学位論文要旨



No 129079
著者(漢字) 元岡,範純
著者(英字)
著者(カナ) モトオカ,ノリズミ
標題(和) 重力モデルを介した小惑星形成に関わる一考察
標題(洋)
報告番号 129079
報告番号 甲29079
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7970号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 川口,淳一郎
 東京大学 教授 中須賀,真一
 東京大学 教授 鈴木,真二
 東京大学 教授 岩崎,晃
 東京大学 准教授 宮本,英昭
 総合研究大学院大学 准教授 吉川,真
内容要旨 要旨を表示する

小惑星探査において,空隙を有する小惑星表面への降下・着陸時に探査機の高精度な誘導を実現するためには,事前に小惑星周りの重力加速度分布,言いかえれば,重力ポテンシャルを取得することが重要である.重力ポテンシャルを取得する一般的な方法として,探査機のダイナミクスから推定する方法があるが,これは多くの困難を伴う.例えば,「はやぶさ」の重力計測の場合,「イトカワ」からの相対位置とドップラーの観測値から,重力の他に,探査機の位置,速度,探査機に加わる太陽放射圧,マヌーバ量,スラスタのアンバランスを推定する必要がある.また,重力ポテンシャル,すなわち,小惑星の場所の違いによる有意な重力場の変化を計測するためには,探査機を小惑星の周回軌道に投入することが望ましい.しかしながら,周回軌道への投入すること自体,小惑星への衝突可能性など,大きなリスクとなるため,必ずしも周回軌道上から重力ポテンシャルの推定ができるとは限らない.周回軌道へ投入できない場合は,小惑星に対して,探査機を降下・上昇させる運用で重力ポテンシャルを推定せざるを得ないが,弾道飛行時間が長く取れないなど推定運用が非効率となり,多くの時間を費やすことになりかねない.実際に,「はやぶさ」では,周回軌道への投入リスクや小惑星での滞在期間の制約から,重力ポテンシャルの推定を行わず,イトカワの内部構造を均一と仮定して,降下・着陸にかかわる探査機の誘導を行っていた.

以上の背景から,本研究では,周回を含む探査機の運動計測を実施しなくても重力ポテンシャルを推定できる手法を確立し,探査機の誘導精度の向上に大きく貢献させることを目的に,ひいては小惑星の内部構造を推定する手法を提案する.

本推定手法は,誕生から長い年月が経過した小惑星では表面形状がジオイド形状(ゼロ速度曲面)に沿うべきであるという考え方に基づき,画像にて構築された小惑星表面上でのゼロ速度曲面値の分散を推定指標とし,指標が最小となる内部構造を推定解としている. さらに,内部構造が分かっている小惑星エロスに対して本推定手法を適用し,推定結果と実際の重力加速度の分布がよく一致していることを確認し,方法の妥当性を証明した.

次に,本論文が提案する手法によって,イトカワの内部構造を推定した.5種類の典型的な内部構造の密度に関する分布モデルを提案し,各モデルについて推定指標を計算して,イトカワの頭部と胴体部の内部にそれぞれ高い密度の領域(コア)をもつモデルが最も尤度が高いと推定した.推定された内部構造のモデルから計算される小惑星表面上の重力加速度分布は,イトカワ表面に観測される二分化の様相や土砂の流動方向を整合性良く説明している.また, イトカワ内部を均一密度と仮定した場合には,これまでは,粒子間摩擦だけでは物理的な説明が困難であったイトカワ表面の急勾配の領域の存在も良く説明できる.

さらに,「イトカワ」の内部を多数の領域に細分化し,網羅的に密度分布を推定して,より客観的な密度分布モデルを提供することによって,これまで得られた結果を説明した.

「はやぶさ」の飛翔データと推定結果の整合性を検証するために,はやぶさの一回目のタッチダウン時に探査機が受けた加速度と各密度分布モデルから計算される重力値を比較した.加速度履歴から,「はやぶさ」が移動したと推定されているミューゼスの海は相対的に低密度であることがわかっており,本手法による推定結果と定性的によく整合することが確認できた.

最後に本推定結果を探査機誘導に利用する方法について,次の2点について論じた.一つ目は,内部構造の違いによる誤差,つまり,均一密度と本手法によって推定された内部構造との間での誘導誤差範囲を予め把握しておくということである.これにより,着地点誤差が生じてもミッションに支障をきたさない運用計画を予め立てることが可能となる.二つ目は,誘導誤差が小さい,つまり,両モデルで重力ポテンシャルが大きく変わらない地域で降下・着陸時にかかわる探査機の誘導を行うことで,誘導誤差を最小限に抑える利用方法である.ただし,降下・着陸点は理学的目的や表面形状から判断される着陸の可否などから予め決められている場合があるため,あくまで降下・着陸点を選択する上での一つの判断材料の利用が想定される.

これまで重力ポテンシャルが未知の場合は小惑星内部を均一密度として重力ポテンシャルを計算し探査機の誘導に利用せざるを得なかったが,本手法により密度分布推定を行うことで誘導精度の向上が期待できる. JAXAは2014年に「はやぶさ2」の打ち上げを計画しており,本手法が今後の小惑星探査に大きく貢献できることが期待される.

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学), 元岡範純提出の論文は「重力モデルを介した小惑星形成に関わる一考察」と題し,本文 7章及び付録から成っている.

小惑星探査において,特に表面への降下・着陸時には探査機に高精度な誘導が要求される.しかし,多くの小惑星はその内部に空隙が存在する.例えば,小惑星探査機「はやぶさ」が降下・着陸した小惑星「イトカワ」の内部には約40%の空隙が存在すると推定されている.空隙や内部の密度の分布によって,表面上および上空における重力加速度の分布は大きく異なる.このため,高精度な誘導を実現するためには事前に重力場, 言いかえれば, 重力ポテンシャルを推定しておく必要がある.重力ポテンシャルを推定することが, 結果として内部構造を解く手がかりを与え,小惑星形成の理解を深めることにつながる.重力ポテンシャルを推定する一般的な方法として,探査機を周回軌道に投入し,探査機が実際に受けた加速度履歴からこれを推定する方法があるが,滞在期間の制約や周回軌道への投入に関わるリスクの観点から,必ずしもこのような推定に特化した周回運用を実施できるとは限らない.実際に,「はやぶさ」では周回運用を行わず,イトカワの内部構造を均一と仮定して,降下・着陸にかかわる探査機の誘導を行った.

以上を背景に,本論文は, 周回を含む探査機の運動計測を実施しなくても重力ポテンシャルを推定できる手法を確立し, 探査機の誘導精度の向上に大きく貢献させることを目的に,ひいては小惑星の内部構造を推定する手法を提案している.本論文では,誕生から長い年月が経過した小惑星では表面形状がジオイド形状(ゼロ速度曲面)に沿うべきであるという考え方に基づき,画像にて構築された小惑星表面上でのゼロ速度曲面値の分散を推定指標とし,指標が最小となる内部構造を推定している.推定結果には,実際に撮影された「イトカワ」表面の特徴や, 「はやぶさ」の飛翔データからの検証と考察を加え,さらに,この推定手法を探査機の精密誘導へ利用する方法について論じている.

第1章は序論であり,本研究の目的と意義を述べている.空隙分布が異なることに起因する誘導誤差についての具体的な計算例を示し,空隙を有する小惑星においては,重力加速度分布の推定が探査機の精密誘導の観点で重要であることを説明している.

第2章は,小惑星の形状から推定指標を計算する具体的な方法について述べている.また,重力ポテンシャルが高い精度で推定されている小惑星「エロス」に対して本推定手法を適用し,推定結果と実際の重力加速度の分布がよく一致していることを確認し,方法の妥当性を証明している.

第3章は, 本論文を構成する主たる章であり,本論文が提案する独自の手法によって「イトカワ」の内部構造を推定することに成功している.5種類の典型的な内部構造の密度に関する分布モデルを提案し,各モデルについて推定指標を計算して,「イトカワ」の頭部と胴体部の内部にそれぞれ高い密度の領域(コア)をもつモデルが最も尤度が高いと推定している.推定された内部構造のモデルから計算される小惑星表面上の重力加速度分布は,「イトカワ」表面に観測される二分化の様相や土砂の流動方向を整合性良く説明している.また, 「イトカワ」内部を均一密度と仮定した場合には,これまでは,粒子間摩擦だけでは物理的な説明が困難であった「イトカワ」表面の急勾配の領域の存在も良く説明できると結論している.本章は, 推定された結果が示唆する「イトカワ」の形成過程を議論・考察し, 新たな結果を得ることに成功している.

第4章は, 「イトカワ」の内部を多数の領域に細分化し,網羅的に密度分布を推定して,より客観的な密度分布モデルを提供することによって, 前章までで得られた推定結果を支持することに成功している.

第5章は, 第3章で得られた推定結果と, 「はやぶさ」の飛翔データとの整合性を検証している.「はやぶさ」が1回目の着陸時に「イトカワ」表面に向けて自由落下した際の加速度履歴が,当該地域内部の密度が相対的に低いことを示唆しており,これが第3章で得られた推定結果と整合していることを述べている.

第6章は, 推定結果の実際の探査機の運用面への利用方法を述べている.とくに,子機を小天体の表面に投下する場合の,内部の密度分布のモデルの違いによって生じうる着地点の誤差面積について言及している.

第7章は結論であり,本研究の成果を要約している.

以上要するに,本論文は,形状から,空隙をもつ小惑星の内部構造を推定する手法を提案し,実際に「イトカワ」の内部構造を推定し, 推定結果は表面に見られる地形的特徴や「はやぶさ」の飛翔データと整合しており,また,提案された推定手法は重力ポテンシャルを, 探査機運用にかかるリスクを排除して推定できるものなっていて, 精密な探査機の誘導にも応用できることから,宇宙工学,特に宇宙探査分野において貢献するところが大きい.

よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク