学位論文要旨



No 129055
著者(漢字) 徳富,淳一郎
著者(英字)
著者(カナ) トクトミ,ジュンイチロウ
標題(和) 極細銅電線の連続曲げ引抜き加工による機械的特性変化に関する研究
標題(洋)
報告番号 129055
報告番号 甲29055
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7946号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳本,潤
 東京大学 教授 光石,衛
 東京大学 准教授 泉,聡志
 東京大学 准教授 梅野,宜崇
 東京大学 教授 小関,敏彦
内容要旨 要旨を表示する

環境負荷低減を目的に自動車全体の重量削減要求が強く,自動車で使用されている電線(自動車用組電線:ワイヤーハーネス)についても,細線化による重量削減が強く望まれている.極細銅電線は,その製造時および配策字に受ける衝撃により破断する危険性があり,リスクを削減させるため,極細銅電線には衝撃吸収エネルギーを向上させる必要がある.この衝撃吸収エネルギーを向上させる具体的な方策は,線材の力学特性の改善,いわゆる高強度・高延性材料の達成である.一方,電線として機能を維持するためには,導電率の低下は抑えなければならない.そのため,合金成分の添加を抑制した希釈銅合金を利用しつつ,固溶や析出によらない強靭化を行う必要がある.そこで本研究では,固溶強化,析出強化に頼らない強化方法の一つとして結晶粒微細化強化に着目した.高強度を有する線材の創出のため,冷間強伸線加工にて結晶粒を超微細化(結晶粒径d=1μm以下)した後,伸線加工とは違うひずみ導入経路を持つ,本研究で新たに考案した『曲げ引抜き加工』を施すことによって延性向上を試みることとした.本論文では,高強度・高延性・高導電率を有する極細銅電線の製造のために,強伸線加工と曲げ引抜き加工を組み合わせた『連続曲げ引抜き加工』時の力学特性(強度延性)の変化を金属内部組織と併せてまとめたものである.

第一章は序論であり,本研究の社会的背景および技術的背景,本研究の目的および目標値について述べた.

第二章は強伸線加工と曲げ引抜き加工の組み合わせである連続曲げ引抜き加工後の希釈銅合金(Cu-0.3mass%Sn)の力学特性を,強伸線加工のみの場合と比較し論じた.連続曲げ引抜き加工を施すことにより,強伸線加工材(最大応力:790MPa,全伸び:2.5%)より応力値は100MPa低下するものの,延性は0.8%向上することが明らかにした.このような特異的な力学特性変化は,加工発熱による軟化ではなく,加工による軟化(いわゆるバウシンガー効果)が原因の一つと考えられる.

第三章は,まず強伸線加工材に焼鈍を施すことにより,力学特性が改善するか調査した.その結果,強伸線加工材は焼鈍により必ずしも力学特性が改善されないことが明らかとなった.次に,焼鈍された線材に連続曲げ引抜き加工を施すことによって,結果的に,連続曲げ引抜き加工によって創製された線材が優れた力学特性を有することを示された.

第四章では,連続曲げ引抜き加工冶具を改良し,線材横断面内の硬度分布や連続曲げ引抜き加工材を曲げ中立面で二分割し,曲げ内側と曲げ外側の力学特性を引張試験にて調査した.また,FEM解析による応力・ひずみ解析を行い,連続体力学的視点から加工軟化に対する考察を行った.その結果,曲げ内側において力学特性,硬度ともに加工軟化が顕著に現れることが明らかになった.また,曲げ内側で負荷される応力およびひずみ履歴をFEM解析にて見積もると,強伸線加工と曲げ引き抜き加工よって2度の応力・ひずみの負荷反転が発生しており,これにより蓄積された圧縮残留エネルギーが高いほど加工軟化が大きいことが明らかとなった.

第五章では,曲げ引抜き加工を2回行い,応力・ひずみの負荷反転を増やした時の力学特性および線材横断面内の硬度変化について調査した.その結果,1回の曲げ引抜き加工材に比べ応力値は向上し,伸び値が低下する(いわゆる加工硬化現象)ことが確認された.応力・ひずみの負荷反転の回数を多く投入しても力学特性は大きく変化せず,むしろ一回で大きな負荷反転を起こしたほうが力学特性の改善が可能であることを見出した.

第六章は,第二章から第五章までの連続曲げ引抜き加工により創製された,超微細粒線材が示す特異的な力学特性変化の発生機構を,金属組織の変化と併せて調査し考察した.強伸線加工により引張方向へ応力場を持つ転位が,曲げ引抜き加工による応力・ひずみの反転負荷を受けたとき,転位の応力場が緩和すると考えられる.また同時に転位組織形態は,合体消滅および再配列を起こしていると考察した.このような金属組織変化によって,連続曲げ引抜き加工材の特異的な力学特性が発現したと考えられる.

第七章は,結言となっており,本研究で得られた知見をまとめた.また,本研究が産業界に与える波及効果についても述べている.

審査要旨 要旨を表示する

環境負荷低減を目的とした重量削減要求は社会現象とも言えるが,自動車に使用される電線(自動車用組み電線:ワイヤーハーネス)についても,細線化による重量低減が強く求められている.直径200μm程度以下の極細銅電線は,その製造時および配策時に受ける衝撃により破断する危険性があり,破断リスクを低減させるための高強度化・高延性化(衝撃吸収エネルギー向上)が必須である.一方,電線としての機能を維持するため導電率の低下を抑えねばならず,そのため,合金成分の添加を抑制した希釈銅合金を利用しつつ,固溶や析出によらない強靭化を行う必要がある.

本論文では,高強度・高延性・高導電率を有する極細銅電線の製造のために,新たに考案した『連続曲げ引抜き加工』時の,力学特性(強度延性)の変化を金属内部組織変化と併せまとめている.第1章は序論,第2章は強伸線加工と連続曲げ加工の組み合わせである連続曲げ引抜き加工後の希釈銅合金(0.3%Sn-Cu材)の力学特性を,強伸線加工のみの場合と比較して論じている.ここで,強伸線加工された希釈銅合金に連続曲げ引抜き加工を加えることで,強度が若干低下しつつ延性が顕著に改善すること,加工後の導電率が損なわれないことを実験的に明らかにした.通常は塑性変形を加えると硬化が進むが,連続曲げ引抜き加工では強伸線加工により引き延ばされた銅電線の曲げの内側では圧縮⇒引張の負荷反転を受けるために,Baushinger効果による加工軟化が起こり,延性が回復することで極細銅電線の強靭化が達成される.第3章では,材料軟化のために通常利用されている焼鈍の力学特性への影響について論じ,強伸線加工材についての焼鈍は機械的特性の改善にはつながらないこと,焼鈍と比較した連続曲げ引抜き加工の優位性を示した.第4章では連続曲げ加工冶具を強制回転できるように改良し,連続曲げ引抜き加工条件が力学特性変化に及ぼす影響を実験的に明らかにした.また,線材断面内の硬度分布について調査し,FEMによる応力・ひずみ解析を行った結果と比較した.第5章では,2パスの連続曲げ引抜き加工の結果を示し,必ずしも1パス加工の結果より良くはならないことを示した.第6章では連続曲げ引抜き加工により創製された,超微細粒線材が示す特異的な力学特性変化の発生機構を,金属組織の変化と併せて調査し考察した.第7章は結論である.

本論文では,ナノ組織を有する強伸線加工材の連続曲げ引抜き加工を提案したが,このプロセスは銅電線の製造に利用されている連続伸線加工に適用が可能で,工業的意義は非常に高い.また,ナノサイズ組織を有する材料を製造するための強加工はSPD(Severe Plastic Deformation)プロセスと呼ばれており,現在世界的に研究が盛んにおこなわれている領域である.本論文では超強加工した後のナノ組織を有する銅電線に反転負荷を加えた際の組織変化や力学特性について取り扱っており,SPDプロセス研究に包含されるものとして,その工学的意義は評価できる.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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