学位論文要旨



No 129028
著者(漢字) 高,秉佑
著者(英字)
著者(カナ) コ,ビョンウ
標題(和) 輝度のばらつきを考慮した空間の明るさ感の予測に関する研究
標題(洋)
報告番号 129028
報告番号 甲29028
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7919号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平手,小太郎
 東京大学 教授 西出,和彦
 東京大学 准教授 佐久間,哲哉
 東京大学 准教授 前,真之
 千葉工業大学 准教授 望月,悦子
内容要旨 要旨を表示する

照明計画において,人間が感じる明るさを的確に把握することは,快適な光環境の空間を創ったり,改善したりする際にとても重要である。特に光環境は,空間全体がどのように見えるかによって大きく異なる。例えば雰囲気重視の住宅照明における明るさの判断に対しては,ある部分の照度や輝度などとは異なる空間全体から感じる明るさに対する知覚量,いわゆる「空間の明るさ感」という概念として扱うことが合理的であるように思われる。

これまでの照明計画はもっぱら光源から十分な明るさを出すことで視対象の明視性を確保することが重視されており,一般的に照度を用いて評価されることが多い。しかし照度は,明確に限定された対象に対する明るさの指標であり,空間全体の明るさは照度では十分に表現できない。また,実際の照明設計においては,水平面照度で設計を行い,壁や天井の環境に対する影響の違いが考慮されないまま空間全体の評価まで行うことで,予想した空間全体の明るさが再現できない事例も多い。さらに,近年,LED照明器具の飛躍的発展によって照明器具の種類や照明演出方法が多様となったことから,光の分布特性・方向性・グレア・光色などの要素も影響を及ぼし,「空間の明るさ感」を把握することがより複雑化している。以上のように,光環境の設計や評価には,測光量である照度や輝度だけでは単純に計れない「空間の明るさ感」を表現する指標が必要である。

既往研究から,特定の視対象の明るさ感から評価範囲を空間全体に広げて「空間の明るさ感」を評価する場合には,視対象の輝度ではなく,空間全体を自由に見回して様々な方向に存在している対象や背景からの総合的な感覚で明るさ感を捉える必要があると考えられる。また,明るさ感の大きな影響要因である対比効果については,視対象と周辺背景との対比ではなく,空間全体の分布状況から対比が認知されるため,十分な検討が必要である。上記のように,「空間の明るさ感」について,定量的に捉えようとすることは,空間の光の量や空間の見え方を正確に表すことが非常に難しく,まだ十分に解明されているとは言い難しい。一方,実際に照明設計への適用に対しては,測定や計算の簡便さなど実用上の問題も考慮する必要がある。

ここで,本研究は,これまでの空間の明るさ感に関する知見を踏まえた上で,空間の明るさ感に影響する要因を検討し,その要因の影響を反映した空間の明るさ感の評価指標を提案することを目標としていて具体的には以下の3点を目的としている。

(1) 固定視野内の空間全体を視対象として自由に見回す際の空間の明るさ感について,基本的な影響要因から基礎的検討を行い,その効果について明らかにする。

(2) 空間の明るさ感に対応する要因を示す物理指標に関して検討し,それらを定式化することにより,空間の明るさ感に関する予測式を提案する。

(3) 様々な照明環境における輝度分布を把握した上に実空間での評価実験を行い,提案する空間の明るさ感の予測式の適合性について検討する。

そのために,本論文では,まず,空間の明るさ感に影響を及ぼす主要因として,順応輝度と対比の効果が挙げられているため,これらの影響を扱うことにする。ただ,空間を見回すことになると,視線が上下左右自由に動くことになり,各光源や背景に順応するには視線の滞留時間は短い。よって,順応輝度は空間全体の平均輝度として捉えることが妥当と考える。ここで,平均輝度は,統計量としての取扱いの容易さと今後の計算の簡便性を考慮し,算術平均輝度(以下,平均輝度とする)とする。また,明るさ感は平均輝度を基礎とするものの,対比の効果が明るさ感を引き下げることが予想される。空間全体の輝度分布を対象とする際には,単純な対比というよりむしろ輝度のばらつきに対応していると考えられるので,これを示す物理量をいくつか取りあげて検討した。

以下に本研究から得られた主な結果をまとめる。

第1章では,本研究の背景として,居住環境の快適性の向上のために照明環境の重要性を強調し,照明計画の現状と問題点について指摘した。また,空間全体を考慮して人が感じる明るさを的確に測定することが重要であり,そのために空間の明るさ感の評価指標が必要であることを述べた。

第2章では,空間の明るさ感についての基礎的検討のため,既往研究を調べて明るさ知覚,順応輝度,輝度の対比効果,空間の明るさ感に関する知見を得るともに問題点を指摘し,本研究の方向性を示した。また,予備的実験を行い,物理量である照度と空間の明るさ感のずれを確認し,今後の評価実験方法について検討した。

第3章では,空間の明るさ感と平均輝度の関係について検討を行うため,均一輝度分布における空間の明るさ感評価実験を行い,定式化を進めた。その結果,空間の明るさ感は平均輝度の0.27乗から0.40乗の範囲では,高い相関が得られ,式の実用性を高めるために,平均輝度の3乗根を選択した際の予測式を提案した。なお,この結果は,明るさ知覚による様々な既往研究の結果と比べ,評価対象の範囲を広げ視野全体を自由に見回す際にもほぼ同様の結果になったことが確認された。

第4章では,第2章の既往研究で確認した空間の明るさ感に影響を及ぼす要因の中で,輝度の対比効果を確認する目的とし,不均一輝度分布における空間の明るさ感評価実験を行った。ただ,既往研究で言及してる輝度の対比効果は,本研究の評価範囲と観察行為を考えると,輝度のばらつきとして捉えることにした。

まず,第1節では,同一平均輝度での多様な輝度の対比を持つ画像を用いて空間の明るさ感評価実験を行うことで,輝度の対比効果による空間の明るさ感の変化を確認した。続いて第2節の実験は,多様な平均輝度での輝度の対比を持つ画像を用いて明るさ感評価実験を行った。最後に第3節の実験は,画像実験では再現できない高輝度レベルを再現するため,実光源を用いて空間の明るさ感評価実験を行った。この実験は,実際の空間が持つ広い輝度レンジまで確認することができた。実験の結果,輝度のばらつきが大きくなることによって空間の明るさ感は低下することが確認された。また,輝度のばらつきを示す物理指標としていくつか取り上げて検討を行った結果,[log輝度値]の標準偏差が一番相関が高いことを確認した。

第5章では,第3章の結果を参考に,平均輝度,[log輝度値]の標準偏差を用いて定式化を行った。その結果,各要因の影響を確認し,高い精度を持つ予測式を作成することができた。

また,輝度分布画像の解像度による[log輝度値]の標準偏差の精度や誤差について検討を行い,今後の応用方法について確認した。

第6章では,実空間の多様な照明環境における明るさ感評価実験を行った。その際に,実験空間の物理量を測定した結果,十分な明るさでの検討ができること,[log輝度値]の標準偏差もスポット照明を配置したパターンで高く,ベース照明のみと間接照明を追加したパターンで低いことが確認された。予測式の検証を行った結果,空間の明るさ感に対する被験者の調整値と予測式から得られた予測値の間には高い相関比が得られた。また,空間の明るさ感に関する他の既往研究との比較検討を行い,予測式の精度を確認した。

第7章は、本論文の結論である。

このように,本研究は,一つの壁面を想定した画像を評価対象として明るさ感評価実験を行い,明るさ感を示す指標として「平均輝度」と「[log輝度値]の標準偏差」によって説明できることが明らかになった。その結果,各要因の影響を確認し,高い精度を持つ予測式を作成することができた。本予測式は,まだ基礎的な段階であって,今後,正確性や実用性に関して検討は必要であるが,平均輝度と主たる項とし,[log輝度値]の標準偏差を調整項として構成することで,調整項の簡便化が計れれば鉛直面照度との関係に持ち込むことができ,簡易測定方法にも繋がると思われる。また,輝度分布の測定視野や解像度についてもさらなる検討が必要であるが,高輝度の部分があっても,実際の輝度分布を単純に利用できるため,予測法としては一般性が高いと思われる。

ここで提案した予測式は,限定された視野範囲で行った明るさ感評価の結果であるが,視対象の明るさ感の知覚プロセスを生かし,評価対象の視野範囲を広げられることが確認できたことで,空間の明るさ感の予測式として使える可能性があると判断した。

今後,今回の実験で得られた予測式の検証と,さらに空間全体に対する評価に展開していくことで,空間の明るさ感を用いた照明設計ツールとしての整備を行っていきたいと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

これまでの照明計画では,視対象の明視性を確保することが重視されており,一般的に照度を用いて評価されることが多かった。しかし,照度は,明確に限定された対象に対する明るさの指標であり,空間全体の明るさは照度では十分に表現できない面がある。また,実際の照明設計においては,水平面照度中心に設計が行われ,壁や天井の光環境に与える影響が十分考慮されないまま,予想された空間全体の明るさが再現できなかった事例も多い。このように,光環境の設計や評価には,照度や輝度などの測光量だけではなく,「空間の明るさ感」を表現する指標が必要であるとの問題意識から,本研究では,空間の明るさ感に関する既往の知見を踏まえた上で,空間の明るさ感に影響する要因を検討し,その要因の影響を反映した空間の明るさ感の評価指標を提案することを目的としている。

本論文は,7章で構成されている。

第1章は序論であり,研究背景,目的,論文の構成について述べている。

第2章では,既往研究により,空間の明るさ感に関する基礎的知見を得るともに問題点を指摘し,予備的実験を行い,物理量である照度と空間の明るさ感のずれを確認し,今後の評価実験方法について検討している。

第3章では,空間の明るさ感と平均輝度の関係についての検討を行うため,均一輝度分布における空間の明るさ感評価実験を行い,実用性を踏まえた定式化を進め,平均輝度の3乗根を選択した際の予測式を提案している。なお,評価対象の範囲を広げ視野全体を自由に見回す際にもほぼ同様の結果になったことを確認している。

第4章では,空間の明るさ感への輝度の対比効果を確認することを目的とし,同一平均輝度での多様な輝度の対比を持つ画像,多様な平均輝度での輝度の対比を持つ画像,実光源を用いた3種類の明るさ感評価実験を行っている。これらの実験の結果,輝度のばらつきが大きくなることによって,空間の明るさ感が低下することを確認し,輝度のばらつきを示す物理指標として,[log輝度値]の標準偏差を採用することが適切であることを示している。

第5章では,各要因の影響を確認し,平均輝度,[log輝度値]の標準偏差を用い,高い精度を持つ予測式を作成し,輝度分布画像の解像度による[log輝度値]の標準偏差の精度や誤差について検討を行い,今後の応用方法について述べている。

第6章では,実空間の多様な照明環境における明るさ感評価実験を行い,十分な明るさでの状況での検討を行っている。予測式の検証を行った結果,空間の明るさ感に対する被験者の調整値と予測式から得られた予測値の間には高い相関比が得られたことで,予測式の精度や実用性を確認している。

第7章は本論文の結論である。

このように,本研究では,壁面を想定した画像を評価対象として明るさ感評価実験を行い,明るさ感を示す指標が「平均輝度」と「[log輝度値]の標準偏差」によって説明できることを明らかにしている。さらに,各要因の影響を確認することで,高い精度を持つ予測式を作成している。提案された予測式は,まだ基礎的な段階であり,今後,正確性や十分な実用性に関しての検討が必要である。ただ,平均輝度と主たる項とし,[log輝度値]の標準偏差を調整項として構成されていることで,今後,調整項の簡便化が計られれば鉛直面照度との関係に持ち込むことができ,簡易測定方法にも繋がると考えられる。また,輝度分布の測定視野や解像度についてもさらなる検討が必要であるが,高輝度の部分があっても,実際の輝度分布を単純に利用できるため,予測法としては一般性が高いものになっていると考えられる。

本論文の成果として提案された予測式は,限定された視野範囲で行った明るさ感評価によるものであるが,視対象の明るさ感の知覚プロセスを生かし,評価対象の視野範囲を広げることが確認できたことで,空間の明るさ感の予測式として使える可能性が十分あると判断でき,本論文の工学に対する寄与は大きなものであると考えられる。

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク