学位論文要旨



No 129095
著者(漢字) 森下,賢志
著者(英字)
著者(カナ) モリシタ,サトシ
標題(和) 水上走行マイクロロボットの実現に向けた標準CMOS回路の高耐圧化及びモノリシックMEMS集積手法
標題(洋) Towards One-Chip Pond-Skating Micro Robot : High-Voltage Control Circuits using Standard CMOS and MEMS Monolithic Integration Technologies
報告番号 129095
報告番号 甲29095
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7986号
研究科 工学系研究科
専攻 電気系工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 三田,吉郎
 東京大学 教授 柴田,直
 東京大学 教授 藤田,博之
 東京大学 教授 年吉,洋
 東京大学 准教授 杉山,正和
 東京大学 講師 高畑,智之
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、水上を走行可能な自律分散マイクロロボットチップの実現に向けた、CMOS回路とMEMS(Micro Electro Mechanical System)の同一基板上への集積に関する要素技術の研究開発について論じる。

MEMSは半導体加工技術を用いて作製され、電気的・機械的な特性の融合によって大規模集積回路(VLSI)の新たな応用を拓く一つの切り札となるものと、近年特に期待が高まっている。その中でも特にMEMSとVLSIとを融合したMEMS-LSI集積システムは、いわゆる「ムーアの法則」の連続的な延長ではない新しいVLSIの地平を拓く(More than Moore)として期待が高まっている分野であり、LSIの発展のために今後必須のものとして世界中で注目されている。著しい発達を遂げたLSIの集積技術という資産を活かし、そこにMEMSという電気以外の物理量を扱うことができる多機能デバイスをも集積することで、今までのLSIだけでは実現できなかった新たなデバイスを実現できる。しかしまだこの分野は発展途上であり、現時点ではMEMS-LSI集積システムを使ったキラーアプリケーションが開発された例は少ない。この原因の一つに、デバイス作製に必要となるファブリケーション技術が未整備であり、MEMS-LSI集積システムの設計・製造メソドロジーが確立されていないという点がある。MEMSは半導体加工技術を応用して作製されるものの、デバイスごとに材料や構造が多岐にわたり、LSIのようにプロセスを標準化することが難しいとされてきた。そのMEMSとLSIを集積したシステムが少数の例で研究されてきたが、製造コストの高さが課題となり、研究への挑戦の妨げとなっていた。

このような背景から本論文では新たなMEMS-LSI集積システムのアプリケーションとして水上自走式自律分散マイクロロボットチップをモチーフにし、その要素技術の研究を通じて、高い汎用性を持ち低コストで実現可能なMEMS-LSI集積手法を提案した。研究は大きく二つに分けることができる。一つはマイクロチップが水上走行するためのMEMS技術として提案した三次元流路内エレクトロウェッティングである。もう一つはそのようなマイクロチップ上のMEMSデバイスの駆動に必要となる高耐圧CMOS素子の実現、そして高耐圧CMOSとMEMSの同一基板上への集積手法である。

第一章では本研究のモチーフとしてMEMS-LSI集積システムによって実現される水上走行自律分散マイクロロボットチップを扱う(図1)。水上走行マイクロロボットの実現に必要な要素技術をMEMSとLSIの両面から検討すると共に、それらを同一基板上へ集積する技術についても検討し、課題を明らかにした。

第二章ではMEMS側の要素技術として水上走行マイクロロボットの最重要課題である、泳ぐ技術を扱う。泳ぐためのMEMS技術を比較検討し、エレクトロウェッティングと呼ばれる基板表面上の浸水・疎水性をコントロールする技術を採用した。過去に提案されたエレクトロウェッティングによる水上移動アクチュエータの問題点を明らかにし、それを解決する技術として従来は平面上でしか実現されなかったエレクトロウェッティングデバイスを、三次元シャドウマスクを用いてマイクロ流路内へ集積する技術を提案した。従来の水上移動アクチュエータは平面上のエレクトロウェッティングを使用しており、移動の際に裏面に付着した泡を射出して推進力を得る。そのため移動のたびに泡を失うことが問題であった。泡を射出しなくても位置移動させるだけで水上移動を実現できることは明らかになっていたため、三次元の流路内で泡の位置操作を行うことができれば、射出すること無く水上移動が可能になると考えた。しかし従来の三次元シャドウマスクではエレクトロウェッティングを最も低電圧で実現可能な材料であるタンタルを成膜することができなかった。そこで垂直性の高い蒸着だけでなく、スパッタリングなどにも適用可能なコリメータ集積三次元シャドウマスクを提案した。これは重要な成果である。コリメータは粒子の侵入角度を制限する機能を持つが、これをシャドウマスク内に集積することでデバイスの位置に合わせて粒子の侵入の調整が可能となる。またこれらの技術は本研究で扱うアプリケーションだけでなく、MEMS作製において広く使用可能なプロセス技術であるため、その汎用性について議論した。

第三章では第二章で述べた水上走行MEMSやMEMSアクチュエータ、センサなどの駆動に必須であるCMOS回路とMEMSの集積について扱う(図2)。汎用性が高く低コストのCMOS-MEMS集積システムプロセスを実現するためには、専用のCMOSプロセス開発をすることなく、既存の汎用CMOSプロセスを取り入れることが必須だと考えた。そこでウェハだけをSilicon-On-Insulator (SOI)に変えた汎用CMOS作製済みのチップに対して、ポストプロセスによってMEMSを作製する技術を提案した。提案手法は異方性のエッチングと等方性のエッチングを組み合わせることで、ポストプロセスのみでCMOSとMEMSの基板絶縁やMEMS構造のリリースを実現した。しかしMEMSが同一基板上に作製可能となっても、近年のCMOS回路は、例えば1.8Vや1.2Vのように、低電圧化が進んでおり、市場で一般的に扱われているCMOSプロセスをそのまま流用するとCMOSとMEMSの間の動作電圧の差が問題となる。本研究で用いたCMOSテクノロジは5V以下でしか動作しないのに対し、第二章で述べたエレクトロウェッティングは低いといっても15Vは必要とする。そこでこの電圧の差もポストプロセスによって解決する手法を提案した。提案手法はトランジスタをトレンチとSOIの中間酸化膜で囲むことで基板が周囲から絶縁された状態にし、各トランジスタの基板電位を任意の値にすることを可能とする。これにより基板上のLSIをディスクリートの四端子トランジスタのように扱うことが可能となるため、直列接続によってトランジスタの耐圧を超える電圧のスイッチングを実現した。

これらのプロセスはCMOS作成時にはレシピやシーケンスの変更は必要とせず、またポストプロセスにおいても一般的なMEMS作成に必要なエッチング装置のみを用いるため、プロセス開発に投資することなく市場のCMOSプロセスを使用可能であるため、低コストで高性能なCMOS-MEMS集積システムを実現できることを示した。

第四章ではここまでで提案した要素技術によって実現可能なCMOS-MEMS集積水上走行マイクロロボットについて扱う。泳ぐためのMEMS技術と、それをCMOS基板上に作成可能にするプロセス技術を提案したため、これらの技術を使って水上走行マイクロロボットをどのような形で実現できるかを議論した。従来の水上走行アクチュエータには実現できなかった連続水上走行や方向制御、遠隔制御技術などについて議論を行い、水上走行マイクロロボットの今後の展望を示した。

第五章では本論文で示した成果を総括し、結論を述べた。

図1. CMOS-MEMS集積システムによる水上走行マイクロロボット

図2. CMOS作成済みSOIウェハへのポストプロセスによるMEMSの集積、MEMSとCMOSの基板絶縁、CMOSの高耐圧化

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「水上走行マイクロロボットの実現に向けた標準CMOS回路の高耐圧化及びモノリシックMEMS集積手法」と題し,外部の配線からの電力供給に頼ることなく,自律的に水上走行を行う電子マイクロロボット素子を実現するという主題を通じて,大規模集積回路(VLSI)と微小電気機械(MEMS)とを融合させた新たな応用分野を開拓することを試み,必要となるモノリシック集積化手法ならびに関連MEMS加工技術の高度化を実現した成果をまとめた論文であり,全文6章からなる.

第1章は序論である.大規模集積回路(VLSI)の単純な微細化によらず,センサやアクチュエータ素子を融合させ新たな機能を付加する,「More-than-Moore」と呼称される集積回路の研究分野に対する近年の高まる期待と,同分野を更に発展させるための方法論について議論している.特に本論文においては,具体的なアプリケーションを想定して必要な素子や技術の発明ならびに高度化を行ない,それらの素子や技術を一般化することで更なる応用を生みだすというモデルを提唱し,その一例として,水上走行するマイクロロボット素子を取り上げ,その実現に必要な要素を考察することによって,VLSI分野,MEMS分野の両方にとって価値のある新たな技術を生み出すことを本論文の課題として設定した.

第2章では,マイクロチップが推進力を得るためのMEMS技術について考察している.要素技術を比較検討し,エレクトロウェッティング(EWOD)と呼ばれる,基板表面上の親水・疎水性をコントロールする技術が有望であることと,従前のエレクトロウェッティングによる水上移動アクチュエータの問題点を明らかにし,それらを解決する手法として,従来は平面上でしか実現されなかったエレクトロウェッティングデバイスを,三次元シャドウマスクと真空蒸着成膜を用いて,マイクロ流路内の底面,側面合計3面に対してアクチュエータとなる電極を集積パターニングする技術を提案し,実際に幅750μm,深さ230μmという,深い三次元マイクロ流路中での液滴移動実験を行い,底面だけを駆動部分とする素子と比較して壁面全体を用いた方がより駆動電圧が低くなることを示し,これによって技術の優位性を実証した.

第3章では,真空蒸着に加え,スパッタリング法による成膜時にパターニングを行なうための,三次元シャドウマスク技術の高度化について述べている.これは,2章で議論した水上走行素子の駆動法であるEWODの動作電圧を低電圧化(一般的には100Vであるところを15V以下)するために必須の材料であるタンタル(Ta)がスパッタリングによって成膜されることから必要となった技術である.蒸着法と異なりスパッタリングでは粒子の侵入角度が幅広い値を取るため,シャドウマスクによるパターニングは不可能であった.この問題を,粒子の侵入角度を制限するコリメータ構造を,シャドウマスクに集積し,場所に依存して異なる最大侵入角度をコリメータの径によって調整することで解決することを,理論解析ならびに実験の両面から示した.近年益々用途が広がっている三次元MEMS構造に対する成膜パターニング法として幅広く用いることができる汎用性を備えている.これは重要な成果である.

第4章では,前章までに議論したアクチュエータを制御する集積回路の構成法について考察した.特に,EWOD素子の動作電圧は世界的に最も優秀な素子においても15Vを必要とするが,標準的なロジックCMOS集積回路の動作電圧は5Vであり,少なくとも3倍の開きがある.この問題に対して,標準CMOS回路をSOIとよばれる,絶縁層をあらかじめ埋め込んだ基板上に作製し,その基板にMEMS由来の深掘りエッチング加工を施し,等方性エッチング,異方性エッチングを注意深く組みあわせることによって,完成後のトランジスタ素子同士を島状(メサ)に絶縁する手法を提案し,直列接続したトランジスタ回路によって高耐圧回路が実現できることを示した.実験では5V耐圧のトランジスタを相補的に2段ずつ重ねることで10Vのスイッチ特性を得ることができた.開発したポストプロセス工程がCMOSトランジスタ回路に及ぼす影響についても評価検討し,ポストプロセス後に駆動電流値が低下することを発見,その原因が固定電荷によるしきい値の上昇であることを同定し,400℃のホットプレート上で30分間熱処理(アニール)を行うことで元の特性を回復するという解決法までを一貫して示すことができた.同作製法は,トランジスタの絶縁工程によって,同時にMEMS可動構造を作りこむことができるという,極めて汎用性の高い手法であり,重要な成果である.

第5章では,EWODによるマイクロアクチュエータと,高耐圧化CMOS回路技術とを組合せることで,実際にどのような水上走行素子が実現できるかを議論しまた,提案した要素技術の汎用性や得意・不得意などといった特徴を他の手法との調査比較を交えて俯瞰的に議論した.

第6章において,得られた成果を総括し,結論とした.

以上これを要するに本論文は,自律的に水上走行を行う電子マイクロロボットを題材に取り,汎用CMOS集積回路のMEMS後加工により高機能化・高耐圧化したモノリシックCMOS-MEMS素子を用いて実現することを提案し,深掘りエッチングによる素子分離手法,立体面に対するシャドウマスキング手法等,一連の汎用微細加工プロセスを考案,作製したデバイスによって有用性を示したものであり,電気電子工学の発展に寄与するところが少なくない.

よって本論文は博士(工学)の論文として合格と認められる.

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