学位論文要旨



No 129059
著者(漢字) 小谷野,智広
著者(英字)
著者(カナ) コヤノ,トモヒロ
標題(和) 静電誘導給電法を用いた微細電気加工の研究
標題(洋)
報告番号 129059
報告番号 甲29059
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7950号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 国枝,正典
 東京大学 教授 石原,直
 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 高増,潔
 東京大学 准教授 金,範埈
内容要旨 要旨を表示する

従来の微細放電加工法ではRC放電回路が主に用いられているが,RC放電回路では放電回路に生じる浮遊容量が放電エネルギーの下限を決めてしまうという問題があった.しかし,静電誘導給電法を用いた微細放電加工により浮遊容量が放電エネルギーに与える影響を低減することが可能となり,従来よりも微細な加工が実現している.一方で,静電誘導給電法では,放電終了後の休止時間が確保されやすく,非接触給電が可能,放電が両極性であるなど,従来のRC放電回路にはない特徴がある.従って,加工速度や加工精度などの加工特性をRC放電回路に比べて大きく向上できる可能性がある.しかし,これまでは静電誘導給電法の加工速度や加工精度をRC放電回路と比較した研究はなされていなかった.そこで本研究では,静電誘導給電法を用いて微細放電加工を行い,従来の微細放電加工に比べて加工速度の増大や熱的ダメージの低減,電極消耗の低減が可能であることを示した.さらに,原理的に工具電極が消耗せず,加工変質層が生じない電解加工に応用し,静電誘導給電法によって数ナノ秒から数十ナノ秒の超短パルス電流が得られることを利用し,放電加工と同等の加工精度でより良い表面粗さが得られることを示した.本論文は7章から構成されている.

第1章では,微細放電加工の原理と特徴について述べた.また,微細放電加工における放電集中や異常放電の発生,加工変質層などの問題点について述べた.また,微細電解加工の原理と特徴について述べ,放電加工との相違点を示した.そして,静電誘導給電法を用いた微細放電加工のこれまでの研究動向を説明し,本研究の目的と本論文の構成について述べた.

第2章では,静電誘導給電法を用いた微細放電加工の原理と特徴について述べた.また,静電誘導給電法を用いた微細放電加工の従来の研究の概要について述べた.さらに,本研究の目的のために新たに製作した,静電誘導給電法を用いた微細放電・電解加工装置について述べた.この加工装置は,従来よりも大きな加工速度を得るために,1MHz以上の高い放電頻度でも加工が行える電源を装備している.また,高精度微細加工を可能とするために,市販の超微細放電加工機の機械系を利用し,放電回路は静電誘導給電法による放電回路に置き換えた.さらに,静電誘導給電法に適した主軸の送り制御系を新たに自作して取付けた.そして,本装置を用いた加工例として,微細放電加工による貫通穴加工を行った例を示し,安定した加工が行えることを示した.

第3章では,静電誘導給電法を用いた微細放電加工の加工安定性の向上について述べた.従来の微細放電加工においてはRC放電回路が用いられているが,放電集中や異常放電が生じやすいため,加工速度が遅く,かつ加工面に熱的なダメージが生じやすいという問題があった.一方,静電誘導給電法では,一定周期のパルスごとに原理的に放電は一度しか生じないため,休止時間が確保され,放電集中や異常放電が生じにくいと考えられる.そこで,静電誘導給電法を用いた微細放電加工の加工特性を調査し,RC放電回路との比較を行った.まず,静電誘導給電法を用いて微細梁の加工を行い,加工速度と加工面の熱的ダメージを調査した.そして,RC放電回路との比較を行った.その結果,静電誘導給電法を用いることで,RC放電回路よりも高い加工速度と,熱的ダメージの小さい加工面が得られることがわかった.これは,静電誘導給電法では休止時間が確保されているために,放電集中や異常放電が生じにくいためと考えられる.また,静電誘導給電法の貫通穴加工における加工速度を調査し,RC放電回路との比較を行った.その結果,穴加工時には,工具電極を回転させない場合のような放電集中や異常放電が生じやすい加工においても,静電誘導給電法では高い加工速度が得られることが明らかとなった.

第4章では,高速回転電極を用いた微細放電加工を行い,その加工特性を調査した結果について述べた.微細放電加工において電極を高速回転させると,加工液による加工屑排出や対流熱伝達による極間の冷却,強制的な放電点分散の効果により,異常放電や放電集中,短絡が抑制されると考えられる.しかし,従来のRC放電回路では電極への給電をブラシを通して行うため,高速回転する電極へ振れを生じさせずに給電を行うことは困難であった.そこで,非接触給電が可能な静電誘導給電法を用いることで,高速回転電極を用いた微細放電加工を行い,その加工特性を調査した.まず,WEDG法による軸の加工において電極高速回転の効果を調査した結果,回転数を50000rpmと高くした場合には従来の低速回転の場合に比べて大きな体積加工速度が得られた.また,回転数を大きくすることで加工面の表面粗さを低減することができた.さらに,貫通穴の加工においても工具電極の回転数を50000rpmまで上げて加工を行った結果,従来の低速回転で行う加工よりも加工速度が増大し,電極消耗率も低減した.また,工具電極への非接触給電を容易に行う方法として,工具電極への給電を浮遊容量による容量結合だけで行う方法を提案した.本方法では給電のための装置が必要ないので,高速回転する工具電極を用いた微細放電加工を容易に行うことができると考えられる.工具電極に何も接続せずに加工の可否を確かめた結果,本方法で加工が可能であることを示した.また,微小な浮遊容量により容量結合するため,微小な放電エネルギーが得られた.また,放電エネルギーを制御する方法を検討した結果,パルス電源の印加電圧を変えるという方法と,工作物側にも容量結合するという方法で,放電エネルギーの制御が行えた.また,給電構造を最適化することで,容量結合する浮遊容量,および極間の浮遊容量を低減でき,さらに微小な放電エネルギーと放電痕径が得られた.さらに,貫通穴加工を試みた結果,直径10μm程度の貫通穴加工が安定して行えた.

第5章では,静電誘導給電法を用いた微細放電加工において水加工液を用いることにより,微細放電加工における加工特性向上を図った.従来から脱イオン水を用いることにより加工速度を増大できることは知られていたが,脱イオン水では電解作用の影響が無視できない.そのため,両極性パルスを用いて電解作用を抑制することが,一般のトランジスタ回路を用いた放電加工では行われている.しかし,従来の微細放電加工で用いられているRC放電回路では,単極性の電圧が極間に印加されるため,加工液として水を用いた場合には電解作用が生じやすいという問題がある.一方で,静電誘導給電法は両極性放電加工であるため,RC放電回路に比べ電解作用が生じにくいと考えられる.しかも,静電誘導給電法では直流の電流は流れない.従って,静電誘導給電法を用いれば水道水のような比抵抗の小さな加工液でも加工が行えると考えられる.静電誘導給電法とRC放電回路で加工面上の電解作用を比較した結果,RC放電回路では工作物面上に電解溶出が観察されたのに対し,静電誘導給電法では溶出の発生はほぼ見られなかった.また,貫通穴加工における加工速度を油と脱イオン水で比較した結果,脱イオン水では油よりも放電頻度を高くすることができ,加工速度を増大できることが明らかとなった.また,脱イオン水では加工速度が大きく,加工時間を短縮できるため,工具電極側面での放電が減少し,側面ギャップの小さな加工穴が得られた.ただし,脱イオン水の工具電極消耗率は油の場合よりも大きくなる傾向が見られた.また,入手が容易ではあるが,比抵抗値が小さく電解作用が生じやすい水道水を加工液として穴加工を行った.静電誘導給電法では電解作用を抑えることができ,水道水のような比抵抗の小さな加工液でもギャップが拡大することなく加工を行えることを示した.

第6章では,静電誘導給電法の微細電解加工への応用について述べた.放電加工では工具電極が消耗し,それにより加工精度が低下するという問題がある.また,加工面に加工変質層が生じ,クラックやバリも生じる.一方で,電解加工は原理的に工具電極が消耗せず,加工変質層も生じないという優れた特徴を持つ.また,短パルス電源を用いることで高い加工精度も得られる.静電誘導給電法であれば短パルス電流が容易に得られるので,高精度化が期待できる.そこで,微細放電加工を行うために開発された静電誘導給電法を,微細電解加工へ応用した.静電誘導給電法を用いた微細電解加工においては,パルス周期に関係なく,パルス電圧の立上り,立下り時間によってパルス幅が制御でき,立上り,立下り時間程度の短パルス電流が容易に得られることがわかった.従って,本加工法ではオン時間を短くする必要がある従来の電解加工の短パルス電源に比べ,容易に短パルス電流を得ることができる.また,穴加工を行い,電流のパルス幅が加工精度に及ぼす影響を調査した結果,電流を短パルスにするほどギャップが小さくなり,加工精度が向上することがわかった.なお,電解液にNaCl,工具電極にタングステンという組み合わせを用いることで,両極性であるにもかかわらず工具電極の消耗がほぼ発生せずに加工が行えることが明らかとなった.その結果,放電加工では困難な,底面のエッジがシャープな穴加工を行うことができた.また,平均極間電圧を基にした主軸のサーボ送り制御装置を開発し,加工を行った結果,基準サーボ電圧を低くし,加工穴底面でのギャップを狭く保つことで,加工時間を短縮でき,さらに側面ギャップの小さい加工が行えた.

第7章では,第2章から第6章までに得られた知見を要約して本論文の結論を述べ,今後の課題や展望を述べた.

審査要旨 要旨を表示する

本論文では、静電誘導給電法を用いた微細放電加工により、従来の微細放電加工に比べて加工速度の増大や熱的ダメージの低減、電極消耗の低減などが可能であることを示している。さらに、原理的に工具電極が消耗せず、加工変質層が生じない電解加工に静電誘導給電法を応用し、静電誘導給電法によって数ナノ秒から数十ナノ秒の超短パルス電流が得られることを利用し、放電加工と同等の加工精度でより良い表面粗さが得られることを示している。

第1章では、放電加工の原理とその特徴を説明した後に、微細放電加工と現状の微細放電加工の問題点について述べている。また、放電加工と同様に電気エネルギーを利用した加工法である電解加工の原理と特徴を説明し、短パルス電源による微細電解加工の原理について述べている。そして、静電誘導給電法を用いた微細放電加工の概要を説明した後に、本研究の目的および論文の構成を記述している。

第2章では、静電誘導給電法を用いた微細放電加工の原理や、従来の静電誘導給電法の研究成果を説明している。そして、本研究の目的のために開発した静電誘導給電法の加工装置について述べている。

第3章では、静電誘導給電法を用いた微細放電加工の加工安定性について述べている。従来のRC放電回路では、放電終了後の休止時間が確保されていないため、放電集中や異常放電が生じやすいという問題がある。一方で、静電誘導給電法を用いた微細放電加工では、一定周期のパルスごとに放電が1度しか生じず、放電終了後の休止時間が確保される。このため、放電集中や異常放電が生じにくく、加工が安定に進むため、大きな加工速度と、熱的ダメージが小さい加工面が得られることを示している。そして、微細放電加工においても、休止時間が加工を安定に進めるために重要であることを示している。

第4章では、静電誘導給電法を用いて電極への非接触給電を行い、電極を高速回転させてその効果を調査した結果について述べている。従来の放電回路では電極へブラシを通して給電せざるを得ないため、数万rpmといった高速で回転する電極への給電は困難であったが、静電誘導給電法を用いることで電極への非接触給電を行い、工具電極を最大50000rpmまで高速回転させ、その効果を調査している。その結果、電極を高速で回転させることで加工液の流動が促進され、加工屑の排出や対流熱伝達による電極表面の冷却が促進されることに加えて、電極間の相対運動により放電点が強制的に分散されることを示し、これによって放電集中や異常放電が減少することで、加工速度の向上、電極消耗の低減などの効果が得られることを示している。

第5章では、静電誘導給電法を用いた微細放電加工において、加工液に水を用いることで加工特性の向上を図った結果について述べている。従来のRC放電回路では単極性の電圧が極間に印加されるため、水を用いると工作物の電解溶出が生じ、加工精度の低下を招く。一方で、静電誘導給電法を用いた微細放電加工では両極性の電圧が印加されるため、電解作用が生じにくいことを示している。また、油と水の加工特性を比較し、水加工液を用いることで大きな加工速度が得られることを示している。

第6章では、静電誘導給電法を微細電解加工へ応用した結果について述べている。電解加工では、数十ナノ秒以下の短パルス電源を用いることで、放電加工と同等のギャップ数μmでの加工が可能となる。静電誘導給電法を用いた微細電解加工では、数十ナノ秒以下の短パルス電流が従来の微細電解加工の短パルス電源よりも容易に得られることを示し、電流のパルス幅を短くすることで、放電加工と同等のギャップ数μmで加工が行えることを示している。また、工具電極にタングステン、電解液にNaCl水溶液を用いれば、両極性の電流が流れても工具電極が消耗しないことを示している。この結果、微細穴加工において微細放電加工と同等以上の精度で加工が行えることを示している。また、電解加工では放電加工よりも良好な加工面粗さが得られることを示している。

第7章では、第2章から第6章までに得られた知見を要約し、本論文の結論と今後の展望を述べている。

以上のように、本論文では静電誘導給電法を用いた微細放電加工の特徴を生かすことにより、微細放電加工の加工速度や加工精度の向上を達成し、本加工法の有用性を示している。よって、本加工法により燃料噴射ノズルの穴加工や微細金型などの加工における生産性の大幅な向上が期待できる。また、本論文では微細放電加工における休止時間の重要性や、電極の高速回転、水加工液の有用性を示しており、微細放電加工における加工特性向上のための知見を示している。さらに、静電誘導給電法を微細電解加工へ応用することにより、従来の微細電解加工の短パルス電源よりも容易に短パルス電流を得ることに成功し、放電加工と同等以上の加工精度と、良好な加工面粗さが得られることを示している。従って、燃料噴射ノズルの穴加工などへの適用が期待でき、今後の微細加工分野の発展に大きく貢献するものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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