No | 129019 | |
著者(漢字) | 岸,浩稔 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | キシ,ヒロトシ | |
標題(和) | 衛星観測とインベントリデータによるグローバルなPM2.5高濃度域の要因分析 | |
標題(洋) | Analysis of global anthropogenic PM2.5 with remote sensing and emission inventory | |
報告番号 | 129019 | |
報告番号 | 甲29019 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第7910号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 社会基盤学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 世界各地で大気汚染が深刻な問題になっている.大気汚染物質のうち,とりわけ粒子径の小さい微小粒子状物質(Particulate Matter less than 2.5um, PM2.5)は,肺の奥深くに沈着し排出されにくく,人体に甚大な健康被害をもたらす.しかしながら,PM2.5に対する各国の環境規制は不十分でり,WHO のガイドラインを満たすよう設定されているのは,日本,アメリカ,EU,シンガポールなど一部の国と地域のみである.規制の進めるためには,排出起源を明瞭にする必要があり,起源別の排出量を定量的に明らかにするための手法の開発が待ち望まれている. PM2.5の計測手法には,大気を直接捕集する方法と,人工衛星からのリモートセンシングによる方法がある.前者は計測精度は高いが,空間的に粗な観測データしか得られない一方で,後者は,大気の汚濁度を示す光学的厚さ(Aerosol Optical Depth, AOD)を計測することで,全球を時空間的に均質に観測することが可能である.一方で,PM2.5 排出量を推計するには,地上の人間活動や自然化学反応を,排出源ごとに活動量と排出係数を乗じることで積み上げて推定するインベントリと呼ばれる手法がある.大気汚染物質の実態把握のため,国や大陸レベルでのインベントリデータの整備が進められているが,対象とする排出源,推計手法,対象領域,推計年度など,統一的な基準がないために,互いの推計結果の比較が難しいという問題がある. 排出起源別に全球の排出インベントリを整備した.同時に,衛星から計測した大気環境と比較することで,全球規模のPM2.5 高濃度域を明らかにし,排出要因ごとに曝露人口による評価を行った.本研究の特色は以下のように整理することができる. ・ 衛星計測データ,統計情報,文献調査から,2001年から2008年までの国家,地域間で相互に比較可能な排出量推計手法を提案し,都市交通排気ガス,林野火災,産業・家庭起源の3つについて,全球のPM2.5 排出量データを整備した. ・ 排出インベントリ,衛星による実大気環境計測結果と相互に比較することで,PM2.5 高濃 度域における時空間分布特性を明らかにした. ・ 社会経済圏ごとに高濃度域について曝露人口の評価を行い,実際の健康被害提言に向けて優先的に取り組むべき課題を示した. まずは,PM2.5の主要な排出源と考えられている,都市交通起源排気ガス,林野火災,産業・家庭からの燃料燃焼の3つについてインベントリデータを整理することにより排出量を推定した.都市交通起源ガスは,各国の車両保有台数と交通活動量に,政府の定めるテディーゼル排出規制値と車両割合を考慮してテールパイプ由来分を評価し,タイヤ・ブレーキ摩擦由来分を加えることにより,全体の排出量を推定した.林野火災起源分は,MODIS より得た火災検知情報,土地被覆情報,文献調査から,火災延焼面積,植生のバイオマスと燃料燃焼率,PM2.5 排出係数を求め,これらを原単位として乗じることにより排出量を推定した.産業・家庭の燃料燃焼排出量は,各国の燃料種別エネルギー消費量と排出係数から推計した.交通と産業・家庭起源排出量は,夜間光計測によって得られた全球の人口分布を用いて空間的に配分し,全球にわたって国レベルで年ごとにインベントリ情報を整理した. 次に,Terra/Aquaに搭載されているMODISデータセットを用いて,大気環境の長期変動を観察した.日単位で得られる大気の光学的厚さ(AOD)から,月平均値と標準偏差を10kmごとに全球で算出した.先行研究ならびにAERONETによって得られているAODからPM2.5への変換係数を網羅的に調べ,複数得られるモデル間の比較を行った.衛星によって計測されているAODは,PM2.5以外のエアロゾルも含んでいることと,地上での計測とに比較には,気象場を考慮する必要があるため,直接比較は厳密には難しいが,高濃度域を抽出するには,大気上端のAODを代表することで充分な議論ができることが確認された. 最後に,インベントリと衛星計測から得られたPM2.5排出量を相互比較し,排出起源別の排出量と曝露人口の関係を明らかにした.これらの分析は国レベルで行い,EU,MENA, SAARC, ASEAN,ASEAN+3,NAFTA,MERCOSURといった,社会経済圏ごとに時空間的な特性を明らかにした.その結果,各地域において優先的に取り組むべきPM2.5排出量低減のための指針を次のように得た ・ 全球では,面積に換算すると,低・中排出量域では,都市交通,工場・家庭排出の寄与が大きく,高排出量域では林野火災の寄与が大きい.一方で,曝露人口換算すると,高濃度地域において都市交通と産業・家庭起源の排出の影響が大きいことが示された. ・ WHOの定める値を基準とすると,2008年の推計で,年平均では,全世界で約20 億人が,日平均では約10億人が,基準値以上の高濃度の PM2.5 曝露されていると推計された.高濃度地域の曝露人口は,工場・家庭と林野火災の影響が大きいことが明らかになった. ・ 社会経済圏ごとの集計の結果,全球平均と比べて,EU,SARRCでは低排出域に多くの人口が存在し,MERCOSUR,MENA,NAFTAでは,年平均環境基準を上回る地域に多くの人口が存在することが明らかとなった. 一方で,次のような課題も明らかとなった.すなわち,排出源として想定している要素の数,排出係数妥当性の評価はさらなる検討が必要である.また,排出インべントリは,単位面積時間あたりの排出量であり,衛星計測は大気環境の瞬時値であるため,時間の分解能が異なる.移流拡散,垂直分布,光化学反応による二次生成を考慮するためには,気象場を考慮した化学大気大循環モデルとの結合が必要である. 本研究により,全球規模の PM2.5 排出インベントリが整備され,衛星観測との比較により,その高濃度域の特定と,健康被害に直結する曝露人口による評価を行う手順が整った.全球において同一の評価手法で推定しその動態が明らかになることは,大気環境改善に向けた各国と地域政府の効果的な施策の意思決定材料となるとともに,大気汚染物質に関する国家間の排出権取引の進展といった,地球規模の大気環境問題への貢献が期待される. | |
審査要旨 | 世界各地で大気汚染が深刻な問題になっている.大気汚染物質のうち,とりわけ粒子径の小さい微小粒子状物質(Particulate Matter less than 2.5um, PM2.5)は,肺の奥深くに沈着し排出されにくく,人体に甚大な健康被害をもたらす.しかしながら,PM2.5に対する各国の環境規制は不十分でり,WHO のガイドラインを満たすよう設定されているのは,日本,アメリカ,EU,シンガポールなど一部の国と地域のみである.規制の進めるためには,排出起源を明瞭にする必要があり,起源別の排出量を定量的に明らかにするための手法の開発が待ち望まれている. PM2.5の計測手法には,大気を直接捕集する方法と,人工衛星からのリモートセンシングによる方法がある.前者は計測精度は高いが,空間的に粗な観測データしか得られない一方で,後者は,大気の汚濁度を示す光学的厚さ(Aerosol Optical Depth, AOD)を計測することで,全球を時空間的に均質に観測することが可能である.一方で,PM2.5 排出量を推計するには,地上の人間活動や自然化学反応を,排出源ごとに活動量と排出係数を乗じることで積み上げて推定するインベントリと呼ばれる手法がある.大気汚染物質の実態把握のため,国や大陸レベルでのインベントリデータの整備が進められているが,対象とする排出源,推計手法,対象領域,推計年度など,統一的な基準がないために,互いの推計結果の比較が難しいという問題がある. 本研究では,様々な統計データや衛星より計測した土地被覆情報,文献調査をもとに,排出起源別に全球の排出インベントリを整備した.同時に,衛星から計測した大気環境と比較することで,全球規模のPM2.5 高濃度域を明らかにし,排出要因ごとに曝露人口による評価を行った. まず,PM2.5の主要な排出源と考えられている,都市交通起源排気ガス,林野火災,産業・家庭からの燃料燃焼の3つについてインベントリデータを整理することにより排出量を推定した.都市交通起源ガスは,各国の車両保有台数と交通活動量に,政府の定めるテディーゼル排出規制値と車両割合を考慮してテールパイプ由来分を評価し,タイヤ・ブレーキ摩擦由来分を加えることにより,全体の排出量を推定した.林野火災起源分は,MODIS より得た火災検知情報,土地被覆情報,文献調査から,火災延焼面積,植生のバイオマスと燃料燃焼率,PM2.5 排出係数を求め,これらを原単位として乗じることにより排出量を推定した.産業・家庭の燃料燃焼排出 量は,各国の燃料種別エネルギー消費量と排出係数から推計した.交通と産業・家庭起源排出量は,夜間光計測によって得られた全球の人口分布を用いて空間的に配分し,全球にわたって国レベルで年ごとにインベントリ情報を整理した. 次に,Terra/Aquaに搭載されているMODISデータセットを用いて,大気環境の長期変動を観察した.日単位で得られる大気の光学的厚さ(AOD)から,月平均値と標準偏差を10kmごとに全球で算出した.先行研究ならびにAERONETによって得られているAODからPM2.5への変換係数を網羅的に調べ,複数得られるモデル間の比較を行った. 最後に,インベントリと衛星計測から得られたPM2.5排出量を相互比較し,排出起源別の排出量と曝露人口の関係を明らかにした.これらの分析は国レベルで行い,EU,MENA, SAARC, ASEAN,ASEAN+3,NAFTA,MERCOSURといった,社会経済圏ごとに時空間的な特性を明らかにした.その結果, PM2.5排出量低減のために優先的に取り組むべき指針を次のように得た ・ 全球では,面積に換算すると,低・中排出量域では,都市交通,工場・家庭排出の寄与が大きく,高排出量域では林野火災の寄与が大きい.一方で,曝露人口換算すると,高濃度地域において都市交通と産業・家庭起源の排出の影響が大きいことが示された. ・ WHOの定める値を基準とすると,2008年の推計で,年平均では,全世界で約20 億人が,日平均では約10億人が,基準値以上の高濃度の PM2.5 曝露されていると推計された.高濃度地域の曝露人口は,工場・家庭と林野火災の影響が大きいことが明らかになった. ・ 社会経済圏ごとの集計の結果,全球平均と比べて,EU,SARRCでは低排出域に多くの人口が存在し,MERCOSUR, MENA, NAFTAでは,年平均環境基準を上回る地域に多くの人口が存在することが明らかとなった. 一方で,排出源として想定している要素の数,排出係数妥当性の評価はさらなる検討が必要であることが明らかとなった.排出インベントリは,単位面積時間あたりの排出量であり,衛星計測は大気環境の瞬時値であるため,時間の分解能が異なるり,移流拡散,垂直分布,光化学反応による二次生成を考慮するためには,気象場を考慮した化学大気大循環モデルとの結合が必要である. 本研究により,全球規模の PM2.5 排出インベントリが整備され,衛星観測との比較により,その高濃度域の特定と,健康被害に直結する曝露人口による評価を行う手順が整った.全球において同一の評価手法で推定しその動態が明らかになることは,大気環境改善に向けた各国と地域政府の効果的な施策の意思決定材料となるとともに,大気汚染物質に関する国家間の排出権取引の進展といった,地球規模の大気環境問題への貢献が期待される. よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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