学位論文要旨



No 129067
著者(漢字) 山田,祥徳
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,ヨシノリ
標題(和) ラグランジュ的手法による固液混相流の数値解析手法の開発とその湿式粉砕プロセスへの応用
標題(洋)
報告番号 129067
報告番号 甲29067
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7958号
研究科 工学系研究科
専攻 システム創成学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 酒井,幹夫
 東京大学 教授 奥田,洋司
 東京大学 教授 越塚,誠一
 東京大学 教授 堤,敦司
 東京大学 教授 藤田,豊久
内容要旨 要旨を表示する

粉砕プロセスは、電子材料や機能性材料の開発において欠かすことができない。製品開発に際し、粉体粒子の粒径のコントロールは製品性能に直結する問題であり、これまでに様々な粉体粉砕装置が開発された。粉体粉砕には、大きく分けて乾式粉砕と湿式粉砕がある。粉体粒子は粉砕されると、粒子間に引力が働き凝集する。乾式粉砕ではミクロンスケールからナノスケールへと粒子を粉砕する際にこの凝集現象が障害となり、個々の粒子が細かくなっても凝集体の粒子径をナノスケールへと解砕することは困難であった。他方、湿式粉砕では粉体粒子そのものの粉砕と合わせて凝集体の解砕を行うことができるため、ナノ粒子生成に効果的な手法となっている。湿式粉砕機の中でも湿式ビーズミルは、その粉砕能力の高さとエネルギー効率の良さで注目されている。ビーズミルは粉砕媒体のビーズを粉砕室の内部で高速に撹拌することで、ビーズに運動エネルギーを与える。ビーズに粒子を捕捉させ、摩擦や衝突などによって粉体粒子を微粒子化する。ビーズミルの性能は、粉砕室や撹拌翼の設計、粉体粒子スラリーの供給量や撹拌速度などの運転条件、ビーズの材質や粒径などによって大きく左右される。装置の内部機構の不透明性も相まって、粉砕性能の向上やスケールアップの検討などにおいて多数の実験が必要とされていた。実験コストの削減や内部機構の解明のために、数値解析による検討が有用であると期待される。

ビーズミルの数値解析では、粉体粒子やビーズといった固体粒子と、粉体粒子を分散させる液体とが混合した固液混相流を取り扱う。粉体の数値解析では、離散要素法(Discrete Element Method, 以下、DEMと記す)が広く用いられている。DEMは、個々の粉体粒子の挙動をニュートンの第二法則に従って逐次計算し追跡する手法である。そのため、付着力、流体力学的相互作用力をはじめとして様々な相互作用力を導入することができる。また、解像度の観点から精緻な解析を行うことができる。流体の数値解析では、主として格子法が使われているが、最近になって、粒子法と呼ばれる流体粒子を用いた数値解析が使用されるようになってきた。粒子法は、メッシュフリー法であるため、自由液面および撹拌翼のモデル化が格子法に比べて容易である。従って、湿式粉砕プロセスの数値解析には、DEMと粒子法を連成した手法を応用することが最良であると考えられる。他方、既存のDEMと粒子法を単に組み合わせるだけでは、湿式粉砕プロセスの数値解析において精度の良い結果が得られないと予想される。そこで、既存のDEMと粒子法が抱える問題点を整理する。

ひとつ目の問題は、スラリーに含まれる固体粒子の形状が粉体の流れに及ぼす影響である。従来のDEMにおいては、計算負荷の低減の観点から球形粒子が用いられていた。粉砕時においては、しばしば非球形粒子を取り扱う必要がある。過去の研究において、計算負荷の増大を回避しながら複雑形状の効果を定性的にDEMに導入する回転抵抗モデルが開発されたが、これは非球形度の考慮や衝突時のエネルギー減衰などを適切に評価できなかった。 ふたつ目の問題は、自由液面および移動する内部構造物が含まれるような体系において、効率的に計算を実行できるような手法が開発されていないことである。 流体の数値解析では、メッシュを用いるEuler的手法と粒子を用いるLagrange的手法に大別される。Euler的手法では、有限体積法や有限要素法といった手法による高精度な解析が行われている。一方で、液体に特有の自由表面問題や複雑形状の移動境界の取り扱いにおいて困難が多かった。Lagrange的手法のひとつにMPS法がある。既存のMPS法では、大規模な体系を効率よく数値解析を実行できなかった。3番目の問題として、湿式粉砕プロセスのような莫大数の固体粒子を含む固液混相流体系において効率よく数値解析を実行する手法が開発されていなかったことがあげられる。既存のLagrange的手法の固液混相流解析は、半陰的手法のMPS法が採用されており、計算効率が低かった。当然ながら、Lagrange的手法により、これまでにビーズミルの数値解析が実行されたことはない。粉体と液体を連成させた固液混相流解析においても当然ながら同様の課題があり、粉体粒子スラリーの供給やビーズミル内部挙動などの湿式粉砕プロセスへの数値解析の適用は困難であった。

そこで本研究では、前述の課題を解決することを目的とし、

1.DEM回転抵抗モデルの改良による非球形粉体の大規模解析手法の開発

2.Explicit-Moving Particle Simulation (E-MPS)法による三次元自由液面流れの大規模数値解析手法の開発

3.DEM/E-MPS法連成解析によるスラリー供給配管での自由液面を伴う固液混相流の大規模解析手法の開発

4.DEM/E-MPS法連成解析によるビーズミル内の数値解析

の4つのテーマに取り組み、Lagrange的手法によりビーズミルにおける湿式粉砕プロセスの数値解析手法を新たに開発した。以下にそれぞれの研究の概要を記す。

1.DEM回転抵抗モデルの改良

これまでに著者らは、計算負荷の増大を回避しながら複雑形状の効果を定性的にDEMに導入する回転抵抗モデルを開発した。しかし、従来の回転抵抗モデルでは非球形度の考慮や衝突時のエネルギー減衰などを適切に評価できなかった。本研究では、粒子画像から非球形度を測定し、それを回転抵抗モデルに導入する手法を開発した。また、非球形粒子の衝突時のエネルギー減衰を適切に評価することのできる接触力のモデル化手法を開発した。粉体層の崩壊の数値解析および実験を行い、安息角の比較を本手法の妥当性を検証した。回転抵抗モデルの有無によって数値解析に有意な差が現れ、また、非球形粒子による実験と数値解析の結果がよく一致した。

2.Explicit-MPS法による三次元自由液面流れの数値解析

自由液面を伴う流れ解析においては、空間を格子に分割して液面を明示的に取り扱うEuler的手法と、液体を粒子に分割してその挙動を追従するLagrange的手法がある。前者では、自由液面の大変形や飛沫を取り扱うことが困難で適用範囲に制限があった。後者ではMPS法が開発され、液滴衝突や水蒸気爆発などの自由表面を含む複雑な解析に実績がある。

MPS法では、非圧縮性を厳密に取り扱うために圧力の計算において圧力ポアソン方程式を陰的に解くが、大規模解析では計算コストの殆どを圧力ポアソン方程式の陰的求解が占め、高いスケーラビリティを確保することは困難である。また、固定壁境界として仮想的な固定粒子が用いられてきたが、境界表現のために多くのデータ量や計算コストが必要となり、大規模化に対する課題となっていた。前者に対しては、微小な圧縮を許容して圧力を陽的に求めるE-MPS法が、また後者に対しては距離関数を用いた境界表現手法が開発され、それぞれ大規模化に一定の成果を挙げている。これまでの研究では、距離関数による境界表現を行ったE-MPS法は開発されておらず、一層の大規模化が行われていなかった。

そこで本研究では、距離関数による固定壁境界を用いたE-MPS法を開発した。静水問題および自由表面流れのベンチマーク問題である水柱崩壊について数値解析を行い、本手法の妥当性を検証した。また、SI-MPS法とE-MPS法で水柱崩壊解析を行い、計算時間の比較によってE-MPS法が大規模解析に適した手法であることを示した。

3.ラグランジュ的手法による円管内の固液混相流の数値解析

これまでの研究で、自由表面を伴う固液混相流解析手法として、DEM-MPS法による解析が開発された。この手法は粉体粉砕装置の一つである湿式ボールミルに適用され、実験との比較により定量的に妥当性が示された。しかし、液相の解析に半陰解法を用いているため、解析体系が小規模なものに限定され、これまで2次元体系での解析のみが行われていた。

本研究では、自由表面を伴う大規模固液混相流解析を実現するために、液相に大規模解析に適しているE-MPS法を用いたDEM/E-MPS法を開発した。配管内固液混相流の3次元解析を通して、本手法が十分に大規模解析を行うことができる手法であることを示した。

4.ラグランジュ的手法によるビーズミル内の固液混相流の数値解析

湿式ビーズミルでは、複雑な形状をした移動境界問題を取り扱う必要がある。これまでの研究では、液相において移動境界問題を取り扱うために、メッシュを用いるEuler的手法に対して、アダプティブメッシュ法やスライディングメッシュ法、埋め込み境界法などが開発されたが、計算コストや適用対象の制限、解析精度にそれぞれ課題が残されていた。 そこで本研究では、液相の解析にメッシュを用いないE-MPS法を用い、固相のDEMとの連成解析を行うことで、複雑な移動境界を有する湿式ビーズミルのDEM/E-MPS法連成解析を行った。PIVによる速度分布測定を用いた実験との比較により、本手法の妥当性および有効性を確認した。

以上の一連の4つの研究により、ビーズミルによる粉体粉砕プロセス全体の数値解析が可能となった。これらの研究により、これまで困難であったビーズミルの内部機構の解明や設計、運転条件の検討などが容易になり、湿式粉砕プロセスの性能向上やコストの低減が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本審査は、平成25年1月15日、10:00-12:00工学部8号館222中会議室にて開催された。主査は、指導教員でシステム創成学専攻准教授の酒井幹夫准教授であり、副査は、システム創成学専攻の越塚誠一教授、藤田豊久教授であり、副査の外部審査員は、奥田洋司教授(新領域創成科学研究科 人間環境学専攻)、堤敦司教授(機械工学専攻)である。

学位論文題目は、「ラグランジュ的手法による固液混相流の数値解析手法の開発とその湿式粉砕プロセスへの応用」であり、5章より構成される。本研究では、粉体シミュレーションの湿式粉砕プロセスへの応用に向けて、ラグランジュ的手法を用いて効率よく固体-流体連成問題の数値解析を実行するための新しい解析手法の提案、湿式粉砕プロセスへの応用およびその実験検証を行っている。固相および液相を、それぞれ、離散要素法および陽的MPS法でモデル化している。既往の研究では、湿式粉砕装置のような複雑形状の固液混相流の数値解析を実行して精度のよい結果を得ることが困難であったため、実質的に数値解析技術を設計に導入できなかった。本研究成果によりこのような産業の抱える問題を解決することができる。

第1章は、緒言であり、研究の背景が述べられている。過去の研究における固体粒子挙動の高精度化および固体-流体連成問題の数値解析手法の特徴を概説するとともに、ラグランジュ的手法を用いた数値解析手法の問題点が示された。さらに、ラグランジュ的手法を用いた数値解析の産業応用事例が示された。最後に、固体-流体連成問題のラグランジュ的手法による新しい数値解析手法を開発するための必要性が述べられた。

第2章には、「複雑形状粉体の数値解析手法の開発」についてまとめられている。離散要素法で固体粒子の挙動を模擬する際、計算負荷の低減の観点から、多くの場合、球形粒子が使用される。非球形粒子を模擬する場合、これまでメッシュや複合粒子を用いたため、計算負荷が高くなってしまう、さらには、極めて小規模な体系への適用しかできないという問題があった。本研究では、計算において球形粒子を使用しても、非球形粒子の挙動を模擬できるような回転抵抗モデルを新たに開発した。本モデルの妥当性を検証するために、粉体層の崩壊について、2次元体系の数値解析および実験を行った。安息角および崩壊時も速度分布を検証パラメータとした。数値解析および実験の結果がよく一致したことから、回転抵抗モデルの妥当性であることが示された。本研究で開発した離散要素法の回転抵抗モデルは、低計算負荷で非球形粒子により構成される粉体の流れを模擬できるため、産業応用の観点から優れている。

第3章には、「自由表面流れの数値解析手法の開発」についてまとめられている。ラグランジュ的手法による自由表面流れの数値解析手法のひとつに半陰解法を用いたMoving Particle Simulation(SI-MPS)法がある。SI-MPS法は非圧縮性流体を模擬するための解析手法であり、ポアソン方程式を計算することにより圧力の値が得られた。SI-MPS法では、ポアソン方程式の計算に最も時間を費やした。SI-MPS法の更なる産業応用に向けてポアソン方程式の計算負荷の低減および並列化効率のよいアルゴリズムの開発が課題であった。さらに、滑らかな曲面を有する壁境界モデルの開発も課題であった。このような課題を解決するために、圧力を陽的に計算するアルゴリズムを導入した陽的MPS(E-MPS)法を開発した。本手法では、別のラグランジュ的手法のSPHと同じアルゴリズムにより圧力計算を陽的に計算するため、ポアソン方程式を計算しないことから、計算負荷を大幅に低減することができる。さらに、音速の設定値を緩和しても、音速が流れ場に影響を及ぼさない体系において、SI-MPS法とほとんど同じ精度の結果が得られることが示された。また、ポテンシャルエネルギーに着目した壁モデルを開発し、滑らかな曲面を有する壁を精度よく模擬できることを示した。以上のように、ラグランジュ的手法による自由表面流れの数値解析であるSI-MPS法に、陽的アルゴリズムと壁境界モデルの導入した手法を開発した。本研究は、従来手法と比べて産業のような大規模かつ複雑形状の体系の数値解析を高速に実行できることが優れている。

第4章には、「固液混相流の数値解析手法の開発」についてまとめられている。ラグランジュ的手法による固液混相流の数値解析手法について、産業のような大規模体系を効率よく解析する手法が開発されていなかった。本研究では、局所体積平均法に基づく支配方程式を使用して、離散要素法とE-MPS法を連成する解析手法を開発した。離散要素法とE-MPS法を連成した解析手法を円管内の自由表面を伴う固液混相流に応用し、音速の設定値を緩和しても、それが流れ場に影響を及ぼさないでは、効率よく数値解析を実行できることを検証した。なお、過去の研究では、局所体積平均法に基づく支配方程式を使用して、離散要素法とSI-MPS法を連成する手法が開発されていた。本手法を使用すると、産業のような大規模体系をラグランジュ的手法による固液混相流の数値解析を効率よく実行できることが優れている。

第5章には、「固液混相流の数値解析手法の実験による検証」についてまとめられている。離散要素法とE-MPS法を連成した解析手法の実験による検証について述べられている。離散要素法とE-MPS法を連成した解析手法を実産業で使用されるビーズミルに応用した。検証実験を行い、ハイスピードカメラでジルコニア製媒体粒子の挙動を撮影した。PIVにより、媒体粒子の速度分布を得た。実験により得られた媒体粒子の分布および速度分布を数値解析結果と比較したところ、両者の結果はよく一致した。また、過去の研究で困難であった、撹拌翼まわりの媒体の分布および移動量を評価することができた。本研究を通して、離散要素法とE-MPS法を連成した解析手法が、実産業で幅広く用いられるビーズミルの設計および運転条件最適化に応用できることが示された。

以上より、本研究を通して、複雑形状粉体の数値解析手法の開発、ラグランジュ的手法による効率的な自由表面流れの数値解析手法の開発、ラグランジュ的手法による効率的な固液混相流解析手法の開発およびその実験による検証がなされた。本論文の研究内容は、新規かつ独創的であり、数値解析による湿式粉砕プロセスの最適化ばかりでなく粉体シミュレーションの実用化に大きく貢献するものである。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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