.その結果,四重変異体のナトリウム蓄積量は野生型と同程度だった(図3).このことから,変異体の塩ストレス条件下における生育阻害は,ナトリウムの取り込みおよび排出の異常によるものではないことが示唆された.

〈まとめ〉

本研究により,RABA1メンバーがTGNから細胞膜への輸送に関わっていることが示唆され,また,コンパートメントのダイナミックな運動性がアクチン依存的であることが示された.さらに,植物RAB11のストレス耐性への関与が初めて示された.今後は,相互作用因子の探索等を進めることにより,塩ストレス耐性におけるRABA1輸送経路の役割を明らかにできると期待される.

図1 : RABA1bの細胞内局在解析.(A)TGNとの局在比較. (B)VAMP721との局在比較. (C)GTP固定型RABA1bの局在.

図2 : 四重変異体の表現型解析.スケールバー,1 cm.

図3 : 野生型・四重変異体におけるナトリウム蓄積量の比較.

審査要旨 要旨を表示する

本論文はシロイヌナズナの細胞内輸送制御因子RABA1 GTPaseの研究についてまとめられたものであり、3章からなる。

第1章は序論であり、細胞の生命活動における細胞内輸送の重要性、細胞内輸送の特異性を決める制御因子、その進化が細胞内輸送経路網に与える影響などについて概説されている。

第2章はRABA1メンバーのシロイヌナズナにおける役割について述べられている。シロイヌナズナのゲノム中にはRAB GTPaseをコードする遺伝子が57個存在し、そのうち26遺伝子がRAB11グループ(RABA1~RABA6)に分類される。一方で、酵母・動物ではRAB11グループに属する遺伝子はごく少数であることから、植物においてRAB11グループは独自の進化を辿り多様化したと考えられる。これまでに、RABA2、 RABA4サブグループのメンバーについてはそれぞれ細胞板形成、根毛や花粉管の伸長に関与するという報告があるものの、植物RAB11の役割についての包括的理解には程遠いのが現状である。本論文で扱われるシロイヌナズナRABA1サブグループはRABA1aからRABA1iの9メンバーで構成され、RAB11の中で最大のサブグループでありながら、これまであまり研究が進んでいなかった。本論文においては、RABA1サブグループのメンバーがどのような細胞内輸送経路に関与するのか、また、どのような高次生命現象に関与するのかについて調べられている。まず、シロイヌナズナの根端を用いてネイティブプロモーター制御下で蛍光タンパク質融合RABA1bの詳細な局在観察をおこなったところ、RABA1bはトランスゴルジネットワーク(TGN)近傍のドット状のオルガネラおよび小さく動きの非常に活発な小胞様の構造に局在した。また、細胞膜方向への分泌経路で機能することが知られているVAMP721/722とは非常によく共局在した。さらに、恒常的活性型変異体であるRABA1bQ72Lは細胞膜に局在することから、RABA1bがTGNと細胞膜間の輸送を担っていると考えられた。また、RABA1bの局在する小胞のダイナミックな運動はアクチンに沿ったものであり、アクチン繊維の重合を阻害すると完全に失われることから、運動がアクチン繊維依存的であることも明らかになった。次に、RABA1サブグループの9メンバーのうち植物体全体で発現が見られる4メンバーをノックアウトしたraba1a raba1b raba1c raba1d四重変異体を作出し、その表現型について述べている。通常の生育条件下では野生型に比べほんの少し根が短いという以外は目立った異常は見られなかったが、各種ストレス条件下での表現型解析をおこなったところ、NaClやKClを添加した塩ストレス条件において、野生型に比べ顕著に生育阻害が見られた。この表現型は、4メンバーのうちのいずれかを発現させることによって相補された。このことから4メンバーが冗長的に機能し、塩ストレス耐性に関与していることが明らかになった。一方、代謝されない糖類ソルビトールを添加し塩ストレス培地と同等の浸透圧を与えた培地での表現型を観察したところ、生育阻害は見られなかったことから、生育阻害の原因は高浸透圧ではないこともわかった。さらに原因を探るため、野生型と四重変異体の塩ストレス条件下におけるナトリウムの蓄積量を比較したところ、両者に有意な差は認められなかった。また、ナトリウムの蛍光プローブSodium Greenで細胞内のナトリウムを可視化すると、野生型も変異体も同様に、過剰の塩処理に応じてナトリウムを液胞に蓄積する様子が観察された。これらの結果から、四重変異体において、ナトリウムの取り込み、排出および細胞内での分配に異常がないことがわかった。これは、RABA1メンバーの関与する塩ストレス耐性がナトリウムに対する直接的応答ではなく、何らかの別のメカニズムによって実現されていることを示唆している。本章の一連の研究成果は、植物のRAB11が植物の形態形成だけでなくストレス耐性に関与することを示す初めての知見となり、RAB11の機能の多面性が示唆された。

第3章は総合討論であり、植物の細胞内輸送研究における本研究の位置づけおよび今後の展望について議論されている。

なお、本論文第2章は、植村知博助教、井藤純博士、伊藤瑛海博士、藤本優博士、上田貴志准教授、中野明彦教授、西田翔博士、藤原徹教授との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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