学位論文要旨



No 129037
著者(漢字) 文,書賢
著者(英字)
著者(カナ) ムン,ソヒョン
標題(和) プラットホームにおける自己資源を活用した待ち方とプラットホーム資源の相互関係
標題(洋)
報告番号 129037
報告番号 甲29037
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7928号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西出,和彦
 東京大学 准教授 大月,敏雄
 東京大学 教授 平手,小太郎
 東京大学 准教授 今井,公太郎
 東京大学 教授 羽藤,英二
内容要旨 要旨を表示する

鉄道の機能的拠点であるプラットホームは、利用上の属性において「迅速な移動」と「一時的待機」という両立性を持っているが、これまでプラットホームの計画は、「迅速な移動」に関連したスペースの利用効率の向上が機能の中心となっていた。このため、ホームで待機する一人一人の利便性への関心は相対的に疎外されていた。

さらに、ホームの利用習慣と運営システムでは、携帯電話などの自己資源を活用した待機行為が大幅に増加しており、これは他の事故の原因にもなる。

したがって、今後のプラットホーム計画においては、停止空間としてのプラットホームへの理解と、利用者の待ち方の特性を反映させた利用環境の質的な改善を通じて、利用者の満足度向上に向けた努力が求められる。

このような背景から、本研究は、日本と韓国のプラットホームで収集した計2990件の待機行動場面を分析し、待ち方に活用される資源の内容を区分基準にホームでの待ち方を類型化している。そして待ち方の類型別の特性とホーム資源の相互関係に対する分析結果を総合し、現在のホームで見られる利用上の問題を把握し、今後の計画に有効な改善策を提案することを目的とする。

本研究は、ホームにおける待ち方に対する考察を中心とした利用環境の調査であり、ホームの空間を物理的な側面だけで把握するのではなく、人と人、人と空間の疎通体系として認識する特性がある。

本研究の具体的課題と取り扱う章を下記に示す。

課題 (1)プラットホームの環境と利用上の特性を把握する。(第2章)

課題 (2)日本と韓国の12ヶ所のプラットホームについて利用時間を3段階の混雑レベルで分けて観察調査を実施し、その結果からホームでの様々な待ち方の特徴を分析して類型化を行う。(第3 章 、第4章)

課題 (3)多様な待ち方とプラットホームの直接利用資源1の相互関係を明確にする。(第5章)

課題 (4)自己資源を活用した待ち方を中心にホームの広告などの間接背景資源2の相互関係を明確にする。(第6章)

課題 (5) プラットホームでの待ち方とプラットホーム資源の相互関係に対する分析結果を総合し、今後のプラットホーム計画に有効なデータと改善策を提案する。(第7章)

第1章の序論では、研究の背景、目的、既往研究、位置付けなどを整理した。

円滑な移動のため最小限の休憩施設が設置されているプラットホームでの待機行動には、人間相互の作用が物理的な施設として強く作用する。つまり、利用における人間の心理が強く作用する空間でもあると言える。したがって、プラットホームの利用環境の質的な改善を図るためには、まずホームで起こる様々な待ち方に対して、人間の視点から内容を把握することが先行されるべきであると考える。

そこで本研究では、ホームで見られる行為の中で、物理的な空間の形態と施設の構成タイプ別に人間行動の対応が実際の行動や意識の中でどのように表現されるのか、その実態と傾向を観察調査によって明らかにし、プラットホームの空間を人間行動の視点から考察する。

具体的には、どんなホームで「 誰が」「いつ」「どこで」「 何 を」「どのように」しながら待機しているのかに注目し、利用者の行動特性を分析し、様々な待ち方が環境の構成内容に応じて、どのように変化するかを明らかにする。

特に、増加傾向にある自己資源を活用した待ち方に重点をおいた分析と考察を実施し、その内容と特徴を明らかにして、プラットホーム資源との相互関係を明確にする。

本研究では、ホームでの待ち方を考察し、それに影響を及ぼす社会的背景と心理的な接続体制についての議論、及び自己資源を活用した待ち方とプラットホーム資源の構成類型との関係性の組み合わせを導き出し、今後のプラットホームの計画に有効なデータと改善策を提案することを目的とした。

第2章では、プラットホームの環境と利用上の側面からその特性を把握し、本研究の調査対象の選定と結論の方向設定の土台となる理論的内容を考察した。

まず、環境的側面での特性を調査した結果、プラットホームの物的な環境の構成は、地上と地下の位置関係をもとに配置された相対式と島式のプラットホームの類型が基本になることが明らかとなった。そして、その内部の利用資源としては、直接利用に関係する空間、施設、情報系の直接利用資源を始めとし、増加の一途をたどる商業広告施設などの間接背景資源も含む必要があると考えられた。

また、よく計画されたプラットホームのデザインの内容を把握するために、ヨーロッパとアジア各国の事例を分析した結果、優秀なホームの計画というのは、"空間の空く"(空間系)、"施設の統合化"(施設系)"情報の認知強化"(情報系)という三つの柱からつくられる統合的設計の基礎の上に追求されるものであることが分かった。しかし、このようなデザインの内容を各国のすべてのホームに適用させるには、老朽化したプラットホームにおける柱や壁などの構造的改善の限界や休憩支援設備の不足及び 増加の一途をたどる広告施設に対する整備内容が不在する問題点がある。

次に、利用的側面での特性の把握結果、プラットホームは空間内の利用者の間の他人化現状が発生する離社会的空間の性格を持っている。特に、その排他的な心理は混雑度と比例することが示唆された。それでホームの関係方式をみると[個人対個人][個人対媒体]の特性が見られる。つまり、プラットホームでは、個体領域の確保が難しいため、相手を意識した体の向きの設定や自己資源を活用した待機行為を通じた視線の処理が頻繁にみられる。また、媒体との関係方式でも特に設置が増加している広告施設の場合、利用者の待機過程で強制的に介入する "一方向的媒体特性"の構造を持つ問題がある。これは、公共施設であるプラットホームの内部の情報システムにも混乱を与える可能性があるので、これに対する検討が必要である。

加えて、類似した物的環境条件のプラットホームで発生する、多様な待機行為を説明し, 待ち方と物的資源の相互関係性を把握するためには、アフォ-ダンスに対する理解とその概念の適用が必要である。

以上の考察より、プラットホームの利用環境の改善には、空間の物的基盤要素よりも人間行動の側面からみた計画が最優先されるべきであると考えられる。

空間の物理的側面の理解に基づき、心理的・社会学的特性とアフォーダンスに対する理解を用いて利用環境の質的な改善案を模索すれば、プラットホーム内での特定の行為を誘導または制限することができ、これを基に詳細施設の計画を行えば、より合理的で機能的な空間形成に向けた改善策の提示が可能であると考えられる。

第3章では、調査対象地の選定基準を説明し、調査の概要及び方法を敍述する。

調査対象とした日本と韓国の12ヶ所のプラットホームに対する選定は、客観的な比較を可能とするため、混雑レベル別に応じた利用者割合が類似したホームであること、プラットホームの類型を決定するホームの位置関係と配置形態、そして転落防止の安全柵の組み合わせに基づいてつくられた12個の空間類型に適合すること、及び待ち方と間接背景資源(広告施設、風景など)の相互作用の関係を把握するために、12個の空間類型において配置位置と広告などの密度の状況に基づいてつくられた4つの環境条件に適合することとした。

本調査では、特にホームでの様々な待ち方に対する観察調査[Walk-Through observation]を行うため、プラットホームが多数の利用者に同時に利用され、同時に列車の運行間隔の短さという特性により、空間利用者の交代速度と利用形態の変化が速いことを考慮し、観察調査の全過程をビデオで撮影し、 "前撮影、後分析"プロセスを使用した。

調査は、2012年8月から2012年10月まで36回(x2)行い、日本での1981件と韓国での1009件の計2990件の調査結果を元に、待ち方とプラットホームの類型との相互関係の把握するため、類型別の頻度分析を実施した。さらに、行動の具体的原因の分析と改善案の提示を行うために、環境心理などの理論を用いて定性的分析を実施した。

第4章では、プラットホームにおける待ち方の内容を分析し、行為に対する資源の依存度を区分基準に類型化した。また、類型別の利用者の一般的特性と混雑のレベルに応じた変化の内容を明らかにし、現在のプラットホームで現れる利用上の問題構造を把握する。

本研究での待ち方は次の5つの類型である。

■第1類型 - プラットホーム資源活用型

■第2類型 - 自己人的資源活用型

■第3類型 - 自己人的資源活用型+プラットホーム資源活用型

■第4類型 - 自己物的資源活用型

■第5類型 - 自己物的資源活用型+プラットホームの資源活用型

12ヶ所のホームにおいて、利用者の一般的特性と混雑レベルに応じた行為の変化を各類型別に明らかにし、現在のプラットホームがもつ利用上の問題を把握する。

第5章では、プラットホームの利用に直接影響を与える、プラットホームの位置や配置形状、転落防止の安全柵などの有無及びベンチなどに至る詳細設備(直接資源)の構成内容と待ち方の関係性の組み合わせを導き出す。

第6章では、プラットホーム環境の背景となる外部の風景や広告などの間接資源の構成内容と待ち方の関係性を導き出す。

第7章では、様々な待ち方とプラットホームの資源の相互関係を総合して、第6章までに提示された問題と行動特性に基づき、それを解決しながら、快適で機能的な空間を可能にする本質的な改善方法を提案する。

1 第2章'プラットホームの直接利用資源の定義と範囲'参照

2 第2章'プラットホームの間接利用資源の定義と範囲'参照

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、鉄道駅のプラットホーム空間を、より安全で人の待ち方に合った快適な待機空間とすることを目指し、観察調査によりプラットホームにおける人の待ち方を理解し、プラットホーム空間のあり方を追究するものである。

そのために日本と韓国のプラットホームで収集した計2990例の待機行動場面を分析し、待ち方に活用される資源を抽出・分類して、プラットホームでの待ち方を類型化した。特に、増加傾向にある自己資源を活用した待ち方に重点をおいて分析し、プラットホーム資源との相互関係を導き出し、今後のプラットホームの計画に有効な知見と改善策を提案することを目的とした。

本論文では、プラットホームの空間を物理的な側面だけで把握するのではなく、インフォーマルな行動も含めた「人と人」「人と空間」の疎通体系として認識するところに特徴がある。

プラットホームにおける待ち方では、他人と視線を合わせることを避けるため、目のやり場となるものを求めようとする行為が多く見られる。近年ではそのために携帯電話・端末等を見ながら待つ行為が多く見られるようになった。また転落防止のための安全柵やホームドアなど、プラットホームに新たな空間要素が設けられるようになり、それに対応する人の行動が見られるようになった。本論文はそのようなプラットホーム空間における待ちの行動に影響を与える新たな空間的要因が加わってきたことを背景としている。

第1章では、研究の背景、目的、既往研究、位置付けなどを整理した。

第2章では、プラットホームの環境及び利用上の側面から特性を把握し、本研究の調査対象の選定と基礎となる理論的内容を考察した。

第3章では、調査対象の選定基準、調査の概要及び方法を述べた。

第4章では、プラットホームにおける待ち方について活用資源の依存を区分基準によって類型化し、類型別の利用者の一般的特性と混雑のレベルに応じた変化の内容を明らかにし、現在のプラットホームで現れる利用様態を示した。

本論文における分析の基準として、次の6つの待ち方の類型を導き出した。

第1類型系: プラットホーム資源従属系

・1-A類型 - プラットホームの位置資源活用型

・1-B類型 - プラットホームの便宜支援・事故防止資源活用型

第2類型系: 自己人的資源活用系

・2-A 類型 - 自己人的資源+プラットホームの位置資源活用型

・2-B 類型 - 自己人的資源+プラットホームの便宜支援・事故防止資源活用型

第3類型系: 自己物的資源活用系

・3-A 類型 - 自己物的資源+プラットホームの位置資源活用型

・3-B 類型 - 自己物的資源+プラットホームの便宜支援・事故防止資源活用型

第5章では、待ち方と利用に直接影響を及ぼすプラットホームの「直接利用資源」の関係性の組み合わせを導き出した。

第6章では、待ち方とプラットホームで見られる外部の風景や広告などの「間接背景資源」の関係性の組み合わせを導き出した。

第7章では前章までの「待ち方とプラットホームの資源の相互関係」の考察結果に基づいて今後のプラットホームの利用環境の改善方向を模索して今後の研究課題を示した。

待ち方からみたプラットホームの未来は、「自己物的資源活用系」の待ち方が継続的に増加し、自己媒体とインターネットを通じた情報検索の可能性が拡大し、駅員の安全管理の役割が縮小すると見込まれる。

情報案内施設については、自己物的資源活用の待ち方が増えるのに対し、販売施設や情報案内施設の利用頻度は減ると見込まれるので、情報案内の設置位置は再整備される必要があり、情報案内の運営方式についても設置位置に応じた提供情報の内容の差別化をすることが求められる。

転落防止の安全柵については、安全柵内側前面を活用した視覚情報を有効化すること、安全柵の仕上げ(材質)を見通せるものにするなどの選択、安全柵の種類に応じた誘導ブロック黄色線の整備案が改善案として提言できることを示した。

これらの提案は、プラットホームでの待ち方の特性を利用環境の構成及び形態などと関連づけてとらえた結果を基にした改善案であり、今後の設計と評価のために有効な知見になると考えられる。

以上のように本論文は、鉄道駅プラットホームにおける自己資源を活用した待ち方とプラットホーム資源の相互関係を明らかにし、様々な行為と環境要因との関係を示し、改善案を示すことができた。

今後の公共的空間、特に待つ空間の計画に重要な知見を与えるもので、建築計画学の発展に大いなる寄与となりうるものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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