学位論文要旨



No 129071
著者(漢字) 伊藤,悠策
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ユウサク
標題(和) 埋め込み光ファイバセンサを用いた複合材成形モニタリングおよびモデリングに関する研究
標題(洋)
報告番号 129071
報告番号 甲29071
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7962号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 藤本,浩司
 東京大学 教授 青木,隆平
 東京大学 准教授 村山,英晶
 東京大学 准教授 横関,智弘
内容要旨 要旨を表示する

複合材は二種類以上の異なる材料を組み合わせた、個々にない優れた性質を有する材料である。とりわけ強化繊維として炭素繊維を用いることで、高比剛性、高比強度を達成した炭素繊維強化プラスチック(Carbon Fiber Reinforced Plastic、CFRP)は、宇宙機、航空機、自動車、一般の構造物など様々な分野で用いられている。なかでも航空機は厳しい環境下で運用され、高い安全性と信頼性が要求される構造物であると同時に、重要な交通インフラとして運用エネルギーやコストの低減、機体の高性能化が求められている。CFRPは、構造重量の低減が求められる航空機の構造部材として使用が期待されており、近年その航空機への重量適用率は増加を続け、B787およびA380等の次世代民間旅客機では一次主要構造部材へも適用する動きが急速に広まっている。

航空機構造は製造後、地上駐機中および運航中の荷重負荷や、急激な温度変化等、非常に過酷な環境下で使用されるため、製造時の製品品質を高めることが極めて重要である。製造過程において、複合材内部は温度変化、樹脂の化学反応および冶具等による拘束等、様々な要因によって複雑なひずみ状態になり、それらのひずみが成形後の強度や材料特性に影響を与えることが懸念されている。また成形後の予期せぬ残留変形は、強度を大きく低下させる要因である。以上のことから、航空機等の構造信頼性を確保する上で、複合材構造物の成形時品質保証技術の確立が非常に重要な課題となっている。

複合材の成形モニタリングに関する研究はこれまで数多く行われており、その中でも光ファイバセンサは軽量かつ小型である為、構造に埋め込んだ場合に材料の機械特性に影響を与えず、成形時に構造内部のひずみ・温度を計測するのに適したセンサデバイスとして注目されている。従来の光ファイバセンサはファイバ上の一点または数点でのみ計測可能であったが、ひずみ・温度を分布計測できるパルス・プリポンプブリルアン光時間領域解析法(Pulse-Pre-Pump Brillouin Optical Time Domain Analysis: PPP-BOTDA)が開発され、ひずみ・温度分布を常時計測することが可能になった。また、これらの光ファイバセンサの出力はひずみ・温度両方の影響を受けるため、単一のセンサのみでひずみ・温度を切り分けて計測することが困難であったが、近年開発されたハイブリッド・ブリルアンレイリー計測システム(Hybrid Brillouin- Rayleigh System: HBRS)は一本の光ファイバのみでひずみ温度を切り分けて計測することが可能である。そこで、本研究では成形時の内部ひずみ状態を計測するため分布型光ファイバセンサをもちいたリアルタイムの成形モニタリングを提案し、また分布型光ファイバセンサによって得られた計測結果を成形モデリング手法によって検証することで、大型および複雑な複合材構造に適用可能な成形モニタリング技術の提案と実証を行うことを目的とした。第一章では研究背景について、第二章では上記に挙げた分布型光ファイバセンサの計測原理について説明した。

第三章では、分布型光ファイバセンサを用いた成形モニタリングにおける基礎検討として、分布型光ファイバセンサ(PPP-BOTDA)を用いて、複合材成形時の内部状態がリアルタイムに計測可能であるか検証した。クーポンサイズの試験片に分布型光ファイバセンサ、比較用のFBGセンサおよび温度補正用の熱電対を埋め込み、成形中のひずみを計測した。既存のFBGセンサと分布型光ファイバセンサの結果は良好に一致し、分布型においても高い計測精度を有することが示された。また、分布型光ファイバセンサによって、成形後の品質に大きな影響を与える硬化収縮ひずみおよび熱収縮ひずみをリアルタイムに把握できることが実証された。次に、成形時の昇温レートおよび圧力を変えて、これらの成形条件が内部のひずみに及ぼす影響を検証した。その結果、昇温レートの違いによって材料内部には硬化収縮の開始時期および材料の硬化収縮ひずみ量に違いが見られることが分かった。次に、光ファイバセンサによって計測されたひずみと、実際の試験片のひずみを比較する為に複合材と埋め込まれた光ファイバを模擬した有限要素解析を行い、光ファイバによって計測されたひずみと実際のひずみとの比較を行った。最後に、分布型光ファイバセンサを、面内温度分布を有する平板の成形モニタリングに適用し、提案する分布型モニタリング手法によって成形時の面内ひずみ分布をリアルタイムに計測できることおよびひずみマップとして表示できることを示し、本手法の有効性を示した。

第四章では、単一の光ファイバでひずみ・温度を切り分けて分布計測できるハイブリッド・ブリルアンレイリー計測システム(HBRS)を、複合材の成形モニタリングに適用した。これまで分布型光ファイバセンサ(PPP-BOTDA)を用いていたが、その際、温度補正用のセンサも同時に埋め込む必要があり、材料への埋め込みの影響を減少させる為には、単一の光ファイバのみで内部状態を計測することが極めて有効である。まず、ハイブリット手法におけるブリルアン散乱およびレイリー散乱の各温度・ひずみ係数の計測を行い、その後、成形モニタリングに適用する前の基礎試験として、複合材の温度ひずみを切り分けて計測することが可能であるか検証した。光ファイバを成形後の試験片に張り付けて、複合材の温度ひずみを切り分け計測した結果、算出された温度およびひずみ量は、FBGセンサおよび熱電対によって得られた値と良好に一致した。最後に、ハイブリット手法を複合材の成形に適用し、一本の光ファイバのみで成形モニタリングする手法を提案および実証した。CFRPに光ファイバ、FBGセンサおよび熱電対を埋め込み、成形時の冷却過程において、試験片内部の温度変化量および残留ひずみを計測し、切り分け計測されたひずみ・温度を、FBGセンサおよび熱電対によって得られた結果と比較することで信頼性を検証した。その結果、本手法によって計測された温度変化および残留ひずみは、FBGセンサおよび熱電対によって計測された値と良好に一致し、提案する手法が単一の光ファイバのみによる複合材構造の分布型成形モニタリングとして有効であることが示された。

第五章では、リアルタイム計測が可能な分布型光ファイバ(PPP-BOTDA)を板厚方向温度分布を有する厚板積層板に埋め込むことで、厚板構造における板厚方向温度分布が硬化収縮過程の複雑なひずみ分布に及ぼす影響を評価した。板厚方向の昇温レートおよび保持温度の分布がある場合には、試験片板厚方向に垂直な面内ではひずみ履歴がほとんど均一であるが、板厚方向においては、面内には同じ位置であっても硬化収縮タイミングのズレや硬化過程の最終的な収縮ひずみ量に分布が生じることがわかった。このような板厚方向温度分布が板厚方向の硬化収縮過程の収縮ひずみ分布を生じさせるという現象は実際の構造においても重要であり、既存の成形モデルとして一般に用いられている弾性体モデルおよび、粘弾性成形モデルを用いて実験で得られた収縮ひずみ分布を詳細に検証することを試みた。その結果、従来から成形モデルとして一般に用いられている弾性体モデルは、厚板において計測された樹脂が粘弾性挙動を持つ際に生じる材料内部のひずみ分布を解析するのには適しておらず、硬化収縮過程における内部ひずみ状態を詳細に解析する為には粘弾性モデルを用いることが必要であることがわかった。

第六章では、樹脂硬化完了後の常温への冷却過程において、厚板の板厚方向温度分布が内部の熱収縮ひずみ分布に及ぼす影響を、分布型光ファイバセンサ(PPP-BOTDA)をもちいた計測および解析によって評価した。実際の成形時には硬化収縮ひずみと同じく、冷却過程における熱収縮ひずみも成形後の材料品質に大きな影響を及ぼす。前章と同じく、厚板試験片に板厚方向温度分布を生じさせ、冷却過程における収縮ひずみの計測を行った結果、試験片底面に近い高温部程、熱収縮ひずみが大きく、低温部程熱収縮ひずみが小さいことがわかった。また、成形後の試験片の断面を切断し、画像処理によって試験板厚方向の繊維含有率を計測することで試験片板厚方向に熱膨張係数が分布していることを確かめた。これらのデータをもとに板厚方向の温度および炭素繊維含有率を変化させた有限要素解析を行った結果、温度分布と炭素繊維含有率分布の両方を加味することが精度良く厚板内部のひずみ状態を解析できることが示された。最後に、成形後に見られた試験片底面のソリを解析し、試験片の残留変形である試験片底面のそりは板厚方向の温度分布と炭素繊維含有率分布により生じていることが分かった。

本研究では成形時の内部ひずみ状態を計測するため分布型光ファイバセンサをもちいたリアルタイムの成形モニタリングを提案し、また分布型光ファイバセンサによって得られた計測結果を成形モデリング手法によって検証することで、大型および複雑な複合材構造に適用可能な成形モニタリング技術の提案と実証を行った。

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)伊藤悠策 提出の論文は、「埋め込み光ファイバセンサを用いた複合材成形モニタリングおよびモデリングに関する研究」と題し、7章よりなる。

先進複合材料は、成形・製造過程において、複合材内部は温度変化、樹脂の化学反応および冶具等による拘束等、様々な要因によって複雑なひずみ状態となり、それらのひずみが成形後の強度や材料特性に影響を与えることが懸念されている。また成形後の残留変形は、強度を大きく低下させる要因である。以上のことから、航空機等の構造信頼性を確保する上で、複合材構造物の成形時品質保証技術の確立が非常に重要な課題となっている。一方、光ファイバセンサの発展は著しく、ファイバに沿ったひずみ・温度のセンチメートルオーダーの分布計測も可能となってきている。本研究では、成形時の内部ひずみ状態を計測するために、分布型光ファイバセンサを用いたリアルタイム成形モニタリング手法を提案し、また得られた計測結果を成形モデリング手法によって検証することで、大型および複雑な複合材構造に適用可能な成形モニタリング技術の提案と実証を行うことを目的としている。

第1章は「序論」であり、研究の背景についてまとめ、複合材成形に関する従来研究の課題を総括し、本研究の目的と論文構成について述べている。

第2章は「計測原理」であり,分布型光ファイバセンサシステムの概要と計測原理を述べるとともに、複合材成形に用いる際の留意点について述べている。

第3章は「分布型光ファイバセンサを用いた成形モニタリング」であり、分布型光ファイバセンサを用いて、複合材成形時の内部状態がリアルタイムに計測可能であることを検証している。成形後の品質に大きな影響を与える硬化収縮ひずみおよび熱収縮ひずみを各々リアルタイムに把握できることを実証するとともに、昇温速度の違いによって材料内部には硬化収縮の開始時期および材料の硬化収縮ひずみ量に違いが見られることを示している。これら実験結果は、複合材と埋め込まれた光ファイバを模擬した有限要素解析による数値解析結果とも良く一致している。また、面内温度分布を有する平板を用いて、成形ひずみの面内ひずみ分布をリアルタイムに計測できることを示している。

第4章は「温度ひずみ切り分け手法を用いた成形モニタリング」であり、ひずみ・温度を切り分けて同時に分布計測できる、光ファイバハイブリッド分布計測システムを、複合材の成形モニタリングに適用している。まず、ひずみ・温度同時分布計測に必要なパラメータを測定する基礎実験を行い、計測精度に関する検討を行っている。次に、面内に均一な温度分布を持つ平板と面内温度分布を持つ平板の両方について、複合材の成形モニタリング中のひずみ・温度同時分布計測を行い、別途に多点ひずみ、温度計測が行えるFBGセンサおよび熱電対によって得られた結果と比較することで、分布モニタリングシステムの精度や信頼性について検討を行っている。

第5章は「厚板における硬化過程のひずみ分布の計測と解析」であり、厚板における板厚方向温度分布が硬化収縮過程の複雑なひずみ分布に及ぼす影響を評価している。板厚方向の昇温速度および保持温度に分布がある場合には、厚板面内ではひずみ履歴がほとんど均一であるが、板厚方向においては、面内には同じ位置であっても硬化収縮タイミングの相違や硬化過程の最終的な収縮ひずみ量に分布が生じることが示された。また、既存の弾性体成形モデル、及び、提案した粘弾性成形モデルを用いて、実験で得られた収縮ひずみ分布を詳細に解析した。その結果、硬化収縮過程における内部ひずみ状態を詳細に解析するためには粘弾性モデルを用いることが必要であり、その有効性を明らかにしている。

第6章は「厚板における冷却過程のひずみ分布の計測と解析」であり、前章と同じく、厚板試験片の板厚方向温度分布を生じさせ、冷却過程における収縮ひずみの計測を行っている。その結果、熱収縮ひずみに分布が生じることを明らかにするとともに、試験板厚方向に繊維含有率も分布することにより試験片板厚方向に熱膨張係数が分布することを明らかにした。これらのデータをもとに板厚方向の温度および炭素繊維含有率を変化させた有限要素解析を行った結果、温度分布と炭素繊維含有率分布の両方を加味することで精度良く厚板内部のひずみ状態を解析できること、及び、成形後に見られる試験片の残留変形も板厚方向の温度分布と炭素繊維含有率分布により生じていることを明らかにしている。

第7章は「結論」であり、本研究で得られた結論をまとめ、今後の展望と課題を示している。

以上本論文では、複合材成形時の内部ひずみ状態を計測するための分布型光ファイバセンサを用いたリアルタイム成形モニタリング手法を提案し、実験的に有効性を明らかにするとともに、実験により明らかになった諸因子を考慮した成形解析モデルを用いて計測結果を説明できることを示している。本研究は、今後、より大型および複雑な実用的な複合材構造に適用可能な成形モニタリング技術としての活用が期待される。これらの研究成果は軽量航空宇宙複合材構造の成形・製造科学、複合材料工学、非破壊評価工学の新しい発展に大いに寄与する有益な知見を与えている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク