No | 129075 | |
著者(漢字) | 張,科寅 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | チョウ,シナトラ | |
標題(和) | プラズマ粒子シミュレーションと多層壁面プローブを用いたホールスラスタの長寿命化に関する研究 | |
標題(洋) | Lifetime Investigation of Hall Thrusters by Using Multilayer Wall Probe and Plasma Particle Simulation | |
報告番号 | 129075 | |
報告番号 | 甲29075 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第7966号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 航空宇宙工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 近年の宇宙開発において必須になりつつある電気推進の中でも,ホールスラスタは特に高性能で有望であり,各国で競って研究開発されている.ホールスラスタの実機搭載上もっとも重要な課題の一つは,プラズマが引き起こす壁面損耗によって制限される推進機寿命である.累計数千から数万時間の作動を要求されるホールスラスタにおいては,推進機の長寿命化や,耐久試験コストの低減がさらなる宇宙利用のために必要不可欠である.特に,近年放電電力が5 kW以上の大出力ホールスラスタが宇宙開発を担う次期主力推進機として盛んに研究開発されており,推進機の損耗低減や寿命評価法の確立がますます重要になってきている.また,大幅な長寿命化を実現できたホールスラスタも発表されており,損耗低減のメカニズムの解明が望まれている. 上記の観点から,著者は,ホールスラスタの長寿命化への指針を得ることを最終目標に研究を行った.まず,数千時間に及ぶ耐久試験に頼ることなく損耗を測定できるよう,独自の損耗測定法を提案した.次に,損耗メカニズムの解明のため,これまでに成功例のないFull-PIC法を用いたホールスラスタの寿命解析モデルを構築した.最後に,これまでに様々な研究機関で提案されてきた損耗低減,長寿命化の手法について,開発したモデルを用いて検証し知見を得た. 本文は8章から成っており,第1章は序論で,ホールスラスタの有用性やその寿命を制限する主要な要因である壁面損耗を説明するとともに,過去の研究や課題について述べ,本研究の目的と意義を明確にしている. 第2章では,独自の損耗測定法である多層コーティング法について,その測定原理や測定方法,使用した設備について詳述している.ホールスラスタの寿命評価法として最も確実なのは数千時間に及ぶ長時間耐久試験であるが,膨大な時間とコストが必要である.これに対しリアルタイムに損耗測定ができる手法として様々な分光法を用いた手法が開発されたが,それらの手法では定量的な測定や空間分布の測定が難しい,という問題点があった.そのため,本研究では長時間耐久試験と分光法の課題を解決するため,独自の手法である多層コーティング法を提案した.具体的には,推進機の損耗部分に数百ナノメートル程度の多層薄膜を施したプローブを埋め込むことで,損耗の進行を薄膜層の発光により可視化し,ほぼリアルタイムな損耗測定を可能にする手法である.分光法と違い損耗の進行を定量的に測定することが可能であり,プローブを埋め込む位置を変更することにより空間分布をすることも可能である. 第3章では,多層コーティング法によるホールスラスタの損耗測定結果について説明している.まず,多層コーティング法で用いる壁面プローブに施した多層薄膜は,通常のBN材と異なりスパッタ堆積により作製しているため,損耗特性が変化していることが予想される.そのため,双方の損耗特性を比較検証し,較正を行うことで損耗率の定量測定を可能にした.次に,研究室で開発された500 W級ホールスラスタについて損耗率の磁束密度依存性を測定した.分光法による測定結果との定性的な比較も行い,推進機が高効率となる高磁場領域で損耗が激しくなるという一致した傾向が得られた.最後に,軸方向の空間分布を測定し,チャネル出口に近づくほど損耗率が高い妥当な結果が得られた. 第4章では, Full-PIC法を用いたホールスラスタの数値寿命解析法のモデルや手法について詳述している.ホールスラスタの数値解析では,これまで粒子と流体のハイブリッドモデルや,流体モデルを用いた手法が主に用いられてきた.これらの手法は,計算コストが比較的安価であるのが利点であるのに対し,準中性やエネルギーがマクスウェル分布であることを仮定する必要があり,壁面直近のシース領域を模擬できないという課題があった.損耗解析においては,シース領域でのイオンの加速が非常に重要であるため,本手法ではこれを直接取り扱えるフル粒子法を用いて解析を行った.一方フル粒子は非常に計算コストが高く,ホールスラスタの寿命解析に用いられた成功例がなかった.この先例がない試みを成功させるため,本研究ではた電位計算,質量比モデル,計算領域と境界条件の改良を提案し問題の解決を図った.特に,電位計算に半陰解法を導入することで安定な計算に必要な計算条件が大幅に緩和され,計算コストを削減することに成功した.また,電子の移動度を最重視したこれまでにない質量比モデルを用いることで,計算を大幅に高速化しつつも解析精度の低下を最小限に抑えることができることを提案した. 第5章では,計算モデルの妥当性確認を行った結果について説明している.パラメトリックな検証を行い,主要な物理モデルや計算条件の解析結果への感度を調べ,実験結果との比較によりそれらが妥当であることを確かめた.具体的には,質量比モデルの改良の有無による計算結果の違いを検証し,質量比の大きさやグリッド間隔,ボーム拡散係数,スパッタリングのエネルギー閾値を変更した際の計算結果への影響を調べた. 第6章では,様々なホールスラスタや作動条件において損耗,寿命解析を行った結果について説明している.まず,研究室で開発された500 W級ホールスラスタについて計算を行い,測定した推進性能や多層コーティング法による実験結果との比較を行った.結果の一例として放電電流の磁場強度依存性を図1に示す.流量や磁場強度に依らず,計算結果と実験結果がよく一致していることがわかる.同様に,他の推進性能や壁面損耗率についても実験結果をよく再現することを示した.次に,比較的大型の三菱電機製の5 kW級ホールスラスタについて寿命解析を行い,耐久試験結果との比較を行なった.図2に作動開始から550 時間の壁面損耗プロファイルを示す.先述の新しい質量比モデルにより,損耗の開始位置まで実験結果を精度よく再現することに成功した.また,計算コストについても述べ,Full-PICシミュレーションによってホールスラスタの寿命解析が十分可能であることを示した. 第7章では,開発したモデルを用いて,ホールスラスタの長寿命化のメカニズムを調べた結果についてまとめている.具体的には,レンズ型磁場を用いた磁力線設計の改良と,中性粒子の効率的な供給を意図したチャネル形状の改良,「Magnetic Shielding」の概念を用いた磁力線とチャネル形状双方の改良について数値解析を行った.いずれの手法でも壁面損耗イオンの抑制,損耗低減の効果が確認されたが,特に「Magnetic Shielding」を用いた改良により一桁以上の大幅な損耗低減が達成できることが予想された.また,「Magnetic Shielding」はチャネル形状と磁力線形状を組み合わせた改良のコンセプトであるが,比較検証のため,チャネル形状のみの改良と双方改良した場合の解析を行った.これにより,大幅な損耗低減にはチャネル形状と磁場双方の改良が必要不可欠であることがわかった.また,図3に示すように,特に電子密度分布に大きな相違がみられ,プラズマを壁面から乖離させることが,長寿命化のために最も重要な指針であることを提案した. 第8章は本研究の結論を述べている.得られた結果を要約するに,多層壁面プローブによる損耗測定とフル粒子法による寿命解析という二つの独自の手法を提案し,ホールスラスタの長寿命化への指針を得た. 図1 放電電流の磁場強度依存性 図2 三菱電機製5 kW級ホールスラスタの作動開始から550時間の損耗分布 図3 改良型5 kW級ホールスラスタのBegin-of-life時の電子密度分布(上:チャネル形状のみ改良,下:チャネル形状と磁場を改良) | |
審査要旨 | 修士(工学)張科寅提出の論文は,「Lifetime Investigation of Hall Thrusters by Using Multilayer Wall Probe and Plasma Particle Simulation」(プラズマ粒子シミュレーションと多層壁面プローブを用いたホールスラスタの長寿命化に関する研究)と題し,本文8章から成っている. 近年の宇宙開発において必須になりつつある電気推進の中でも,ホールスラスタは特に高性能で有望であり,各国で競って研究開発されている.ホールスラスタの実機搭載上もっとも重要な課題の一つは,プラズマが引き起こす壁面損耗によって制限される推進機寿命である.累計数千から数万時間の作動を要求されるホールスラスタにおいては,推進機の長寿命化や,耐久試験コストの低減がさらなる宇宙利用のために必要不可欠である.特に,近年大幅な長寿命化を実現できたホールスラスタも発表されており,損耗低減のメカニズムの解明が望まれている. 上記の観点から,著者は,ホールスラスタの長寿命化への指針を得ることを最終目標に研究を行った.まず,数千時間に及ぶ耐久試験に頼ることなく損耗を測定できるよう,独自の損耗測定法を提案した.次に,損耗メカニズムの解明のため,これまでに成功例のないFull-PIC法を用いたホールスラスタの寿命解析モデルを構築した.最後に,これまでに様々な研究機関で提案されてきた損耗低減,長寿命化の手法について,開発したモデルを用いて検証し知見を得た. 本文は8章から成っており,第1章は序論で,ホールスラスタの有用性やその寿命を制限する主要な要因である壁面損耗を説明するとともに,過去の研究や課題について述べ,本研究の目的と意義を明確にしている. 第2章では,独自の損耗測定法である多層コーティング法について,その測定原理や測定方法,使用した設備について詳述している.本手法は,耐久試験に膨大な時間とコストが必要であるが,かといって分光法では定量的な測定や空間分布の測定が難しい,という従来の寿命評価における問題を解決するため提案されたものである.具体的には,推進機の損耗部分に数百ナノメートル程度の多層薄膜を施したプローブを埋め込むことで,損耗の進行を薄膜層の発光により可視化し,ほぼリアルタイムな損耗測定を可能にする手法である. 第3章では,多層コーティング法によるホールスラスタの損耗測定結果について説明している.まず,損耗率の定量測定のために必要な較正について述べ,損耗率の磁束密度依存性や軸方向の空間分布を測定した結果をまとめている.分光法による測定結果との定性的な比較も行い,推進機が高効率となる高磁場領域で損耗が激しくなるという一致した傾向が得られた. 第4章では, Full-PIC法を用いたホールスラスタの数値寿命解析法のモデルや手法について詳述している.本手法は,壁面直近の領域を模擬できない,という従来の寿命シミュレーションにおける課題を解決するために提案されたものである.先例がない試みを成功させるため,半陰解法を用いた電位計算,質量比モデル,計算領域と境界条件の改良を提案し問題の解決を図った.特に電子の移動度を最重視したこれまでにない質量比モデルを用いることで,計算を大幅に高速化しつつも解析精度の低下を最小限に抑えることができることを提案した. 第5章では,計算モデルの妥当性確認を行った結果について説明している.パラメトリックな検証を行い,主要な物理モデルや計算条件の解析結果への感度を調べ,実験結果との比較によりそれらが妥当であることを確かめた. 第6章では,様々なホールスラスタや作動条件において損耗,寿命解析を行った結果を示している.多層コーティング法による実験結果や耐久試験結果との比較を行なった結果,推進性能や壁面損耗を精度よく再現することができる計算コードを構築できたことを確認した. 第7章では,開発したモデルを用いて,ホールスラスタの長寿命化のメカニズムを調べた結果についてまとめている.特に,プラズマを壁面から乖離させることが,長寿命化のために最も重要な指針であることを提案した. 第8章は結論であり,本研究で得られた結果を要約している. 以上要するに,本論文ではホールスラスタの高速寿命試験法と,粒子法による数値寿命解析法の研究開発を行い,これらを用いてホールスラスタの長寿命化への指針を模索し提案したものであり,その成果は宇宙推進工学上貢献するところが大きい.よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる. | |
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