学位論文要旨



No 129054
著者(漢字) 志賀,拓麿
著者(英字)
著者(カナ) シガ,タクマ
標題(和) フォノン気体モデルに基づいた熱電変換材料の熱伝導解析
標題(洋)
報告番号 129054
報告番号 甲29054
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7945号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 塩見,淳一郎
 東京大学 教授 丸山,茂夫
 東京大学 教授 高木,周
 東京大学 教授 渡邉,聡
 東京大学 准教授 有田,亮太郎
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

熱電変換効率は無次元性能指数(ZT)によって特徴づけられる.ZTは材料の電気および熱物性の両方に依存し,ZT=(S2σ/k)Tで表される.ここでSはSeebeck係数,σは電気伝導率,kは熱伝導率,Tは絶対温度である[1].ZT>1が熱電変換の実用水準であるが,多くの材料がこれを下回っているため,本格的な実用化に至っていないのが現状である[2].しかしながら近年,新しい材料探索指針や材料制御方法が提案され,それに伴ってZT>1を超える実験結果も報告されるようになった.この背景にはマイクロ・ナノスケールにおける材料加工,合成技術,および測定技術の目覚ましい進展がある.

さらなるZTの向上のためには,微視的かつ正確な電気および熱輸送の理論解析が必要であり,その中でも特に,拡散性が強く,制御が難しい熱伝導の解析が不可欠である.また実験的には,合金化などの構造制御によって,格子熱伝導率を低減することでZTの改善が図られていることから,単結晶材料中の熱伝導のみならず,構造制御による格子熱伝導率への影響を解析することも必要である.

そこで本研究では,密度汎関数法と非調和格子動力学法を組み合わせた第一原理熱伝導解析を実際の熱電変換材料へ適用し,単結晶材料中の熱(フォノン)伝導解析を微視的かつ正確に行うこと,さらに分子動力学法を用いて合金化によるフォノン輸送への影響を微視的に解析することを目的とする.

2.方法論

2.1第一原理熱伝導解析

正確な熱伝導解析のためには,結晶中の原子間相互作用を正確に求める必要がある.そのため本研究では,密度汎関数法と実空間変位法[3]を用いて,原子間相互作用を記述する原子間力定数[4]の計算を行った.得られた原子間力定数と非調和格子動力学法[5]を用いて,材料の熱伝導解析を行った非調和格子動力学では,調和原子間力定数よりフォノン分散,比熱,群速度を計算した後, 3-フォノン散乱過程における緩和時間を摂動論[4]に基づいて求め,格子熱伝導率はフォノン気体モデル[4]に基づいて計算した.

2.2Normal Mode Projection(NMP)法

分子動力学法で求めた各原子の変位と速度に,格子動力学法[4]で求めた固有ベクトルを射影することで,結晶中の基準振動モードに分解した.その後,基準振動エネルギーの自己相関関数の時間減衰から,フォノン緩和時間を計算した.

3. 単結晶熱電変換材料の熱伝導解析

3.1 鉛テルライド(PbTe)材料の熱伝導解析

PbTeは岩塩型構造を持ち,ZT=0.8[1]を示す有力な熱電変換材料である.シンプルな構造を持つ材料は通常高い熱伝導率を示すが,PbTeの格子熱伝導率は室温で2.2 W/m-Kと,先天的に低い値を示す.この原因は格子の非線形性(非調和性)にあるとされ,中性子散乱実験[7]や第一原理計算[8]が行われてきた.これら先行研究によれば,PbTeの低い格子熱伝導率は横波光学フォノンの大きな非調和性,または縦波音響フォノンと横波光学フォノンの非調和カップリングによるものとされている.しかし,これらがどの程度格子熱伝導率に影響するかについては不明である.そこで本小節では,第一原理熱伝導解析をPbTeに適用し,先天的に低い格子熱伝導率の微視的メカニズムを調べた.

まずフォノン分散を計算した結果,音響分岐については極めて良い実験との一致が得られた.次にグリュナイゼン数[4]を計算した結果,先行研究[8]でもみられた横波光学フォノンの大きな非調和性が確認された.見積もったバルク単結晶の格子熱伝導率の温度依存性は幅広い温度領域において,実験[9]と定量的に一致した.

さらにフォノン毎の輸送を詳細に調べた結果,PbTeの先天的に低い格子熱伝導率は,横波音響フォノンは低い群速度を持つこと,また縦波音響フォノンは横波光学フォノンとの非調和カップリングの影響で小さい緩和時間を持つためであることに起因することが分かった.

3.2マグネシウムシリサイド(Mg2Si)材料の熱伝導解析

熱電変換の応用に向けては,材料調達のコストや毒性など,ZT>1以外の律速条件がある.Mg2Siは構成元素が豊富にあり,かつ無毒性であることから,PbTeの代替材料として注目されている環境調和材料である.本小節では第一原理熱伝導解析法を用いて,Mg2Siの熱輸送解析を行った.

計算したMg2Siのフォノン分散関係は概ね定量的に実験を再現した.見積もったバルク単結晶の格子熱伝導率は実験値[10]よりも幾分大きい値が得られたが,実験試料が多結晶体であることを考慮すると,比較的実験を再現すると考えられる.

3.3ナノ構造化による熱電特性への影響

格子熱伝導率を低減しZTを改善するために,合金化やナノ構造化などの構造制御方法が実験的に取られている.本小節では,3.1,3.2節で得られた微視的情報から,構造制御,特にナノ構造化による格子熱伝導率の低減効果の定性的な評価を行った.

ナノ構造化された材料の格子熱伝導率を累積熱伝導率で表現した.ここで累積熱伝導率は,ある平均自由行程までのフォノンの格子熱伝導率への寄与を累積したものとして定義される.PbTeとMg2Siの累積熱伝導率の結果から,熱伝導の大半は,平均自由行程がそれぞれ約10,30nm以下のフォノンによって輸送されることが分かった.これらをもとに,電気的特性が変化しない仮定の下,累積熱伝導率を用いてナノ構造化材料のZTを計算した結果,ナノ粒子の代表長さが50nmの場合には,単結晶と比較して,それぞれ最大で9,21%のZTの増加が見込めることが分かった.

これらの結果から,効率的に格子熱伝導率を低減する構造制御方法として,PbTeでは合金化もしくはナノ粒子を材料中に析出させる方法[11],またMg2Siでは,多数のナノ粒子を焼結する方法[1]が有用であることが分かった.

4合金結晶中のフォノン輸送解析

合金化によるフォノン散乱の理論研究は古くから行われ,摂動論に基づいたモデルが数多く提唱されてきたが,これらモデルの妥当性や有効性については検証されていない.合金結晶中のフォノン輸送機構の正確な理解のためには,直接的に合金化によるフォノン散乱を計算し,摂動論モデルの有効範囲を調べる必要がある.そこで本節では,低濃度(2%)のLennard-Jones質量差合金結晶を対象とし,分子動力学法に基づいたNMP法を用いて質量差散乱の影響を直接的に計算し,Tamura[12]によって導かれた質量差散乱モデルの有効範囲を調べた.

直接求めた質量差散乱による緩和時間は質量差の大小に依らず,レイリー散乱的な周波数依存性[4]を示した.また,Tamuraモデルと比較し,摂動論的アプローチの妥当性と有効範囲を検証した結果,質量比がmi/m =1.0±0.5の範囲内では,モデルが妥当であることを示した.逆説的にいえば,Tamuraの質量差散乱モデルは2%の低濃度であっても,質量比の大小によっては摂動論的な描像が破綻すること指摘した.ここで得られた結果は,合金化効果を定性的かつ定量的に表現するモデル構築において重要となる.

5結言

熱電変換材料のフォノン輸送を第一原理的に解析し,熱輸送機構を微視的かつ正確に評価した.この結果を用いて,平均自由行程毎の熱伝導率への寄与を考慮することで,効率的な構造制御方法の決定指針を示した.また,質量差によるフォノン散乱を分子動力学法にて直接的に評価し,従来の摂動論モデルの妥当性と有効範囲を示すことで,モデルの改善点を指摘した.

[1] D. M. Rowe, in Thermoelectric Handbook: Macro to Nano (2005).[2] 熱電変換材料(環境調和型新材料シリーズ) (2005)[3] K. Esfarjani, et al., Phys. Rev. B 77, 144112 (2008).[4] G. P. Srivastava, The Physics of Phonons (2009).[5] K. Esfarjani, et al., Phys. Rev. B 84, 085204 (2011). J. Shiomi et al., Phys. Rev. B 84, 104302 (2011).[6] A. J. C. Ladd, et al., Phys. Rev. B 34, 5058 (1986). A. J. H. McGaughey, et al., Phys. Rev. B 69, 094303 (2004).[7] E. S. Bozin, et al., Science 330, 1660 (2010). O. Delaire, et al. Nat. Mater. 10, 614 (2011).[8] J. An, et al., Solid State Commun. 148, 417 (2008). Y. Zhang, et al., Phys. Rev. B 80, 024304 (2009).[9] I. Ravich, et al., Semiconducting lead chalcogenides (1970).J. R. Sootsman, et al., Chem. Mater. 18, 4993 (2006).[10] M. Akasaka, et al., J. Appl. Phys. 104, 013703 (2008). J. Tani, et al., Intermetallics 15, 1202 (2007). T. Sakamoto, et al., Thin Solid Film 519, 8528 (2011).[11] K. Biswas, et al., Nat. Chem. 3, 160 (2011).[12] S. Tamura, Phys. Rev. B 27, 858 (1983).
審査要旨 要旨を表示する

本論文は「フォノン気体モデルに基づいた熱電変換材料の熱伝導解析」と題し,熱電変換材料を設計する上で重要となる熱伝導解析をフォノン輸送の視点より行ったものである.熱電変換素子は熱を直接電気に変換することで,駆動部のない発電法として期待されている.従来,その低いエネルギー交換効率が問題となって来たが,近年,ナノ構造を用いて格子熱伝導率を低減するアプローチによって性能が飛躍的に向上している.結晶構造や組成の最適化による更なる性能の向上,又はより安全な元素によって構成される代替材料の開発に向けては,フォノンの輸送に関するミクロスコピックの知見が欠かせない.フォノン輸送や格子熱伝導の定量的な理論解析は,非調和原子間力定数を厳密に取り扱う必要があるため長年困難であったが,最近になって,第一原理計算に基づく手法が発展し熱電変換材料の解析も可能になって来ている.本論文では,第一原理熱伝導解析を中温・高温領域で応用が期待されている鉛テルルおよび,その環境親和型代替材料であるマグネシウムシリサイドに適用し,フォノン輸送特性の評価を行っている.また,ナノ構造化材料や合金材料などの実際の応用で重要となる複雑系への発展も示されており,論文は全5章よりなっている.

第1章は,「序論」であり,熱電変換材料研究の歴史および近年のナノ構造化に関するものを中心とした研究動向を紹介し,ミクロスコピックな視点から正確な熱伝導解析を行うことの重要性を議論するとともに,論文全体の流れを述べている.

第2章は,「基礎論・方法論」であり,本研究で用いられた方法論を詳細に説明している.正確な熱伝導解析のためには,結晶中の原子間相互作用を正確に求める必要がある.そのために本研究では,密度汎関数法と実空間変位法を用いて,原子間相互作用を記述する原子間力定数の計算を行っている.さらに,得られた原子間力定数をもとに,格子動力学または分子動力学計算を行うことで,第一原理に基づく正確なフォノン輸送および熱伝導の解析を実現している.格子動力学法においては,調和原子間力定数よりフォノンの分散,比熱,群速度を計算するとともに,非調和原子間力定数より3-フォノン散乱過程における緩和時間をフェルミの黄金律より求め,フォノン気体モデルに基づいて熱伝導率を計算している.一方で,分子動力学法においては,各原子の変位と速度にフォノンの固有ベクトルを射影することで,基準振動モードのエネルギーの自己相関関数の時間減衰から,フォノン緩和時間を計算している.

第3章は,「熱電変換材料の格子熱伝導解析」であり,上述の第一原理熱伝導解析を鉛テルルおよびマグネシウムシリサイドに適用した解析結果が示されている.まず,格子動力学計算によって,それぞれの材料のフォノンの分散関係および緩和時間を計算している.特に鉛テルルに関しては実験との詳細な比較を行い,非弾性中性子散乱実験と概ね一致することと確認している.加えて,フォノン気体モデルにもとづいて計算した格子熱伝導率の温度依存性が実験値と定量的に良く一致することを示し,第一原理に基づく熱伝導解析法の有用性を証明している.さらに,各フォノンモードの格子熱伝導率への寄与を微視的に評価し,鉛テルルが先天的に低い格子熱伝導率を有する理由を,群速度の大きい縦波音響フォノンと非調和性の強い横波光学フォノンの高い散乱頻度によって説明している.また,各材料の累積熱伝導率を計算して比較することによってナノ構造効果をそれぞれ見積もるなど,ナノ構造化材料の設計指針に繋がる知見も得ている.

第4章は,「合金結晶中の熱伝導とフォノン輸送」であり,フォノン気体モデルにもとづいた合金結晶の熱伝導解析法の確立に向けた基盤研究として,分子動力学法を用いてレナードジョーンズ合金結晶のフォノン輸送解析を行っている.合金がフォノン輸送に及ぼす効果の中でも,多くの熱電変換材料において支配的とされる質量差の効果に着目し,質量差によるフォノンの散乱頻度を求めている.これに基づいて従来の摂動論的な理論モデルの妥当性と有効範囲を明らかにし,現実的な質量比や密度において従来のモデルが有効でない可能性を指摘した.これらは,合金化効果を微視的かつ定量的に表現するモデル構築に向けて重要な知見であると考えられる.

第5章は,結論であり,上記の研究結果をまとめたものである.

以上を要するに,本論文では,熱電変換材料のフォノン輸送を第一原理的に解析し,熱輸送特性を微視的かつ正確に評価した.さらに,それらの結果から平均自由行程毎の熱伝導率への寄与を考慮することで,ナノ構造による熱伝導制御への設計指針を示した.また,質量差によるフォノン散乱を分子動力学解析によって直接的に評価し,従来の摂動論モデルの妥当性と有効範囲を示した.このように,本論文は微視的な視点からの固体熱伝導の特性およびその制御性に関する新たな知見を与えており,分子熱工学の発展に寄与するものであると考えられる.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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