学位論文要旨



No 129057
著者(漢字) 工藤,良太
著者(英字)
著者(カナ) クドウ,リョウタ
標題(和) 空間的照明制御による光学式超解像検査法に関する研究
標題(洋)
報告番号 129057
報告番号 甲29057
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7948号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 高橋,哲
 東京大学 教授 高増,潔
 東京大学 教授 光石,衛
 東京大学 教授 国枝,正典
 東京大学 准教授 日暮,栄治
内容要旨 要旨を表示する

ナノテクノロジーの発展に伴い,工学的機能を持つ人工物のサイズが縮小の一途をたどっている.そのような人工物の機能を担保するためには,構造を何らかの計測法によって観察することが必要不可欠となる.本論文で述べられる手法は光を用いて微小構造体の観察をする手法である.光学式の計測手法は一般に非破壊であり,高速であるという非常にすぐれた性質を持っているが,光の波動性から回折の影響に支配され,波長以下のスケールの観察をすることが難しい.本論文における超解像とは回折の影響による限界解像力を超えて微細な構造を観察することを可能とする技術である.これまでに多様な超解像技術が報告されているが,本論文における超解像技術は,変調照明を利用した超解像法とデジタル超解像法を組み合わせたものという位置づけになる.既存の変調照明を利用した超解像法は回折限界の二倍程度の解像力をもつ手法だが,インコヒーレント結像を前提としているために,対象とする試料が限定され,通常蛍光マーキングされた生体試料を観察することに用いられる.デジタル超解像は原理的にはサンプリングサイズまでの解像が可能な手法であるが,ノイズに対して非常に脆弱であるという性質を持つ.そこで,一般の散乱体の超解像検査を行うために,光源の位相,振幅などの空間的制御を行って生成される変調照明を空間シフトさせつつ取得した画像を,インコヒーレント結像を前提としたアルゴリズムによって処理をする手法が提案された.この手法においては変調照明のシフトによる任意の数の取得画像を利用することができる.多数の画像を利用することにより平均化効果でノイズの影響を抑制することができる.しかしアルゴリズムがインコヒーレント結像を前提としているために,変調照明のピッチを大きくするという必要条件があり,結果的に変調照明の帯域拡大の効果を十分に発揮することが不可能である手法であった.本論文では一般的な対象,条件において変調照明シフトによる超解像法を実現することを目指し,コヒーレント結像を前提としたアルゴリズムを開発し,同アルゴリズムを利用可能であるような新たな照明分布を提案する.

第2章において従来の変調照明シフトによる超解像法の概要について述べる.変調照明によって取得される画像は,変調照明の高周波分布情報を含有している.複数の画像を利用して照明の分布情報を解に反映させることで超解像を実現する.これは本論文における超解像技術を実現する帯域拡大の効果である.第2章においては変調照明として二光束干渉による定在波を利用する.変調照明によって試料から散乱光像を取得し,変調照明を空間的に微小シフトさせる.微小シフトによって取得散乱光像が変調するが,変調散乱光像を複数取得する.得られた複数の取得散乱光像に計算機によってインコヒーレント結像を前提とするアルゴリズムで後処理を施す.この処理は逐次的に再構成解と取得画像の誤差を縮小させる処理である.超解像処理によって帯域拡大の効果と逐次再構成計算によるデジタル超解像の効果が解に及ぼされ,従来の回折による解像限界を超えた微細構造を観察可能になる.

第3章においては従来の二光束干渉定在波とインコヒーレント結像逐次再構成型アルゴリズムを用いた手法で生じうる問題点について論じる.定在波はコヒーレントな光源によって生成され,試料から生じる散乱光もコヒーレントである.しかし後処理に用いるアルゴリズムはインコヒーレント結像を前提としているために,試料構造を解像することが不可能なケースがある.この問題を回避するためには定在波のピッチを十分大きくする必要があるが,定在波ピッチは解像に大きく寄与するパラメータであり,小さく設定したい.

第4章において,第3章で述べた問題点の解決策について述べる.コヒーレント結像を前提としたアルゴリズムを提案し,同アルゴリズムを利用可能な新たな照明分布を提案する.新たな照明分布とは,位相が全領域で同符号であるような照明分布である.具体的には二光束の斜方照明に,位相同期型平面波の落射照明を加える三光束干渉(Fig.1)による定在波と,ガウス分布を持つスポット照明(ガウシアンスポット照明)を提案する.位相同符号型照明では取得散乱光像から疑似的に実効振幅分布を取得することが可能であり,振幅レベルでの再構成計算によりコヒーレント結像逐次再構成型アルゴリズムが達成される.三光束干渉定在波を利用する手法によって,二光束干渉定在波とインコヒーレント結像逐次再構成型アルゴリズムでは解像できない条件,対象で解像に成功することが,計算機シミュレーションにより示された.また,100 nmスケールの構造の解像可能性を確認した.ガウシアンスポット照明シフトによる超解像法については,シミュレーションにより高SN比と高分解能性を実現する可能性を示した.

第5章では,二光束や三光束干渉による定在波などの周期構造を持つ照明を用いた場合の解像特性について述べる.実際の照明パラメータと計算機後処理で用いるパラメータの間にエラーがある場合の解像特性を検討した.ここでのエラーは定在波ピッチと定在波初期位相である.エラーが大きいほど解像特性が悪化することを確認し,実験におけるエラーの目標範囲を決定した.エラー要因の一つであるノイズの影響については取得画像を多数利用することによる抑制効果に加え,遮断周波数以上の高周波をカットする数値的ローパスフィルタを導入することによって抑制効果が見込めることを確認した.さらに,サブピクセル構造を解像するためにピクセルを分割する場合に,分割による不要な高周波成分除去のためにもローパスフィルタが有効であることが確認された.

第6章では,第4章で述べた三光束干渉定在波を実現するための実験装置について述べる.無限遠補正を利用した暗視野散乱光検出装置である.三光束それぞれにおいて偏光方向,位相,振幅が制御され,三光束は物体面で,物体面に平行な偏光により干渉し,目的の定在波を生成する.

第7章では,構築装置の基本機能の検証について述べる.装置によって生成される定在波のピッチは回折限界よりも小さいために定在波を直接観察することはできない.そこで既知のピッチを持つ周期構造試料と定在波によって生成するモアレ縞を観察することによって間接的に定在波生成を確認する.装置によって観察されるモアレ縞は,計算機シミュレーションによるモアレ縞と同様の傾向を示し,二光束,三光束による定在波生成が確認された.PZT駆動により照明光に位相シフトを与えることで,モアレ縞がシフトすることから,定在波がシフトしていることも確認された.またモアレ縞によって間接的に定在波のパラメータ(ピッチ,位相,シフトステップサイズ)を決定することができる.

第8章では,構築装置を用いた超解像実験について述べる.構築装置によるレイリー限界541 nm以下のサイズである230 nmのライン幅のサンプル(Fig. 2)の解像を試みる.定在波のピッチを254 nmとした従来手法によってはサンプル構造の解像の再構成が不可能であったが,三光束干渉定在波を用いる手法によってサンプル構造の解像に成功した(Fig. 3).従来手法に対する提案手法の優位性が確認された.

第9章では,提案手法の実用化に向けての検討について述べる.二次元の構造を持つ対象試料を解像するためには多方向の定在波シフトが必要となる.多方向定在波シフトによる二次元超解像の解像特性を検討した.二方向の定在波シフトでは解像結果に大きな方向依存性が生じる.この方向依存性は帯域拡大の方向依存性に原因があり,より多方向の定在波シフトが望ましいことが確認された.方向依存性の定量評価により,二次元超解像においては,八方向以上の定在波シフトが望ましい.工学的機能を持つ人工物の製造現場においては微小構造体の設計値を利用することができる.設計値を利用した超解像法についても検討した.設計値を利用して逐次再構成計算の初期値を決定した処理の結果,再構成解の形状,欠陥検出特性において従来の初期値一定値型超解像法よりも優れたパフォーマンスを示すことが確認された.

第10章において,本論文をまとめる.本論文の結論を総括すると以下のようになる.変調照明シフトによる超解像法を一般的な散乱光検出系において適用することを目指し,コヒーレント結像逐次再構成型アルゴリズムを提案し,提案アルゴリズムを利用可能な照明分布として三光束干渉定在波とガウシアンスポット照明の利用を提案した.それぞれの照明分布のシフトとコヒーレント結像逐次再構成型アルゴリズムによる超解像法について理論的な検討を行った.三光束干渉定在波シフトによるコヒーレント結像逐次再構成型超解像法のシミュレーションによる検討の結果,100 nmスケールの構造の解像可能性を確認した.ガウシアンスポット照明シフトによる超解像法については,シミュレーションにより高SN比と高分解能性を実現する可能性を示した.三光束干渉定在波シフトによるコヒーレント結像逐次再構成型超解像法の実験的検証のため,新照明生成と新アルゴリズム適用可能な超解像実験装置を設計・開発して実験を行った.その結果,従来手法においては解像できないサンプル,条件で,提案手法においては解像に成功した.従来手法に対する提案手法の優位性を確認し,提案手法の超解像性を示した(レイリー限界541 nmで230 nm間隔の構造を解像).変調照明シフトによる超解像法の実用化のための検討として,二次元超解像法と設計値利用型超解像法を検討した.二次元超解像実現のために多方向の定在波シフトが必要であることを示した.設計値利用型超解像の再構成解の精度における有効性を確認した.

Fig.1 三光束干渉イメージ

Fig. 2 使用するサンプルのSEMによる観察像

Fig. 3 (A)三光束干渉定在波シフトによるコヒーレント結像逐次再構成型超解像処理結果

(B) 結果(A)と各種計測方法との比較 (a)SEM,(b)明視野光学顕微鏡,(c)暗視野光学顕微鏡,(d)構築装置による一様照明観察画像,(e) 結果(A)

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,工学的機能を持つ微細加工構造の計測において,非破壊性,高解像力,高速計測性,を兼備する新しい光学的超解像計測技術を実用化することを目的とした研究である.変調照明による帯域拡大効果を利用した超解像手法は,バイオイメージングの分野において,製品化がなされ有効に活用されている.しかしながら同手法はインコヒーレント結像を前提としており,蛍光試料等のインコヒーレントな光応答を示す対象のみに適用可能である.半導体微細構造などの一般の散乱体に対して,変調照明利用による超解像効果を及ぼす手法として,変調照明シフトによる超解像法が提案された.この手法は従来,二光束干渉定在波照明シフトとインコヒーレント結像を前提とするアルゴリズムを利用したものであった.定在波照明をコヒーレントな光を用いて生成しているため,半導体などの一般の散乱体に対してはコヒーレント結像条件となる.一方,再構成アルゴリズムはインコヒーレント結像を前提としている.ここに従来手法の問題点がある.そのため,従来手法においては,超解像を実現するために定在波ピッチを1μm程度以上に大きくしなければならないという適用条件が存在する.帯域拡大の効果を有効に利用するためには,定在波ピッチを小さく設定することが望ましいが,従来手法においては,1μm程度以下の定在波ピッチでは,良好な解像特性を得ることが困難であった.本研究では,変調照明シフトによる超解像法を,上記のような適用条件によらず,実現する手法を提案している.コヒーレント結像を前提とする逐次再構成アルゴリズムを提案し,アルゴリズムを適用可能な,新たな照明分布を提案している.新たな手法においては,上記適用条件が必要にならず,変調照明のピッチを可能な限り小さくすることによる,帯域拡大効果の有効利用が実現可能となることを,理論的かつ実験的に検証している.また変調照明シフトによる超解像法の実用化のための技術として,必須技術である二次元超解像法,応用技術である設計値利用型超解像法の理論的特性の検討を行っている.

第2章,第3章において

二光束干渉定在波シフトとインコヒーレント結像逐次再構成型アルゴリズムを用いた従来手法は,半導体微細パターンなどの散乱体試料に対する適合性が悪いことが示された.インコヒーレント結像とコヒーレント結像の差異の影響で,従来手法においては正確な再構成結果が得られない例があることが示された.

第4章において

(1)コヒーレント結像条件で,干渉の影響を考慮して,振幅レベルでの逐次再構成を行う反復的アルゴリズムが示された.

(2)上記のコヒーレント結像逐次再構成型アルゴリズムを適用可能である,位相の正負反転の存在しない照明分布として,(1)三光束干渉位相同符号型定在波照明,(2)ガウシアンスポット照明の利用が提案された.

(3)(1)三光束干渉位相同符号型定在波照明を利用する手法において,従来手法において再構成不可能な条件,対象の再構成が可能であることを示した.小さい定在波ピッチにより帯域拡大の効果を十分に活かすことのできると考えられる条件が,新手法では適用可能である.

(4)目標分解能100 nmを超える50 nmの分解が可能であることを示した.

(5)複数の取得画像を利用することにより,ノイズを軽減可能であること(ロバスト性)を示した,

(6)(2)ガウシアンスポット照明を利用する手法の検討により,高分解能かつ高SN比の観察結果がえら得る手法であることを示した.

第5章において

(1)定在波のピッチ,位相に誤差が存在する場合の影響について示された.この検討に基づき,実験における許容される誤差が決定された.

(2)光学系の遮断周波数以上の周波数をカットする数値的ローパスフィルタの導入により,ノイズの影響を軽減可能であることを示した.

(3)ピクセル分割処理を行う場合に,数値的ローパスフィルタが有効であることを示した.

第6章において

(1)三光束干渉位相同符号型定在波生成のための実験装置が示された.三光束の強度・偏光の制御により三光束干渉定在波を生成可能な装置であることが示された.

(2)上記実験装置において,PZTの制御により,落射照明の位相シフト,定在波の空間シフトを行うことが示された.

第7章において

(1)定在波照明と既知の周期構造との間に生成するモアレ縞を観察することにより,間接的に二光束干渉定在波と三光束干渉定在波の生成を確認した.

(2)モアレ縞を利用して落射照明の垂直入射度を調整可能であることを示した.

(3)モアレ縞のシフトから,間接的に二光束干渉定在波のシフトを確認した.

(4)落射照明位相シフト用PZT,定在波空間シフト用PZTの同期駆動し,三光束干渉定在波のシフトを確認した.

(5)モアレ縞の情報を用いて,定在波に関するピッチ,シフトステップサイズ,位相を同定することが可能であることが示された.

第8章において

NA0.80の暗視野光学顕微鏡において分解できない,230 nm間隔の構造の超解像実験を行った.定在波ピッチを小さくし,帯域拡大の効果を十分に利用することを指向した実験条件である.

(1)従来手法において,再構成不能であることを示した.

(2)新手法において,試料の構造の再構成が可能であることを示した.

提案手法の従来手法に対する優位性を確認した.かつレイリー限界541 nmの条件で230 nmの構造を,帯域拡大およびデジタル超解像の効果により,解像可能であるとする光学的超解像性を実験的に実証した.

第9章において

二次元超解像法において,二次元の等方的な構造再構成を行うために,八方向以上の方向での定在波シフトが望ましいことが示された.

設計値利用型超解像法において,設計値を初期値として利用しても欠陥検出が可能であり,また離散化誤差の影響を抑えて,良好な解像特性が得られることが示された.

以上から,提案手法によって,コヒーレント結像条件での一般の条件において,定在波ピッチを小さく設定した場合にも,光学的超解像が実現できることが理論・実験から示し,変調照明シフトによる超解像法の適用範囲が拡張されたことが明確となった.また,二次元超解像法実現の必要条件が明らかにされ,設計値利用型超解像法の有効利用の可能性も示された.実用化の先鞭をつける成果と言える.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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