学位論文要旨



No 129078
著者(漢字) 三川,祥典
著者(英字)
著者(カナ) ミカワ,ヨシノリ
標題(和) 合成開口レーダ手法をGPS測位信号の地表散乱波へ適用した画像化アルゴリズムに関する研究
標題(洋)
報告番号 129078
報告番号 甲29078
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7969号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中須賀,真一
 東京大学 教授 岩崎,晃
 東京大学 教授 斎藤,宏文
 東京大学 教授 廣瀬,明
 東京大学 特任研究員 海老沼,拓史
内容要旨 要旨を表示する

本論文はGPS測位信号が地表面において散乱されたGPS散乱波と合成開口レーダ技術を組み合わせたリモートセンシングに関して,理論構築,画像化アルゴリズムの提案及び検証実験の考察をまとめたものである.

全地球型測位システム(Global Positioning System,GPS)は現在の我々の暮らしに必要不可欠な宇宙技術の一つであり,航空機の航法システムから我々が利用する乗用車に備え付けられたカーナビゲーションまで,非常に多様な形で我々の生活を支えている.さらに近年,こうした一般的な測位航法を目的とした利用法とは異なる,全く新しい形でGPS測位信号を利用しようとする研究分野が開拓されつつある.これこそが,GPS測位信号を利用したリモートセンシングである.

ユーザに対して常に測位が可能な仕組みを提供するために,地球近傍において常時4基以上のGPS衛星が観測できるようにGPSの軌道設計が為された事はよく知られる通りである.このように天頂に位置するGPS衛星からユーザへ直接的に届く測位信号を直接波と呼ぶ一方で,地面や建物の壁などを介して間接的に受信される信号はGPS信号処理においてマルチパスと呼ばれ,GPS技術者からは測位精度の劣化要因の一つとして広く知られている.ところが,上空のGPS衛星を電波送信機と見立てると,GPS衛星,散乱対象物,GPS受信機を含むジオメトリが,リモートセンシングのそれに非常に類似している事に気づくだろう.これより,GPS測位電波をリモートセンシングにおける媒介電波に見立てる事で,地表面により散乱されたGPS測位信号から散乱域の物性情報を抽出する事が可能となるのではないかと考えられた.

1993年にこうした研究が初めて提唱されて以来,現在においても各地で盛んに研究が継続されているが,本研究分野は大きく2つの観測手法に分類する事ができる.1つがリフレクトメトリに端を発する観測手法であり,黎明期から現在に至るまで本研究分野の中心と位置づけられている手法である.もう1つは,後発の研究対象であり,本論文において主に取り組む課題である合成開口レーダを組み合わせた画像化手法である.前者はGPSを含む全地球型測位衛星システム(Global Navigation Satellite System,GNSS)の信号を用いたリフレクトメトリと位置づけられる事からGNSS-Rと呼ばれ,海面高度や海面粗さ,海氷厚さなど様々な観測対象に対して適用が試みられている.このGNSS-Rでは,取得された散乱波に含まれる擬似雑音符号の相関形状の変化から上記の観測量を読み取る事を基本的なアプローチとしており,比較的実験が容易である事から2012年現在も多くの関連研究が報告されている.さらに,2000年代前半において既に軌道上でのGNSS-Rが実現しており,先日世界で初めてGNSS-Rを実利用目的で活用する超小型衛星コンステレーションミッションであるCYGNSSが米国のNASAに承認された事からも,GNSS-Rは既に実利用段階に移行しつつあると言える.しかしながら,GNSS-Rはその性質から,効果的な観測を行うためには観測対象や観測手法の間でのトレードオフが存在し,ユーザによる自由な観測構成の設定が困難である.さらに,光学観測で得られる画像情報のような,位置情報と観測値が結び付けられた観測量の取得が難しく,大域的な観測に制限されてしまう.こうした理由から考え出された新たな観測アプローチが,本研究の主題でもある合成開口レーダによる電波観測手法の導入である.

合成開口レーダを導入する事で得られる最大の利点は,画像化を可能にするアジマス方向の空間分解能である.さらにアジマス方向の整合フィルタ処理による信号電力圧縮により,微弱な散乱波に対する信号対雑音電力比の向上も見込む事ができる.こうした特徴により,より自由に観測ジオメトリを設定する事が可能になるのである.一方で,本概念は電波の送受信機が異なるプラットフォームに搭載されるバイスタティック構成であり,かつ両者が恣意的な運動をする事から,従来のSAR画像化アルゴリズムをそのまま適用する事ができないという問題も抱えている.こうした背景により,現在において本研究分野の中心的な研究課題は,この複雑な観測ジオメトリをいかに簡便化し,従来のSAR画像化アルゴリズムの適用を可能にするかという点に集中しており,多くの先行研究では直接波を整合フィルタの参照関数として利用する事で,散乱波からGPS衛星の運動効果を相殺する手法が採用されている.しかしながら,このような手法は散乱点と観測点が幾何的に近しい場合にのみ成立し,かつ直接波の取得に指向性の高いアンテナを利用しなければならず,観測ジオメトリや観測機器に対する制約を与えてしまう.従って,GNSS-R同様に,GNSS散乱波による合成開口レーダ観測を実用レベルに高めるためには,より実用的で拡張性のある画像化アルゴリズムを構築しなければならない.

本論文において提案する準モノスタティックアルゴリズムは,このような実用性と拡張性を併せ持つ画像化プロセスを実現するSAR画像化アルゴリズムである.従来の手法のように直接波を画像化に利用せずに,GPS衛星の精密暦によりフィードフォワード的にレンジマイグレーション曲線を導出する事で,散乱点と観測点の間の幾何的類似性を考慮する事なく,GPS衛星の運動効果を補正し,バイスタティックジオメトリをモノスタティック化する事ができる.こうした精密暦は一般には精密な測位計算の基点として利用するためにオンラインで公開されているものであり,GNSSだからこそ利用できる特性の一つであると言える.加えて,従来の画像化アルゴリズムが特殊なジオメトリを持つ合成開口レーダという位置づけから,通常の合成開口レーダのアナロジーを基点に構築されたものであったのに対し,本研究では適用対象システムであるGPS測位信号の信号特性や信号処理を加味した厳密な理論構築を行った.このため,多くの先行研究が言及する事のないSAR信号空間の再定義を行い,この新たな信号空間の下で準モノスタティックアルゴリズムの定式化を行った.

開口合成に対するGPS衛星の寄与を除去する事が準モノスタティックアルゴリズムの効果であるが,GPS衛星の運動効果は依然として残存しており,受信プラットフォームに対して等レンジにある散乱点群が正しいレンジにマッピングされない問題が生じる.そこで,本手法においてこのような効果を補正するために,等レンジ化パラメータというレンジマイグレーション曲線係数の補正項を導入した.この等レンジ化パラメータが,従来のアルゴリズムにおいて直接波が担っていたGPS衛星によるレンジ距離の変化を補正する役割を果たすが,従来と比較して観測ジオメトリに応じて調整する事が可能になったため,より柔軟に観測ジオメトリの変化に対応する事ができるようになった.即ち,受信プラットフォームの高度変化に伴う,散乱点と観測点の類似性の減少に影響される事なく,同一の枠組みを用いて画像化が達成されるようになった事を意味し,準モノスタティックアルゴリズムに拡張性を与える要素が等レンジ化パラメータであると言える.

準モノスタティックアルゴリズムの画像化処理部は従来のモノスタティックSARに対するレンジ・ドップラ法を採用している.従って,準モノスタティックアルゴリズムとは,前述のようなGPS衛星の運動を含む複雑なバイスタティックジオメトリからモノスタティックジオメトリへ変換する前処理群と画像化を担うレンジ・ドップラ法によって構成される.従来の画像化アルゴリズムでは直接波を用いた相関処理を前提としていたため,時間領域での整合フィルタ処理が必要であった.一方で,提案手法は整合フィルタを用いずにモノスタティック化を達成するため,計算コストが抑えられた周波数領域処理を最大限に利用する事ができる.さらに,GPS測位信号表記から解析的に導出した二次元スペクトラムの形式から,本手法ではレンジ及びアジマスの整合フィルタ処理を二次元周波数領域において同時に行う手法を考案した.こうした圧縮処理に加え,ハードウェアの特性に起因する種々の推定処理を組み込んだ包括的な画像化アルゴリズムとして,準モノスタティックアルゴリズムをまとめている.

本研究では数値シミュレーションに加え,GPS測位信号を擬似的に生成する事ができるGPSシミュレータを用いて,提案手法の妥当性を検証した.結果的に,構築した理論から導き出される空間分解能や信号対雑音電力比が実現される事を示す事ができた.また,本研究で取り組んだ課題の一つである航法メッセージの除去についても,上記の検証においてその妥当性を確認する事ができた.GPS衛星が持つ低レートデータ変調信号である航法メッセージは受信信号のドップラ帯域に影響を及ぼす事から,GPS散乱波を用いた合成開口レーダにおいては除去すべき効果と言えるのである.

こうした検証結果を受け,小型無人飛行機を用いた屋外実験を実施し,実際の散乱信号を用いて提案手法の実用性について評価した.この実験の解析では,運動擾乱や飛行高度変化の補正といったより実際的な信号処理を加味している.こうして得られた複素強度画像を評価する事で,提案手法が実用性を兼ね備えていると主張するに足る成果を得る事に成功した.このように理論と現実を本論文内で明確に結び付けられた点は先行研究に対する大きな飛躍であると言える.

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)三川 祥典 提出の論文は「合成開口レーダ手法をGPS測位信号の地表散乱波へ適用した画像化アルゴリズムに関する研究」と題し、9章からなっている。

GPSに代表されるような全地球型衛星測位システム(GNSS)の信号電波をリモートセンシングの媒介電波に利用する技術は、1993年頃に初めて提唱されて以来、電波の送信側と受信側が異なる、いわゆるバイスタティック・レーダの一つとして有望視されてきた。GNSS信号を用いる利点は、多くの測位衛星コンステレーションがもたらす高いアベイラビリティや観測機が簡易化できる点などであり、UAVや衛星からの新たな観測手法として海洋状態やバイオマスなど様々な観測対象に対する適用が試みられている。しかし、従来はGNSS-Rと呼ばれる、散乱信号の相関波形の変化から散乱源の物性情報を推定するリフレクトメトリに基づく観測が中心であり、大域的な観測に制限され、分解能の高い精密な観測には不向きであった。

さらに、この問題を解決するために2000年頃から合成開口レーダ(SAR)の技術をGNSS散乱信号に適用したGNSS-SARに関する研究が進められてきたが、画像化のために複雑なアルゴリズムの構築が必要となり、特に、送信側である高速飛行するGNSS衛星と受信機の間に存在する大きな幾何的非対称性のため、従来のバイスタティックSARの画像化アルゴリズムが適用できず、この特殊な観測ジオメトリに対応した独自の画像化アルゴリズムの開発が求められていた。

そこで、本論文では、GPSを題材に、GNSS衛星の運動効果を解析的に除去する事で、観測簡易性を維持しつつ衛星軌道まで包含した幅広い受信プラットフォームに対して適用可能な汎用的なGPS-SAR画像化アルゴリズムである「準モノスタティック手法」を提案している。本手法の最大の特徴は、GPS衛星の運動が開口合成へ与える幾何的非対称性による影響をモデル化し、その補正処理を導入することにより、従来のモノスタティックSARに対する様々な画像化アプローチを採用する事を可能にした点にある。この手法に加え、GPS-SAR独自の特徴である航法メッセージの影響の除去手法や軌道上利用への拡張手法等を組み込み、かつ実ハードウェアに起因する影響の推定手法まで含めて、総合的かつ実用的な画像化アルゴリズムに発展させ、その有効性を数値シミュレーション、GPSシミュレータを利用したハードウェア実験およびUAVを使ったフィールド試験で検証している。

第1章は序論であり、GNSS測位信号をリモートセンシングに利用する利点と欠点や、GNSS散乱波を合成開口レーダに用いる際の技術課題を明確にし、本論文の目的を明らかにしている。

第2章では、合成開口レーダの数学的な基礎を整理し、合成開口レーダの入力となる散乱波受信信号を記述するSAR信号空間の概念や、その上に構築される代表的な画像化アルゴリズムであるレンジ・ドップラ法の定式化が行われている。

第3章では、本論文で提案する準モノスタティック手法の理論構築を行っている。まず、GNSSの代表例であるGPSを題材に、その測位信号の特性を巧みに記述できる新しいSAR信号空間を導入し、それに則り、従来のレンジ・ドップラ法をGPS測位信号に適用するための信号処理手法を組み立てている。その中の重要な要素は、観測ジオメトリにおける送受信側の幾何学的非対称性の問題に対し、合成開口時間中のGPS衛星の運動を線形近似することで複雑なバイスタティック・ジオメトリを簡便なモノスタティック・ジオメトリに落とし込む手法であり、その結果、従来のモノスタティックSARに関する画像化アルゴリズムが適用可能になることを示している。また、その手法をコンピュータシミュレーションで検証したのち、さらに、第4章では、GPSレシーバーの実ハードウェアを導入し、軌道上のGPS衛星の信号を正確に模擬するGPSシミュレータにより実証している。

第5章では、GPS測位信号に含まれる航法メッセージのSARに対する影響を解析し、それを除去する手法を提案し、GPSシミュレータによる実験で、その有効性を検証している。

第6章、第7章はフィールド試験の方法と成果を述べている。まず第6章では、事前実験により全観測システムの動作確認とGPS散乱波の特性把握を行った結果を述べ、第7章では、UAVを用いたフィールド試験により、本論文で提案した準モノスタティック手法によりGPS-SAR画像の生成までが可能であることを実証している。

第8章は、受信側が軌道上の衛星である場合に、提案した準モノスタティック手法を如何に拡張できるかについて検討を加え、数値シミュレーションによりその適用可能性を示している。

第9章は結論であり、本論文の結論と今後の課題をまとめている。

以上、要するに、本論文は、GNSSの測位信号の地上散乱波を媒介としたバイスタティックな合成開口レーダの構築に必要な、ジオメトリの非対称性の補正をはじめとするいくつかの問題への解決方法を明らかにし、それをシミュレーションと実際のフィールド試験で検証したものであり、宇宙工学上貢献するところが大きい。

よって、本論文は、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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