学位論文要旨



No 129047
著者(漢字) 林,和眞
著者(英字)
著者(カナ) イム,ファジン
標題(和) イノベーションネットワークの空間構造と国土・地域政策に関する研究 : 日本と韓国を対象に
標題(洋)
報告番号 129047
報告番号 甲29047
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7938号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 貞廣,幸雄
 東京大学 教授 堀田,昌英
 東京大学 准教授 城所,哲夫
 東京大学 准教授 瀬田,史彦
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、地域におけるイノベーション力が地域開発の面で有用な働きをするという仮定のもとで、イノベーションネットワークの空間構造の実態と要因をネットワーク分析のアプローチから考察したものである。さらに日本と韓国を比較し、イノベーション政策の姿勢の違いにより、国土空間にどのような相違点があったのかに関する考察を深め、国土・地域計画における課題を検討した。

イノベーションとは、既存のものを改善させる新たな価値の創造であり、イノベーションのシーズとなるのは、知識である。そして、イノベーションネットワークはイノベーションを創出する知識創造の際に生まれる情報ネットワークや研究開発協力関係などを意味する。イノベーションネットワークは、グローバル化による地域競争の時代と、知識経済への移行による新地域主義の登場を背景に注目され始めた。新地域主義では、再集積といい、従来の集積の概念から拡張させた、知識交流のシナジー効果を生む集積について注目をしており、地域とイノベーションは密接な関係であることが指摘されている。また、イノベーション創出のプロセスの中、ネットワークは重要なツールとして認識されており、地域におけるイノベーションネットワークに関する研究の必要性が高まっている。

イノベーションネットワークに関する既往研究は、視点の違いにより、ネットワークのノードが持つ構造的な特徴を探る研究と、ネットワークのデザインや管理の仕方を探る制度的(ガバナンス)側面の研究が挙げられる。構造的特徴をみる研究は、空間的な側面を考慮しない研究が多い。一方、イノベーションシステム論のようなガバナンス視点を持った研究は、空間の具体性に欠けており、主に事例研究にとどまっている。本研究のような構造的な分析を含めたイノベーションネットワークの空間的な分析は十分に行われていない。

一方、イノベーションネットワークを機能により分類すると、協力ネットワークと情報ソースが存在する。協力関係は、共同R&Dや共同研究などにより交わされる公式的なネットワークであり、特許出願へ結びつくことが多い。情報源は、人的ネットワークに基づいた繋がりである。この2つのネットワークは、お互い異なる空間スケールで展開しており、ネットワーク空間が重層的に構成されていると考えられる。

これと関連し、日本と韓国のイノベーション政策は、支援対象により、研究開発中心のイノベーション推進政策と、中小企業支援中心の政策と分類される。また、支援手法により、拠点支援の政策とネットワークづくりの政策がある。従来の日本と韓国では、予算枠や事業実施状況からみると、拠点に対する投資が主な政策手段であった。また、国土政策におけるイノベーション推進政策の要素は研究開発施設の誘致やテクノパーク助成など拠点整備といった政策から推察できる。しかし、政策対象地域の空間的分布は、日本は分散型、韓国は集中型(R&D)と分散型(中小企業支援)であると考えられる。

そこで、本研究では、このようなネットワーク特性の観点を考慮し、協力ネットワークの場合は、広域化したネットワークを形成し、情報ソースのネットワークは地域内のネットワークが多いという仮説のもとで分析を進めた。また、日韓の政策展開を比較し、イノベーションに関する政策とイノベーションネットワークの現状と変化について考察を行った。

データベースは、公式的な知識の産物である特許とイノベーション活動の総合的な成果データであるCIS(Community innovation survey; 日本:全国イノベーション調査、韓国:技術革新調査)のマイクロデータを利用した。特許は、協力関係の主な産物であり、形式化された知識である。また、CIS調査により情報源の一部分が把握できる。そして、本研究の分析手法であるネットワーク分析は、ネットワーク構造を理解できる重要な手法であるといわれており、イノベーションネットワークを分析する適切な方法である。

まず、地域におけるイノベーション創成の現況について概観した。CIS調査から集計した地域のイノベーション額は、地域の生産人口と緩やかな関係はあるものの、企業の立地と密接な関係があるとは考えられない。一方、研究開発ポテンシャルとなる指標との関係は強いとみられ、研究開発機能がイノベーションにおいて重要な資源であることが分かった。また、イノベーション額の地域分布から、両国の共通点として、連続した空間で展開されていないことが分かった。一方、相違点としては、日本は全体においてランダムに分布しているが、韓国は大都市圏周辺に集中している様子が見られる。次に、共同特許ネットワークの構造的な特性としてスケールフリー性を検証した。共同特許ネットワークがスケールフリー性を持っていることから、Hubの重要性が高いことが指摘できる。

次に、Hubとなる機関と地域を抽出した。日本では、出願者ネットワークから高い中心性を持っている機関を抽出すると、研究所と大企業が多かったが、2010年ごろから大学も重要な位置を占めるようになった。韓国でも、研究所と大企業の中心性が高いが、日本と同じように大学の産学協力団の浮上が見られた。日本の発明者ネットワークから高い中心性を持っている発明者が位置する地域を追跡すると、主に東京圏、近畿圏(大阪、京都、神戸など)、中部圏(名古屋、岐阜など)の大都市圏に位置しており、その他は地方中核都市などがみられる。その際、量的には貧弱でも重要な位置にある地域も指摘できた。一方、韓国の結果は、ソウルと京畿道に及ぶ広域的なネットワークHubの分布が見られるとともに、大田にHubとなる発明者が多く位置していることが分かった。

これらの分析を踏まえて、イノベーションネットワークを構造的に分解したサブ・グループであるコミュニティを検出し、ネットワーク構造を探った。その際、自治体別に集計したネットワークを用い、地域連携の視点で考察を行った。日本の自治体ネットワークのコミュニティ構造の分析では、名古屋圏と大阪圏で中核都市をコミュニティの中心としたメゾ・スケールの空間が経年的に維持されていることが確認できた。メゾ・スケールの空間は、県境やブロック単位を越えて形成されている。日本は、すべての年次において、東京が全国と繋がっている様子である一方、2005年、2010年になるにつれ、各都市圏のコミュニティが重層的になっていった。韓国の場合は、2000年は地理的な近接性があったが、2005年では、国土が一体化する形がより進んでいた。しかし、2010年においては、再び地理的に近接したネットワークがより進むことになった。

ネットワークの種類によって区別した分析は、協力関係と情報源という分類ができる。協力関係の場合、近年の情報通信手段と交通の発達により、広域化していく傾向があった。また、大企業による研究開発の場合、地域、あるいは、国を超えてまで展開する場合が増えていた。一方で、情報源は、社会的関係に基づき、空間への埋め込まれる(Embeddedness)性質を持っているために、ローカルなエリアの中でより展開されやすい。従って、ローカルなエリアを活動舞台にしている中小企業は、情報源への依存度が高いため、近くのアクターと交流することが多いと思われる。R&Dの広域化を参考にすると、ローカルな範囲での情報交流は、県内と県外とほぼ同じであったが、都市圏の規模を考えるとローカルでの交流も少なくないと思われる。また、韓国では、首都圏における依存性が高かった。

また、ネットワークの形成要因の一つとして、知識ベースの違いが挙げられる。ここでは、ITとBTにおけるネットワーク構造と空間構造をさらに詳しく分析した。

また、ネットワークが広域化する要因となるものは、「(研究開発)拠点の吸引力」と「距離抵抗」であると思われる。この際、拠点の吸引力は、拠点内の情報源の大きさや頻繁さに影響を受ける。

日本と韓国の事例からは、距離抵抗は交通手段や情報インフラの発達の水準などで類似した傾向があると考え、拠点の吸引力に差があることに着目すると、韓国の場合、吸引力が大きい拠点を中心に全国的により広域的なネットワークが広がっており、日本の場合、小さい拠点を中心に地域密着なネットワークが展開されていると考えられる。

このように知識ネットワークの空間構造は複雑に絡みあっており、それを計画対象として捉える際に多くの課題がある。よって、今後の政策の方向性は、空間的な近接性に基づく地域単位の政策推進から、より広域化に対応できる、柔軟性ある、ネットワーク・ガバナンス体系を持つことが有効である。しかし、従来のようにネットワーク・ガバナンスのみの推進では、地域のポテンシャルを維持することはできるかもしれないが、伸ばしていくことは難しい。その原動力となるものが拠点を成長させることである。

拠点の成長のやりかたの一つとして、地域内ネットワークを量的に拡充していくとともに、多様性を持ったネットワークでなければならない。一方、全国的にみると、ネットワークでの優位を占めるために、地域性を考慮する必要がある。産業分野のネットワークにおいても地域同士で重複がないようにすることが必要である。

また、従来の産業政策は、産業クラスター政策は広域的視点を標榜しており、知的クラスターは拠点にとどまる傾向がある。しかし、その政策的な内容からみると、産業クラスターのような交流会のものは、広域的な視点よりは、よりローカルな範囲で開催される必要がある。一方、共同研究のようなR&D投資に関しては、より広域的な視点のもとで実施することが必要である。

そして、今までハード整備に向けて主な投資を行ってきた国土政策が近年の国土計画の方向転換の流れとともに、地域のビジョンを共有し、将来像を描くことが大切になっていると思われる。一方、柔軟なガバナンス体系の構築により、産業政策を有効に回らすことが重要となっている。また、イノベーションの地域性に基づいて地域圏を考える必要があり、それは、隣接したものだけでは説明できない。ネットワーク構造のような複雑なものになっているため、これらをサポートできる体制を組むことが必要である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、近年、方向性の異なるイノベーション政策を実施してきた日本と韓国の比較を通じて、イノベーションネットワークの空間構造の実態とその形成要因をネットワーク分析のアプローチから考察したものである。イノベーションネットワークに関する既往研究は、視点の違いにより、ネットワークのノードが持つ構造的な特徴を探る研究と、ネットワークのデザインや管理の仕方を探る制度的(ガバナンス)側面の研究が挙げられるが、本研究のような構造的な分析を含めたイノベーションネットワークの空間的な分析は十分に行われておらず、その点に本研究の独自性がある。

本研究の対象とする日本と韓国のイノベーション政策は、日本は分散型、韓国は集中型(R&D)と分散型(中小企業支援)という明瞭な違いがあり、本研究では、そのような特質を踏まえたうえで、知識ネットワーク形成という観点からイノベーション政策の効果を検討し、イノベーションに関する政策とイノベーションネットワークの現状と変化について考察を行った点も本研究の重要な貢献である。

さらに、本研究では独自に、特許とイノベーション活動の総合的な成果データであるCIS(Community innovation survey; 日本:全国イノベーション調査、韓国:技術革新調査)のマイクロデータを利用して、日本と韓国、双方について貴重なデータベースを構築しており、この点についても高い価値を有している。

本研究の概要は、以下のとおりである。まず、地域におけるイノベーション創成の現況について概観し、研究開発機能がイノベーションにおいて重要な資源であることを示したうえで、両国の共通点として、イノベーションが連続した空間では展開されていないこと、Hubの重要性が高いことを明らかにしている。

次に、Hubとなる機関と地域を抽出し、日本では、主に東京圏、近畿圏(大阪、京都、神戸など)、中部圏(名古屋、岐阜など)の大都市圏に位置しており、その他は地方中核都市などがみられること、一方、韓国では、ソウルと京畿道に及ぶ広域的なネットワークHubの分布が見られるとともに、大田にHubとなる発明者が多く位置していることを示し、政策的な影響が強く表れていることを検証している。

本研究では、さらに知識ネットワークの空間的な構造を検討するために、これらの分析を踏まえて、イノベーションネットワークを構造的に分解したサブ・グループであるコミュニティを検出し、ネットワーク構造を探っている。結果として、日本の自治体ネットワークのコミュニティ構造の分析では、名古屋圏と大阪圏で中核都市をコミュニティの中心としたメゾ・スケールの空間が経年的に維持されていること、経年的に、各都市圏のコミュニティが重層的になっていくことを示した。一方、韓国では、2000年は地理的な近接性があったが、2005年では、国土が一体化する形がより進んでいた。しかし、2010年においては、再び地理的に近接したネットワークがより進むというかたちで、この点にも韓国のイノベーション政策の効果が反映していることを検証している。

また、日本と韓国の事例からは、韓国の場合、吸引力が大きい拠点を中心に全国的により広域的なネットワークが広がっており、日本の場合、小さい拠点を中心に地域密着なネットワークが展開されていることも示している。

上記の分析より、本研究では、結論として、今後の政策の方向性としては、空間的な近接性に基づく地域単位の政策推進という従来型の地域政策から一歩進んで、より広域化に対応できる、柔軟性ある、ネットワーク・ガバナンス体系を持つことが有効であるとの提言を行っている。

本研究は、上記のように、イノベーション空間の形成の実態解明をもとにした新たな地域形成の可能性と課題を提示した他に類例のない先駆的研究であり、学術的に優れた価値を有していると同時に、きわめて有益な提言となっている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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