学位論文要旨



No 129020
著者(漢字) 髙橋,佑弥
著者(英字)
著者(カナ) タカハシ,ユウヤ
標題(和) マルチスケール熱力学モデルによるセメント-地盤連成系のイオン遮蔽性能評価
標題(洋) Multi-Scale Thermodynamic Modeling for Evaluating Ionic Transport Resistance in Cement-Soil Composite Materials
報告番号 129020
報告番号 甲29020
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7911号
研究科 大学院工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 石田,哲也
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 岸,利治
 東京大学 准教授 野口,貴文
 東京大学 准教授 桑野,玲子
 東京工業大学 教授 坂井,悦郎
内容要旨 要旨を表示する

コンクリート標準示方書は1990年代よりその設計体系が見直され,2002年までに全ての示方書において性能照査型設計の枠組みが確立された.中でも,2000年に発刊された土木学会コンクリート標準示方書施工編に,耐久性照査の枠組みが世界に先駆けて導入されたことは特筆に値する.その後改訂が進められた現行の示方書では,塩害に関する性能照査についてFickの拡散則に基づく予測手法が示されている.この際,安全余裕を見込んだ簡易評価式を使用していることもあり,場合によって過大なかぶりが設定されうる危険性が指摘されている.不経済な設計を回避するためにも,個々の材料が保有する遮塩性能を過小評価せぬよう,適切に評価し,構造物の設計に生かすことが重要である.しかし,コンクリートの遮塩性能評価にあたって重要なセメント系材料内部の塩化物イオン浸透機構に対する解釈は,現在でも議論が十分に定まっていない.特に,高品質なセメント系材料は近年,特異な液状水の挙動および塩分浸透現象により,特徴的な塩分浸透抵抗性を表すことが示されている.これら緻密なセメント硬化体中の物質移動挙動は,数十nm以下の微小な空隙中の現象と密接に関連していると考えられるが,微小域で起こる物質移動現象は未だ明確でないところが多い.高品質材料の性能を活かした設計を行うために,微小空隙中の液状水移動および塩分移動に関する熱力学現象を解き明かすことが不可欠であるといえる.

一方,セメントを取り巻く環境影響の問題に目を移すと,セメント改良体から地盤への有害物質の溶出がある.軟弱地盤のセメント改良や,汚染地盤の不溶化などを行う場合に,周囲の環境汚染を防ぎ,適切に管理することが求められている.セメント改良された地盤から周囲への六価クロム等の溶出挙動を適切に把握するには,セメントの水和反応や水和物へのイオン固定と,地盤材料中の物質移動とを,それらの相互作用を含めて考慮する必要があるが,現時点では,そのような境界領域の挙動を包括的に検討可能な解析方法は提案されていない.

本論文第1章は,以上の背景および既往の研究について整理し,それらを踏まえ,社会基盤を構成する多様な多孔体材料を対象として,熱力学モデルを用いて種々のイオンに対する遮蔽性能を評価するシステムを構築することを目的とした.以下具体内容を示す.まず,微小な空隙に着目し,塩分・水分物質移動について支配的な物理化学現象の導出とモデルの高度化を行う.構築したモデルは実験結果を用いて妥当性の検証を行い,実構造物の耐久性評価へと適用することを試みる.一方,これまでコンクリートおよびセメント改良土を対象としてきた解析システムの解析対象範囲を地盤材料へと拡充を行う.クロムモデルの新たな構築と併せて,多様な地盤環境を考慮することで,セメント‐地盤複合材料からの汚染物質溶出について,的確に予測することを可能とする.

第2章では,数nm以下の微小な空隙中の物質輸送モデルを,具体的な物理メカニズムに基づいて高度化し,その妥当性について,室内試験および既往の実験結果を用いて検証した.塩化物イオンの移動モデルに着目しイオンの移動が可能な閾空隙半径を設定し,微小な空隙に付随するインクボトル空隙の量と併せて,イオン移動に寄与する水量を修正した.併せて,液状水の移動モデルについて,水圧勾配と壁面との摩擦抵抗の釣り合いを考慮することで,微小な空隙中の液状水移動が長期材齢で停滞することを考慮可能とした.解析的検討を行ったところ,液状水移動モデルの高度化により硬化体内部のRH上昇が抑えられる機構と,塩分モデルの高度化により低RHでの塩分移動が抑制される機構が同時に作用して初めて,低W/C領域の高い塩分遮蔽性能が達成されることが明らかとなった.モデルの妥当性について,モルタルの塩水浸せき試験を行い検証した.精緻な試料採取手法を用いる事で水セメント比による細かな塩分浸透性状の違いを実験的に捉えることを可能にするとともに,それら実験で得られた塩分浸透深さの違いを構築したモデルにより的確に再現可能であることを示した.本研究で構築したモデルは高品質材料の適切な性能評価を可能とするものであると考える.

第3章では,2章において塩分浸透に着目し高度化された解析システムを実構造物の耐久性評価へ適用することを試みた.蒸気養生を施したプレキャストコンクリートで構成されたシールドトンネルセグメントを対象とし,塩分含有地下水環境下にある箇所の塩害進展期末予測を行った.環境条件として与えるべき漏水履歴を塩分分布から逆推定する必要があったことから,乾湿繰返し条件が塩分分布に与える影響について解析的に検討したところ,乾湿のバランスやサイクル長に応じて様々に塩分浸透深さが異なることが示されたため,その相互関係について整理した.導出された関係を基に,現在の塩分分布測定結果から,過去に作用したであろう漏水履歴を推定し,鋼材腐食解析の結果得られる算出される腐食量を用いて,ひび割れ発生時期の予測を行った.結果,塩分量や構造諸元など多様な要因が影響する腐食進展リスクを本研究の解析手法により定量的に評価が出来ることを示した.また,補修を想定した環境条件を設定することで,補修の定量的効果が示された.

第4章では,これまでコンクリートおよびセメント改良土材料を主対象としてきた解析システムを,改良体および地盤材料中のクロム溶出問題へ適用する為に,新たにクロムモデルを追加するとともに種々の多様な地盤環境への適応を行った.既存のシステムへのクロム質量保存則モデルの追加にあたっては,セメントペーストを用いた固定量測定試験を行い,クロムに固有の水和物固定曲線を同定するとともに,改良体中のイオン拡散挙動について空隙構造に基づいて修正を行った.構築したモデルについて,既往のタンクリーチング試験を用いて検証を行い,種々のパラメータのもと良好に実験結果を再現することを確認し,当該問題へ熱力学モデルを適用することの優位性を示した.更に,熱力学モデルと地球化学計算との連成解析により,多様な地盤環境を考慮可能とした.地盤の共存イオンや酸化還元雰囲気を考慮した検討により,セメントペースト中の酸化還元環境を明示するとともに,還元雰囲気におけるクロムの状態変化と溶出の抑制を解析的に再現した.構築したセメント-地盤連成材料モデルの数kmの解析サイズの大規模解析への適用を試み,地盤構造の違いが溶出挙動を変化させることを示した.

第5章では,これまでの章についてまとめるとともに,本研究の中で高度化および構築したモデルの適用限界および可能性・将来性について述べ,また,さらに信頼性を高めるために必要な検討および試験について言及した.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,セメント硬化体内部に存在するナノ寸法空隙中のイオン・液状水移動と,ミリメートルオーダーの空隙から構成される土粒子間粗大空隙場のイオン移動の両者を包括的に取り扱う熱力学数理モデルの構築を行うと共に,提案モデルを実装したマルチスケール統合プラットフォームによって,地下構造物の塩害進展解析ならびに実スケール地盤中の六価クロム溶出影響評価等の工学的応用に展開を図ったものである.具体的な研究成果と学術研究上の意義は,以下のように列挙される.

第1章では,研究の背景および既往の研究について整理し,社会基盤を構成する多様な多孔体材料を対象として,種々のイオンに対する遮蔽性能を評価する熱力学モデルと数値プラットフォームを構築することが,論文の目的であることを述べている.

第2章では,数ナノから数百ナノメートルの寸法を有する空隙場で展開される塩化物イオン移動現象に着目して,既存モデルの修正・高度化を行っている.小径・緻密な空隙を有する高品質なコンクリートの場合には,塩化物イオンに対して高い遮蔽性能を有することが既往研究より報告されているが,この特徴的とも言える塩分浸透抵抗性を,微小空隙中の微視的機構に立脚して説明を試みたものである,具体的には,空隙壁面と塩化物イオンの電気的作用や空隙相互の連結性等の要因によって,移動経路の寸法がある限界値を下回ると塩化物イオンが移動不可能になると仮定し,その妥当な閾値を過去の文献調査や感度解析より決定した.閾値以下の空隙およびそれらの空隙群に連結したインクボトル空隙の中に存在する液状水は,イオン移動の媒質として機能しないと仮定するものである.さらに塩化物イオンの輸送に大きく関わる液状水の移動モデルについても,空隙内部の間隙水圧勾配と壁面との摩擦抵抗の釣り合いを考慮することで,微小な空隙中の液状水移動が長期材齢で停滞することを数値モデルにより再現している.これら両者のモデルを組み合わせることによって,低W/Cコンクリートなどの高品質材料の高い塩分遮蔽性能を一般化して評価することが可能となった.モデルの妥当性を検証するために,様々な水セメント比を設定した供試体を作製し,塩水暴露表面から微小間隔の試料を削取して塩分分布を得るという独自に開発した精緻な分析手法を実施している.その結果,水セメント比の相違による塩化物イオン浸透フロントを概ね良好に再現されていることを明らかにした.1今後,高品質材料が有するポテンシャルを十分に活かした構造物の耐久設計を実現するためにも,本研究で提案した材料評価モデルの意義は大きいと認識される.

第3章では,第2章で検討を行った材料数理モデルを用いて,実構造物の耐久性評価を行っている.蒸気養生を施したプレキャストコンクリートで構成されたシールドトンネルセグメントを対象として,塩化物イオンを含む漏水作用が継続した場合の腐食進展過程を追跡評価したものである.対象のコンクリートはおよそ80MPaの強度を有する高品質材料であり,材料を構成する小径・微細な空隙場の物質移動現象を的確に捉えることが,精度の高い解析結果を得るうえでの必須の条件であるため,本論文2章で提案したモデルが有効に機能する事例の一つであると言える.解析を行うにあたって環境作用の履歴詳細が不明なため,測定された塩化物イオン分布を既知として与え,地下トンネルに作用する漏水の頻度および期間を推定して,今後の腐食ひび割れ発生時期の予測を行っている.その結果,塩分量や構造諸元など多様な要因が影響し,単一の指標のみでは判断が難しい腐食進展リスクを,総合的に評価することが可能であることを示し左.また劣化を受けた構造物に対して補修を想定した条件を与えた解析を行うことで,任意の劣化度に対する補修の定量的効果を示している.社会基盤施設の劣化とそれに対する維持補修が喫緊の話題となっている昨今,このような精緻な計算ができることの意義は大きいと認識される.

第4章では,セメント系固化剤あるいはセメント系材料で不溶化された汚染土からの六価クロム溶出問題を取り扱うために,既存のマルチスケール統合解析システムに,新たにクロム移動・平衡・吸着モデルを導入している.モデル化にあたっては,熱分析,XRDリートベルト解析,ICPによる溶出イオン測定などによって,セメント水和物中の六価クロム固定量を同定するとともに,改良体中のイオン拡散挙動について粗大空隙構造の影響が適切に考慮されるようモデルの修正を行っている.既往のタンクリーチング試験を用いて検証を行った結果,不溶化した汚染土のクロム濃度,セメント添加量,養生期間,および供試体寸法などの様々な条件に対して,良好に実験結果を再現することを確認している.さらに,提案する熱力学モデルと地球化学計算との連成解析によって地盤の共存イオンや酸化還元雰囲気を考慮するとともに,数kmにわたる地盤中の重金属拡散大規模計算を行うことに成功している,従来の環境影響試験において主流であった材料試験体レベルに代表される小型要素としての挙動と,人間の生活圏や自然環境全体を捉えたスケールで観察される現象を直結したという点で,本手法には大きな学術上の新規性と工学的な有用性が認められる.

第5章では,これまでの章についてまとめるとともに,本研究の中で高度化および構築したモデルの適用限界および可能性・将来性について述べ,さらに信頼性を高めるために今後必要な検討および試験について言及している.

以上のように,マルチスケール場を有する多孔体のイオン遮蔽性能を統一的に取り扱うモデルの構築,および数値プラットフォームの整備に対する工学的な貢献は大きいと認識され,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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