学位論文要旨



No 129036
著者(漢字) 金,明鎬
著者(英字)
著者(カナ) キム,ミョンホ
標題(和) 集合住宅団地に暮らす個々の高齢者の居場所の多様性と成立要件に関する研究
標題(洋)
報告番号 129036
報告番号 甲29036
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7927号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西出,和彦
 東京大学 准教授 大月,敏雄
 東京大学 教授 隈,研吾
 東京大学 准教授 小泉,秀樹
 前橋工科大学 准教授 古賀,紀江
内容要旨 要旨を表示する

日本は、近年、高齢化の進行とともに、高齢者の孤独死の問題が大きい社会問題として取り上げられている。特に、物理的に孤立しやすい集合住宅団地での高齢者の孤独死が問題化され、実際、千葉県常盤平団地では、「孤独死ゼロ作戦」の一環として、高齢者の居場所づくりに力を入れている。このような背景を踏まえ、本研究では、多くの高齢者が自宅から出て、社会とつながりを持つためには、多様な居場所のある居住環境が必要であることを前提とする。

本論文は全7章で構成される。

第1章では研究の背景と目的、既往研究、本研究の位置づけ、研究の構成を示した。

近年、地域では行政とNPO団体、住民が協力して立ち上げたサロンのようなコミュニティカフェが高齢者の居場所として使われており、これに関する研究も盛んである。当然、コミュニティカフェのように、いつでも気軽に立ち寄れる所は重要であり、必要な場所であるが、実際利用している高齢者率は高くない。それで本研究では、集合住宅団地に 暮らす 個々の高齢者の様々な居場所に着目し、それぞれの居場所の特徴及び個々の高齢者にとってそれらの居場所が 成り立つ要件について考察を行う。

第2章では、予備調査と調査概要及び方法を示した。

本研究は、集合住宅団地(以下、団地と省する)に暮らす60以上の居住者を調査対象者とした。2011 年6月から2011年11月まで行われた見学調査から、草加松原団地と百草団地を本研究の調査対象地に選定し、2012年6月から8月まで本調査を実施した。草加松原団地と百草団地は、2,000戸以上の戸数であり、団地内の高齢者率は日本全体の高齢者比率23.3%以上であって、団地内で高齢者の居場所づくりに関する活動が活発に行われている。草加松原団地は、ニュータウン・大規模住宅団地の開発の初期に建てられた団地を代表として調査対象地に百草団地は、草加松原団地より7年後に建てられた団地であり、初期に建てられた団地に比べ、居住者のプライバシーや周りと環境の調和を大事に考え、住棟の配置などの新しい試しを図った団地である。

第3章では、各団地における屋内・外空間の様子を把握し、年齢層別・性別の滞在場所の違いとその場所の特徴示した。

その結果、人々の滞在様子がよくみられた場所は、団地の公園や商店街周辺であった。特に公園では、高齢者と子どもの滞在様子が他の年齢層に比べ多くみられた。屋外空間では女性より男性の高齢者の滞在様子が多くみられ、屋内空間では、男性より女性の滞在様子が多くみられた。この結果から、団地内の屋内・外空間での滞在様子が高齢者の性別の違いにより異なることが予想された。

また、草加松原団地のD地区の屋外空間には、他の場所に比べ人々の滞在様子が多くみられた。その要因としては、D地区には、常に、アクティビティ(野球、グランドゴルフ、テニス、囲碁、子ども達の遊ぶ姿等)があり、そのアクティビティに直接関わっている人ではなくても、そのアクティビティを眺めることで、そこに滞在している人もみられた。これは、一つの空間に多様なアクティビティが出来る空間を集中させて計画することにより、人々がよく集まるようになり、高齢者が自宅から出てくるきっかけの一つになれると考えられる。

4章では、各団地及び周辺における屋内・外空間での余暇活動内容や利用有無をアンケート調査し、回答者の属性(性別/年齢/家族構成/居住年数)の違いによる、余暇活動の内容と各空間の利用有無との関係を示した。

回答者の性別と年齢の違いによって、余暇活動の内容と各空間の利用有無の有意差がみられた。近年、地域の中では、だれでも使える場所や多世代が一緒にいられる空間が求められているが、実際には利用する人々の個々の特徴をなるべく尊重し、地域の施設や空間づくりに挑むべきだと考えられる。高齢者の居場所づくりに対しても、前期高齢者・後期高齢者のような年齢代に適したプログラムの構成をするなどの運営側面の配慮が必要である。また、退職後の自分の居場所の喪失が特に大きい男性のための居場所の構築も至急な課題であると考えられる。

5章では、 各団地におかれている屋内・外空間に対する個々の高齢者の認識や意見をまとめ、各空間を利用しない理由を個人的・物理的・人的・心理的な要因を示した。

団地内の集会所は、設備の不満や広さの問題のような「物理的な要因」が多くみられた。それに対して、ふれあい喫茶・ふれあいサロン・Eラウンジのような高齢者の居場所として計画された屋内空間では、物理的な要因より、一人での利用負担のような心理的な要因や他人に対する意識負担、人間関係の不都合の人的な要因がその場の利用を妨げるバリアーであることがわかった。また、各団地における屋内・外に対する意見をまとめると、各団地の屋内空間には、ふれあい喫茶やサロン、Eラウンジ、見守りネットワークのような高齢者が気軽に寄れる場所が設けられているが、それ以外に多様な活動が出来る場所や自由に使えるオープンな場所を増やすという意見がみられた。また、プログラムの多様化や年齢に会わせたプログラムの構成等の工夫の意見もあった。集会所に関する意見は、飲食ができる厨房設備もあれば良いという意見もみられた。草加松原団地の屋外空間には、新団地のA地区に緑をもっと増やしてほしいという意見が多く、「憩いの場所」、「集まりの場所」、「多様な場所」や「多様な公園」、グランドゴルフができる専用のグランドがあれば良いと回答をした。

百草団地の屋外空間には、子どもが遊べる「子ども関連場所」が必要であるという答えがたの意見に比べ多くみられた。また、「広い公園」や「スポーツ関連場所」が必要とする意見もあった。また、屋外で休憩できる「ベンチ」や「屋根付きベンチ」を増やすという意見もあり、喫煙ができるスペースもほしいという意見もみられた。

6章では、各団地に暮らす個々の高齢者の多様な居場所とその居場所が成り立つ要件を示した。

草加松原団地の回答者が団地内で「よく訪れる場所(週1回以上)」は友人の家、ふれあい喫茶であった。屋外空間では、C商店街周辺、C児童公園、野球場の回答などがみられた。それに対して、百草団地はでは、ふれあいサロンという回答が一番多くみられ、友人の家という回答は一番少なかった。また、「愛着のある場所や自分らしくいられる場所」に対する回答でも、草加松原団地は友人の家の答えが屋内空間のなかで一番多くみられ、百草団地は、ふれあいサロンという回答が一番多くみられた。この結果は、各団地が建設された年代が少し異なるので(松原団地1962年、百草団地1969年)、そこで暮らす居住者の価値観やライフスタイルの違いによることではないかと考えられる。個々の高齢者の居場所の事例から得られたことを基に、各居場所の成り立つ要件をまとめると、草加松原団地、百草団地も木・緑の回答が一番多くみられた。その次は、草加松原団地では、子どもの存在があげられ、子どもと直接ふれあわなくても子どもの遊ぶ姿や通る様子だけで癒される要件であった。また、距離的に近いことも居場所の成立要件であり、知人・仲間の存在の要件もみられた。百草団地では、男性グループの存在や、自分の席の確保等の要件がみられた。

7章では、以上の内容をまとめ、本研究から考察できることは以下のようである。

・性別の違いによる居場所の重要性

特に、退職後の男性の高齢者は、役割の喪失で、社会的な居場所もなくなり、孤立してしまう恐れが女性より多い。団地内で男性の居場所を確保し、仕組みをつくることは今後の重要な課題であると考えられる。

・各集合住宅団地の居住者のライフスタイルや価値観の違いによる居場所の計画

集合住宅団地という住宅タイプは、大量に生産され、一気に供給されるのが特徴であり、 最初の団地の入居者たちは、団地が建てられたその時代のライフスタイルや価値観を持っている。それは、40~50年が経った今でも、生活の中で現れる。例えば、本研究の6章で、草加松原団地では、友人の家によく訪れる人が多くみられ、友人の家が自分の居場所であると回答した方も少なくない。これに対し、百草団地では、仲間でもお互いの家はなるべく上がらなく、その代わりにふれあいサロンやEラウンジで仲間と過ごす時間が多いと答えた人が多かった。これは、草加松原団地は百草団地より建設年数が7年ぐらい先に建てられ、百草団地が建設される際には、居住者のプライバシーを尊重し、棟と棟の間隔を広くし、新しい試しを図った団地であり、そのようなライフスタイルが今も残っていると考えられる。それで、高齢者の居場所づくりを計画する際にも、建設された年代の居住者のライフスタイルや価値観に適合する居場所の計画が重要であると考えられる。

・子どもの存在の重要性

百草団地は二つの行政に分かれており、団地敷地の北と南側に小学校があった。しかし、団地でも少子高齢化が進み、子どもがいなくなり、二つの小学校がなくなり、最近は、団地内の保育園もなくなる予定である。それに対して、草加松原団地は団地の近くに保育園や小学校があり、団地内で子どもの様子がよくみられる。6章で行われたインタビュー調査から、愛着の場所に関するコメントでは、子どもが通る道や子どもの遊ぶ公園、子どもとあいさつが出来る小学校であると答えがみられた。また、百草団地でもアポロ広場で遊ぶ子どもの姿やあかちゃんの鳴き声に癒されるという答えもあった。このような、団地内の子どもの存在の場所は、高齢者の心理的な居場所になる要重要な要因の一つであると考えられるので、団地計画の際、子どもの施設や遊び場と高齢者の居場所を連係して計画する案も提案できるだろう。

・団地内の道での居場所

6章のインタビュー調査で、団地内で愛着のある場所に関するコメントでは、草加松原団地のB~C地区を繋ぐ道という回答が多くみられた。この道は、居住者にとって重要な生活場でもあり、思い出の場所でもあり、しげみがある癒される場所でもあると話していた。しかし、最近、建替えられる団地内では、道といえる空間の設計の配慮はあまり見えない。草加松原団地のように団地内の道の役割は、いろいろな人とふれあうことができる重要な場所であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、集合住宅団地に暮らす個々の高齢者の居場所の多様性とその成立要件についての知見を得ることを試みるものであり、なるべく多くの高齢者が自宅から出て社会とつながりを持つためには、 多様な居場所のある居住環境が必要であるという仮説を前提としている。

日本は、近年、高齢化の進行とともに、高齢者の孤独死、特に、物理的に孤立しやすい集合住宅団地での孤独死が社会問題として取り上げられ、対策として高齢者の居場所づくりに力が入れられていることが背景となっている。

本論文は全6章で構成される。

第1章では、本論文の背景として孤独死の問題、研究の目的、既往研究、本研究の位置づけ、論文の構成を示した。

第2章では、予備調査と調査概要、方法を示した。

本論文は、集合住宅団地(以下、団地とする)に暮らす60歳以上の居住者を調査対象者とし、2011 年6月から11月まで行われた予備調査(観察調査)から、草加松原団地と百草団地を調査対象地に選定し、2012年6月から8月まで本調査を実施した。両団地は、2,000戸以上の戸数であり、団地内の高齢者率は日本全体の高齢者比率23.3%以上であって、団地内で高齢者の居場所づくりに関する活動が活発に行われている。草加松原団地は、ニュータウン・大規模住宅団地の開発の初期に建てられた団地であり、百草団地は、草加松原団地より7年後に建てられ、初期の団地に比べ、居住者のプライバシーや環境の調和を大事に考え、住棟の配置などの新しい試みを図った団地である。

第3章では 各団地における屋内・外空間で人々を観察し、その中で、高齢者がよく滞在している場所、そこでの高齢者の滞在様子を把握した。高齢者の滞在がよくみられた場所は、団地の公園や商店街周辺であった。 屋外空間では男性高齢者、屋内空間では、女性高齢者の滞在が多くみられた。このように、男女によって滞在している場所が異なり、性別が居場所の形成に影響を与えることを指摘した。また、野球、グラウンドゴルフ、テニス、囲碁、子ども達の遊ぶ姿等のアクティビティが常にある地区の屋外空間には、そのアクティビティに直接関わっている人ではなくても、 そこに滞在する高齢者の様子もみられ、他の場所に比べ人々の滞在が多くみられた。これにより、一つの空間に多様なアクティビティが出来る場所を集中させることにより、人々がよく集まるようになり、また、その集まりにより高齢者が自宅から出てくる一つの要因につながる可能性もあることを指摘した。

4章では、 アンケート調査から得られた回答者の余暇活動の内容および各団地におかれている空間の利用有無に焦点を当て、性別、年齢、家族構成、居住年数の違いによる余暇活動の有無と各空間の利用有無とその関連性を明らかにした。関連性が多く見られたのは、回答者の性別と年齢の違いである。

ジェンダーによる余暇活動内容や各場所での利用有無との関連性が明らかになったことから、男女の性向に合わせた場所づくりが求められ、特に、退職後、自分の居場所の喪失が大きく、あまり地域社会とつながりを持っていなかった団塊世代の男性らが自分の居場所を確保できる環境づくりや整備が必要であるなど、年齢層(前期高齢者・後期高齢者)に適したプログラムの構成をするなどの運営側面の配慮が必要であるとした。

5章では、 各団地に暮らす一人ひとりの高齢者の多様な居場所に着目し、その場所がどのような空間的な要件によって居場所として成り立っているかの考察を行った。それぞれのライフスタイルを持っている多くの高齢者が、地域で各自の居場所が確保できる多様な居住環境を実現するための知見を得るため、インタビュー調査の、各団地の屋内・外空間で「気軽によく訪れる場所(週1回以上)」、「自分らしくいられる好きな場所」=(居場所)のコメントから、居場所として成り立つ空間的な要件を明らかにした。また、アンケート調査とインタビュー調査の「各場所を利用しない理由」の項目から、その場所が居場所として成立しない要因についても考察した。

6章では、本論文の総括と今後の課題について述べた。

多くの高齢者が自宅外で自分の居場所が確保でき、社会とつながりをもつためには、多様な居場所のある居住環境への配慮が必要である。特に、団塊世代の男性高齢者の居場所づくりの必要性と、各集合住宅団地の居住者のライフスタイルの違いによる居場所の計画、消極的な高齢者のための居住環境、子どもの存在の重要性、団地内の思い出の場所(記憶の蓄積)への配慮が今後の課題として重要になるとした。

以上のように本論文は、集合住宅団地に暮らす個々の高齢者の居場所の多様性と成立要件を明らかにし、外出し社会とつながりを持つことができるための高齢者の居場所のあり方と可能性を示した。

今後の集合住宅の計画、高齢者のための空間計画に重要な知見を与えるもので、建築計画学の発展に大いなる寄与となりうるものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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