学位論文要旨



No 129066
著者(漢字) 佐々木,憲司
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,ケンジ
標題(和) 非ダルシー流れと変形を考慮した岩盤水理物性評価手法の開発
標題(洋)
報告番号 129066
報告番号 甲29066
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7957号
研究科 工学系研究科
専攻 システム創成学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 登坂,博行
 東京大学 教授 福井,勝則
 東京大学 准教授 増田,昌敬
 東京大学 准教授 松島,潤
 東京大学 教授 渡辺,邦夫
内容要旨 要旨を表示する

ダム建設には堅硬で透水性の低い地盤が必要であるが,そのような箇所にはすでにダム建設がなされており,良好なダムサイトを選定することが難しくなってきている.ダムは強度・変形性といった力学的安定性の検討のほかに,本来貯水を目的としている構造物であるため水理学的安定性も求められる.特に後者は,複雑な地質分布に加え透水媒体を直接観察することが事実上不可能であることから,その評価は難しい。ダムの透水試験はルジオン試験やパルス試験のように,ボーリング孔から圧力注水を行うことにより,時間・圧力・流量の応答を取得し,一般にはダルシーの法則に従って透水性が評価される.しかし,しばしば,定量的説明の難しい現象が出現することが知られている.この現象は,逐次流量減少現象,逐次流量増加現象,Noordbergum現象で,過去の研究でも解明が試みられているものの,未だに十分定量化された評価はなされていない状態にある.

本研究においては,これらの現象を理解し定量的評価方法を確立するために,

(1)地質資料の収集と地質工学的検討

(2)数値解析モデルの開発

(3)観測結果の逆解析結果と考察

を行っている.

本研究の具体的な内容・成果は以下のようにまとめられている.

(1)地質資料の収集と地質工学的検討

ルジオン試験における逐次流量減少現象,逐次流量増加現象,また,複数孔干渉試験などに見られるNoordbergum現象について,多数のデータを収集した.これらを地盤分類し,現象が発生する地質学的要因に関して検討を行った.この結果は以下のように整理される.

前者の現象に関して,異なる地質体で建設が行われた6ダムのルジオン試験データ,逐次流量減少型P-Q曲線79サンプル,逐次流量増加型P-Q曲線19サンプル計98サンプルを抽出した(データはおおよそ3000サンプル).

地形的,地質工学的な分類によると,逐次流量減少現象に関しては,シーティングジョイントが発達し易い河床下部での発生頻度が高く,逐次流量増加現象に関しては,割れ目間隔が5~15cm程度の部分での発生頻度が高いことが見出された.

既往の研究成果を加味し,逐次流量減少現象の原因は高透水性地盤への圧力注入によるダルシー流れからの乖離,逐次流量増加現象の原因は間隙水圧の増加に伴う間隙の拡大と推定された。

Noordbergum現象については,新第三紀の凝灰角礫岩と泥岩を基礎とするMダムで行われたパルス試験を取り挙げた.層序対比,地下水分布,パルス波形の検討を行い,地質分布が既往研究などで発生条件としているconfinedな分布とは異なるものであること,Noordbergum現象を示すパルス波形は,発信孔との圧力のピーク時間差が小さいものが多いことを示した.

MダムでのNoordbergum現象は,井戸からの応力による地層変形が原因と考えられ,変形性が大きい部分(たとえばポーラス部)などが観測箇所付近の地層中に存在している可能性が高いと推定した.

(2)数値解析モデルの開発

これらの現象を再現するための円筒座標系気液2相流モデルの開発と,観測値から各現象の支配要因となっているパラメータを決定するための,水理パラメータ逆解析プログラムの開発を行った.この内容及び結果は以下のように整理される.

(2-1)井戸試験用円筒座標系気液2相モデルの開発

ダルシー流れから非ダルシー流れまでの現象を包含し,間隙水圧による浸透経路の拡大と浸透率変化の表現,井戸からの応力伝播による地盤の体積ひずみ計算が可能な手法の開発を行った.

井戸周辺の水・空気の挙動を解析するため,気相圧力,水飽和度を未知数とした気液2相流れの円筒座標系モデルとし,基本構成則をForchheimer則として,ダルシー流れから非ダルシー流れを取り扱えるようにした.

Forchheimer流速の算出を解の公式だけに頼ると,特に,ダルシー領域に近い部分で計算機の丸め誤差が発生し,流速を計算することができなくなる問題を見出した.この問題を解決するために,流速計算を解の公式ではなく,Newton-Raphson法を用いた.また,初期値による収束値の違いや,反復回数による計算負荷が大きくなる問題を回避するため,解の公式を用いて初期値を算出した.

物性計算では,間隙水圧変化とそれに伴う間隙率と浸透率の関係を表現するために,地盤をブロックモデルとして扱い,3乗則に基づいた間隙率と浸透率の関係を採用した.また,地層中の応力伝播による間隙変化に関してはTimoshenko(1939)の内圧円筒理論による構成則とフックの法則に従う間隙歪計算を導入した。

(2-2)水理パラメータ逆解析プログラムの開発

開発された数値解析モデルにより,ダルシー流れに従わない現象を支配しているパラメータを非ダルシー係数,浸透率,圧縮率,弾性係数であるとして数値実験を行った。

観測値を再現するに当たり,観測値から多変数非線形最少二乗法を用いて各種パラメータを探索する手法を開発した.

(3)観測データに基づいた解析結果と考察

(3-1)逐次流量減少型P-Q曲線の逆解析結果の検討

選定した79サンプルに対し浸透率と非ダルシー係数を同定し,観測された逐次流量減少型P-Q曲線を再現し,71サンプルに対し良好な結果を得た.

得られた浸透率と非ダルシー係数bを既往研究による提案式の値と比較考察した.その結果,浸透率が低い状態では,非ダルシー係数bは,既往の提案式と同様な値を示すが,浸透率が大きくなってもその値は減少せず,勾配は多孔質媒体に近いことを示した.また,浸透率が大きくなると,同じ浸透率に対する非ダルシー係数bの値のばらつきが大きくなる傾向がみられた.

非ダルシー係数bが透水経路の複雑さの指標であるとの考えに立つと,地表付近の割れ目系岩盤は,浸透率が高くなっても,透水経路は単純にならない傾向にあることが推定される.

逆解析によって得られた浸透率は,層流換算ルジオン値から求められる浸透率にくらべ5倍~15倍程度大きいことが明らかになった。これは,層流換算ルジオン値自体に既に非ダルシー流れの影響が入っているためと考えられる.

この浸透率を既往研究による高粘性流体ルジオン試験結果と比較することにより,逆解析による浸透率の妥当性を示した.

(3-2) 逐次流量増加型P-Q曲線の逆解析結果の検討

選定した19サンプルに対し浸透率と圧縮率を同定し,観測された逐次流量増加型P-Q曲線を再現し,15サンプルに対し良好な結果を得た.

得られた浸透率は,最急勾配を延長する通常の方法に比べて,同等か数倍高い傾向にある.これは,2点の観測点のみを用いる従来の方法とすべての観測点を用いる逆解析手法の違いで,圧力初期段階では,間隙変形の影響が小さい一方で孔内の洗浄不足等の影響で完全な弾性変形とならないことによる可能性が高い.

逐次流量増加型P-Q曲線の示す岩盤の圧縮率は,1.0×10-8~1.0×10-6[1/Pa]で土質地盤に近い値であった.

同時に,Capillary Fissure Modelに基づき間隙率と浸透率を見積もった所,既往の研究に比べて,同じ浸透率に対して本研究の方が高い値を有していることが示された.

(3-3) Noordbergum現象の再現性の検討

地質資料に示された試験環境をもとに条件設定を行い,シミュレーターによる数値実験からパラメータの相違による受信点での圧力と時間の関係を検討した.この結果,Noordbergum現象は,浸透率による間隙水圧の伝播の程度と,弾性係数による間隙の変形の組み合わせによって発生していることを示唆した.

地層全体に標準的な弾性係数を設定し,観測箇所付近に著しく小さい弾性係数を有している個所を設定すると,観測されたNoordbergum現象をほぼ再現させることができた.

(4) 提言と今後の課題

本研究で開発した手法を適用することで,従来のルジオン試験の方法を変えることなく,また技術者の経験や特別な試験設備に頼ることなく,データの定量的解釈が可能となると考えられる.

逆解析技術によって得られた各種パラメータは地盤性状を反映しており,透水係数だけでなく,これらのパラメータを透水性評価に使用してくことを提案したい.

ダム建設において,透水係数評価が適している状況も存在する.また,既に,ダムサイト全域を対象にした水理システム解析技術も実用化されている.したがって,ルジオン値という経験値と同時に,透水係数などの水理定数を用いて透水性評価を行い,信頼性のあるダム建設・管理に繋げていきたい。

ルジオン試験の際に周辺のボーリング孔の水理的変化を観測することで,水理特性や力学特性をより正確に把握できるであろう.

試験箇所の地形状況が及ぼす影響や地表と地下との水の相互作用の影響などを考慮するために,広域地下水モデル等と本モデルを合わせて使用し,より高度な透水性評価ができるよう改善していきたい.

算出されたパラメータと地質学的な性状をより詳細に検討するために,模擬地盤を利用した実験的な研究を行い,パラメーターと地盤性状の関係を明らかにしていきたい.

審査要旨 要旨を表示する

岩盤を対象とした透水試験(揚水試験,ルジオン試験,パルス試験など)では,ボーリング孔から揚水・圧力注水を行い,得られる時間・圧力・流量の応答からダルシーの法則に従って透水性が評価される.しかし,しばしば定量的説明の難しい現象が出現することが知られている.この現象は,ルジオン試験における圧力・流量間の非線形的挙動(逐次流量減少型,逐次流量増加型),揚水・注水試験時のNoordbergum現象(注水時における井戸周辺地盤中の水圧降下,逆に揚水時における水圧上昇)であり,過去の研究でも解明が試みられているものの,未だに十分定量化された評価はなされていない状態にある.

本研究では,これらの現象を取り上げ,実際のダムで観測された観測結果を元に,地質学的立場から定性的検討を行うと共に,非ダルシー流れ,間隙の弾性変形,力学的変形伝播まで考慮した水理順解析技術・逆解析技術の開発を行い,前記現象を再現しパラメータの同定を行っている。本研究の成果として以下の事項が挙げられる.

(1) ルジオン試験における逐次流量減少型P-Q曲線,逐次流量増加型P-Q曲線につき,多数のデータを収集し地質学的特徴を整理している.異なる地質体で建設が行われた6ダムのルジオン試験データおおよそ3000サンプルから逐次流量減少型79サンプル,逐次流量増加型19 サンプル計98サンプルを抽出すると共に,試験箇所の地質性状を整理し,逐次流量減少型P-Q曲線の多くはシーティングジョイントの発達する箇所のもので,逐次流量増加型P-Q曲線の多くは,割れ目間隔が10cm程度の頻度で発達する地盤のものであることを示している.

(2) この結果を踏まえ,前者の原因を流速の増加に伴う非ダルシー流れの発生,後者を間隙水圧に伴う間隙の弾性変化と浸透率の変化と考え,現象を再現可能な数理モデルの開発を行なっている.これは,基本構成則をForchheimer則として,ダルシー流れから慣性流まで取り扱えるようにした気液2相流れ円筒座標系のシミュレータである。特に,非ダルシー流速算出において解の公式の計算で生じる丸め誤差によって流速の算出ができなくなる問題を発見し,Newton-Raphson法による反復法を導入すると共に,間隙率の弾性的変化,3乗則に基づいた間隙率と浸透率の関係を考慮した定式化を行っている。さらに,このシミュレータを順解析として非線形最小二乗法を用い,非ダルシー係数,浸透率,圧縮率などを求める逆解析手法を開発している.

(3) 開発した手法を用いて,逐次流量減少型に関して非ダルシー係数と浸透率を同定している.非ダルシー係数―浸透率の関係を既往の多孔質媒体および亀裂性岩盤の提案式と比較し,透水性が高くなることによる慣性効果の減少率が,既往の提案式よりも小さいことを指摘し,原因を地表付近の透水経路の複雑さという観点から議論している.また,求められた浸透率は,層流換算ルジオン値と比較すると5倍~15倍程大きいことを示し,レイノルズ数を指標に低圧部でも非ダルシー流れ発生している可能性を指摘している.さらに,求めた浸透率を既往研究による高粘性流体ルジオン試験結果と比較することにより逆解析による浸透率の妥当性を示している.

流量増加型P-Q曲線については,圧縮率と浸透率を同定している.得られた浸透率は最急勾配を延長する通常の方法とくらべて同等か数倍高い傾向にあるが,2点の観測点のみを用いる従来の方法とすべての観測点を使用する逆解析手法の違いを示し,種々の可能性を示しながらその優位性について言及している.逐次流量増加現象示す地盤の圧縮率は,1.0×10-8~1.0×10-6[1/Pa]で既往文献における砂礫地盤に近いことを示している.同時に,Capillary Fissure Modelに基づき間隙率と浸透率を見積もった所,既往の研究に比べて,同じ浸透率に対して本研究の方が高い値を有していることが示され,亀裂性岩盤の特性が現れた結果と解釈している.

(4) 次に,多孔を用いた井戸試験においてしばしばあらわれるNoordbergum現象に関して,そのメカニズムやモデル化の方法を検討している。

まず,第三紀の凝灰角礫岩と泥岩を基礎とするダムで行われたパルス試験のサイトの地質資料や既往文献をもとにNoordbergum現象の生じたサイトの地質学的考察を行い,地質境界部とくに凝灰角礫岩部のポーラス部などの変形性の高い個所の存在が示唆され,パルス波形の応答時間が長いほどその影響が強くなることを示している。

次に,数理的に現象を再現するため,井戸付近の岩盤変形の伝播による間隙変化をトンネル設計に使われる距離と応力の推定式から力学的関係式を導入して変形の瞬時伝播を定式化し,前半で開発したシミュレータに組み込んでいる。このシミュレータにより,地質資料に示された試験環境をもとに条件設定を行い,パラメータの相違による受信点での圧力と時間の関係を数値実験によって検討している.この結果,浸透率は受信点での圧力の応答時間に関係し,弾性係数は圧力の上昇・降下量に関わる項目であること,一般的な弾性係数の1/100程度の値を有した透水媒体を観測点位置に設定すると,観測されたNoordbergum現象を良好に再現できることを示している.

以上の結果から,岩盤を対象としたルジオン試験などの透水試験における非ダルシー流れ,間隙の弾性変形,井戸付近の変形の伝播を考慮した適用性の広い解析技術が開発され,今後の岩盤透水性評価への実際的適用が期待される。

本研究は,以上の様に,岩盤透水性に関するより進んだ新しい評価方法を提案しており,特に土木水理分野の現場透水性評価の信頼性向上に大きく寄与するものと考えられる.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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