学位論文要旨



No 129014
著者(漢字) 近藤,侑貴
著者(英字)
著者(カナ) コンドウ,ユウキ
標題(和) 維管束細胞の分化を支配するシグナルネットワークの研究
標題(洋) Study on signaling network governing vascular cell differentiation
報告番号 129014
報告番号 甲29014
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5991号
研究科 理学系研究科
専攻 生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福田,裕穂
 東京大学 教授 武田,洋幸
 東京大学 教授 塚谷,裕一
 東京大学 准教授 杉山,宗隆
 東京大学 准教授 上田,貴志
内容要旨 要旨を表示する

生物の体は、多様に機能分化した様々な細胞から構成されている。それぞれの細胞は、互いに、ホルモンなどを介した緊密なコミュニケーションを通じて自らの運命を決めていく。中でも、道管細胞は、通道組織としての連続性、他の維管束細胞との機能連携のため、厳密な細胞間コミュニケーションのもとに形成されると考えられてきた。そこで本研究では、細胞間相互作用因子として働くCLAVATA3/ESR (CLE) ペプチドホルモン群に着目し、それらの細胞内シグナル伝達機構の解明を通して、道管細胞分化の厳密な制御機構を明らかにすることを目指した。

結果と考察

シュートにおける道管細胞の分化運命決定機構

CLEペプチド群に属するTDIFは、道管細胞分化を抑制し、維管束幹細胞の維持に重要な役割を果たす (Ito et al., 2006)。そこで、TDIFの作用機構に迫るため、逆遺伝学のアプローチから、TDIFの受容体として膜貫通型受容体様キナーゼTDIF RECEPTOR (TDR) を同定した。更にY2Hスクリーニングから、TDRのキナーゼドメインと相互作用する因子として、細胞質キナーゼBRASSINOSTEROID INSENSITIVE 2 (BIN2) を単離した (図1)。TDRはBIN2だけでなく、ホモログであるBIL1、BIL2と結合し (図1)、bin2/bil1/bil2 三重変異体は、外生的なTDIF投与に対して強い耐性を示した (図2)。これらBIN2様遺伝子の発現パターンを調べたところ、葉の維管束に沿ってGUSのシグナルがみられたことから、TDRとBIN2、BIL1そしてBIL2は、共に維管束で機能することが示された (図3)。次に、TDIF、TDR、BIN2をタバコの表皮細胞で発現させ、シグナルの再構築を試みた。FRETを用いた分子間距離の測定から、BIN2はTDRと細胞膜近傍で近接し、TDIFの刺激に応じて解離することが明らかになった (図4)。このBIN2の解離には、TDRのキナーゼ活性が必要であり、BIN2の既知のリン酸化サイトである200番目のチロシンではなく、48番目のスレオニンのリン酸化が重要であることがわかった (図5)。さらに、シロイヌナズナ前形成層細胞においてBIN2の活性を測定するための新たなアッセイ系を開発し、TDIFが内生のTDRを介してBIN2を活性化することを明らかにした (図6)。これらの結果から、TDIF-TDRシグナル系はBIN2様キナーゼの活性促進を通して道管分化を阻害していると推測された。そこでBIN2様キナーゼの特異的な阻害剤bikininを葉ディスクに処理したところ、異所的な道管分化を強く誘導した (図7)。以上の結果は、TDIFはTDRと結合したBIN2を解放し、活性化することで道管分化を抑制することを強く示唆した。BIN2はブラシノステロイド (BR) シグナルの負の制御因子であることが知られている (Kim et al., 2009)。そこで、道管分化におけるTDIFとBRの関係性について更なる解析をおこなった。BRの一種であるブラシノライド (BL) を添加すると、bikinin処理と同様に、異所的な道管分化が促進された (図8)。このBLの効果はTDIFによって打ち消され、TDIFとBLは互いの効果を濃度依存的に抑制しあうことが示された (図8)。以上の結果をもとに、私は、TDIFとBRの細胞内シグナル経路はBIN2によって統合され、前形成層細胞からの道管細胞への分化のON/OFFを制御しているという新たなモデルを提示した(図9)。

一方で、TDIFはWOX4と呼ばれる転写因子を介して、前形成層細胞の分裂を促進するという別の作用をもつことが知られている (Hirakawa et al., 2010)。bin2/bil1/bil2変異体は、前形成層の分裂促進に関しては、TDIFに対して野生型と同程度の感受性を示したことから (図10)、TDRとBIN2の遺伝学的相互作用は、道管分化制御の局面に限定されるということが示唆された。そこで、wox4変異体を用いてTDR-WOX4の経路を遮断した状態で、BIN2様キナーゼの機能を阻害することにした。興味深いことに、wox4変異体背景でbikininを処理すると、胚軸の維管束において篩部・木部の間に位置する前形成層がほとんど維持されなくなった (図11)。この表現型はtdr の胚軸維管束の表現型と酷似している (Hirakawa et al., 2010)。以上の結果から、道管分化に対して抑制的に働くTDR-BIN2経路は、TDR-WOX4経路と協調的に働くことで生体内においては、維管束の幹細胞群の維持に大きく貢献していることが明らかとなった (図12)。

根における道管細胞の分化運命決定機構

興味深いことにTDIFは根の道管分化は阻害しない。そこで、根における道管細胞の分化制御因子を探索するため、26種の合成CLEペプチドを根に投与し、網羅的にそれらの影響を調べた。その結果、CLE10を含むいくつかのCLEペプチド群が根の原生木部道管の形成を阻害することを見出した (図13)。CLE10ペプチドの作用機構を調べるため、マイクロアレイを用いたトランスクリプトーム解析をおこなったところ、植物ホルモンであるサイトカイニンの負のシグナル伝達因子であるType-A ARR遺伝子群に発現の低下がみられた (図14)。さらに、サイトカイニンシグナル伝達に関わる様々な因子の変異体を用いた遺伝学的解析から、CLE10はType-A ARRsに属するARR5、ARR6の発現を負に制御することで、サイトカイニンの細胞内シグナル伝達を強めていることが明らかとなった (図13)。次に、CLEペプチドの既知の受容体の変異体に対してCLE10投与実験をおこなったところ、clv2変異体がCLE10の原生木部道管形成の阻害効果に対して耐性をもつことが分かった (図14)。このclv2変異体では、CLE10投与とは逆に、異所的な原生木部形成が促進され、この表現型はサイトカイニンシグナルが減少した変異体においても観察された (図15)。以上の結果から、根の原生木部道管の形成制御において、Type-A ARRsを介したサイトカイニンとCLEペプチドシグナリングのクロストークが重要なはたらきをもつことが示唆された (図16)。

まとめ

今回、道管細胞の分化制御に関して、新たに異なる2 つのシグナル機構を明らかにすることに成功した。それぞれのシグナル系は、地上部と地下部の維管束と働く場所が異なっているが、両者のシグナル系には共通して、植物ホルモンとCLE ペプチドシグナルがクロストークするという厳密性を生み出す複雑な制御機構が見出された。これらの結果は、植物細胞の発生運命の決定に際して、異なるCLE ペプチドと植物ホルモンの組み合わせが、細胞内で統合されることが鍵になっていることを示唆しており、細胞分化の新たな制御の仕組みが提示された。

発表論文:Kondo et al., Plant and Cell Physiology, 52: 37-48, 2011.

図1 酵母ツーハイブリッド法によるTDRとBIN2の相互作用の検出

TDR細胞内ドメインは、BIN2とそのホモログBIL1、BIL2と相互作用した。数字は培地にまいた培養液のODを示す。

図2 葉脈道管形成におけるTDIF感受性

左図は道管分化の阻害された葉脈の割合を示す。bin2及びbin2/bil1/bil2変異体は、TDIF投与に対して耐性を示し、右図のような遺伝学的関係が明らかとなった。

図3 葉におけるBIN2様キナーゼ遺伝子の発現パターン

BIN2、BIL1、BIL2はいずれも葉の維管束に沿って発現が観察された。スケールバーはそれぞれ、1 mm、 50 μm。

図4 植物細胞におけるTDRとBIN2の結合様式

TDR-CFP、BIN2-YFPをタバコ表皮の同一細胞に一過的発現させ、細胞膜上でFRET効率を測定した。下段はリガンド刺激によるTDR-BIN2間のFRET効率の変化を示す。スケールバーは50 μm。

図5 BIN2の解離におけるBIN2T48のリン酸化の重要性

TDRK747EにおいてはTDIF処理によるBIN2の解離は見られなかった。同様に、BIN2T48Aにおいても解離は見られなかった。

図6 前形成層におけるTDIFのBIN2キナーゼ活性への影響

BIN2の基質であるBZR1を前形成層で発現させ、局在の変化を指標にキナーゼ活性を定量した。スケールバーは10 μm。

図7 Bikininによる道管分化の誘導

Bikinin によりBIN2,BIL1, BIL2の活性を阻害すると、多数の道管細胞が異所的に誘導された。スケールバーは順に5 mm、500 μm、50 μm。

図8 TDIFとBRの道管分化に与える影響

TDIFとブラシノライド (BL) は拮抗的に道管分化の抑制と促進にはたらく。スケールバーは500 μm。

図9 シュートにおける道管分化制御機構のモデル

BIN2が正反対の働きをもつTDIFとBRのシグナルを統合し、最終的に道管分化の制御を支配することが明らかとなった。

図10 BIN2様キナーゼの前形成層の分裂促進への影響

赤矢印は、bin2/bil1/bil2 三重変異体における発芽後11日目の胚軸の維管束幅を示している。右の表のように、三重変異体においても、野生型と同様にTDIFに応答する様子が見られる (n = 8)。スケールバーは 100 μm。エラーバーは標準誤差を表す。

図11 BIN2様キナーゼの維管束幹細胞維持における役割

発芽後11日目の胚軸の横断切片を作製した。赤、黄、青色はそれぞれ篩部、前形成層、木部の細胞を示している。スケールバーは 50 μm。

図12 TDR-BIN2及びTDR-WOX4経路による維管束幹細胞の維持機構

図13 根の道管分化を制御するCLEペプチドとその作用機構

TDIFは根の道管分化を阻害しない。一方、CLE10が原生木部道管の形成を阻害する活性をもつことが明らかとなった。右図はCLE10投与によるARR遺伝子の発現低下を示す。スケールバーは25 μm。

図14 様々な変異体を用いた遺伝学的解析

CLE10の投与に耐性をもつ変異体を単離した。clv2 はCLE10に耐性を示すが、サイトカイニンであるBAには耐性を示さない。スケールバーは25 μm。

図15 変異体の原生木部道管形成における表現型解析

CLEやサイトカイニンのシグナルが低下した変異体では、野生型に比べて過剰な原生木部道管の形成が見られた。スケールバーは25 μm。

図16 根における道管分化制御機構のモデル

CLEペプチドはType-A ARRsの発現量を抑制することでサイトカイニンシグナルとクロストークする。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、維管束を構成する木部細胞の分化制御における、ペプチド情報分子と植物ホルモンのシグナル統合のしくみを分子生物学的、遺伝学、発生生物学的に解析したものであり、5章からなる。第1章では、研究の背景として維管束の多様な発生様式およびそれらの制御に関与する分子遺伝学的な知見がまとめられ、これと関連付けて研究の意義と目的が記されている。第2章では本研究で使われた材料と方法について記述されている。第3、4章は研究の結果とその考察であり、第3章では、シュートにおける低分子ペプチドTDIFとその受容体TDRの下流シグナルネットワークの解析が、第4章では、根におけるCLEペプチドの木部分化制御機構の解析が記されている。研究全体の総括とそれを踏まえた考察が第5章に記されている。

維管束細胞は、ホルモンやペプチドをはじめとし、様々なシグナルを受けることで、分化の方向性が決定づけられると考えられている。論文提出者は、木部細胞分化を支配するシグナルネットワークの解明を目指し、ヒャクニチソウ培養細胞系で単離された木部細胞分化阻害因子TDIFおよびTDIFが属するCLEペプチドファミリーに着目して、それらの木部分化における役割と作用機構に関して、様々な手法を駆使して解析した。

論文提出者は、シュートにおける前形成層細胞(維管束幹細胞)からの木部分化の制御機構を解析した。まず、TDIF-TDRシグナル伝達経路に着目し、酵母ツーハイブリッド法を用いてTDRと相互作用する因子の探索をおこなった。酵母を用いた解析から、BIN2をはじめとする植物GSK3sファミリーに属する複数の細胞質キナーゼがTDRの細胞内ドメインと結合することを明らかにした。続いて、GSK3sのTDIFシグナルにおける役割を解明するため、GSK3sの多重変異体および阻害剤を使用した解析をおこない、GSK3sがTDIFシグナルの下流で木部分化の制御に関わることを明らかにした。さらに、シグナル伝達を担うこれら3つの因子TDIF、TDR、BIN2をベンサミアナタバコに導入し、植物内でシグナル伝達経路を再構築することで、BIN2がTDIF依存的にTDRから解離するという新たなシグナル伝達様式を明らかにした。GSK3s活性マーカーをシロイヌナズナ前形成層細胞特異的に発現させることで、前形成層細胞においてTDIFはTDRを介して、GSK3sを活性化することを明らかにした。これらの発見を踏まえ、論文提出者はシロイヌナズナ葉ディスクを使用した、新たな木部細胞分化系を確立することに成功した。この分化系の解析から、植物ホルモンであるブラシノステロイドがTDIFと拮抗的に働き、それら2つのシグナルがGSK3sによって統合されることで、前形成層細胞の木部細胞への分化運命が決定づけられることを明らかにした。以上の研究は、維管束幹細胞の分化運命決定における、2つのシグナルのクロストークを見出した世界初の研究として高く評価された。

次に、論文提出者は、根における木部分化の制御の仕組みを解析した。まず、TDIFが属するCLEペプチドファミリー群に着目し、ほぼ全種類にあたる26種のCLEペプチドを合成した。これらの網羅的な添加実験により、CLE10を含む複数のCLEペプチドが根の原生木部道管の形成を阻害することを見出した。続いて、マイクロアレイを用いたトランスクリプトーム解析から、CLE10ペプチドがサイトカイニンシグナリングの負の制御因子であるtype-A ARRsの発現を抑制することを明らかにした。サイトカイニンも同様に、原生木部道管の形成を阻害することから、サイトカイニンのシグナルに関わる様々な因子の変異体を用いた遺伝学的な解析をおこない、CLEペプチドは、type-A ARRsの発現を抑制することで、サイトカイニンシグナル伝達を活性化し、過剰な原生木部道管の形成を抑制しているという根の木部道管形成制御におけるシグナルのクロストークを明らかにした。TDIFは根の原生木部道管の形成を阻害しないことからも、根とシュートにおける木部分化は異なるクロストークシステムによって制御されることが明らかとなった。以上の結果は、根の木部形成におけるCLEペプチドシグナルの新規機能を示した初めての成果として高く評価された。

なお、本論文に記載された研究は伊藤佑、中神弘史、平川有宇樹、藤田貴志、杉山宗隆、白須賢、Joseph J Kieber、福田裕穂氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上、ここに得られた結果の多くは新知見であり、いずれもこの分野の研究の進展に重要な示唆を与えるものであり、かつ本人が自立して研究活動を行うのに十分な高度の研究能力と学識を有することを示すものである。よって、近藤侑貴提出の論文は博士(理学)の学位論文として合格と認める。

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