学位論文要旨



No 129045
著者(漢字) 端,昭彦
著者(英字)
著者(カナ) ハタ,アキヒコ
標題(和) 水試料からのウイルス検出に関わる阻害物質の特性評価及び除去手法の構築
標題(洋)
報告番号 129045
報告番号 甲29045
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7936号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 片山,浩之
 東京大学 教授 古米,弘明
 東京大学 講師 小熊,久美子
 国立感染症研究所 研究員 宇田川,悦子
 国立環境研究所 研究員 小松,一弘
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、水試料からのウイルス検出に関わる阻害物質の特性評価及び除去手法の構築と題する。水中の重要な健康リスク因子として位置づけられる腸管系ウイルス群について、リスク評価の枠組みを作る上でウイルス検出阻害が障壁となっている。本論文はウイルス検出阻害の抑制手法について研究したものであり、以下の10章で構成されている。

第1章では、水環境中でウイルスを検出することの意義、既往のウイルス検出技術の問題点ならびに本論文の目的、構成を示している。

第2章では、本論文で関連する事柄について既往の知見がまとめられている。水中のウイルスに関して、個々のウイルスの特徴、ヒトへの健康被害、循環経路、水環境での濃度変動、水からの検出手法、検出阻害の発生事例および原因物質、検出阻害の評価手法、検出阻害の軽減手法等について先行研究事例を整理して示している。

第3章では、本論文で用いた基本的な実験操作についてまとめている。腸管系ウイルス群を含む健康関連微生物の検出手法、有機物質の分析手法を整理して示している。

第4章では、ウイルス濃度が高く、検出が比較的容易である下水試料を対象とし、腸管系ウイルス及び指標微生物計15種の定量的検出による特性評価を試みている。ここで、アイチウイルスやGII-FRNAファージが流入下水及び処理下水試料から特に高濃度で検出されることを見出し、これらが河川や海水試料においても高濃度で検出される可能性を示している。アストロウイルスについては、遺伝子増幅のためのプライマーを新規開発しており、遺伝的多様性評価も試みている。これにより新型のアストロウイルス株を含む遺伝的に多様なアストロウイルスの検出に成功するなど、新たな知見を示している。

第5章では、ウイルス検出阻害物質として特にフミン酸に着目し、ウイルス濃縮過程における検出阻害物質の特性評価を試みている。具体的には、3種類のフミン酸試料をウイルス濃縮操作に供し、有機物分析及び検出阻害評価により濃縮液への回収されやすさを解析している。有機物評価手法として、DOC、UV254といった有機物総量を評価する手法に加え、特定の画分を評価可能なEEM、分子量分布を評価するためのHPLC-SECを用い、詳細に解析している。これら有機物評価手法は、ウイルス検出阻害物質の特性評価手法として有効であり、結果として、フミン酸試料に含まれる分子量10 kDa程度かつ、EEMにおいて特定のシグナルを示さない物質が、ウイルス濃縮液に回収されやすく、ウイルス検出を阻害することを見出している。

第6章では、石巻沿岸域の海水試料30-100Lを用い、大容量の水試料濃縮液からのウイルス検出、検出阻害評価及び有機物分析を試みている。ここで、特に多量の水試料に由来する濃縮液について、検出阻害が顕著となる傾向が見られ、ウイルス定量結果の偽陰性や定量値の過小評価が生じることを示している。検出阻害の強度は濃縮液のUV254と高い相関を見せており、これらの結果より、原水試料に由来し、ウイルス濃縮液へ回収される有機物質が検出阻害と深く関与していると結論している。第5章と同様に分子量10 kDa程度かつ、EEMにおいて特定のシグナルを示さない有機物質が、特にウイルス濃縮液に回収されやすいことも見出している。

第7章では、東京湾沿岸域の河川・海水試料を年間に渡って採取し、大容量の水試料濃縮液からのウイルス検出、検出阻害評価及び有機物分析を試みている。第6章と同様に、濃縮液中のUV254と検出阻害に高い相関が見られたが、得られる回帰式は河川水試料と海水試料で大きく異なることを示している。また、EEMにおいて疎水性物質様のシグナルを生じる物質が河川水の濃縮液から検出されやすい傾向が見られたこと、また、夏季採水の試料は特に顕著な検出阻害を生じる傾向が見られたことなど、水環境試料に由来する検出阻害物質の多様性及び季節変動性を示唆する新しい知見を提供している。

第8章では、第5章から第7章で得られた知見を基に濃縮液からの検出阻害物質除去手法の構築を試みている。具体的には、フミン酸試料及び水環境試料の濃縮液に対し、強塩基性及び弱塩基性の陰イオン交換樹脂による有機酸除去、疎水性樹脂を用いた疎水性物質除去、ゲルろ過ユニットを用いた低分子有機物質の除去手法を適用し、ウイルス回収率及び検出阻害の強度を調べている。ここで、ウイルス濃縮液中で、疎水性相互作用による有機物質の凝集が生じており、これにより陰イオン交換樹脂やゲルろ過による阻害物質除去が妨げられると考察している。疎水性樹脂であるDAX-8を用いた濃縮液処理は凝集した有機物の分離に有効であり、後段でゲルろ過処理を施すことで高いウイルス回収率及び阻害物質除去が可能であることを見出している。

第9章では、石巻、東京湾で採取した試料群について、疎水性樹脂及びゲルろ過の併用による濃縮液精製を適用し、多様なウイルス種の定量的検出を試みることで精製手法の有効性評価を試みている。精製手法は、顕著な検出阻害を見せた試料全てに対し有効であり、ノロウイルス、アイチウイルス、GII-FRNAファージなど多様なウイルス種の検出精度向上を確認している。一方で、精製手法適用以前から検出阻害の影響がなかった試料については、一部のウイルス種で定量値の低下が生じることも確認している。これらより、構築した濃縮液精製手法は特に検出阻害の顕著な試料に有効であり、検出阻害評価を行った上で適用すべきであると結論している。また、手法の改良によるウイルス回収率の向上も期待できるとしている。

第10章は総括であり、本論文の結論及び今後の展望について整理して示している。

本論文では、これまで健康関連微生物分野では使用されてこなかった有機物解析手法を用いることで、ウイルス検出阻害物質の特性評価を試み、これを受けて試料の精製手法を構築、適用することでウイルス検査精度の向上に成功している。これにより、水のウイルス学的安全性評価の精度も向上することが期待される。このように、本論文は、水中のウイルス管理に資する新たな知見・手法をまとめたものであり、都市環境工学の学術分野に大いに貢献する成果である。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、水試料からのウイルス検出に関わる阻害物質の特性評価及び除去手法の構築と題する。水中の重要な健康リスク因子として位置づけられる腸管系ウイルス群について、リスク評価の枠組みを作る上でウイルス検出阻害が障壁となっている。本論文はウイルス検出阻害の抑制手法について研究したものであり、以下の10章で構成されている。

第1章では、水環境中でウイルスを検出することの意義、既往のウイルス検出技術の問題点ならびに本論文の目的、構成を示している。

第2章では、本論文で関連する事柄について既往の知見がまとめられている。水中のウイルスに関して、個々のウイルスの特徴、ヒトへの健康被害、循環経路、水環境での濃度変動、水からの検出手法、検出阻害の発生事例および原因物質、検出阻害の評価手法、検出阻害の軽減手法等について先行研究事例を整理して示している。

第3章では、本論文で用いた基本的な実験操作についてまとめている。腸管系ウイルス群を含む健康関連微生物の検出手法、有機物質の分析手法を整理して示している。

第4章では、ウイルス濃度が高く、検出が比較的容易である下水試料を対象とし、腸管系ウイルス及び指標微生物計15種の定量的検出による特性評価を試みている。ここで、アイチウイルスやGII-FRNAファージが流入下水及び処理下水試料から特に高濃度で検出されることを見出し、これらが河川や海水試料においても高濃度で検出される可能性を示している。アストロウイルスについては、遺伝子増幅のためのプライマーを新規開発しており、遺伝的多様性評価も試みている。これにより新型のアストロウイルス株を含む遺伝的に多様なアストロウイルスの検出に成功するなど、新たな知見を示している。

第5章では、ウイルス検出阻害物質として特にフミン酸に着目し、ウイルス濃縮過程における検出阻害物質の特性評価を試みている。具体的には、3種類のフミン酸試料をウイルス濃縮操作に供し、有機物分析及び検出阻害評価により濃縮液への回収されやすさを解析している。有機物評価手法として、DOC、UV254といった有機物総量を評価する手法に加え、特定の画分を評価可能なEEM、分子量分布を評価するためのHPLC-SECを用い、詳細に解析している。これら有機物評価手法は、ウイルス検出阻害物質の特性評価手法として有効であり、結果として、フミン酸試料に含まれる分子量10 kDa程度かつ、EEMにおいて特定のシグナルを示さない物質が、ウイルス濃縮液に回収されやすく、ウイルス検出を阻害することを見出している。

第6章では、石巻沿岸域の海水試料30-100Lを用い、大容量の水試料濃縮液からのウイルス検出、検出阻害評価及び有機物分析を試みている。ここで、特に多量の水試料に由来する濃縮液について、検出阻害が顕著となる傾向が見られ、ウイルス定量結果の偽陰性や定量値の過小評価が生じることを示している。検出阻害の強度は濃縮液のUV254と高い相関を見せており、これらの結果より、原水試料に由来し、ウイルス濃縮液へ回収される有機物質が検出阻害と深く関与していると結論している。第5章と同様に分子量10 kDa程度かつ、EEMにおいて特定のシグナルを示さない有機物質が、特にウイルス濃縮液に回収されやすいことも見出している。

第7章では、東京湾沿岸域の河川・海水試料を年間に渡って採取し、大容量の水試料濃縮液からのウイルス検出、検出阻害評価及び有機物分析を試みている。第6章と同様に、濃縮液中のUV254と検出阻害に高い相関が見られたが、得られる回帰式は河川水試料と海水試料で大きく異なることを示している。また、EEMにおいて疎水性物質様のシグナルを生じる物質が河川水の濃縮液から検出されやすい傾向が見られたこと、また、夏季採水の試料は特に顕著な検出阻害を生じる傾向が見られたことなど、水環境試料に由来する検出阻害物質の多様性及び季節変動性を示唆する新しい知見を提供している。

第8章では、第5章から第7章で得られた知見を基に濃縮液からの検出阻害物質除去手法の構築を試みている。具体的には、フミン酸試料及び水環境試料の濃縮液に対し、強塩基性及び弱塩基性の陰イオン交換樹脂による有機酸除去、疎水性樹脂を用いた疎水性物質除去、ゲルろ過ユニットを用いた低分子有機物質の除去手法を適用し、ウイルス回収率及び検出阻害の強度を調べている。ここで、ウイルス濃縮液中で、疎水性相互作用による有機物質の凝集が生じており、これにより陰イオン交換樹脂やゲルろ過による阻害物質除去が妨げられると考察している。疎水性樹脂であるDAX-8を用いた濃縮液処理は凝集した有機物の分離に有効であり、後段でゲルろ過処理を施すことで高いウイルス回収率及び阻害物質除去が可能であることを見出している。

第9章では、石巻、東京湾で採取した試料群について、疎水性樹脂及びゲルろ過の併用による濃縮液精製を適用し、多様なウイルス種の定量的検出を試みることで精製手法の有効性評価を試みている。精製手法は、顕著な検出阻害を見せた試料全てに対し有効であり、ノロウイルス、アイチウイルス、GII-FRNAファージなど多様なウイルス種の検出精度向上を確認している。一方で、精製手法適用以前から検出阻害の影響がなかった試料については、一部のウイルス種で定量値の低下が生じることも確認している。これらより、構築した濃縮液精製手法は特に検出阻害の顕著な試料に有効であり、検出阻害評価を行った上で適用すべきであると結論している。また、手法の改良によるウイルス回収率の向上も期待できるとしている。

第10章は総括であり、本論文の結論及び今後の展望について整理して示している。

本論文では、これまで健康関連微生物分野では使用されてこなかった有機物解析手法を用いることで、ウイルス検出阻害物質の特性評価を試み、これを受けて試料の精製手法を構築、適用することでウイルス検査精度の向上に成功している。これにより、水のウイルス学的安全性評価の精度も向上することが期待される。このように、本論文は、水中のウイルス管理に資する新たな知見・手法をまとめたものであり、都市環境工学の学術分野に大いに貢献する成果である。

このように、本論文は、水中病原ウイルスの感染リスク管理に資する新たな知見をまとめたものであり、都市環境工学の学術分野に大いに貢献する成果である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

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