学位論文要旨



No 129076
著者(漢字) 月﨑,竜童
著者(英字)
著者(カナ) ツキザキ,リュウドウ
標題(和) 光ファイバ探針によるマイクロ波放電式イオンスラスタの内部現象解明
標題(洋) Plasma Diagnostics of the Microwave Ion Thruster Utilizing Optical Fiber Probes
報告番号 129076
報告番号 甲29076
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7967号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國中,均
 東京大学 教授 荒川,義博
 東京大学 教授 小紫,公也
 東京大学 准教授 小泉,宏之
 総合研究大学大学院 准教授 船木,一幸
内容要旨 要旨を表示する

マイクロ波放電式イオンスラスタμ10は小惑星探査機「はやぶさ」の宇宙運用を通じて4機累計約4万時間の宇宙実績を達成し、次の小惑星探査「はやぶさ2」や商用衛星のへの応用も進められている。このようにμ10の今後の活用が期待されている背景の中、本博士論文では、光ファイバを活用した新しいマイクロ波プラズマ源内部診断法を発案し実証することに成功した。さらに実証した手法を用いてμ10のプラズマ診断を行い、数値計算による理論的な考察を合わせ、従来設計の問題点を突き止めた。これらの成果を下に、スラスタの改良を行い、最終的にスラスタの推力性能が40%向上した。本論文は6章から成り、構成は以下となっている。

第1章では、電気推進機の発展の歴史的な発展の経緯を述べる。イオンスラスタの登場、1990年代から2012年までの衛星・深宇宙探査機の実用例を上げる。そのなかで、直流放電式・RF放電式イオンスラスタとマイクロ波放電式イオンスラスタの対比や、μ10イオンスラスタの今後の展開について説明し、本研究を位置づけし、研究目的を最後に述べている。

第2章では、マイクロ波放電式イオンスラスタの作動原理を詳細に述べるとともに、本研究に使われた地上実験の設備、各種光学機器、電源装置などを図表とともにまとめてある。

第3章では、光ファイバを活用したプラズマ診断について述べられている。本章は光ファイバを活用して、受光測定、レーザ吸収分光測定、Electro-Optic素子(EO素子)を用いたマイクロ波電場測定の3部構成となっている。光ファイバを活用した計測法は、

1)プラズマ源内部に挿入しても、誘電体のためマイクロ波電磁場を乱さない。

2)石英製絶縁体のため、イオンビーム噴射下の高電位状態のプラズマ源への近接性が良好である。

3)微細な直径の光ファイバをグリッド孔から挿入可能で、スラスタを非破壊で内部計測可能である。

4)ファイバを空間掃引することでアーベル変換無しに空間分布を直接計測できる。

といった優れた特徴を有す。

実験でははじめにスラスタ内部へ光ファイバを中心軸に挿入し、反射マイクロ波電力とビーム電力において擾乱が十分小さいことを確認した。次に、光ファイバをフォトディクタに接続し、ファイバを挿入していくことによりXeプラズマの発光強度分布を取得し、推力の限界点付近で導波管内部に強い発光があることが確認された。つづいて、フォトディテクタを分光器に代えて、内部のプラズマ発光種を特定した。ここでも分布を取得すると共に、後述するレーザ吸収分光法で用いる励起温度についても、局所熱平衡を仮定して求めた。以上が受動的な発光分光測定である。

続いて、レーザ吸収分光法と光ファイバを合わせて、イオンスラスタ内部の軸方向の励起中性粒子密度分布測定を行った。ここでは波長823.16 nmの準安定中性粒子密度分布測定を行い、本手法の有用性実証した。続いて基底と共鳴遷移線を有する波長828.01 nmの励起中性粒子の測定を行い、導波管のマイクロ波定在波の腹の位置における励起中性粒子の密度ピークを特定することに成功した。この位置において中性粒子と電子が励起衝突と考察を行い、導波管における電子密度の上昇がμ10において、推力限界を引き起こしていると考察を行った。この手法を用いて、Xe II 484.43 nmについても行ったが、吸収が検出限界の0.1%未満であったため、実験は成立しなかった。本手法で用いた光ファイバは接着剤を用いず純石英でできており、プラズマ密度1018 m-3、電子温度10eV程度のプラズマ中で30秒-1分程度の測定が可能である。

本章の最後に、EO素子を用いマイクロ波電場測定を挙げる。光ファイバの先端にEO素子をつけ、入射されたレーザがマイクロ波電場強度に応じて偏光面を変えて反射させることで、偏光面位相差からマイクロ波電場が測定可能となる手法である。前述のレーザ吸収分光法を用いた励起粒子数密度分布測定とは違い、温度に対する感度が高く冷却管で包み込む必要がある。ここでも、導波管のマイクロ波定在波の腹の位置におけるマイクロ波の異常電場が、推力限界点以降において確認された。

以上、本章では光ファイバを用いた、受光測定、レーザ吸収分光測定、EO素子によるマイクロ波電場測定、3により、推力限界が導波管内部における電子密度の上昇によって引き起こされていると結論づけている。

第4章では、第3章で確認された、導波管におけるプラズマ発光のピーク、励起中性粒子のピーク、異常電場のピークが、なぜ引き起こされたのか理論的に解析するために、テスト粒子法による電子の軌道解析を行った。本計算では、放電室内の磁場強度を有限要素法のフリーウェアFEMMで解析し、電子軌道を4次のルンゲクッタで解析した。中性粒子との運動量交換衝突は考慮した。磁場強度にくらべマイクロ波電磁場、静電場の強度は放電室では小さいので無視した。この計算により、放電室内部の内周磁石から漏れる磁力線によって、ECR領域で加速された電子が、導波管内部に誘導されていることを明らかにした。この電子が導波管内部で滞留することによって、第3章で確認された現象に結びついていると結論づけている。また副次的に、放電室での電子損失は主として、スクリーングリッド表面、磁石表面の2箇所で起きていることが確認された。

イオンスラスタの性能向上には、これら電子損失を抑制すること、導波管内部の電子密度を抑制することの2点が重要であると考えられる。

第5章では、第3章におけるプラズマ診断結果、第4章における数値計算結果を受けて、イオンスラスタの性能向上について実験的に実証した。イオン加速機構であるスクリーングリッド・アクセルグリッドの設計変更、推進剤導入方法の変更、スクリーングリッドと放電室の絶縁試験を行った。はじめに、グリッドの設計変更では、スクリーングリッドの厚みを0.95 mmから0.5 mmに変更し、プレシース領域を上流側に移動させ、イオンから見たグリッドの実効的的な開口率を上昇させることを狙った。アクセルグリッドについては、OPTによるビーム径の解析結果から孔径1.8 mmから1.5 mmまで狭窄化し、推進剤利用効率の向上を狙った。これらはそれぞれのグリッド単体での性能評価のあと、両者の併用によりその効果が相殺されないことを確認している。

次に、推進剤の投入方法を、導波管投入から放電室投入に変更することで、推力限界の原因となっていた導波管における電子密度の上昇の抑制を狙った。実際には、下流側の放電室投入では推進剤利用効率が下がるため、導波管と放電室間で1:2の比で流量分配すると、比推力3000秒以上で推力は最大化されることが確認できた。

グリッドの変更、推進剤投入方法の変更を受けて、最後にスクリーングリッドにおける電子損失の抑制を狙って放電室とスクリーングリッド間における絶縁試験を行った。スクリーングリッドを浮動電位にさせたところ電子衝突がイオン衝突を卓越しているために、電位が従来の1500 Vから1470 Vまで下がり、ビーム電流が最大で10%程度向上した。

以上、3つの設計変更により、イオンスラスタμ10は従来の推力8 mN、比推力3200秒、消費電力350 Wから、推力11 mN、比推力3060秒、消費電力440 Wまで向上した。

第6章では、本研究の結論を述べている。はじめに、本研究で光ファイバを活用したマイクロ波プラズマ源に汎用的に適用出来るプラズマ診断手法を確立したことを述べている。次に、それらをマイクロ波放電式イオンスラスタμ10に適用し、得られた実験的成果とマイクロ波イオンスラスタの設計指針について箇条書きに述べている。

審査要旨 要旨を表示する

本博士論文「Plasma Diagnostics of the Microwave Ion Thruster Utilizing Optical Fiber Probes」(光ファイバ探針によるマイクロ波放電式イオンスラスタの内部現象解明)では、空間分解能のある新しいプラズマ診断法を発案・実証することに成功した。従前のプラズマ診断法であるラングミュアプローブは金属電極のため、交流電場を著しく乱すので、マイクロ波やRFにより生成されたプラズマへは適用不可であった。これに対し、今回開発した手法は、プローブ全体が絶縁体/誘電体にて構成されており、係る問題を解決することができる。本手法をマイクロ波放電式イオンスラスタμ10へ応用し、内部プラズマの計測を実施した。本装置は小惑星探査機「はやぶさ」の主推進として活躍し、世界で初めて電気推進による地球~小惑星間往復航行を成功させた機種である。本論文は全6章から成り、構成は以下となっている。

第1章では、電気推進機技術の発展の歴史的経緯を述べる。1990年代から2012年までの衛星・深宇宙探査機への実用例を上げながら、各種イオンスラスタを対比させ、イオンスラスタμ10の今後の展開について説明している。続けて本研究の位置づけを行い、研究目的を明示している。

第2章では、マイクロ波放電式イオンスラスタの作動原理を詳細に述べるとともに、本研究に使われた地上実験の設備、各種光学機器、電源装置などを図表とともにまとめる。

第3章では、光ファイバを活用したプラズマ診断について述べられている。1)受光測定、2)レーザ吸収分光測定、3)Electro-Optic素子(EO素子)を用いたマイクロ波電場測定の3部構成となっている。光ファイバを活用した計測法は、A)プラズマ源内部に挿入しても、誘電体のためマイクロ波電磁場に対し低擾乱、B)石英製絶縁体のため、イオンビーム噴射下の高電位/高温状態のプラズマへの近接性が良好、C )微細な直径の光ファイバをグリッド孔から挿入可能で、スラスタを非破壊で内部計測可能、D )ファイバを空間掃引することでアーベル変換無しに空間分布を直接計測、といった優れた特徴を有す。実験では初めに光ファイバをスラスタ内部に挿入し、反射マイクロ波電力とビーム電流において擾乱が十分小さいことを証明した。次に、ファイバを介してフォトディテクタにてキセノンプラズマの発光強度分布を取得し、推力の限界点付近で導波管内部に強い発光の存在を確認した。続いて、フォトディテクタを分光器に代えて、内部のプラズマ発光種を特定した。ここでも空間分布を取得すると共に、後述するレーザ吸収分光法で用いる励起温度を、局所熱平衡を仮定して算出した。次にレーザ吸収分光法と光ファイバを合わせて、イオンスラスタ内部中心軸上の励起中性粒子密度空間分布測定を行った。ここでは波長823.16nm(XeI)にて準安定中性粒子密度分布測定を行い、本手法の有用性を実証した。続いて基底と共鳴遷移線を有する波長828.01nm(XeI)の励起中性粒子の測定を行い、導波管のマイクロ波定在波の腹の位置における励起中性粒子の密度ピークを特定した。本章の最後に、EO素子を用いマイクロ波電場測定を挙げる。光ファイバの先端にEO素子をつけ、入射されたレーザがマイクロ波電場強度に応じて偏光面を変えて反射させることで、偏光面位相差からマイクロ波電界強度が測定可能となる。ここでも、導波管のマイクロ波定在波の腹の位置にマイクロ波の異常電場が、推力限界点以降において確認された。

第4章では、第3章で確認された、導波管におけるプラズマ発光・励起中性粒子・異常電場の各ピークがなぜ引き起こされたのか理論的に解析するために、テスト粒子法による電子軌道解析を行った。本計算では、中性粒子との運動量交換衝突を考慮しながら、放電室内の磁場強度を有限要素法FEMM、電子軌道を4次ルンゲクッタにて解析した。放電室内部の内周磁石から漏れる磁力線によって、ECR領域で加速された電子が、導波管内部に誘導されていることを明らかにした。この電子が導波管内部で滞留して、第3章で確認された現象に結びついていると結論づけている。

第5章では、第3章におけるプラズマ診断結果と第4章における数値計算結果を受けて、イオンスラスタの性能向上について実験的に実証した。イオン加速機構であるスクリーン/アクセルグリッドの設計変更、推進剤導入方法の変更、スクリーングリッドと放電室との絶縁を行った。推進剤の投入方法を、導波管投入から放電室投入に変更することで、推力限界の原因となっていた導波管における電子密度の上昇の抑制を狙った。下流側の放電室投入では推進剤利用効率が下がるので、導波管と放電室間で1:2の比で流量分配すると、比推力3000秒以上で推力は最大化されることが分かった。3つの設計変更により、イオンスラスタμ10は従来の推力8mN/比推力3200秒から、推力11mN/比推力3060秒まで向上した。

第6章では、本研究の結論を述べている。本研究にて開発した光ファイバ探針法は、マイクロ波やRF放電プラズマに汎用的に適用でき、極めて一般性と応用性があると主張している。次に、光ファイバを用いた、受光測定・レーザ吸収分光測定・EO素子によるマイクロ波電界強度測定の3手法をマイクロ波放電式イオンスラスタμ10に適用し、得られた実験的成果と数値解析から、推力限界が導波管内部における電子密度の上昇によって引き起こされていると結論づけている。さらにマイクロ波イオンスラスタを性能向上させるための設計指針について箇条書きにて述べている。

以上を要約すると、本研究はマイクロ波プラズマに最適で汎用性のある探針法を確立するとともに、これを用いてマイクロ波放電式イオンエンジンの性能向上に寄与したものであり、プラズマ工学および宇宙工学への貢献が大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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