学位論文要旨



No 129030
著者(漢字) 中尾,圭佑
著者(英字)
著者(カナ) ナカオ,ケイスケ
標題(和) 市街地にて発生する有害危険物質の危険評価のための高次統計量に関する風洞実験と数値解析
標題(洋)
報告番号 129030
報告番号 甲29030
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7921号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 教授 大岡,龍三
 東京大学 教授 石原,孟
 東京大学 准教授 前,真之
 東京工芸大学 教授 義江,龍一郎
内容要旨 要旨を表示する

本論文は「市街地にて発生する有害危険物質の危険評価のための高次統計量に関する風洞実験と数値解析」と題して、都市大気における汚染物質拡散に関して追究したものである。以下に論文の要旨をまとめる。

同論文の目標は有害物質発生条件下における都市空気環境の危険性の解明である。その目標のために、2つの点に着目している。1つは汚染物質の時間非定常発生に伴う物質輸送の時間であり、もう1つは物質の濃度が取りうる確率密度分布の形状を指し示す評価値(高次モーメント)である。前者は実践的な危険性の情報であると同時に、提案されている空気環境評価指標値と照応されるものである。後者は短時間に解決が要求される現況の都市の汚染問題において特有の問題点である。

第一章では既往の研究をレビューしている。過去の汚染物質拡散の問題と現代の問題の変遷をたどり、現状の社会条件から生じる新たな問題の側面を指摘している。

第二章では本論文で試行するのに用いた理論的、技術的背景について述べている。実験では風洞実験を行い、数値解析はLESを用いて行っている。

第三章では本論文で試行した実験条件、解析条件に関する記述がなされている。風洞実験ではラフネスやスパイヤーによる大気境界層の再現を行っている。障害物を風下に配置することで都市空間の模擬的な再現とし、測定対象空間としている。数値解析においても同様の空間を解析領域上に設けている。風洞実験室内の境界層を模擬するために別途流入風領域を作成した。

第四章では風洞実験による濃度の分散の輸送式収支の確認を行っている。分散は2次モーメントに相当する量でありとりうる濃度のばらつきを表す量である。対象となる都市空間における物質濃度の生産や乱流混合の効果を示し、風向角の変化に伴う傾向の推移を示した。

第五章では非定常的な物質発生条件における遠方への濃度到達の時間計測を風洞実験により行っている。再現性の乏しい乱流環境の計測であるため、単一の条件での計測を複数回繰り返すことで平均的な濃度の時刻歴を得た。得られたデータから濃度の到達時刻と、濃度の到達が終了するのにかかる時刻を抽出し、風向角に対する依存性を調べた。また、既往の研究で提案されている風環境評価手法による空間評価を簡易的な方法で試み、得られた時間情報との対応性を確認した。

第六章では数値解析により風洞実験の検証を試みるとともに、3次モーメントの分布や輸送の性質について議論するものである。3次モーメントは確率密度分布形状の偏りを表す指標となる量であり、2次モーメントに加えて3次モーメントの輸送を理解することで濃度変動の情報として有用となりうる。3次モーメントの輸送式を導出し数値解析的にその収支計算をおこない2次モーメントと類似した生産、散逸の空間分布となることを示した。また、3次モーメントの時間スケールを定義し、それによる散逸に類する項のスケーリングの可能性を示した。

第七章では得られた知見に関してまとめている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「市街地にて突発的に発生する有害危険物質の危険評価のための高次統計量に関する風洞実験と数値解析」と題して、市街地等での有害危険物質が気中に突発的に放出された際、初動対応機関や近隣住民の危険性を減ずる為、放出点風下各点における危険物質の濃度変動の特性を把握し、対応を可能とすることを目的として行われた研究をまとめたものである。

市街地における突発的な危険物資の気中放散においては、任意の風下各点での (1)「危険物質の到達、検出終了にかかる時間」、特に到達以後の (2)「危険物質濃度の時間変動」の把握が減災対策を担うものにとって重要な情報となる。本論文では危険物質濃度の変動を代表する指標値として濃度の頻度分布の2次モーメント、3次モーメントに着目している。2次モーメントは濃度変動のばらつきを示す指標となる。3次モーメントは平均濃度に対して高濃度もしくは低濃度の頻度が高濃度側に偏っているか、低濃度側に偏っているかを示す指標となる。これらモーメント量は、気流の流れを支配する流体力学的法則に従って輸送されるものであり、任意の風下各点での危険物質のモーメント量もこの流体力学的方法論によって演繹されるモーメント量の輸送方程式により記述される。2次モーメントの輸送については幅広い研究がなされてきたものの、3次モーメントについてはほとんど検討がなされていない。危険物質の放出に関わる安全性の検討に関しては、特に高濃度側の頻度がどの程度であるか、いう観点から頻度分布の偏りの把握が重要になり、3次モーメントの性状把握が重要となる。3次以上の高次のモーメントの把握は統計的信頼性の確保の観点から、より精密な実験や流体の数値解析が必要になるが、その労力は極めて大きく、工学的なモデルによる3次モーメントの把握が重要となる。本論文では、(1)の到達時間評価の課題に関しては、既往の風環境評価指標である市街地のボイド空間の換気回数と到達の時間の関係を明らかにし、既往の風環境指標から到達時間を評価することを可能にした。また、(2)の危険物質の頻度分布に対しては、3次モーメントの輸送式の導出、収支構造の確認を行い輸送の性質について明らかにするとともに、簡易な3次モーメントの評価のための基本的な知見を得ている。

本論文は検討を行うため市街地を単純形状にモデル化したモデル市街地を対象空間として基本的な検討を行っている。(1)の放出された危険物質の到達時間に関する検討は、モデル市街地を対象とした風洞実験を行って検討を行っている。(2)の放出された危険物質の濃度変動に特性の把握に関する検討は、同様のモデル市街地を対象として風洞実験および流れと拡散に関する数値解析(CFD)により検討を行っている。(1)の到達時間に関する課題に取り組む風洞実験では、危険物質の到達時間の風向角による変化と、既往の風環境評価指標である局所排出換気回数との関係を明らかにすることを目的として行っている。実験は、危険物質の突発的放出と放出終了に対する風下各点での濃度時刻歴の計測を行うものであり、統計的信頼性を確保するため同一実験を多数回繰り返すきわめて労力を要するものである。計測結果から物質濃度到達時刻、濃度検知終了時刻を同定し、その空間分布を風向角毎に明らかにするとともに、得られた濃度分布から局所排出換気回数を算出し、両者の関係を考察した。その結果、風向角の変化に対する到達時間、検知終了時間、評価指標の変化の特性が一致することを示し、局所排出換気回数が物質濃度の到達時刻や、検知終了の時刻を代表する指標であることを示した。(2)の各点での濃度変動特性の把握に関する課題に関しては、統計的信頼性の確保された風洞実験によりモデル市街地内部の3次モーメントの空間分布特性を明らかにした。また、実験結果に基づき2次モーメント輸送式の収支構造の把握を行っている。2次モーメントの輸送を支配する方程式中に現れる各項の空間分布を示し、局所的な2次モーメントの生産や、乱流混合による輸送などの特性を明らかにした。さらに流れと拡散に関する数値解析(本論文ではLESによる解析)により、前述の実験結果を再現による数値解析手法の有効性の確認を行ったうえで、3次モーメントの収支構造の特性解明を行っている。本論文では高次相関項(乱流拡散項)の検討に関しては、統計的信頼性を確保するために更なるデータ取得を必要とするため、これを今後の課題として残しているが、この高次相関項の寄与は必ずしも大きい訳ではない。本論文の3次モーメントの輸送式の収支構造の解明は、今後の3次モーメントの簡易な評価式を導出するための基礎となる貴重なものとなある。

以上、本論文は、有害危険物質の突発的な放出時の減災に向けて新たな可能性に挑み、その発展に大きく貢献している。本研究で得られた知見は工学的、社会的な有用性は極めて高い。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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