学位論文要旨



No 129068
著者(漢字) 和田,大地
著者(英字)
著者(カナ) ワダ,ダイチ
標題(和) OFDR式光ファイバ分布センシング技術の構造モニタリング適用性の向上
標題(洋)
報告番号 129068
報告番号 甲29068
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7959号
研究科 工学系研究科
専攻 システム創成学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 村山,英晶
 東京大学 教授 影山,和郎
 東京大学 教授 保立,和夫
 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 髙橋,淳
 東京大学 准教授 沖田,泰良
内容要旨 要旨を表示する

背景

光ファイバセンサの優れた特徴の一つに分布測定がある.光ファイバの任意位置で測定が出来るため,ひずみセンサの場合なら,センサが存在する領域の構造物のひずみ分布を取得できる.構造物に生じる損傷は周囲のひずみ分布を乱すため,精度良くひずみ分布をセンシングすることで損傷検知に貢献出来る.小さな損傷を検知するため,あるいは乱れたひずみ分布の形状を正確に把握することで損傷の大きさや形状,位置を特定するためには精度に並んでいかに細かく分布を取得できるかも大切である.これを空間分解能という.当研究室の先行研究では構造物をモニタリングするための高精度・高空感分解能を有する分布センシングシステムを開発した.このシステムはOFDR(optical frequency domain reflectometry)の構成に基づき,FBG(fiber Bragg grating)と呼ばれる光ファイバセンサ素子内部に生じるひずみや温度の分布を測定する.

これまでのOFDRセンシングシステムは,他の多くの光ファイバセンサと同様,実験室環境での測定に留まっていた.そこではひずみ計測のための理想的な温度調節がなされ,光ファイバには長手方向のみのひずみが理想的に負荷されるよう実験が組まれていた.本研究ではOFDRセンシングシステムが実験室外の実戦的な環境でも適用性を示せるように,以下のような研究目的を掲げた.

研究目的

複合材のモニタリングを行う場合にはFBGはしばしば材料内へ埋め込まれる.このときにFBGに負荷されると想定される多軸ひずみの影響を,継ぎ手モニタリングの例を通して検証する.(多軸ひずみ場での計測)

ひずみと温度の両方が変化する場での計測手法を開発する.(ひずみと温度の計測)

OFDRの測定性能,特に衝撃試験や疲労試験への応用を展望して,測定速度を向上させるために,効率の良いOFDRの信号処理手法を提案し,その妥当性・性能を検証する.(OFDR信号処理の効率化)

上述したような検証・開発において,測定システムの理論的なパフォーマンスを解析するためのシミュレーション手法を提案し,そのための光学シミュレーションモデルを構築する.(シームレスシミュレーション解析モデル)

研究成果(シームレスシミュレーション解析モデル)

伝達関数によるpiece-wise uniformアプローチを二偏波モードの表現に拡張し,OFDR測定系の光学シミュレーションモデルを構築した.FEMや光弾性解析と連結させることで分布センシングプロセスをシームレスにシミュレーション解析できるようになった.この解析手法により光ファイバ分布センシング技術の理論的なパフォーマンスをシミュレーションできるようになった.

研究成果(多軸ひずみ場での計測)

多軸ひずみの影響を検証するために,まずFBGの一区間に側圧を負荷し,OFDRにより分布的にモニタリングする系をシミュレーション及び実験により検証した.複屈折によるブラッグスペクトルのスプリットは側圧が負荷された区間のみで観測され,スプリット量から側圧が評価出来ることがわかった.また側圧が小さい場合は明瞭なスプリットが現れない代わりに周期的な強度変調が観測された.この周期と複屈折の関係を理論的に説明し,周期から側圧が評価出来ることが示せた.

次にFBGを,熱硬化性樹脂を用いた炭素繊維プラスチック(CFRTS)に埋め込み,シングルラップ接着継ぎ手を作製し,引張荷重下のひずみ分布モニタリングを検証した.シミュレーションによりFBG断面内に負荷される応力は検知可能なほど大きな複屈折を生じさせないことがわかった.シミュレーション・実験の双方において,ファイバ長手方向のひずみが急峻に変化する区間でFBGのスペクトルに複数のピークが観測される場合があったが,これは複屈折ではなく,信号処理により生じるものであり,空間分解能を良くすることでピークは一つにまとまることが示された.OFDRにより計測されるファイバ長手方向ひずみ分布はシミュレーションにより算出されるひずみ分布と精度良く一致していたが,接合端部の片方でフィレットによるスペクトル乱れの影響がみられた(Fig.1).

FBGを,熱可塑性樹脂を用いた炭素繊維プラスチック(CFRTP)に埋め込み,シングルラップ超音波溶着継ぎ手を作製し,引張荷重下のひずみ分布モニタリングを検証した.シミュレーションにより,上述したCFRTS接着継ぎ手の場合と同様,複屈折による影響はみられないことがわかった.シミュレーションにより算出したFBG埋め込み部のファイバ長手方向のひずみ分布は実験結果と精度良く一致していたが,接合部については違いがみられた.実験結果が示す接合部のひずみ分布の特徴に注目し,継手の応力分布を算出する際に弾性解析からHillの異方性弾塑性解析に切り替えることで,シミュレーション結果が実験結果に近づくよう修正できた(Fig. 2).実験とシミュレーションによるひずみ分布の違いが大きいものほど継ぎ手強度が低い傾向が見られたため,ひずみ分布を観察することで継ぎ手強度を評価できる可能性が示された.

研究成果(ひずみと温度の計測)

PANDAファイバと呼ばれる偏波保持(PM)ファイバにFBGを書き込むことでひずみと温度を同時に計測できる原理があり,これはOFDRによる分布測定に応用可能である.このPANDA-FBGを用いたひずみ・温度同時分布測定手法は,測定精度が不十分であるという課題があった.

同時測定精度はPANDAファイバの複屈折と関係があると理論的に説明した.同時測定精度と複屈折の定量的関係を評価するためにモンテカルロ法を用いた誤差解析を行い,複屈折が大きくなるほど同時測定精度が向上することを示せた(Fig. 3).構造モニタリング用途を踏まえて妥当な同時測定精度を設定し,目標とする複屈折の大きさを定めた.

複屈折を大きくさせるために,PANDAファイバの幾何形状を同時センサ用途に最適設計することを提案した.FEMを用いて応力付与部の位置・大きさを調整し,ファイバ線引き後にコアに残留する断面内主応力差を算出し,光弾性効果から生じる複屈折を計算した.PANDAファイバに加えてBow-tie型,IEC型と呼ばれるPMファイバにも同様の最適化を行い,それぞれ二倍弱の複屈折の増大がみられた.

PMファイバの材料特性の最適化も行った.応力付与部の線膨脹係数はボロンドープ量により調整でき,応力付与部の線膨張係数を大きくすることでコアの残留主応力差を大きくすることが出来る.線膨張係数を数倍にすることで目標の複屈折が達成出来ることが示された.

研究成果(OFDR信号処理の効率化)

これまでのOFDR信号処理手法は短時間周波数解析(STFT)に基づいたものだったが,新たに郡遅延計算に基づく信号処理手法を提案した.郡遅延を求めるためには位相を直接微分する方法がある.この場合だと位相のアンラッピングが必要となってしまうので,手間と不確実性が生じてしまう.また微分作業はCPU高負荷になりやすい.そこでZ変換を用いて巧みに位相のアンラッピングと微分を避ける方法がある.位相微分を用いる方法とZ変換を用いる方法の両方についてその性能を検証した.

シミュレーションによる検証の結果,信号処理速度はSTFTに比べて群遅延計算の方が数十倍向上することが示された.位相微分を用いる方法よりもZ変換を用いる方法の方が速度は速かった.また空間分解能についてもSTFTに比べて群遅延計算の方が50 - 150倍ほど向上することがわかった.これは位相微分を用いる方法もZ変換を用いる方法も同様だった.精度についてはSTFTとほぼ変わらなかった.

しかし郡遅延計算による信号処理手法を実験結果に応用した場合,0.2 nm幅で誤差のばらつきがみられた(Fig. 4).

以上のように,埋め込みFBGの信号解釈方法が説明されたこと,格段に測定性能が向上する信号処理手法が実装されたことでOFDR測定システムの適用性は向上した.さらに成果で示された,ひずみと温度を精度よく同時計測するためのアプローチを追及し,信号処理手法の精度を向上していくことでさらなる適用性の向上が見込める.

課題と展望

OFDR測定系の光学シミュレーションモデルでは光源やカプラ,全反射端や受光器の特性については定義していなかった.特に光源についてはその偏光面の角度が大きく各偏波モードの信号強度に影響してくる.また偏波状態を調整するために偏波コントローラを適所に導入する場合もあると思うが,それについても本シミュレーションモデルは考慮していない.これらは今後の課題となる.

埋め込みFBGを用いた継手モニタリングでは信号処理の最適化が課題となるだろう.急峻なひずみ変化のある場所で観測されたスペクトルの複数のピークは空間分解能を向上させることで解消されたが,現実的に起こりうるひずみ変化を鑑みて,空間分解能を上げて信号処理を行わなくてはいけない.この点において群遅延計算による信号処理手法の確立に期待がかかる.また継手強度をひずみ分布からどのように決定するかも考えたい.本研究のような手法ではファイバ断面内の応力は測定できないため,やはりCFRTP超音波溶着で示したような,長手方向ひずみ分布から継手強度が同定できることが望ましい.あるいはセンサ配置方向を変えることも一つの手段である.

ひずみ・温度同時測定用の偏波保持ファイバを製造していく場合,近接する応力付与部による光強度損失,ボロンドープによる応力付与部の融点低下を考えていかなくてはいけない.特に後者は製造の可否に極めて大きく影響する.

群遅延計算による信号処理手法では,実験結果にのみ生じる誤差の原因究明と低減がやはり必要だろう.

Fig. 1 CFRTS接着継手のひずみ分布

Fig.2 CFRTP超音波継手のひずみ分布

Fig. 3 ひずみ・温度測定誤差と複屈折の関係

Fig. 4 異なる信号処理手法によるブラッグ波長分布

審査要旨 要旨を表示する

近年、先進国を中心に進展しているインフラの老朽化、重大事故・自然災害によって構造物が破壊されることで引き起こされる社会的・経済的損失により、構造物の安全性・信頼性とそれを確保するための技術への関心が高まっている。なかでも、保守管理を高度化・充実化させ、構造物の寿命を安全に伸ばしていく技術が必要とされている。

土木構造物や航空機、船舶などにおいて構造的なコンディションをモニタリングし、損傷を検知したり、過大な荷重の作用を防いだりすることで、構造物の健全性を確保する手法が提案されている。特に、構造物に一体化されたセンサからの多量の情報を用いて、初期の損傷・劣化などの異常を検知しようとする構造ヘルスモニタリングが注目を集めている。

構造ヘルスモニタリングにおいて、構造物の健全性評価につながる一次情報を取得するためのセンシング技術は重要であり、精度・分解能、安定性、耐久性などに対して高い要求が課せられる。光ファイバセンサは、軽量、可とう性、高強度、耐食性、耐電磁誘導性、防爆性などの優れた特徴から、構造物のモニタリングのためのセンシング技術として注目されている。特に、光ファイバに沿ってひずみや温度の分布を測定できる分布型光ファイバセンサは、従来のセンサには実現が困難な特徴を有しており、構造物全体の変形状態および局所的な応力集中までも精度よく検出できる技術として盛んに研究・開発が進められている。本研究で対象とする光周波数領域反射計方式(OFDR: Optical Frequency Domain Reflectometry)は、1mm以下の空間分解能での分布測定を可能とし、Fiber Bragg Grating(FBG)と組み合わせることで、光ファイバに沿ったひずみ、あるいは温度を高い精度で分布的に測定できる技術である。

OFDR方式によって高空間分解能と高精度を兼ね備えた分布型光ファイバセンサは、構造物のモニタリングで大きな威力を発揮できるが、実構造物への適用の際、外部からの影響により精度の信頼性が低下する。特にひずみの分布測定においては、温度の影響、また測定対象以外のひずみ成分の影響が無視できないことがある。さらに、応答性と高空間分解能は一般的に両立させることが難しく、動的な測定が課題となっている。そこで本研究では、OFDR方式の分布型光ファイバセンサの構造物のモニタリングへの適用性を向上させることを目的に、ひずみ・温度の分離測定技術、多軸ひずみ場の影響について検討するとともに、新たな信号処理方法による応答性の改善を試みた。そして、これらの検討を効率的に、かつ理論的に進めていくためのシミュレーションの開発を行った。

本論文は8つの章から構成される。

第1章は序論であり、光ファイバセンサの構造物のモニタリングへの適用性を向上させるための課題を明らかにしのち、本研究の目的を述べている。論文の構成も示されている。

第2章では、構造物のモニタリングを安全性・信頼性の観点から説明し、特に近年、構造物の信頼性向上技術として注目されている構造ヘルスモニタリングの現状と課題を示し、モニタリング・センシング技術の適用性向上と妥当性の検証が課題であると指摘している。

第3章では、構造物のモニタリングにおいて注目されている光ファイバセンサについて、概略を示すとともに、本研究で対象としているOFDR方式の分布型光ファイバセンサの原理や応用例について述べている。

第4章では、OFDR方式の分布型光ファイバセンサを対象に、「測定対象(構造物)の状態・変化」、「対象の状態・変化に伴うセンサの状態・変化」、「センサの状態・変化に対する測定器の応答・出力」、「測定器からの出力信号の集録・処理」と言ったセンシングプロセス全体をシームレスに再現するシミュレーションシステムを開発した背景とシミュレーションの解析モデルなどについて述べている。有限要素モデル、モード結合理論による光学系モデルなど既存のモデル・手法を中心としたシミュレーションであるが、多軸応力下のセンサ出力を計算するために、新たに偏波の変動を考慮できる計算方法を提案している。結果として、これまでの断片的なシミュレーションとは異なりセンシングプロセス全体を再現できるシステムの開発に成功し、その有効性は以下の章で示している。

第5章では、多軸ひずみ場でのOFDR方式の分布型光ファイバセンサの出力特性について検討を行っている。FBGを多軸ひずみ場においた場合、反射スペクトルが乱れることが知られているが、OFDRで観察される分布的な反射スペクトルにも同様の乱れが観察される。このことを実験と上述したシミュレーションにより確認した。偏波状態を考慮したシミュレーションで正確に再現されており、独自性・新規性の高い成果と言える。さらに、OFDR方式で観察される特殊なうなり現象と多軸ひずみ場との関係性を初めて明らかにし、それを利用した圧力の測定方法を提案している。また、光ファイバを多軸ひずみ場となる複合材料の接着・溶着継手部に埋め込み、分布測定を行った結果を示している。接着継手の例では、シームレスシミュレーションから得られる出力と実際の測定出力は、極めて高い一致を示しており、構造のモニタリングに対するセンシング技術の適用性をシミュレーションにより総合的に検証できることを示す成果である。逆に、溶着継手の例では差異が観測され、今後品質保証や解析モデルの改良に応用できる成果であると言える。

第6章では、分布測定におけるひずみと温度の分離測定技術について検討を行っている。ここでは偏波保持光ファイバに書きこまれたFBGを利用している。現状、分解能と精度において世界最高水準のひずみ・温度の同時分布測定と認められるが、実用的な面からは改善が求められる結果であるとして、改善のための提案がなされている。提案は偏波保持光ファイバそのものの改良であり、材料・構造的な知見と解析技術を駆使して光ファイバの最適化設計を行い、シームレスシミュレーションによって改善後の精度を推定している。センサ性能の向上化のために光ファイバ自身の改良・最適化を含めて検討した点には、高い独自性と新規性があると言える。

第7章では、FBGからの反射スペクトルの中心波長シフトを求めるために群遅延計算による信号処理方法を提案し、処理速度において従来の方法に比べ50倍の向上が見られた。また空間分解能も上がることが認められた。

第8章は結論であり、本研究で得られた知見をまとめ、今後の展望が述べられている。

以上を要するに、本論文では、OFDR方式の分布型光ファイバセンサの構造のモニタリングに対する適用性を向上させるための課題について、提案・開発したシミュレーション技術を活かして総合的な検討が行われている。本研究により、構造物のモニタリングシステムを高度化する基盤的な技術進歩が得られている点は、システム創成学分野にとって大きな価値がある。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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