No | 129077 | |
著者(漢字) | 日野,琢磨 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヒノ,タクマ | |
標題(和) | 航空機編隊のヒューリスティックな経路生成 | |
標題(洋) | Heuristic Path Planning of Aircraft Formations | |
報告番号 | 129077 | |
報告番号 | 甲29077 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第7968号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 航空宇宙工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 近年、航空旅客需要は増加の一途を辿っており、それに伴い航空機による二酸化炭素を始めとする温室効果ガスの排出量も増加している。一方で、環境への配慮という観点から、この増加を食い止めなければないことは、議論の余地がない。そのために、現在新しい技術の開発・導入や、効率の良い運航方法の検討・実施など、多方面からアプローチが行われている。検討が行われている運航方法の一つに、航空機を渡り鳥の群れのように相対位置を厳密に制御した編隊を形成させて飛行させる方法、すなわち編隊飛行、がある。これは、編隊飛行を行うことにより、航空機に働く空気抵抗が減少し、同一速度で飛行するのに必要なパワ(従って単位時間あたりの燃料消費)が小さく済むことを利用して、使用される燃料・エネルギの総量を減らすことが出来ることを狙ってのことである。また、無人航空機に編隊飛行を適用した場合、旅客機をはじめとした有人機と同様の省エネ効果が見込まれるほか、複数機を同時に運用することにより、 1) 機体を喪失しても、他の機体がミッションを継続出来ることによる、ミッション実施可能性の向上、 2) ペイロードを複数機に分散し、協調してミッションを行うことにより、単機では実現出来なかった複雑、あるいは高度なミッションの実現、などの利点がある。 編隊飛行に関するこれまでの研究は、編隊飛行を行う機体間に働く空気力の推定、計測や、航空機間の相対距離を如何に制御するかの2つの分野に集中している。逆に、実際にどのように航空機の編隊を運用するか、特に別々に離陸した複数の航空機のうち「どの機体をどのタイミングで合流、あるいは分岐させるのか」(これを、本研究では「編隊経路のトポロジー」と呼ぶ)の選択、ならびにどこで合流・分岐させるべきかの最適化手法についての検討はほとんどなされていないのが現状である。 このことを受けて、本研究では先に述べた、編隊経路に関わる事項を、素早く、かつ視覚的に判断する手法の提案を行った。視覚的に判断することを手法に要求として課した理由は、無人、有人を問わず、現在航空機を運用しているのは人間であり、人間が判断の過程のいかなる段階でも何が起きているのか理解し、そして介入できるようにするためである。また、類似の事例として、旅客機に管制官が編隊飛行を行うことを打診しても、パイロットが拒否することも十分あり得る。よって、手法の提案を行う際には、最も効率の良い編隊経路のトポロジーのみを提案するのではなく、誰がどんなタイミングでいかなる判断を下したとしても、効率の悪い(単独飛行よりも燃料・エネルギ消費の多い)編隊経路のトポロジーを提案しないよう、気をつけた。 本研究で扱う問題は、グラフ理論の著名な問題であるシュタイナー木問題(Steiner Minimal Tree Problem, SMTP)の亜種に当たる。本研究で扱う問題の最大の課題は、SMTP同様、問題を解き始める時の編隊数の増加に伴い、編隊経路のトポロジーが超指数関数的に、オーダーで言えばO(n^(2n))で増加することにある。 例えば、初期の編隊数が3つの場合は、編隊経路のトポロジーは19種類と、総当たりが可能な数であるが、これが4つだと691種類、5つだと54746種類と、とても総当たりによって問題を解くことが不可能になる。これら多数の編隊経路のトポロジーの中から如何に効率の良いものを素早く選ぶかが、本研究で扱う問題を解く上では最も重要である。 この時、1) 航空機の単位時間当たりの燃料消費量は、機体特性、飛行速度、編隊の規模等に複雑に依存する、2) 得られる編隊経路のトポロジーが木ではなく森になってもよいが、森に含まれる木の数が問題を解き始める時点では分からない、3) 有向の経路を扱う、4) 飛行計画等様々な制約を受ける、などの理由から、SMTPで使われてきた様々な解法を直接適用することは不可能である。そこで、本研究ではSMTPの知識も活用しつつ、新たな編隊経路のトポロジーの選択手法の提案を行った。 本研究で提案した手法では、上記の航空機の情報、制約を積極的に活用することにより、膨大な数の経路のトポロジーの中から素早く効率の良いものを選択する。その手法は1) 効率の良い編隊経路のトポロジーの選択、2) 合流・分岐地点の最適化、の2ステップからなる。効率の良い編隊経路のトポロジーの選択は、経路の組に、「編隊飛行を行うことによりどれくらい消費燃料・エネルギを減らせるか」を表したヒューリスティックを定義し、その値に従ってトポロジーを選択していくものである。本研究では問題の性質に合わせて2種類のヒューリスティックを提案した。 電動無人航空機を対象としたヒューリスティック 一つ目のヒューリスティックは、研究室で運用している電動の無人航空機の運用を対象とし、単一出発地点から同時刻に出発し、到着時刻に制約がない場合に有効なものである。ここでは、到着時刻に制約がない時には、エネルギ消費を最小とする飛行速度が一意に決まり(飛行可能な最低速度で飛行すればよい)、それに伴って各経路に掛かる重みも一意に決まることを利用して、ヒューリスティックを定義した。具体的には、経路に掛かる重みが既知の場合、幾何学的SMTP、特にトリチェリ点の知識を活用することで、消費エネルギが最小となる分岐地点が求められることを利用し、出発地点と計算された分岐地点の距離をヒューリスティックとした。上記ヒューリスティックを用いて、ある2機が編隊飛行をすると判断された場合、計算された分岐地点を挿入し、経路の置き換えを行う。このプロセスを繰り返すことにより、編隊経路のトポロジーを選択していく。そして、編隊経路のトポロジーの選択が終了された後、挿入された分岐地点の位置、通過時刻の最適化を行う。 モンテ・カルロテストによる検証の結果、上記ヒューリスティックは、到着時刻に制約がない場合には最適な編隊経路のトポロジーを実施した6割以上のケースに対して選択出来ることが分かった。しかしながら、上記手法は到着時刻等の制約を反映出来ないほか、エンジン機のように燃料消費によって機体重量が変化する場合には適用出来ない。 一般の航空機に対応したヒューリスティック この事実を受けて、様々な制約等を反映出来るよう、ヒューリスティックの改良を行った。改良をされたヒューリスティックでは、ある航空機が他の航空機とa) 合流し、編隊飛行を行った場合、燃料消費が減らすことが可能な合流地点の集合(合流エンベロープ)と、b)合流し、編隊飛行を行った場合、燃料消費を減らす為には編隊飛行を解かなければならない分岐地点の集合(分岐エンベロープ)、の2つの集合・エンベロープが、適当なモデル化を行うことにより解析的に求められることを利用する。今回は、上記2つのエンベロープの重なり部分の距離をヒューリスティックとして用いた。そして、編隊飛行を行うと判断された場合には、上記2種類の領域の重なり部分に、合流、分岐地点をそれぞれ挿入して、経路を置き換える。先の電動無人航空機を対象としたヒューリスティックと同様に、このプロセスを繰り返すことにより、編隊経路のトポロジーを選択していく。そして、選択が終了したのち、今度は合流・分岐地点、両方の最適化を行う。 以上に述べた手法は、モンテ・カルロテストによって検証され、多量のモデル化・近似等を行っているにもかかわらず、非常に高い割合で最適な、あるいは最適に非常に近い編隊経路のトポロジーが選択出来ていることが確認された。ただし、同一地点から出発する電動無人航空機に対して上記ヒューリスティックを適用した場合、パフォーマンスは幾分電動無人航空機用に作られたヒューリスティックに劣ることも確認された。また、現行の航空機の運航計画に本手法を適用し、編隊飛行によってどの程度の燃料消費が抑えられるか、あるいは、今後編隊飛行を積極的に活用していくための指針等、有益な情報が得られた。 本研究で提案した手法にはいくつかの特筆すべき特徴がある。まず、最適化が編隊経路のトポロジーが選択されたあとの一度のみ実施されること。これには、一般的に計算コストの高い最適化計算の実施回数を減らして、手法を高速化する狙いがある。このとき、編隊経路のトポロジーを選択する際に挿入された合流・分岐地点が最適化計算の初期解として利用できることは、計算時間を短縮するのに有利に働く。次に、判断のプロセスが全て視覚化可能であること。これは先に述べた人間が航空機を運用することを意識してのことである。3つ目は、最適化計算中に編隊経路のトポロジーが変更されないこと。これもまた、人間が航空機を運用することを前提としているため、運用者が気付かぬ間に編隊経路のトポロジーが変わることによって無用な混乱を引き起こさない為の配慮である。最後に、電動無人機用のヒューリスティック、一般の航空機に対応したヒューリスティック、何れを用いても、編隊経路のトポロジーを選択する過程で、効率の悪い編隊経路のトポロジーが決して選択されない、というはじめに手法に対する要求として掲げたことが満たされている。 以上のように、本研究では、航空機を編隊にて運用するための、編隊経路のトポロジーの選択、合流・分岐地点の最適化手法の提案を行った。その手法は、編隊経路のトポロジーの選択と、最適化のプロセスを分離することにより、高速、かつ視覚的に、効率のよい編隊経路のトポロジーを選択出来るものとなった。 | |
審査要旨 | 修士(工学)日野琢磨提出の論文は、「Heuristic Path Planning of Aircraft Formations(航空機編隊のヒューリスティックな経路生成)」と題し、7章からなる。 近年、航空旅客需要の増加に伴い、航空機の温室効果ガスの排出量は増加し続けており、その抑制が急務となっている。また、固定翼型の小型無人航空機(Unmanned Aerial Vehicle,UAV)が活躍する機会が増えているが、小型UAVの航続距離の短さ、搭載可能なペイロードの少なさが制約となり、活躍の場は限られているのが現状である。このような現状を解決する方策として、複数の航空機を渡り鳥の群れのように、相対位置を厳密に制御して飛行させる方法、すなわち編隊飛行が注目を集めている。それは、編隊飛行を行うことにより、航空機に働く抵抗を減らすことが出来るからである。編隊飛行を行うためには、次の3つの要素が必要である。第一に、編隊飛行を行った場合の航空機間の空気力学的な相互作用について十分理解されていること。第二に、航空機間の相対距離を制御する手法が確立され、編隊を構成する航空機の安全が確保されること。第三に、編隊飛行の利点を有効に活用するための経路生成手法が確立されていること。これら3つの要素のうち、最初の2つについてはこれまでにも十分研究が行われてきた。しかしながら、3つめの経路生成手法についてはほとんど研究が行われていない。本論文ではこの現状を踏まえ、編隊飛行の利点を有効に活用するための、有人航空機、小型UAVの両方の飛行経路に対して適用出来る経路生成手法を確立することを目指している。 第1章は序論であり、本研究にて取り扱う問題、航空機編隊の経路生成(formation path planning,FPP)問題、を定義すると共に、過去の研究と課題についてまとめた上で、本研究の位置づけを行っている。 第2章では、編隊飛行の空気力学的な側面について、先行研究で述べられている事項を確認すると共に、独自の解析を行うことで、後の章にて編隊飛行による抵抗の減少をモデル化するのに必要な情報を抽出している。 第3章では、FPP問題の問題空間の大きさ、すなわちFPP問題を解くことによって得られる編隊経路のトポロジー(formation path topology,FPT)の数を、数え上げ・組み合わせ論を使って調べている。その結果、FPTの数は、初期飛行経路数に対して超指数関数的に爆発することが明らかにされた。ここで得られた情報は、この後にFPP問題を解く方針立てに生かされている。 第4章では、FPP問題を解くための基本戦略を選択している。FPTの数が超指数関数的に増加していくことから、FPP問題を総当たり法で解くことは現実的ではなく、何らかの発見的な手法を用いる必要がある。本研究では、FPP問題を、FPTの発見的な選択を行うFPTS(FPT selection)問題と、挿入されたウェイポイントの最適化を行うFPO(formation path optimisation)問題の2つの小問題に分割し、まずFPTS問題を解いた後に、FPO問題を解く戦略を選択した。このことにより、ウェイポイントを最適化する最中にFPTの切り替えが起きず、航空機の運用者にとって分かりやすい構成となっている。FPTが決定された後のFPO問題は、簡単な非線形計画問題である。従って、この基本戦略の決定を受けて、本研究の目標はFPTS問題を素早く解く手法、すなわち、効率の良いFPTを素早く発見的に見つける方法の確立になった。そして、本研究では、飛行経路間に「どれだけ編隊飛行が有効か」を表した類似度を定義し、階層型クラスタ解析を適用することにより、素早くFPTS問題を解くヒューリスティックを導いた。 第5章では、まず最も基本的なケースである、全ての航空機が同時に同一地点から出発し、目的地の到着予定時刻に制約が無いFPP問題に対して有効なヒューリスティックを提案、検証している。検証の結果、重み付きのフェルマー点を用いたヒューリスティック、並びに、各航空機が編隊飛行を出来る領域を表したエンベロープを用いたヒューリスティックが、素早く、効率の良いFPTを選択出来ることが確認された。また、より複雑なFPP問題を解く際、重み付きフェルマー点では必要な情報を表しきれないことが簡単な検討から明らかにされている。 第6章では、第5章で提案したエンベロープを用いたヒューリスティックを、より複雑なFPP問題に適用出来るよう改良を行っている。具体的には、出発地点の数が複数個ある場合、到着予定時刻に制約がある場合、あるいは燃料消費による機体重量の変化がある場合に、対応出来るように改良を行った。その改良策は、エンベロープの数をこれまでの一つから、合流可能な地点、分岐しなければならない地点をそれぞれ表したエンベロープの2つに増やすことであった。その結果、数値検証により、提案した2つのエンベロープを用いるヒューリスティック(dual envelope heuristic)は、第5章同様、効率のよいFPTを素早く選択出来ることが確認された。また、本章の最後では上記dual envelope heuristicを実際の旅客機の運航計画に適用し、編隊飛行の効果を確認するとともに、今後編隊飛行をより有効に活用するための指針を打ち出している。 第7章は結論であり、提案したFPTS問題の解法について得られた知見をまとめ、今後の課題を述べている。 以上、要するに、本論文は、航空機の編隊飛行を有効活用するための、様々な種類の問題に適用可能な経路生成手法の提案を行っている。また実際の旅客機の運航計画に適用した結果、ならびに今後編隊飛行を航空機の運航に取り入れる際の指針の提案を行っており、航空宇宙工学上貢献するところが大きい。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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