学位論文要旨



No 129040
著者(漢字) 山﨑,亮
著者(英字)
著者(カナ) ヤマザキ,リョウ
標題(和) 中山間離島地域の住民参加型まちづくりにおける活動主体の形成手法に関する研究 : まちづくりコミュニティの形成プロセスを例に
標題(洋)
報告番号 129040
報告番号 甲29040
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7931号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 中井,祐
 東京大学 准教授 小泉,秀樹
 東京大学 准教授 城所,哲夫
 東京大学 准教授 瀬田,史彦
内容要旨 要旨を表示する

1.研究の目的および方法

中山間離島地域では、都市地域と違って自治会などの地縁コミュニティの力が強く、特定のテーマに応じて活動するまちづくりコミュニティが生まれにくいことが多かった。ところが最近はこうした地域でも地縁コミュニティの力が弱まり、まちづくりに関する住民の要求が直接自治体に寄せられるようになっている。

そこで本研究では、「中山間離島地域に外部の専門家が入り、地域の課題解決に取り組む新たなコミュニティを生み出し、当該コミュニティが継続的に活動を続けるようにすることは可能か」という問題意識を設定し、これを具体的なプロジェクトに取り組むことで検証するとともに、もし可能であるとしたらそのプロセスと要点を明らかにすることを目的とする。

したがって、研究方法としては筆者自身が中山間離島地域における新たなコミュニティづくりに取り組みながら研究を遂行するアクションリサーチを基本とする。研究対象は中山間離島地域に位置する人口3万人以下の自治体とし、筆者自身がプロジェクトに関わった兵庫県姫路市いえしま地域(旧家島町)、島根県海士町、栃木県益子町の三事例とする。

2.既往研究の整理

2-1 コミュニティに関する用語の整理

マッキーヴァーによるコミュニティとアソシエーションの研究以降、コミュニティの定義については時代によってさまざまな捉えられ方をしてきた。本研究ではアソシエーションという用語は使わず、自治会などの地縁コミュニティとNPOなどのテーマコミュニティを想定しつつ、(1)特定のテーマを掲げて活動する集団であり、(2)同じ地域に居住している構成員から成り、(3)非営利の活動を主とし、(4)まちづくりに貢献する活動を行なっているコミュニティのことをまちづくりコミュニティと呼ぶことにする。

2-2 中山間離島地域を取り巻く情勢

中山間離島地域については、政府や行政もこれまでさまざまな施策を展開してきたものの、現在も多くの課題を抱えたままになっている。主な課題は(1)耕作放棄地の増大、(2)森林の荒廃、(3)獣害や病害虫の発生、(4)ゴミの不法投棄の増加、(5)空き家の増加、(6)伝統的祭事の衰退、(7)集落景観の荒廃の7点である。こうした課題の多くは「地縁コミュニティ存続のための基盤の崩壊」が関係している。地縁に変わる新たなコミュニティの形成が必要であるといえよう。

2-3 中山間離島地域におけるコミュニティ

地縁コミュニティは、特に都市化と産業化の影響を受けて変質しやすい。杉本(2003)は、中山間離島地域における地縁コミュニティが衰退しているため、今後はNPOなどのボランタリーな集団の活躍に期待している。一方、佐藤(1994)は、弱まったとはいえ地縁コミュニティの力が相対的に強い中山間離島地域では、ボランタリーな活動が生み出されにくい上京が続いていると指摘している。倉田(1985)は、地縁コミュニティの弱いところをボランタリーな集団の活動が補完することが大切だとしている。ところが、当該地域でボランタリーなまちづくりコミュニティを生み出す方法について明らかにした研究はほとんどない。

2-4 コミュニティづくりに関する既往研究

上記のとおり、中山間離島地域におけるまちづくりコミュニティの形成手法についての研究が見当たらないため、都市部でのまちづくりやコミュニティデザイン、コミュニティオーガニゼーションやコミュニティディベロップメントなど既存の方法論に照らしあわせた結果、コミュニティの形成プロセスは、(1)準備期、(2)計画期、(3)活動期、(4)展開期の4段階に整理された。また、コミュニティ形成の要点は、(1)住民が主体的に活動するように介入する、(2)地域の「よそ者、わか者、ばか者」を見つける、(3)行政は裏方に徹する、(4)地縁コミュニティとの関係を良好に保つこと、(5)常に活動の情報を発信すること、(6)支援体制を充実させること、の6点抽出された。この4段階のプロセスと6点の要点は、都市地域だけでなく中山間離島地域のコミュニティ形成においても適用可能であるとの仮説を設定し、研究対象である三事例のアクションリサーチを通じてこれを検証する。

3.兵庫県姫路市いえしま地域におけるNPOいえしまの事例研究

3-1 本章の目的

本章では、仮説として設定した4段階のプロセスと6つの要点について、兵庫県旧家島町(現在は姫路市と合併)に新しく生まれた「NPO法人いえしま」のコミュニティ形成に当てはめて検証することを目的とする。

3-2 いえしま地域の概要

いえしま地域は2006年に合併して姫路市の一部となるまでは家島町だった。40以上の島からなる当該地域には4つの有人離島がある。1980年には約10,000人だった家島町の人口は減少し、2010年には7,326人となった。主要産業である採石業、舟運業、漁業はいずれも低迷し、新たな産業のあり方を模索するため2001年に家島町再生プラン実行委員会が開催された。その場で女性委員2名からまちづくり事業を進めることが提言されたことを受け、役場は翌年から家島まちづくり参加活動研修事業を開催する。

3-3 住民参加のプロセス

(1)準備期:家島まちづくり参加活動研修事業は、旧家島町で初めてのまちづくり事業として2002年から3年間開催された。参加者は20名で、島外の学生団体が事業を支援した。初年度はフィールドワークやNPO法人についての勉強会などを行い、2年目は島内で活動する諸団体との交流事業や発表会などを実施し、3年目は島のガイドブックを作成した。

(2)計画期:2004年からは家島町振興計画が住民参加によって策定され、60人の住民がワークショップに参加した。前述のまちづくり事業に参加していた20名はこの時コアメンバーとして学生団体とともに活動している。ただし、2005年に合併が決まり、振興計画はまちづくり指針としてつくりかえられた。同時にまちづくりのための基金を設立し、合併後のまちづくりを支援する仕組みがつくられた。

(3)活動期:計画策定の結果、島内でのまちづくり活動が活発化するとともに、島外の学生団体と住民との協働プロジェクトである「探られる島」プロジェクトが発足するなど、島内と島外の住民が交流する機会が増えることになる。

(4)展開期:旧家島町が姫路市と合併した2006年、いえしま地域のまちづくりを推進するためにNPO法人いえしまが誕生した。このときの主要メンバーはまちづくり参加活動研修事業から継続的にまちづくり活動に参加していた女性たちと学生団体の20人である。このNPOは魚介類を使った特産品の加工と販売を行い、いえしま地域独自の広報を作成・配布し、ゲストハウス事業やコンシェルジュ養成事業など観光事業にも取り組んでいる。

3-5 本章のまとめ

以上のコミュニティ形成プロセスより、仮説として設定した6つの要点を修正・追加し、7つの要点が明らかになった。

4.島根県海士町における総合振興計画づくりの事例研究

4-1 本章の目的

本章では、いえしま地域での実践から得られた要点を仮説として設定し、中山間離島地域における「住民参加による総合的な計画づくりのプロセス」を明らかにするとともに、計画づくりに関わった住民が計画推進段階にも主体的に関わるための要点を検証することを目的とする。

4-2 海士町の概要と第四次総合振興計画(総振)までの経緯

海士町は島根県の離島であり、1950年の人口ピーク時は約7,000人が暮らしていたものの、2010年には2,581人まで減少している。研究対象とした計画は2007年から2年間で策定した第四次総振で、初めての住民参加型計画づくりである。

4-3 計画策定のプロセスおよび計画内容

(1)準備期:町内65ヶ所への住民ヒアリング、役場職員ワークショップ(参加者91名)、各課ヒアリング、住民ワークショップ(参加者76名)を実施し、総振策定の基本情報を収集した。

(2)計画期:住民参加による素案策定委員会を開催し(参加者51名)、「ひと、産業、暮らし、環境」の4チームを立ち上げた(各チーム12~14人)。ワークショップを8回行い、4チームから出た提案を「24の提案」にまとめ、できることから活動し始めることで合意した。住民が提案した内容を踏まえて、行政各課が取り組むべき事業と施策を提案、整理した(149事業47施策)。その後、住民と行政職員から構成される策定委員会を組織し、住民提案をどの課がサポートするのか、住民視点の事業や政策を行政各課の事業や政策へとどうすり合わせるのかについて話し合われた。

総振完成後、海士町の全14集落を町長と担当課長および住民メンバーが回って総振の内容を説明する。説明は集落出身の住民メンバーが行い、活動に対する協力を取り付けている。

(3)活動期:4チームは総振完成後すぐに活動を開始している。ひとチームは「海士人宿」を保育園跡地に手作りでつくり、メンバーが入れ替わりで町民が語り合える場を運営している。産業チームは竹林の間伐を行い、竹炭づくりを進めている。暮らしチームはお誘い屋さんプロジェクトを立ち上げ、高齢者等を誘い出すイベントを実施している。環境チームは水の調査を実施するとともに、「全国名水サミット」を開催した。

(4)展開期:住民チームの活動を支援するために役場内に「地域共育課」を設立するとともに、総振の進行度合いをチェックするための実行委員会が組織された。また、まちづくりコミュニティの活動を支援するためにまちづくり基金が設立された。さらに、こども議会で総振の内容について話し合われ、次世代のまちづくりを担う小中学生が活動に参加し始めた。

4-4 本章のまとめ

以上のコミュニティ形成プロセスより、仮説として設定した7つの要点を修正・追加し、8つの要点が明らかになった。

5.栃木県益子町における土祭の事例研究

5-1 本章の目的

本章では、海士町での取り組みから明らかになった8つの要点を仮説として設定し、栃木県益子町で新しく生まれた「土祭」を対象とし、祭の準備や運営を通じてまちづくりコミュニティを生み出すプロセスと要点を検証することを目的とする。土祭は2009年9月19日から10月4日の16日間行われた新しい祭で、来場者数は約4万人。

5-2 益子町の概要と土祭までの経緯

益子町の人口は24,653人(2010年)でゆるやかに減少している。既存の祭は「祇園祭」で、自治会などの地縁コミュニティが主体的に運営している。一方、移住者や若者など地縁コミュニティに馴染みのない人たちが主体的に運営する祭が無いことから、2009年に役場は土をテーマにした新しい祭「土祭」を中心市街地で開催することを決めた。

5-3 住民参加のプロセス

(1)準備期:土祭の運営に関わる町民を募集したところ、262人から応募があった。そこで、祭の運営に関わる22種類の役割を用意し、それぞれを町民参加によるチームに担当してもらうこととした。

(2)計画期:祭開催まで5回のワークショップが行われ、(1)土祭が単なるイベントではなくまちづくりにつながる祭であること、(2)益子町の魅力と課題の共有、(3)チームの役割分担、(4)祭までの作業スケジュールなどについて話し合った。また、チーム別の相談会(3回)、祭終了後の活動計画についての話し合い、おもてなし講座などを行なっている。

(3)活動期:住民が参加した22チームは、アート作品づくり、作品解説、会場案内、音楽演奏、セミナー開催、飲食、物販、泥団子づくりなどさまざまなプログラムを展開した。例えば「栃木緑建」チームは、古い建物を改修したギャラリーをつくり、土の作家が作品を展示する場所を運営した。また、会期中に「土祭終了後にどんな活動をするのか」について何度も話し合っている。

(4)展開期:土祭終了後のワークショップにて、6つのチームが引き続き活動することを表明した。土祭時にギャラリーとして使われていた場所を拠点とし、カフェやワークショップなどを開催することとした。また、6つのチームがネットワークして「ヒジノワ」というまちづくりコミュニティを設立した。

5-4 本章のまとめ

以上のコミュニティ形成プロセスより、仮説として設定した8つの要点を修正した。

6.結果と考察

中山間離島地域に外部の専門家が入ってまちづくりコミュニティを形成する際の要点は、(1)ヒアリングは自宅や職場で行い、短時間で人間関係を構築し、まちづくりの楽しさを伝えながらワークショップの参加者を募る(準備期)、(2)参加者の態度変容を促し、変化に応じて柔軟にワークショップの枠組みやプログラムを変更することによって、住民の主体的な活動を推進する(準備期、計画期)、(3)多様な居住歴、居住地、年齢、性別、職業からなるまちづくりコミュニティの形成を心がける(準備期)、(4)行政職員の関わり方を状況に応じて調整する(全期)、(5)地縁コミュニティとの関係性に配慮しながら活動する(全期)、(6)活動の周知や仲間集めのため、常に情報を発信する(全期)、(7)基金設立や専門家派遣などを通じてまちづくり活動を支援する(展開期)、(8)活動の拠点を手づくりで整備すること(活動期、展開期)、の8点であることが明らかになった。

ここから考察されることとして、(1)まちづくりコミュニティの活動は、趣味型コミュニティ(サークルなど)と労働型コミュニティ(自治会など)の間に位置し、両者の要素をうまく取り入れながら活動することが持続性の獲得につながること、(2)コミュニティ形成に外部の専門家が関わる場合、準備期と計画期(プロセス前半で意識と態度を変える段階)における介入が重要であること、(3)限られた人材を最大限に活かすために、外部の専門家がまちづくり活動に関わる体制づくりが重要なこと、の3点が挙げられる。

今後の課題として、(1)まちづくりコミュニティの活動に対する評価指標の開発、(2)まちづくりコミュニティの構成員が活動する動機の類型化、(3)まちづくりコミュニティにおける専門家の貢献度合いの分析の3点が挙げられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究では、「中山間離島地域に外部の専門家が入り、地域の課題解決に取り組む新たなコミュニティを生み出し、当該コミュニティが継続的に活動を続けるようにすることは可能か」という問題意識を設定し、これを具体的なプロジェクトに取り組むことで検証するとともに、そのプロセスと要点を明らかにすることを目的としている。

研究方法として、申請者自身が中山間離島地域における新たなコミュニティづくりに取り組みながら研究を遂行するアクションリサーチを基本としている。研究対象は、中山間離島地域に位置する人口3万人以下の自治体とし、筆者自身がプロジェクトに関わった兵庫県姫路市いえしま地域(旧家島町)、島根県海士町、栃木県益子町の三事例となっている。

研究ではまず、コミュニティについて既存研究を踏まえて検討している。コミュニティの定義について、本論文では、他の類似研究で一般的なアソシエーションという用語は使わず、自治会などの地縁コミュニティとNPOなどのテーマコミュニティを想定しつつ、(1)特定のテーマを掲げて活動する集団であり、(2)同じ地域に居住している構成員から成り、(3)非営利の活動を主とし、(4)まちづくりに貢献する活動を行なっているコミュニティのことをまちづくりコミュニティと呼ぶとされている。

他方、コミュニティの形成プロセスについては、中山間離島地域におけるまちづくりコミュニティの形成手法についての研究が少ないことを前提に、都市部でのまちづくりやコミュニティデザイン、コミュニティオーガニゼーションやコミュニティディベロップメントなど既存の方法論に照らしあわせて検討している。その結果、形成プロセスは、(1)準備期、(2)計画期、(3)活動期、(4)展開期の4段階に整理できるとしている。コミュニティ形成の要点は、(1)住民が主体的に活動するように介入する、(2)地域の「よそ者、わか者、ばか者」を見つける、(3)行政は裏方に徹する、(4)地縁コミュニティとの関係を良好に保つこと、(5)常に活動の情報を発信すること、(6)支援体制を充実させること、の6点であると述べている。そしてこのプロセスと要点は、都市地域だけでなく中山間離島地域のコミュニティ形成においても適用可能であるとの仮説を設定し、本論部分のアクションリサーチを通じてこれを検証している。

本論部分では、上記の3事例について、論者自身のアクションリサーチを踏まえた分析が述べられている。

その結論として以下の事項が明らかになったとされる。

まず中山間離島地域に外部の専門家が入ってまちづくりコミュニティを形成する際の要点は、(1)ヒアリングは自宅や職場で行い、短時間で人間関係を構築し、まちづくりの楽しさを伝えながらワークショップの参加者を募る(準備期)、(2)参加者の態度変容を促し、変化に応じて柔軟にワークショップの枠組みやプログラムを変更することによって、住民の主体的な活動を推進する(準備期、計画期)、(3)多様な居住歴、居住地、年齢、性別、職業からなるまちづくりコミュニティの形成を心がける(準備期)、(4)行政職員の関わり方を状況に応じて調整する(全期)、(5)地縁コミュニティとの関係性に配慮しながら活動する(全期)、(6)活動の周知や仲間集めのため、常に情報を発信する(全期)、(7)基金設立や専門家派遣などを通じてまちづくり活動を支援する(展開期)、(8)活動の拠点を手づくりで整備すること(活動期、展開期)、の8点であることが明らかになったとされている。

上記から抽出される、コミュニティ形成の要点としては、(1)まちづくりコミュニティの活動は、趣味型コミュニティ(サークルなど)と労働型コミュニティ(自治会など)の間に位置し、両者の要素をうまく取り入れながら活動することが持続性の獲得につながること、(2)コミュニティ形成に外部の専門家が関わる場合、準備期と計画期(プロセス前半で意識と態度を変える段階)における介入が重要であること、(3)限られた人材を最大限に活かすために、外部の専門家がまちづくり活動に関わる体制づくりが重要なこと、の3点が抽出されている。

今後の課題としては、(1)まちづくりコミュニティの活動に対する評価指標の開発、(2)まちづくりコミュニティの構成員が活動する動機の類型化、(3)まちづくりコミュニティにおける専門家の貢献度合いの分析の3点を挙げ、論文を締めくくっている。

審査委員会では、委員から、本論文が対象とするコミュニティの定義や、本論文の成果がどこまで一般化できるか(小規模自治体なのか中山間地域なのか)などの質問が寄せられたが、申請者から適切な答えが得られ、タイトルを含む軽微な修正を行うことで、博士論文として完成すると判定された。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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