学位論文要旨



No 129031
著者(漢字) 宮原,真美子
著者(英字)
著者(カナ) ミヤハラ,マミコ
標題(和) 異世代間シェア居住の可能性 : アメリカの事例に見る持ち家住宅を活用した人間関係形成に関する考察
標題(洋)
報告番号 129031
報告番号 甲29031
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7922号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西出,和彦
 東京大学 准教授 大月,敏雄
 東京大学 教授 隈,研吾
 東京大学 准教授 千葉,学
 東京大学 教授 浅見,泰司
内容要旨 要旨を表示する

住まいは依然核家族を中心に供給されており、これからも増加し続けると考えられる単身者や世代間共生からの視点での住宅供給の試みが少ないこと、また、本来であれば、いかに独立性を維持しながら共助を生活の中に取り込めるかは単身者居住を考える上で無視出来ないことであるが、これまでの単身者の居住環境は、プライバシーに対して敏感になり独立性や孤立性を求める流れであった点を問題意識として取り組んでいる。そこで、本研究では、高齢者が所有する住宅もしくは同一敷地内で行なう異世代間のシェア居住に着目し、高齢者の持ち家を活用して行なわれるシェア生活の中で築かれる人間関係の形成過程を、居住者の交流時の居方から住宅内でのプライバシーとコミュニケーションの均衡の保ち方から明らかにし、異世代間シェア居住の可能性を、考察することを試みるものである。

第1章では、単身者の居住環境に関わる現状と希薄化する単身者居住に関わるコミュニティの問題点を指摘し、単身者が増加する中、これまでの様に定住する人を対象としたコミュニティのあり方のみではなく、アドホックなコミュニティ形成の必要性を課題として設定した. また、コミュニティにおける、建築空間、都市空間など物的な捉え方と、人と人のネットワーク的な捉え方の双方を踏まえ、本研究の分析フレームを記述した.

第2章では、調査対象概要を記述している. まず、世帯・住宅・賃料など調査対象エリアの基礎的情報と、調査対象であるホームシェアプログラム仲介団体HIP HousingとサンタクルーズAccessary Dwelling Units Programの概要をまとめた. 次に、第5章で分析対象となるアメリア住宅の間取りの変遷を、ホームやプライバシーの概念の変化が間取りに与えた影響に注目して概観している.また2章の最後では、現在のあつまって住まう形を住宅や暮らしの共同性、運営・管理手法、所有形態等を軸に分類整理し、本研究のテーマである、住宅を所有するオーナー宅で行なうシェア居住の定義を行なっている.

第3章では、ホームシェアの特性を把握するために、日本でも近年若年単身者の一居住スタイルとなりつつある同世代で行なわれているルームシェアと比較しながら、その生活・居住環境の実態を明らかにした. その結果、ルームシェアでは、一緒に食事をしたり一緒にテレビをみたり、行為の共有が多いことが分かった. また、そのような行為の共有を通して、安心・安全など心的評価を得ている. 一方のホームシェアでは居住者間での主な交流が挨拶と会話が中心であり行為の共有は少ない。また居室面積や設備数の充実により居住者間による空間の使い分けが行なわれ、個人空間の独立性を維持しながらも一つ屋根の下で暮らす中で何らかの安心や安全を感じていることを明らかとした。ここに、非家族との生活であるホームシェアにおいては、一つ屋根を共有した結果、個々人が物理的空間の独立性を維持しながらも、それを超えて居住者間でお互いの気配や、安心・安全を感じる認識の範囲が存在していることを把握し、その根本に家族が住んだ住宅でホームシェアが行なわれていることに関わりがあるのではと推察した。この認識の範囲は、地縁によるものでも血縁によるものでもない何かしらの生活単位のコミュニティであり、そこに、家族で住んだ家で行なわれるシェア居住の意味があるのでないかという推察を行ない4,5章での課題とした.

第4,5章では、オーナーの所有する住宅でのシェア居住に着目し、その調査対象を、(1). 自宅の空室を活用して行なうホームシェア事例と、(2).自宅(敷地内)に所有するAccessary Dwelling Unitを活用して行なうシェア居住として、4章ではそこでの生活実態を詳細に記述し、5章では、これらのシェア生活の中で築かれる人間関係の形成過程を、居住者の交流時の居方から住宅内でのプライバシーとコミュニケーションの均衡の保ち方から明らかにし、またそれを可能とするアメリカの住宅の間取りの特徴について論じた. 調査対象の住宅の間取りは、多くが1930 年代以降カリフォルニアを中心に普及したランチタイプの住宅の特徴を持つものであった。このタイプの住宅(間取り)の特徴としては、(1).男女は別の領域を持つべきという19 世紀初頭から続いた考えから夫婦のための寝室へという意識の変化によって生まれた「マスターベッドルーム」、 (2).プライベートを家の中で守ることに注意が払われた結果生じた「バスルームの複数化」が挙げられる。また、1940-50 年代に、多くの住宅がガレージや地下に、独立したキッチン・寝室・水廻り空間を持つ生活ユニットであるADUs を増築した。これの住居ユニットは、一人暮らしに不安を覚える高齢の家族用に使用されたためmother in law apartment, granny units と呼ばれたり、また、モーゲッジを補充するための副収入を得る方法として使用されるためsecondary apartment, accessary apartment として呼ばれたりしてきた. 現在、ADUs 建設は法的に禁止されているが、1950 年から80 年代までの期間に増築されたり、中古住宅として購入した時に既にADUs を有している住宅も多い。この様に、家族に対する概念や、プライベートの考え方の変化にともなって発生したマスターベッドルームや設備に複数化、ADUs という別世帯を家の中に有するなどアメリカ住宅に見られる各居室の独立性は、非家族での生活へ移行した場合においても、有効に働いていることが分かった. 次に、住宅内で、偶発的な交流時の居住者の居方と距離について考察を進めた. その結果、間取り分類(1)~(3)の事例では、共有空間で何かしらの交流が生じる際の居住者の居方は、ある一定の距離が見られ、 "会話をしようと思えば出来る距離"であり、また"表情などもわかり挨拶をかわし、話かけることを始めるなど何らかの関わり合いになる距離"であり、その域の間で、居住者プライバシーとかかわり合いの均衡を保っていると考えられる. また、同じ場所に居ても、ある一定距離を保ちながら、別のことを出来る距離でもある. ひとつ屋根の下一緒に暮らす中で、人間関係が親密な関係へと変わっていくことも十分あるし、それは喜ばしいことである. しかし、ここで、「空間共有域」や「相互認識域」といった距離を一定保つことに注目したのは、それがより親密な関係へと変わり得るからではなく、このように居住者間である一定の距離を維持しながらも、日常での些細な出来事を話す楽しみやいざという時の安心感があるからであり、それが失われた孤立した居住環境に問題があると考えるからである. このように共有空間で一定の距離を保ることを可能にしているのは、アメリカ住宅の共有空間の形状や機能の重複性にあると考えられる. 共有空間に、フォーマルなリビングとファミリールーム(インフォーマルなリビング)やダイニングとキッチンリビング(ダイニングスペースなどマルチスペース)などアメリカ住宅内に見られる公私の重層性が、シェア居住で非血縁関係の他人と住む時に、機能の重複性として現れ、居住者に場所の選択を可能にしていると考えられる.

第6章では、本研究の結語として、第1章から第5章までをまとめ総括した. 単身者が自らの意思で住居環境を維持していくためにはさまざまなサポートが必要であり、また人との交流は必要である.どのような人的ネットワークをもっているのかが、生活状況を大きく左右すると考えられる。単身者が独立性を維持した上で、ホームシェアで得られているような安心感など精神的効果を得ることができる居住環境が選択肢の一つとなることが重要となってくると言える. 社会学者のレイ・オールデンバーグは、家庭でも職場でもないサードプレイスが果たす役割を示したが、サードプレイスを持つ為にも、ファーストプレイスである住む場所、セカンドプレイスである働く場所が安定している必要がある. それぞれの場所での人間のつながり(コミュニティ)が必要であり、 ファーストプレイスを中心とした人とのつながり, かつては、家族であり地域であり、そこでは、誰もが地域のメンバーを把握し近隣で何が御起こっているのか把握している存在がいる. オーナーが所有する住宅でのシェア居住を通して、ファーストプレイスでの人とのつながりが派生している. そこでは、一緒の事をするための場所というよりは、挨拶やちょっとした会話など近隣関係のような交流、居方が見られる場所であった.たとえ同じことをするにしても、ダイニングとリビングキッチン(eat-inスペースなど)とで居住者による使い分けが見られるなど、さまざまな使い方を許容する空間があることも、共有空間でコミュニケーションとプライバシーの均衡を保つ居方を可能としている. また廊下から直接各自の居室に入る動線ではなく、リビングアクセス型の住宅が多く、ある一定の距離を保ちつつも、お互いを"空間を共有""認識出来る距離"であり、挨拶やちょっとした立ち話などが起こる距離を保てているのも一つの特徴と言える. そのようなちょっとした挨拶や、自分のことを知っている人が近くにいるということが、居住者に、時に煩わしさを伴うことはあるが、安心感やゴミ捨てなど敷地内での責任感が発生し、秩序を維持出来ている理由と考えられる. その背景に、アメリカ住宅の間取りの特徴が挙げられる. 戦後大きくなり続けたアメリカ住宅では、一住戸内にフォーマルなリビングルームとプライベートなファミリールーム、ダイニングとリビングダイニング(キッチン内のマルチスペース)、複数のバスルームなど、住宅内における公私の重層性がある. また共用部は、袖壁などで緩やかに分割されてはいるものの、一連の連なる空間であることが分かる. フォーマル/インフォーマルといった公私の重層性は、シェア居住へ移行した際には機能の重複となって現れ、お互いの気配を感じるなど、一つの空間を共有しているという意識は芽生える一方、居住者間で一定の距離を保つことを可能にしていると考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、アメリカ・カリフォルニア州でのオーナー宅活用・同居型シェア居住に着目し、その生活実態からシェアの多様性やシェアが可能とする生活像を示すことと、シェア生活の中で住宅を中心に形成されるアドホックな人間関係形成要因を人間関係と間取りから抽出し、増加すると見られる若者単身者、および高齢単身者の居住環境のあり方を、考察・提案することを試みるものである。

研究の背景として、日本の高齢化、少子化、離婚率の増加などの影響により世帯は縮小し若者の単身世帯及び単身高齢者世帯が著しく増加しているのに対し、これからも増加すると推測される単身者や、世代間共生での視点での住宅供給の試みは少ないこと、また、これまでの単身者の居住環境は、プライバシーに対して敏感になり独立性や孤立性を求める流れであった点を問題意識としている。

本論文は、全6章で構成される。

第1章では、研究の背景、目的、位置づけ、論文の構成を示した。本論文で扱うオーナー宅活用型シェア居住は、仲介団体がオーナーと入居者をマッチングするホームシェアと、ADUを活用しオーナーが自主的に入居者を選定しシェアをするADU活用型シェア居住とした。

第2章では、調査対象をまとめ、調査地アメリカでのシェア居住の動向をその社会的背景とともに記述した。

第3章では、ホームシェアの特性を把握するために、日本でも近年若年単身者の一居住スタイルとなりつつある同世代で行なわれるルームシェアと比較しながら、アンケート調査の結果を元に、その生活・居住環境の実態と交流の実態を明らかにした。ホームシェアでは居住者間での主な交流が挨拶と会話が中心であり行為の共有は少なく、居室面積や設備数の充実により居住者間による空間の使い分けが行なわれ、個人空間の独立性を維持しながらも一つ屋根の下で暮らす中で何らかの安心や安全を感じていることを明らかにした。ホームシェアにおいては一つ屋根を共有した結果、個々人が物理的には独立性を維持しながらも、それを超えて居住者間でお互いの気配や、安心・安全を感じる認識の範囲(アドホックな人間関係)が存在していることを把握し、その根本に家族が住んだ住宅でホームシェアが行なわれていることに関わりがあるのではないかと推察した。

第4章では、ヒアリング調査結果を元に、シェア居住開始後の生活の仕方やアドホックな人間関係形成に影響を与えると考えられる要因として、動機、ルール、家賃、居住者層 の4つの視点から分析した。居住者層については、社会人事例(同世代/異世代)、介護を必要としない高齢者事例、介護・手伝いを必要とする高齢者や障害者事例、子育て世代を含む事例と、若者に限らず、そのシェア生活に多様性があることを示し、各居住者層のシェア居住の特徴を家賃の流れとシェアから得るものから把握した。

また、居住者がある一定の距離を維持しながらも日常での些細な出来事を話す楽しみやいざという時の安心感を得ることこそが生活環境に必要とされることであり、それが失われた孤立した居住環境に問題があると考え、シェア生活の中での"偶発的な関わり合いの場面"に着目し分析した。偶発的な関わりに対して自分が思うように関われるか否か、すなわち関わり方への選択の有無が、シェア生活の居心地やプライバシーとコミュニケーションとの均衡に大きく影響を与えることを把握した。関わり方への選択の余地は、共有空間を占有している人の有無、住宅内/外のどこをシェアしているかが関係していることを示した。また、居住者間の物理的な距離のみではなく、共有空間に居住者がいるか/いないか音や気配を感じられる距離や、他の居住者が何をしているのか見える距離など日常的にちょっとした会話をすることでお互いの生活ルーティンを知っているから計れる距離であり、それは一つ屋根の下を共有しているから可能なことであると考察した。

第5章では、アドホックな人間関係形成の成立要件を、間取りから考察した。調査を行なった住宅の間取りをシェアの状況と間取りの独立性からI~Vの5つに分類した。

まず、LDKなど生活空間をシェアする間取りI・II・IIIにおいて、共有空間、プライベート空間、共有空間とプライベート空間を繋ぐプライベート・パスの有無、重複する機能が生む曖昧な空間の役割について記述し、それらの空間が住宅内での人の居方(居場所選択)にどのような影響を与えるかを明らかにした。

次に、敷地やガレージ、ランドリースペースなど非生活空間をシェアする間取りIV・ Vについては、ADUの玄関へのアプローチ路の位置には、オーナーの意向に委ねられるもの、オーナーの生活空間側、オーナーの非生活空間側、角地などで別方向に設けられるかの4つのパターンがあり、動線がどこにあるかにより居住者間の交流が異なることを明らかにした。

第6章では以上の結果から、居住者が主体的に関わることで生み出される多様なシェア居住のかたちと、アドホックな人間関係形成の要件をまとめ、これから増加すると見られる若者単身者、および高齢単身者の居住環境のあり方について提言を述べた。

以上のように本論文は異世代間シェア居住に着目し、そこでのアドホックな人間関係形成の要因を示すことで、今後の単身者居住の可能性を示した。

今までのシェア居住に関する研究は若者を対象としたものが主であり、異世代を対象とした研究は未開拓の領域であった。また、コミュニティ形成に関する研究について、これまで定住意識の高い層を中心としたものが主であったが、本論文では定住意識の薄い単身者層を対象とし、そこでの人間関係形成の要件を示し、今後の単身者居住のあり方の方向性を示唆する研究として、建築計画学の発展に大いなる寄与となりうるものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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