学位論文要旨



No 129039
著者(漢字) 朴,星勇
著者(英字)
著者(カナ) バク,サンヨン
標題(和) 鉄筋コンクリート造十字形柱梁接合部部分架構の復元力特性に関する研究
標題(洋)
報告番号 129039
報告番号 甲29039
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7930号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 塩原,等
 東京大学 教授 壁谷澤,寿海
 東京大学 教授 中埜,良昭
 東京大学 准教授 野口,貴文
 東京大学 准教授 長井,宏平
内容要旨 要旨を表示する

鉄筋コンクリート造モーメント骨組の構造設計および耐震性能評価では,部材の非線形特性を考慮した弾塑性骨組解析が必要である。その際,解析の精度は骨組を構成する部材のモデル化と部材の非線形特性を表す要素の復元力特性に大きく依存する。梁部材と柱部材が交差する接合部,即ち,柱梁接合部(以下,接合部)については,その変形を無視して剛とする場合が多い。これは,接合部が破壊せず,その変形が梁と柱の変形に比べて無視できるほど小さい場合に成り立つ。以上の背景を基に,本研究では,平面十字形部分架構の静的実験における梁,柱および接合部の破壊性状や履歴性状を検討し,その得られた知見を基に,新たな十字形柱梁接合部の復元力特性の骨格曲線の実用的な算定法を提案する。その際,接合部の復元力特性における力と変形は,実験での測定や既存の弾塑性骨組解析への組み込みを考慮し,接合部中心での節点モーメントと接合部の変形による層間変形角とする。また,非線形性の強い梁・柱端部の回転による変形は,梁・柱の変形成分ではなく,接合部のせん断変形と共に接合部の変形成分とする。算定においては,柱梁接合部の曲げ抵抗機構を基に,新たな十字形柱梁接合部の変形機構を考案する。さらに,十字形柱梁接合部に適用した仮定を基に,ト形・T形およびL形柱梁接合部の復元力特性の骨格曲線の算定法も提案し,その適用性を検討する。以下に,各章ごとのまとめを示す。

第1章では,本研究の背景,目的および論文の構成について述べた。研究の背景では,弾塑性骨組解析における梁,柱および接合部のモデル化の現状について述べた。また,柱梁曲げ強度比が 1.0に近い塩原らの平面十字形部分架構の静的実験(2008 ~ 2009年)と 4階建ての実大鉄筋コンクリート造建物の大型振動台実験(2010年)を紹介し,現行のせん断抵抗機構に基づく柱梁接合部の耐震設計法の問題点を指摘した。研究の目的では,柱梁接合部の復元力特性の骨格曲線を算定する際の基本方針と目標について述べた。

第2章では,柱梁接合部に関する研究の歴史,解析モデル,復元力特性および各国の耐震設計法について述べた。研究の歴史では,従来のせん断抵抗機構に基づく研究と近年の曲げ抵抗機構に基づく研究を紹介した。解析モデルでは,接合部の非線形特性を表す要素の構成則のレベルによる分類に従い,現在までの代表的な接合部モデルを紹介した。特に,本研究で用いた1自由度のせん断パネルモデルと回転ばねモデルについては,梁,柱および接合部における接続マトリクスを示した。復元力特性では,接合部パネルのせん断挙動に関する研究と,接合部からの主筋の付着滑りによる抜け出し挙動に関する研究を紹介した。最後に,各国の耐震設計法では,日本,アメリカ,ヨーロッパおよびニュージーランドの柱梁接合部に関する指針や基準を紹介し,これらは接合部のせん断力,接合部横補強筋量および付着に対する設計法であることを示した。

第3章では,平面十字形部分架構の静的実験の概要と結果について述べた。実験概要では,実験変数,使用材料,加力方法および測定方法について述べた。特に,接合部変形の測定方法については,詳細に説明した。実験結果では,十字形部分架構の破壊性状,履歴性状,変形成分および接合部内の主筋の応力について述べた。特に,部分架構の破壊性状は梁主筋量,接合部横補強筋量およびコンクリートの圧縮強度などの設計因子の影響を受け,3つの破壊モード(B型,BJ型,J型)に分類されることを示した。また,梁端部の回転は柱端部の回転や接合部のせん断変形と連動するため,これらの 3つの変形は接合部の変形成分として取り扱うのが妥当であることを示した。最後に,接合部の付近では接合部中央部の斜めひび割れの発生により,通常の平面保持の仮定が成立しないことを指摘した。

第4章では,3章での実験結果を基に,梁,柱および接合部の復元力特性の骨格曲線と履歴性状について検討した。梁(柱)の復元力特性については,梁(柱)端部の回転を梁(柱)の変形から除くことにより,骨格曲線は平面保持を仮定した断面解析から算定可能であること,履歴性状は通常の Takedaモデルにより概ね表現可能であることを示した。接合部については,骨格曲線の各折れ点(入隅ひび割れ発生時,斜めひび割れ発生時,接合部内の主筋降伏時,最大耐力時)の力と変形に及ぼす諸設計因子の影響を検討し,マトリクス形式にその結果を整理した。なお,履歴性状を表すスリップ剛性は除荷点と指向方向の入隅ひび割れ点を結ぶ直線の傾きにほぼ一致することを示した。

第5章では,3章と4章の実験結果の分析により得られた知見を基に,十字形柱梁接合部の復元力特性の骨格曲線の算定法について述べた。算定においては,塩原の提案した柱梁接合部の曲げ抵抗機構を基に,新たな十字形柱梁接合部の変形機構を考案した。提案する接合部の復元力特性の骨格曲線は,接合部の入隅ひび割れ発生時と接合部内の主筋降伏時で主な剛性低下が生じるトリリニア形である。各折れ点の力と変形は,次のように算定した。入隅ひび割れ発生時の力は,その最初の向きが斜め方向であることを無視し,通常の梁・柱端の曲げひび割れ発生時の力として算定した。入隅ひび割れ発生時の変形は,接合部パネルにひび割れが生じる前までは接合部の変形が一様なせん断変形であると仮定して算定した。主筋降伏時の力は,その時の接合部の仮想断面上の鉄筋の応力を同定し,力の釣り合い条件を用いて算定した。主筋降伏時の変形は,十字形柱梁接合部の変形機構による接合部内での主筋の伸び量と主筋のひずみ分布から求めた主筋の伸び量が等しいという変形の適合条件により算定した。主筋降伏後の剛性は,塑性率 8の時に接合部の終局強度に達すると仮定して算定した。以上の算定法の適用性を検討するために,実験結果と比較した。その結果,本研究の算定法は接合部の入隅ひび割れ発生時の力と初期剛性を概ね評価でき,主筋降伏時の力を精度よく評価した。一方,主筋降伏時の変形については,若干過大評価する結果となった。また,主筋降伏時の力と変形に及ぼす諸設計因子の影響について検討し,4章で得られた傾向を捉えることが可能であるかを確認した。なお,本研究の提案による方法の有用性を検討するために,日本建築学会の耐震性能評価指針(以下,学会指針)による結果との比較も行った。検討の対象は,梁と柱の変形も含む部分架構レベルでの復元力特性の骨格曲線および変形成分の割合とした。その結果,学会指針による方法は部分架構の強度と剛性を過大評価する傾向があり,この傾向は柱梁曲げ強度比が 1.0に近いほど強くなった。変形成分の割合については,学会指針の場合,実験結果と異なり降伏が先行する部材のみに変形が集中する結果となった。一方,本研究の提案による方法は十字形部分架構の骨格曲線や変形成分の割合をよく評価した。

第6章と第7章では,それぞれ,ト形・T形,L形柱梁接合部の復元力特性の骨格曲線の算定法を提案し,その適用性を検討した。6章と7章は,5章の十字形柱梁接合部に適用した仮定をそのまま拡張したものであり,基本的な構成は5章のそれに等しい。異なる点は,L形柱梁接合部においては加力方向(開く方向,閉じる方向)ごとに異なる算定法を適用することである。接合部のひび割れ時の力,初期剛性,主筋降伏時の力と変形,主筋降伏時の力と変形に及ぼす諸設計因子の影響を検討した結果,十字形柱梁接合部の場合と同程度の精度で計算値は実験値を評価した。また,学会指針による方法は柱梁曲げ強度比が 1.0に近い場合と梁の引張主筋の定着長さが短い場合では部分架構の強度と剛性を過大評価する傾向があった。変形成分の割合については,学会指針による方法では,十字形柱梁接合部の場合と同様に,計算値と実験値が異なる場合が多かった。一方,本研究の提案による方法はト形・L形部分架構の骨格曲線や変形成分の割合をよく評価した。

第8章では,本研究の提案による方法の有用性を検証するために,一例として 6階建ての鉄筋コンクリート造の無限均等ラーメンの動的地震応答解析を行い,学会指針による結果と比較した。検討における主な変数は柱梁曲げ強度比(1.0 ~ 1.5の間で 0.1刻み),入力地震動(BCJ-L1,El Centro NS,JMA Kobe NS,Tohoku University NSの 4波)およびその大きさ(最大速度 5 ~ 75cm/secの間で 5cm/sec刻み)とし,検討の対象は最大層間変形角とその分布とした。その結果,本研究の提案による方法は学会指針による方法に比べて最大層間変形角を約 1.30倍大きく評価した。また,学会指針による方法は本研究の提案による方法に比べて柱梁曲げ強度比が 1.0に近い場合,特定の層に変形が集中する傾向が強かった。

第9章では,本研究で得られた成果,今後の課題および展望について述べた。本研究で得られた主な成果は,提案した算定法では,十字形・ト形・L形柱梁接合部の復元力特性の骨格曲線に及ぼす諸設計因子(接合部の形状,配筋,材料特性など)の影響を定量的に評価できることである。特に,柱梁曲げ強度比が 1.0に近い場合や梁の引張主筋の定着長さが短い場合,現行の学会指針では部分架構の強度と剛性を過大評価する傾向があったが,本研究の算定法を用いることにより精度良く評価することが可能となった。

付録では,十字形柱梁接合部の主筋降伏時における梁と柱の圧縮主筋の応力に及ぼす諸設計因子の影響について検討した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、地震力を受ける鉄筋コンクリート造モーメント骨組の柱梁接合部の非線形力学特性を実験的・解析的に明らかにしたもので、具体的には、部材を構成単位とする従来の非線形骨組解析の精度の向上を図ることを目的として、柱梁接合部を一要素と考えた場合の応力と変形を定義し、鉄筋コンクリート柱梁接合部の寸法と材料特性および配筋から、それらの関係に関する骨格曲線を推定するための理論的算定法を提案したものである。論文は、以下の9章から構成される。

第1章「序論」では、本研究の背景、目的および論文の構成について述べ、現行の柱梁接合部の耐震設計における問題点を指摘して、本論文における検討の範囲と具体的な目標を各章を要約することにより示している。

第2章「既往の研究」では、地震力を受ける鉄筋コンクリート造モーメント骨組の柱梁接合部に関する既往の研究について述べて、最近の柱梁接合部の研究より、梁と柱の曲げ強度が等しいか近い場合には、柱梁接合部のせん断力が過大か過小かによらず、柱梁接合部が破壊し、架構の最大強度が部材断面の曲げ終局強度より推定する値より小さいことが明らかになったとしている。そして、これまでの研究を、解析モデルに関する研究、復元力特性に関する研究、各国の耐震設計法に分けて分析している。

第3章「十字形柱梁接合部部分架構の静的実験」では、平面十字形柱梁接合部部分架構の静的実験の実験計画の概要と主な実験結果を示している。そして部分架構の変形は、柱、梁および柱梁接合部に分解され、従来、梁や柱端部からの主筋の抜け出しによる変形は、従来は梁もしくは柱の変形として整理されてきたが、むしろこれらは接合部のせん断変形の機構と連動して生じるものであり、抜け出し変形は柱梁接合部の変形に含めて考えることが力学的モデルを構築する上で合理的であるとしている。

第4章「十字形柱梁接合部の復元力特性に及ぼす設計因子の影響」では、柱梁接合部の変形量の計測結果を詳細に分析して、応力・変形関係における柱および梁の骨格曲線はそれぞれ平面保持を仮定した曲げ解析による推定が可能であり、一方、柱梁接合部の骨格曲線は、入隅ひび割れ発生、斜めひび割れ発生、接合部内の主筋降伏、最大強度時で剛性が変化する折点で表されることを示している。また柱梁接合部の履歴性状についても検討している。

第5章「十字形柱梁接合部の復元力特性の骨格曲線の算定方」では、第3章と第4章の実験結果の分析によって得られた知見に基づいて、次の骨格曲線の推定方法を提案している。まず、入隅ひび割れ発生は、梁(柱)端の曲げひび割れと考え、剛性は接合部パネルを一様なせん断変形と仮定して求める。斜めひび割れ発生による剛性変化は無視し、入隅ひび割れ発生点を主筋降伏点間は直線で結んでいる。主筋降伏時の変形は、新たに提案する柱梁接合部の変形機構に基づき、これに力の釣り合い条件と、接合部内の主筋歪分布およびコンクリート歪の適合条件を適用して求める。これらのモデルにより、主筋降伏までの復元力特性の骨格曲線を、実験結果と比較して妥当性を検討した結果、接合部の主筋降伏までの剛性と強度は概ね良く捉えることができて、既往の方法より精度が高いことを示した。また、各実験変数による影響を検討しその信頼性を評価している。ただし、柱の圧縮軸力が大きい場合の適用性については実験が少ないため十分には適用性が確認されていない。

第6章「ト形およびT形柱梁接合部の復元力特性の骨格曲線の算定法への拡張」では、ト形・T形の柱梁接合部部分架構の接合部の応力・変形関係における骨格曲線を推定する方法を提案し、その精度を検証して既往の方法より精度が高いことを定量的に示している。 第7章「L形柱梁接合部の復元力特性の骨格曲線の算定法への拡張」では、L形柱梁接合部部分架構の特性を考慮して開く方向と閉じる方向にわけて、それぞれの柱梁接合部部分架構の接合部の応力・変形関係における骨格曲線を推定する方法をそれぞれ提案し、その精度を検証して既往の方法より精度が高いことを定量的に示している。

第7章「L形柱梁接合部の復元力特性の骨格曲線の算定法への拡張」では、L形柱梁接合部部分架構の特性を考慮して開く方向と閉じる方向にわけて、それぞれの柱梁接合部部分架構の接合部の応力・変形関係における骨格曲線を推定する方法をそれぞれ提案し、その精度を検証して既往の方法より精度が高いことを定量的に示している。

第5章から第7章の検討において、いずれのケースにおいても柱梁曲げ強度比が1.0に近い場合には既往の方法が剛性と強度を過大評価するので、注意が必要であるとしている。

第8章「柱梁接合部の変形を考慮した動的地震応答解析の一例」では、柱梁接合部の骨格曲線のモデルの応用例として、6層の鉄筋コンクリート無限均等ラーメンを対象として、動的地震応答解析を行い、柱梁接合部の変形を表すモデルによって最大30パーセント程度最大応答変位が変動する場合があることを示している。

第9章「まとめ」では、本研究で得られた成果と今後の課題および展望について述べている。

このように、本研究は、実現象を正しく捉えるために柱梁接合部の耐震実験を実施し、十字形・ト形・L形の柱梁接合部の実験データに基づいて、体系的にその非線形復元力特性に及ぼす各種因子の影響を定量化し、さらに、機構に基づいて復元力特性を推定するモデルを提案して実験データにより検証し、これらを用いて柱梁接合部の力学特性が骨組レベルの地震時の挙動に及ぼす影響も検討している。従来良く知られていなかった、柱梁接合部の断面や配筋材料特性が、鉄筋コンクリート造モーメント骨組の耐震性に及ぼす影響を、定量的に明らかにするために大きな貢献をしたものである。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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