学位論文要旨



No 129073
著者(漢字) 清水,健介
著者(英字)
著者(カナ) シミズ,ケンスケ
標題(和) 軌道上での姿勢システムの構築を前提とした衛星設計手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 129073
報告番号 甲29073
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7964号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中須賀,真一
 東京大学 教授 稲谷,芳文
 東京大学 教授 橋本,樹明
 東京大学 准教授 土屋,武司
 東京大学 准教授 矢入,健久
内容要旨 要旨を表示する

人工衛星の姿勢を軌道上で予定通りの動きをさせるためには、人工衛星のダイナミクスを予測し、それに合わせた制御則などをあらかじめ搭載しておく必要がある。そのために、これまで多くの人工衛星は地上でそのダイナミクスに影響を与えるようなパラメータが予定通りになるように設計したうえで試験を行い、設計要求を満たす精度を保証することが求められてきた。そしてその保証されているパラメータで正常に動作するように設計されたアルゴリズムを人工衛星のソフトウェアに搭載するということを基本方針としていた。しかし、近年、軌道上で求められる性能の向上とともに、推定すべきパラメータの精度も高まり、地上での試験では達成できない、あるいは可能ではあるが非常にコストがかかってしまうという問題が出てきている。特に、近年注目を浴びつつある超小型衛星ではその最大のメリットである開発コストの低さやコンポーネントのサイズから来る高い精度要求などにより、地上での姿勢システムの保証が難しく、超小型衛星では高精度な姿勢システムを構築することは難しくなっている。このような問題に対してこれまでの人工衛星では、より高精度な精度が必要な場合は、打ち上げ後軌道上において取得されたデータをもとにシステムの推定を行い、その結果をあらかじめ準備していたパラメータに反映させる「軌道上キャリブレーション」という手法が取られてきている。本論文は、この「軌道上キャリブレーション」というコンセプトをさらに拡張し、軌道上でほぼすべてのシステム推定を行うことで、地上における開発コストを小さくする「軌道上の姿勢システム構築を前提とした衛星システム」という新しいコンセプトを提案している。本コンセプトは人工衛星のサイズに関わらず適用されうるものであるが、研究対象の単純化と本コンセプトの適用効果の大きさから超小型衛星を中心に考えて議論している。

このコンセプトにおけるメリットは、地上での試験を減らせることである。超小型衛星では打ち上げ機会が大型衛星などの相乗りである場合が多く、打ち上げ時期は外的要因で決まりやすい。そのため、打ち上げの期限に迫られ、地上での検証試験が十分にできないことが発生しやすいのが現状である。地上での試験の数自体を減らす、しなくても打ち上げられるという設計にしておくことで、開発の負担を大きく減らすことができる。一方、デメリットは、軌道上での較正が終わるまでシステムの保証がされていない状態で運用をしなければならないというリスクと、その初期の較正運用にかかる時間である。本論文はこのデメリットを小さくしこの新しいコンセプトを実現するために、重要な設計点や必要な概念などを挙げ、その設計手法・設計方針を提案するものである。本論文ではこの新しいコンセプトの実現に必要な課題を、その衛星が運用不能に陥らない「安全性」と全システム推定運用の「迅速性」、推定後のシステム修正による要求達成の「確実性」として挙げている。その中で主に新しい種類の課題となる「安全性」の概念と、多数の不明パラメータを軌道上で推定していく運用設計について注目し検討している。

まず、このコンセプトを実現するために最も重要な、このコンセプトで設計された人工衛星が軌道上において機能を停止せずに運用を続けられる安全性に関して、その定義からリスクの計算手法、設計論などを提案している。人工衛星における最も重要な機能のうち、姿勢の状況によって機能不全となるものは、電力、通信、熱の3つである。このうち、通信に関しては、非常に短時間でその機能を果たしうるため、非常に高速な回転運動をしていない限りは機能不能状態にはならないとしている。また、熱に関しても、熱の主な入力源となるものが電力と同じ太陽光であり、電力よりも要求が厳しくなることは通常の設計では考えがたいため、主に電力に関して、つまり衛星表面に配置された太陽電池にあたる太陽光の量に関して主に議論を行っている。初めに、リスク管理の計画として、受動的な姿勢運動によって発電量を確保する手法と、簡易な姿勢制御を行って発電可能な姿勢を維持する手法に分けられる。最もシステムへの要求が少ない受動的な姿勢運動における安全性の計算に関しては、慣性座標系における人工衛星の姿勢運動を解析し、その上で衛星の各方向の太陽光入射余弦の平均値を計算することにより、平均的な発電量を計算している。これに衛星における各方向発電能力や消費量など条件などを入れることで、軌道上における電力不足になる確率を計算することができる。簡易な姿勢制御による発電可能姿勢の維持に関しては、初期の姿勢システムにおいて、どの程度の精度が保証されていれば、想定範囲内の制御が可能であるかをいくつかの外乱環境下でシミュレーションをし、見積もっている。これらにより、姿勢システムが完全ではないこのコンセプトの人工衛星における初期状態でのリスクを計算し、どのような設計にすれば、どれだけリスクを抑えられるかを算出出来るようにしている。それにより、安全性を確保するためにどのような衛星設計をすればよいのかを提示し、それぞれの人工衛星の設計における前提条件に従って検討することに際しての判断材料となるリスクの見積もり方法を提案している。

続いて、もう一つの課題である実際の軌道上における姿勢システム再構成の運用に関して、その各々の運用に関する解析を行っている。まず、衛星の搭載姿勢機器の仮定のもと、推定すべきパラメータを列挙している。それらを推定する手法を出来るだけ汎用的にするために、関係式からの最小二乗法を適用して推定の方程式を記述し、それぞれの推定におけるパラメータや推定誤差、観測誤差の関係式を洗い出した。また、詳細なシミュレーションによりその誤差の感度解析を行い、パラメータ間の誤差の伝搬を見積もった。それらによって多く不明パラメータを持つ姿勢システム推定における、最適な運用形態や推定に必要な最適データ量を見積もる手法を提案している。

また、これらの各パラメータの推定の関係性から全体の推定にかかる時間を短縮することを目的に、全体の運用シーケンスを設計する手法を提案している。まず、軌道上における推定シーケンスをモデル化し、その要素をデータ取得運用、データダウンリンクを含むパラメータ推定、アップリンクによるシステムのアップデートの3種類シーケンスのイタレーションとしている。その中で必要な時間をそれぞれ算出し、その中で支配的なものとその関係性を見つけることで見積もっている。また、次の運用に移行する際にその運用状態の差によって移行時間を見積り、それも全体のシーケンスにかかる時間に累積される。その上でデータ完成後の推定結果を衛星に反映させることによって、次の推定運用への影響があるかどうかという推定同士の関係もふくめ、全パラメータ推定における必要期間を短縮するための運用計画をパラメータつきの組み合わせ問題として解く方法を提案している。

本研究ではこれらの運用シーケンスの妥当性の確認と具体例として、ある衛星モデルに対して全運用システム較正のシミュレーションを行い、その適用方法をまとめている。また、実際の軌道上にある超小型衛星であるPRISMの姿勢システムにも適用し、推定の一部であるセンサのパラメータ推定を本研究の手法を適用して行い、その効果に関して検証をしている。

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)清水健介提出の論文は、「軌道上での姿勢システムの構築を前提とした衛星設計手法に関する研究」と題し、7章と付録からなっている。

近年、超小型衛星の高機能化が進み、教育だけでなく地球観測や宇宙科学等の実利用に供されるようになり、その結果、1秒角を超える高姿勢安定度が必要な位置天文衛星Nano-JASMINEのような、高度な姿勢制御要求のある衛星が現れてきた。高精度の姿勢制御系を構築するには、通常、姿勢制御に関連する質量特性や機器の各種パラメータを地上で十分推定し、end-to-end試験なども含めた地上試験で制御系をチューニングした後に打ち上げることが通例である。しかしそのためには、太陽や星の光、磁気・無重量環境など軌道上の環境を地上で模擬する装置が必要で、超小型衛星の場合、その試験装置自体が時には衛星コストを超えることもあり、また長期の地上試験は超小型衛星の持つ短期開発のメリットを損なう可能性も有する。また、中・大型衛星においても、姿勢系に関する各種のパラメータの推定は地上で十分に実施することは難しく、軌道上でいかに短期間に推定するかは、定常運用の開始時期を左右する大きな技術課題となっている。

本論文では、衛星が動作する環境を完全に実現できる軌道上で、打ち上げ後に上記のパラメータ推定や制御系のチューニングを包括的に実施するという方法論を提案し、その効率のよい実施方策を検討することを目的としている。これを実現するためには、多くの不明な質量特性や姿勢制御センサー、アクチュエータのパラメータをどういう順序で、またどのような姿勢運動のもとで推定していけばよいかを検討する必要があり、その良し悪しは推定に要する時間の長短にダイレクトに影響を与える。本研究では、推定すべきセンサーやアクチュエータのパラメータ間の誤差伝搬関係をモデル化し、推定に要する総時間を最小化する推定シークエンスを探索するアルゴリズムを導出している。さらに、まだ姿勢制御機能が完全ではない状態で軌道上運用することで衛星が機能停止しないような衛星設計の方法論を、特に質量特性、太陽電池と通信アンテナ等のキネマティックスの観点で議論している。以上の提案や検討は、理論的な考察と、一部シミュレータによるケーススタディで検証されている。

第1章は序論であり、近年の超小型衛星の姿勢制御の高精度化の現状と、軌道上での姿勢系パラメータの較正の必要性を概観し、それをふまえて、本論文の目的と構成について述べている。

第2章では、軌道上での姿勢系パラメータ較正の利点・欠点を議論し、それを実現するには、効率的な推定シークエンス導出の必要性、安全性の確保、地上へダウンリンクすべき情報の選択および軌道上での姿勢システム構築を容易にするソフトウエアシステムの必要性などの技術課題があることを明確にし、本論文は最初の2課題についての研究を行ったものであるとのスタンスを述べている。

第3章では、まず、安全性の保証についての設計の方法論を提案している。人工衛星の危険状態をもたらす要因として、通信リンクの途絶と太陽発電の不足の2点を取り上げ、特に後者のリスクをタンブリング角との関係で導出し、リスクを小さくする慣性モーメント設計、太陽電池の貼り方や衛星の残留磁気モーメント設計への指針を明らかにしている。

第4章、第5章では、軌道上での姿勢系パラメータ推定のシークエンスを導出する手法を提案している。まず、第4章では、姿勢系パラメータを推定する一般的な方法を定式化し、その式から推定すべきパラメータの誤差の伝搬関係を導出する手法を提案している。その際、どのような姿勢状態での運用を行うかが誤差の伝搬に大きな影響を与えることを示し、どのセンサーを使って、どんな姿勢状態のもとで、どのパラメータを推定するかの3項目を「推定運用」の自由度として定義してその推定精度をモデル化し、第5章での提案手法の基礎を作っている。

第5章では、上記のモデルをもとに、探索によりパラメータの推定シークエンスを探索する手法を提案している。打ち上げ前のパラメータ推定状態を初期条件とし、第4章で述べた推定運用の自由度を使って幅優先探索を実施し、また、パレート最適の考えにより不要なノードの枝刈りを実施することで、必要とするパラメータ精度を持つゴール状態への最短時間のシークエンスが大きな計算負荷なく発見できることを示している。

第6章は、前章で得られた手法を実際の姿勢系パラメータ推定の複数の例題に適用し、提案した手法により最短時間のパラメータ推定シークエンスが発見できることを示したのち、実際の推定運用のシミュレーションで、その妥当性を実証している。

第7章は、本論文の結論と今後の課題について述べている。

以上要するに、本論文は、特に高精度姿勢制御を要求する超小型衛星において重要な要件となる軌道上パラメータ推定を実施するための技術課題を明確にし、推定運用のモデル化と探索により短時間で目標とするパラメータを推定するシークエンスの導出手法と、その間の衛星の安全性を確保する設計手法を提案し、シミュレーションでその有効性を検証したものであり、宇宙工学上貢献するところが大きい。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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