学位論文要旨



No 129025
著者(漢字) 渡部,昌弘
著者(英字)
著者(カナ) ワタベ,マサヒロ
標題(和) 繊維系結束構法を用いた屋根架構の構造性能評価に関する研究
標題(洋)
報告番号 129025
報告番号 甲29025
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7916号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 藤田,香織
 東京大学 特任教授 安藤,直人
 東京大学 教授 腰原,幹雄
 東京大学 准教授 清家,剛
 東京大学 講師 北垣,亮馬
内容要旨 要旨を表示する

(本文)

本研究は,我が国の伝統的かつ原始的ともいえる屋根構法のひとつである茅葺を主な対象とし,繊維系材料を用いた構法を繊維系結束構法と定義し対象を拡張することで,繊維系結束構法の構造性能を明らかにしたものである.更に,本研究により,繊維系材料を用いた構法の構造解析において多様な層構成に対応できるような茅葺屋根架構の構造特性のひとつの評価手法を提案する.

本研究では,植物または植物繊維,合成樹脂等の繊維を原材料とし,それを加工した材を結束材として用いた繊維系結束構法を研究対象とした.

[第1章]

茅葺建築物の構造解析に用いる構造要素や耐震改修の方針の判断材料となり得る研究成果を得るために,既往研究から繊維系結束構法を用いた屋根構面に着目し,研究の方針・方法を示した.研究方法・方針の骨子は,「伝統的な繊維系結束構法の把握」,「現代における繊維系結束構法の把握」,「要素実験による繊維系結束構法の構造性能評価」の3つからなる.

第一の「伝統的な繊維系結束構法の把握」では次の手順を採用した.伝統的な繊維系結束構法としての茅葺建築物の構法の基本的な特徴を把握し,また屋根構面の特徴を可能な限り正確に把握するため,国指定重要文化財修理工事報告書から層構成と層構成部材について包括的な分類を行うこととした.更に,地震力などの水平力に対する構造性能を考えるため,2011年東北地方太平洋沖地震による振動被害から被害の傾向を把握することを加えた.

第二の「現代における繊維系結束構法の把握」に関しては,現代における繊維系結束構法の概要を把握し,現代的な繊維系結束構法を用いた事例を調べ,構法的な側面から分類を行った.

第三の「要素実験による繊維系結束構法の構造性能評価」に関しては,屋根構面の各層間の接合部について要素実験を行ない,構造性能を明らかにした.更に,要素実験の結果を既往研究の試験体に適用し,整合性と適用範囲を検討した.

[第2章]

本章では,繊維系結束構法のうち,伝統構法における茅葺屋根を対象とした文献調査を行った.それは層構成の類型から構成毎の構面剛性のデータベースを構築するためである.これにより,ミクロな個別の要素に着目し,要素の積み重ねからマクロな屋根架構の構面剛性を推定することが可能になる.この結果は,第3章において,積層された構面の基本的な構造性能を明らかにする際に用いる.

構面の層構成を把握するため,重要文化財修理工事報告書に着目する.この資料をもとに,国指定重要文化財(住宅)に用いられる繊維系結束構法の層構成や構法の分布を把握する.

国指定重要文化財のうち,主な用途が住宅であり,修理工事報告書があるものを対象とした.抽出の結果,修理工事後の葺材が茅としている155件を研究対象とした.架構・層構成の分類では,竹のみによる組み合わせと丸太のみを用いた組み合わせが主流であることが分かった.叉首部材の加工方法の地域性に着目し,分布を考察した.

更に葺材に着目し,材種・構法による分類を行った.その結果,葺厚と層構成に一定の関連性が見いだされた.

これに加えて,葺材の物性として保水性能に着目し,5種類の葺材を対象に,小試験片,1束(把)それぞれが雨水などの水分を十分に含んだ状態でどの程度まで重量が増加し得るのかを調べた.

小試験片に着目して,木質化した細胞壁内に強制的に水を供給するとどのようになるか考察した.重量は室内環境下の場合と比較すると2.5~3.6倍に増加するという結果を得た.葺材の束単位の重量計測では,採取地付近の気象庁気象台の月最大24時間降水量を基に降雨時の水量を算定した.これを基に1束(把)単位での重量増加の計測を行った.その結果,材種毎の形状や組織の配置・密度に左右されることが分かった.1束(把)単位で計測すると高降水量での屋根面荷重は材種によって異なるが,1.25倍~1.74倍になった.

[第3章]

2011年東北地方太平洋沖地震による茅葺建築物の振動被害を調査した.調査対象の被災状況は土壁などに被害が出ているものの,被害状況はいずれも軽微で,全壊・半壊の被害はなかった.損壊部分は弱軸方向の振動が大きかったと考えられ,梁間方向の構面で土壁に亀裂または土壁の表層の剥落(小舞等の露出なし)などの壁面の被害がみられた.

[第4章]

現代的な繊維系結束材の固定方法を対象にその特徴を把握した.その結果,繊維系結束材は,その柔軟性を利用して,多様な部位に採用されている.ただし,材の固定には接着剤を使用する場合が大半であった.そのため,伝統木造建築への応用に当たっては,構造部材に接着剤が付着するのを許容するか,付着しにくい構法を考える必要があるという結論となった.

[第5章]

伝統的・現代的な繊維系結束構法の水平力に対する変形抵抗性能を明らかにするため,繊維系の結束を施した接合部の要素実験を行った.試験体は層の接合部を模しており,上層の荷重を吊り下げたものである.伝統的構法については第1~3層の回転拘束・開放方向それぞれについて6体ずつ合計30体,現代的構法については第1~3層の回転拘束のみ4体ずつ合計12体の試験体を用いた.部材径は文献調査の結果を基に平均的と考えられるモデルで行った.計測の主な対象は,上部材の端部に水平力を加えた時の接合部の抵抗及び,上部材の水平変位である.

実験の結果,微少変形領域の初期の勾配では,降伏変形角にばらつきが生じた.第2勾配は,結束材の拘束効果の有無で傾き(剛性)が異なる.結束材の拘束効果がある場合,更に0.1radから傾きが増加し第3勾配に転じた.一般に0.1radでは軸部は倒壊する可能性が高いとされるが,地震による振動被害を考察すると,軸部の損傷が大きくとも屋根架構の被害は軽微であるのは,このような結束材を用いた接合部の効果であると推定した.

[第6章]

要素実験結果を基に,層構成の要素の評価手法と検証を,既往研究との比較を通して行った.ここでは0.2radまでの大変形領域までを考察の対象とした.2物体が接触する際の局部的・局所的に生じる変形を扱うHertzの接触理論を基に第1層の接合部の変形を木材同士の接触面に生じる静止摩擦力の降伏と仮定して静止摩擦力を計算した.結果として,圧力分布により,0.29,0.46の2つの静止摩擦係数を得た.これらを文献の木材の静止摩擦係数と比較すると,木材の静止摩擦係数の範囲内にあることが分かった.これにより初期の最大荷重は静止摩擦抵抗によるものと推定した.

また荷重変形曲線の第2勾配は,Hertzの接触理論を基にすると,接触面周縁部の材は咬み合うように接するため,この接触部分双方の衝突によるものと推測できる.

実験結果と既往研究の比較するにあたり,接合部の荷重変形関係の荷重を変形角毎に積算した.これを用いて既往研究の結果と比較・分析し,更にエネルギー吸収能力に着目した考察を行った.

積算した荷重変形曲線からは,0.1radまでは第3層が支配的であり,0.1rad以降は第2層が支配的であることを明らかにした.以上から,結束材による接合部を用いた構面は,建築物では想定しない大変形時であっても破断せず,エネルギーを吸収し続ける構造であると考えられる.

更に,現代的な繊維系結束材に置き換えた場合についても検証を行った.初期の最大荷重は比較的低めになるが,初期の微少変形で既往研究を大幅に上回った.

エネルギー吸収能力に着目した比較においては,微少変形から0.1radの大変形までの範囲では,エネルギー吸収能力は既往研究と概ね一致したことから,このような変形角の範囲では荷重変形関係は追跡可能であると考える.

以上から,現代的な結束材を用いる構法は,伝統的な結束材よりもエネルギー吸収能力が高いことを示した.また,接着剤が用いられるが,大変形でも破断しないという構造特性は,伝統的な結束材を用いた構法のそれと非常に近く,適用範囲を広めることができることも明らかにした.

次に部材の寸法・配置に関する考察も行った.ここでは単純梁のたわみ計算により,各層の部材に生じるたわみを検証した.屋中は材種(丸太・丸竹)によって,生じ得るたわみの範囲がことなり,丸竹はたわみ10%近傍に分布する傾向にあり,比較的たわみやすい傾向にあるという結果を得た.

[第7章]

第7章では,各章のまとめと得られた知見について述べた.実験結果により,層構成の各要素に着目した要素実験の積み上げ,即ちミクロからマクロへの積算で,層全体の構造性能を把握できることを明らかにした.この結果は,構面全体の実大水平加力試験の代替になり得るということを示している.本研究で用いた要素実験の方法は,多様な層構成にも応用可能であることが確認できた.積み上げに際しては,層の接合部や仕上げについて,いくつかの仮定を行ったため,正確さについては検討の余地があるものの,その仮定の下にあっても,誤差は許容でき得る範囲内にあると推定されるので,より精度を上げていくことにより,応用性が高まると考える.

本研究での実験方法によって,繊維系結束構法を用いた構面全体の把握ができるので,より細部の機構を把握できるものと考える.本実験での実験方法は,比較的安価に,多くの試験体を用いた水平加力試験ができるため,現存する伝統的な繊維系結束構法,例えば茅葺建築物の構面剛性をより容易に把握できることを示している.本論文によって結束材を用いた構面の構造特性についてのひとつの評価方法を提示し得たものと考える.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,伝統的な木造建築の茅葺屋根に代表される繊維系結束構法を対象とし,調査・実験を通じてその構造的な性能を明らかにすることを目的としている.本研究で対象としている繊維系結束構法とは即ち,精巧な大工道具や高い加工技術,熟練の職人による施工精度がなくとも構造的に成立しうる「縛る」構法である.これは、先史時代より接合部の構成方法として用いられてきたが,構造性能,特にその剛性が施工精度に大きく依存するため,大工道具および木質構造(主に接合部)の加工技術の発達に伴い軸組み部分(軸部)では次第に用いられなくなった.現在では,主に伝統的な木造建築の茅葺屋根の接合方法として用いられているが,その構造性能に関する研究は極めて少なく,定量的な評価は困難であることが知られている.また,過去の地震などによる茅葺屋根を持つ伝統的木造建築の被災事例では,被害は主に軸部に集中しており,小屋組や屋根構面(併せて以降,屋根架構と称す)の被害は少ないため,現状では屋根架構は剛床仮定としてモデル化されることが多い.しかし,既存木造建築の地震等による挙動を正確に推定するためにはもちろんのこと,軸部に構造補強を行った場合などでは,軸部と屋根架構の剛性が相対的に近い値となるため,その剛床仮定の可否については精査が必要である.そのためには,茅葺屋根の屋根架構の剛性・耐力などの定量的なデータが必要であるが,前述のとおり構造性能を決定づけている接合部を「縛る」構法(「繊維系結束構法」)に関する既往の実験的な研究は大変少ない.また,繊維系結束構法は母材を加工せずに用いることができるため,文化財建造物の補強や修復にも適用することが期待され,実際に一部では利用されている.しかし,現状では「縛る」だけではその構造的な性能が担保できないため,接着剤を母材と結束材に塗布して緊結するため,本来の特徴である母材を傷めない,という利点が活かされているとはいえない.

本研究は,以上の背景のもと伝統的な茅葺屋根の屋根架構の主要な構造要素であると同時に,文化財建造物等の補強・修復構法として利用することが期待される繊維系結束構法の構造性能を定量的に評価するための基礎的な資料を提供し,その評価方法を確立するための端緒となるものである.

論文は全7章で構成されている.第1章は序論であり,既往の研究から繊維系結束構法に関する研究課題を明らかにし,研究の方針を示している.

第2章では,伝統的な木造建築の屋根架構で用いられる繊維系結束構法の構法・材料的な分類と基礎的な性能に関して述べられている.ここでは,茅葺屋根をもつ国宝・重要文化財建造物の住宅建築(155件)を対象に,屋根構面の層構成に着目し屋中・垂木・下地に用いられる材料およびそれらを結束する材料(結束材)の材料等の文献調査を行っている.その結果,架構・層構成の分類では,竹のみによる組み合わせと丸太のみを用いた組み合わせが主流であること,葺材の葺厚と層構成に一定の関連性があることなどを明らかにしている.更に葺材の保水性能に着目し,5種類の葺材を対象として比重計測および散水実験を行っている.その結果,降水時の葺材の荷重増加は凡そ1.25~1.76倍になると推定している.

第3章は2011年東北地方太平洋沖地震による茅葺屋根の民家建築を対象とした被害調査の結果である.宮城県・福島県で現地調査を行った結果,屋根面の被害はほぼみられなかったが下部構造の土壁の被害は多くみられた.更に水平構面の剛性が低いことに起因すると想定される下部構造の被害が観察されたことなどが指摘されている.

第4章は,炭素繊維・アラミド繊維・ガラス繊維など現代的な繊維系結束構法に関する文献調査の結果である.これらの繊維系結束構法は,文化財建造物の補強でも用いられており,既存躯体を傷つけずに補強する構法として今後も需要が高まることが期待される.その一方で接着剤の性能や紫外線などによる性能低下,更に結束の施工精度の影響など構造性能として不確定な要因が多いことも指摘されている.

第5章では,第2章で分類・整理した伝統的屋根架構および第4章で述べた現代的な結束構法を対象とした実験結果である.第2章の屋根構面の分析より,茅葺屋根架構は叉首と屋中をネソまたは鼓状縄搦で結束した第1層,屋中と垂木をネソまたは縄搦で結束した第2層,垂木と小舞を縄搦で結束した第3層によって構成されていることを明らかにした.本章では,この3層の部材を結束した単位要素をそれぞれ独立に静的水平加力試験(部材回転方向)を行うと同時に,現代的な繊維系結束材であるSRFについても同様の実験を行い比較検討を行っている.その結果,試験体どうしで剛性のバラツキは顕著であるものの,いずれの試験体でもその荷重変形関係は変形角が,約1/500rad.,約1/10rad.,で剛性に変化がみられることを明らかにした.また,各層の平均値を比較すると結束材が締まる方向(回転拘束方向)では特定変位時の耐力は第1層>第2層>第3層となっているが,回転開放方向ではこのような大小関係は見いだせないこと,などを明らかにしている.

第6章では実験結果に基づき,要素の回転に対する抵抗機構の解明および既往の屋根架構を対象とした実大実験の結果との比較を行っている.その結果,第5章で示した荷重変形関係の初期剛性の範囲での主要な抵抗要素は静止摩擦力,第2剛性の範囲でのそれは動摩擦力であることを示している.また,第3剛性の範囲では結束材の引張力により剛性が上昇していると推定している.更に,第5章で示した各層の要素実験の平均値の重ね合わせで実大の構面の荷重変形関係を変形角1/10rad.までは比較的良く推定することが可能であることを示している.

第7章は本論文のまとめと結論である.文献調査より茅葺屋根架構の層構成を明らかにし,この分析結果に基づいた各層の単位要素を対象とした実験を行った.既往の実物大の茅葺屋根架構の実験結果と比較検討した結果,各層の単位要素の実験結果の重ね合わせで屋根架構の挙動を推定し得ることを示している.

実験結果の誤差評価や結束材による抵抗機構の解明,更に本実験では1種類の屋根架構を対象としているため,得られた結果の一般化など今後の課題は残るものの,繊維系結束構法を用いた屋根架構の構造性能評価のために必要な一定の知見は得られている.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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