学位論文要旨



No 129032
著者(漢字) 崔,希燮
著者(英字)
著者(カナ) チェ,ヒソプ
標題(和) マイクロ波加熱方式を用いた表面改質骨材の完全回収および有効利用に関する研究
標題(洋)
報告番号 129032
報告番号 甲29032
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7923号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 野口,貴文
 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
 東京大学 教授 中埜,良昭
 東京大学 准教授 石田,哲也
 東京大学 講師 北垣,亮馬
内容要旨 要旨を表示する

建設業界から排出される廃棄物は全産業における最終処分量の約2割を占め、今後もその排出量は増加すると予測されていることから、建設産業が環境問題において担う役割は極めて大きい。特にコンクリート廃棄物に対する関心は高く、近年はコンクリート廃棄物を路盤材として利用することで高い再資源化率を維持している。しかし、今後の道路建設の減少や、高度経済成長期に多量に建設された構造物が、近い将来、寿命を迎えることで解体され発生するコンクリート塊の増加、最終処分場の逼迫というコンクリート廃棄物を取り巻く様々な状況を鑑みると、路盤材として利用されているコンクリート塊をコンクリート用骨材として再利用していく必要がある。このような状況のもと、加熱すりもみ式再生処理などの高度処理技術が開発されているが、エネルギーやコストの削減、副産微粉末の処理など課題が多いことが明らかとなっている。また、良質な骨材資源は枯渇傾向にあるため、廃コンクリート塊から骨材を回収し再利用するクローズドリサイクルを実現する骨材の完全リサイクル技術の開発が求められている。このような状況下、東京大学の辻埜らは「表面改質骨材を用いたマイクロ波照射による粗骨材回収技術」を確立した。この技術は、予め天然骨材の表面を改質することで、コンクリートの脆弱部である遷移帯を改善し、コンクリートの力学特性の向上を実現するものである。さらに、天然骨材を改質する時、骨材の表面に高誘電率を有する酸化鉄(Fe2O3)をバインダーでコーティングし、建設物解体後の再生骨材製造時に、この骨材界面部分をマイクロ波によって選択的に加熱・脆弱化させることで、低エネルギーでの高品質骨材の回収を可能とし、構造用としての再利用も可能とすることから、クローズドリサイクルが実現していないコンクリート産業における、骨材などのバージン資源枯渇の懸念に対し、その解決策として期待されている。ただし、この技術は有機系の材料であるエポキシ樹脂と鉄粉の混合物で粗骨材表面をコーティングし、マイクロ波を改質粗骨材表面に照射するものである。しかし、有機系材料は熱によって軟化するため、火災時におけるコンクリートの性能低下が懸念されることから、骨材の分離・再利用技術の確立には至っていない。従って、有機系の材料を用いずに無機系の材料のみを用い、粗骨材を分離回収することが可能な骨材表面改質技術を開発することを目的として、本研究では、粗骨材周囲の遷移帯部分を、骨材表面を被覆した高密度のペーストによって改善することにより、供用時におけるコンクリート強度・耐久性能の向上と解体時における骨材回収率の向上を可能とする技術の確立を目的として検討を行った。

上記の目標を達成するために以下3つの詳細課題について検討する。

1) 改質ペーストの流動設計を通じる改質骨材の膜厚算定及び改質骨材コンクリートの定量的な調合システム構築

原骨材の表面の改質処理材として使用される改質ペーストは高流動-高強度の概念に基づいた低水結合材比で膜厚ができる限り薄くするための良好なワーカビリティが要求される。そのため、既存の普通コンクリート調合より高い粘性及び流動性とともに酸化鉄含有によって発生される材料分離に対する抵抗性が要求され、この膜厚の定量的な評価のためのフレッシュ状態の改質ペーストの流動特性が非常に重要である。従って、改質ペーストのフレッシュ状態の定量的な膜厚を評価するための提案としてフレッシュ状態コンクリートを連続体と仮定してこれをビンガム流体(Bingham Fluid)にモデリングして解析・考察をする高流動コンクリートのレオロジー的解析の適用が可能である。この時レオロジー定数「降伏値(Yield Value)」と「塑性粘度(Plastic Viscosity)」を使用することとともに改質ペーストの付着特性によってフレッシュ時の重要な特性である材料分離抵抗性を検討し、改質骨材の膜厚算定とそれらの組合せから、一般コンクリートの要求性能(スランプ、空気量、強度)及びコストなどが同等になる改質骨材コンクリートの定量的な調合システム構築を目的とする。

2) 無機質材料の改質処理による改質骨材及び改質骨材コンクリートの力学的性能向上のための多角的なアプローチ

一般的なコンクリート硬化体で骨材とセメントペーストの間には第三の相、すなわち、境界相が存在する。このような境界相はマイクロ的な観点で水和組織と骨材周辺の空隙で構成され、一般的にこの両者を合して遷移帯と呼ばれている。遷移帯は骨材とペーストの間の不連続的であり、多孔質的な領域を示し、コンクリートの物性及び耐久性に大きい影響を及ぼすと報告されている。遷移帯が生成される主な原因としてはコンクリートの混練後骨材表面に自由水による水膜が形成され、この結果、水酸化カルシウムが析出しやすく、一方、析出された水酸化カルシウムは骨材との反応性がないため、新しい水和物を形成することができずにそのまま存在するからコンクリートの中で必ず存在する弱点部分として認められている。従って、本研究では、誘電材料である酸化鉄(Fe2O3)が混入された高密度セメントペーストで原骨材の表面をコーティングし、改質骨材とセメントマトリクスの間の物理的・化学的な結合力の向上によってコンクリートの弱点部である遷移帯を改善し、コンクリートの力学的特性の向上を目標とする。

3) マイクロ波加熱方式を用いた表面改質骨材の分離及び回収性能の向上のための多角的なアプローチ

現在までのマイクロ波関連技術は軍事利用をはじめとする多目的レーダ、食品加熱への応用、木材の加工・接着、有機材料の合成及び環境負荷低減などの全産業分野に広範囲に適用されている。しかし、コンクリート分野でのマイクロ波応用技術はほぼ基礎的な段階に止まっている状態である。また、既往のセメント・コンクリートの高温時の脆弱化特性の理論によると、セメント硬化体は約 300℃ 以上の高温環境で水和物の分解反応が発生し、これによる内部空隙量の増加及び残存強度の減少現象が表れる。このような脆弱化メカニズムは、既に再生骨材の製造技術に適用され、骨材表面の付着モルタルを取り除くための技術として実用化段階になった。しかし、外部熱源による加熱方式はエネルギー効率が低いため再生プロセスを通じたエネルギー消費及び温室ガス発生量などの高い問題点がある。従って、コンクリート産業の再生骨材の分野におけるマイクロ波加熱方式の利用は、誘電材料のみの選択的加熱が可能であるため、本研究での誘電材料が混入された改質ペースト部分をマイクロ波で照射時、改質ペースト及びセメントマトリクスの効果的脆弱化によって低エネルギーでの高品質な再生骨材の生産が可能になる。さらに、既存の再生骨材生産システムにおけるエネルギーやコストの増大、副産微粉末の処理、再生骨材の品質低下などの問題点とともにクローズドループリサイクルが実現できないコンクリート産業における骨材などのバージン資源枯渇の解決方案の提示及び再生骨材の品質確保を極大化する技術を提案することを目標とする。

本論文では、全7章で構成され、各章の概要及び主な内容を下記のようにまとめる。

第一章では、本論文の背景と研究目的について簡略に説明する。

第二章では、既往研究および技術の現況に関する検討により、環境の観点から骨材資源枯渇、廃コンクリート、再生骨材、再生骨材の現況および活用を概観し、今まで、再生骨材コンクリートに利用における当面課題を整理する。また、低エネルギーで高品質再生骨材の生産を達成するため、既存の再生骨材の汎用技術と改質技術について整理する。

第三章では、原骨材表面をコーティングする改質ペーストのフレッシュ状態における、レオロジー定数(降伏値と塑性粘度)及び付着性能の検討を行い、材料分離が発生しない改質骨材の定量的な膜厚決定及びこの調合設計に関する検討を実施する。

第四章では、第3章の改質ペーストの調合設計の考え方に基づき、原骨材を被覆させる改質ペーストの調合設計と普通コンクリートの目標性能(スランプ、空気量、強度)およびコストが同等になるような調合設計の考え方を基にして、一般強度(W/C=55%)において、一般強度コンクリートと同一水準の改質骨材を用いたコンクリートの定量的調合設計の実施・評価する。

第五章では、第3章の改質骨材の調合設計の方法と第4章の改質骨材コンクリートの調合設計の方法の考え方を基にした改質骨材を用いたコンクリートを製作し、本章では、原骨材と改質ペースト及び改質ペーストとセメントマトリクスとの確実な付着、すなわち一体性を前提とした議論をする。以後、原骨材と改質ペースト及び改質ペーストとセメントマトリクスの間の物理的・化学的な結合力の向上によってコンクリートの弱点部である遷移帯の改善と改質骨材コンクリートの力学的特性及び耐久性の向上方案などを検討・評価する。

第六章では、第3、4、5章を基に、高い誘電率を有する改質材料を骨材表面に塗布し、マイクロ波加熱方式によって改質ペースト中の誘電材料のみの選択的に加熱・脆弱化させ、低エネルギーで高品質の再生骨材を回収し、骨材の完全リサイクル化の実現技術を提案するため、改質骨材コンクリートの昇温特性ならびに骨材回収性能に関する検討を実施・評価する。

第七章では、本研究の成果および今後の課題について総括して述べる。

審査要旨 要旨を表示する

崔希燮氏から提出された「マイクロ波加熱方式を用いた表面改質骨材の完全回収および有効利用の技術開発に関する研究」は、コンクリートを低エネルギーで鉄やアルミニウムと同様に、何度でも繰り返しリサイクルができるようにし、高品質な再生骨材を回収する技術を開発しようとしたものである。従来、コンクリートのリサイクルは、リサイクルされた製品の品質が元の製品よりも劣ることになるカスケードリサイクルか、または、膨大なエネルギーをかけることで元の製品と同等の品質を有するリサイクル製品を産出するリサイクルのどちらかであった。そのような背景の下、数年前に開発された低粘度のエポキシ樹脂で表面改質を行った骨材を用いたコンクリートは、低エネルギーで高品質な再生骨材を回収できるものであったが、コンクリートの使用時におけるエポキシ樹脂の耐火性について疑義が生じていた。本研究は、火災時にも何ら問題を生じることなく実用に供される表面改質骨材を開発することを目指したものである。

本研究は7つの章で構成されている。

第1章では、本研究の背景、目的、範囲などが的確に述べられている。

第2章では、文献調査が行われ、再生骨材の製造に関する既存の汎用技術および低エネルギーでの高品質な再生骨材の生産技術の開発事例が要領よく纏められており、将来のコンクリートリサイクルに必要となる骨材表面改質技術に対する研究課題が適切に整理されている。

第3章では、骨材表面の改質において必要となる無機質ペーストによる薄膜コーティングを達成するための検討が、無機質ペーストのレオロジー特性および付着力の観点に基づき、合理的で体系的な実験を通じてなされている。それによって、容易に薄く強固に施工でき、所要量の誘電材料を内包できる無機質ペーストに関して、現時点で最適と考えられる無機質粉末の組合せが求められ、それによって施される膜厚が想定されている。

第4章では、第3章で得られた改質骨材を用いたコンクリートについて、コンクリートに対する様々な要求性能を満足させるための実用的な調合設計方法、およびその製造に際しての品質管理方法が適確に提案されている。

第5章では、第3章で得られた改質骨材を用い、第4章で提案した調合設計方法に基づいて製造したコンクリートに関して、コンクリートの強度および耐久性を支配する一要因である骨材とセメントマトリクスとの付着力の検討が、合理的で体系的な実験を通じてなされるとともに、骨材とセメントマトリクスとの界面に対する微視的な観察を通じて、付着力を向上させる化学的・物理的メカニズムに対する考察もなされている。

第6章では、第3章から第5章において決定された骨材表面の改質方法および表面改質骨材を用いたコンクリートに関して、スランプ・空気量などのフレッシュ時の特性、硬化後における強度・弾性係数などの力学特性、および乾燥収縮・中性化抵抗性・凍結融解抵抗性などの耐久性に関する検証実験がなされるとともに、構造物の解体時における高い骨材回収率についての検証実験がなされており、提案する技術が十分に実用に供されるものであることが示されるとともに、将来におけるコンクリートの完全リサイクル化に資する研究成果が得られている。

第7章では、本論文の結論と今後の課題が要領よくまとめられている。

以上のように、本論文には、その目的・意義は明確に示されており、適確な手法を用いて研究が進められるとともに、提案技術の実用化に際しての留意事項も示されており、将来におけるコンクリートの完全リサイクル化に大いに資する示唆的な成果が得られている。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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