学位論文要旨



No 129096
著者(漢字) 吉田,勝尚
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,カツヒサ
標題(和) ドリフト拡散法に基づいた中間バンド型太陽電池の数値解析と多重量子ドット構造への応用
標題(洋) Numerical Study on Intermediate Band Solar Cells based on Drift-Diffusion Method and its Application to Multi-Stacked Quantum Dot Structure
報告番号 129096
報告番号 甲29096
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7987号
研究科 工学系研究科
専攻 電気系工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡田,至崇
 東京大学 教授 廣瀬,啓吉
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 教授 高木,信一
 東京大学 准教授 杉山,正和
 東京大学 准教授 岩本,敏
内容要旨 要旨を表示する

近年、再生可能エネルギーの重要性が高まっており、再生可能エネルギーの1つである太陽光発電が期待されている。しかしながら、太陽光発電が広く導入されるためにはkWhに対する価格の高さが問題視されている。この問題を解決するため、第3世代型と呼ばれる、新しい動作原理に基づいた太陽電池実現に向けた研究が進められている。本研究で取り扱う中間バンド型太陽電池もこの1つとして挙げられる。中間バンド型太陽電池は、半導体バンドギャップの間に光吸収可能な準位を設けることで、この準位を介したキャリア生成を行う事により従来は利用できなかったバンドギャップ以下のフォトンを利用することで高効率動作が実現される。この中間バンドを導入する方法の1つとして多重積層量子ドット構造の利用がある。実際のデバイス作製に対して設計指針を得るためには、デバイスシミュレーションによるデバイス内部での物理現象の理解が重要である。本研究は、多重積層量子ドットを用いた中間バンド型太陽電池の高効率化を実現するために必要となるデバイスシミュレータの構築と特性解析を目的とする。本研究で用いる手法は、新たに考慮が必要な中間バンドを占有する電子濃度の決定を、これまでのデバイスシミュレーションの枠組みへ導入し、デバイス全体の構造を考慮した状態で自己無撞着に決定することができる点に特徴とオリジナリティーがある。また、量子ドットの特徴である空間に対する局在性を3次元シミュレータの導入により、多重積層量子ドットを想定した中間バンド型太陽電池のデバイスシミュレーションを行う事が可能になる。

本論文の構成は第1章において単位発電量当たりの価格低下を目指した近年の太陽電池の多様性、また、本研究の位置づけおよび構成について述べる。続く第2章では、研究背景として、太陽電池の最大変換効率決定し、また次世代太陽電池動作原理検討の指針を与える、単接合型太陽電池の動作原理について述べる。そして本論文の研究の中心である中間バンド型太陽電池の動作原理、および近年の報告を紹介する。

第3章では、本研究で用いたシミュレータの構築の基本となるドリフト拡散法及び中間バンドのモデル化とシミュレーションへの反映について述べる。

第4章において、本研究で明らかとなった中間バンド型太陽電池に対するデバイスシミュレーションによる解析結果を示す。中間バンド電子は伝導帯、価電子帯におけるキャリアとキャリアの生成再結合を介して動作特性に影響し、また、この電子濃度に依存する形で静電ポテンシャルが決定される。中間バンド電子の占有率が中間バンドを介したキャリア生成割合に大きく影響を与えるため、中間バンドの占有率をコントロールすることが高効率動作実現への鍵となる。占有率コントロールの方法として、中間バンドを導入した領域に対してドーピングを行う事で大きな電流増加が実現されることを明らかにした。この結果は、実際にドーピングを導入し作製された量子ドット型太陽電池で得られた電流増加の結果と定性的に一致する。また、入射太陽光を集光することで中間バンド占有率が中間バンドを介したキャリア生成を最大化するように決定されることを明らかにした。ドーピングを行う事は高効率動作実現に向けて重要ではあるが、最適なドーピング量はキャリア生成に係わるフォトン数だけで決定できず、デバイス全体の構造が影響する。この結果は、本手法の特徴であるデバイス全体を考慮できる点と自己無撞着な中間バンド電子の取り扱いを行うことによって初めて明らかにされた。また、中間バンドに関連した光吸収係数がバルク部分での吸収係数とスペクトルに対しオーバーラップを持つ場合特性劣化の原因となる。しかし、各バンド間の光吸収が支配的におこる領域をデバイス内で空間的に分離することで、この劣化を抑制することが可能であることを示した。

第5章において、本研究の主題である多重積層量子ドットを想定するため、この特徴である量子ドットの空間的な離散性を1次元シミュレーションにおいて、中間バンドの空間的な分布に離散性を導入した。10 nmの中間バンド導入領域と、導入を行わない領域の組み合わせを単位構造とし、この構造を繰り返すことにより多重積層構造の取り扱いを行った。この結果、非集光下において実際の多重積層量子ドット太陽電池における積層数依存性で見られる、積層数増加に伴う短絡電流の増加、開放電圧並びにダイオード特性劣化の様子を示した。また、集光倍率に対する依存性を調べることにより、集光倍率に対する短絡電流の非線形的な増加、開放電圧、ダイオード特性の回復の様子を明らかにした。高倍集光下で高効率を実現するためには、非集光下では特性劣化の原因となるものの中間バンド層の層数をできるだけ多くすることが高効率動作実現に向けた鍵となる。

第6章では、さらなる量子ドットによる局在性考慮に向けてシミュレータの3次元系への拡張を行った。この結果、局所的に存在する中間バンド電子により伝導方向に垂直な面内でのポテンシャル形状が中間バンド電子濃度に依存する形で影響を受ける様子を示した。このポテンシャルに対する影響により、空間的に電子電流と正孔電流が支配的に流れる領域が分離される様子、また電子、正孔も空間的に分離される様子が明らかになった。このような電子、正孔の面内方向に対する空間的な分離の様子は1次元シミュレーションでは考慮することができないものであり3次元シミュレータへの拡張が持つ意味は大きい。先に述べたように、中間バンドに対するドーピングは高効率化へ向けた鍵である。現在報告されているドーピング導入手法として、量子ドット層間に導入される中間層に対し1次元的に局所的なドーピングを行う方法(δドーピング)と、量子ドット部分に直接ドーピングを行う方法(ダイレクトドーピング)がある。本研究で開発した3次元シミュレータを用いることにより多重積層量子ドット太陽電池内部のキャリア挙動をより詳細に記述することができるため、高効率化に必要なドーピング導入手法の比較検討が可能となる。この結果、ドーピング導入手法にポテンシャル形状が大きく依存する様子が示された。ダイレクトドーピングにおいて、イオン化したドナーと中間バンド電子が同じ場所に存在するため、各々が持つ正、負の電荷が打ち消しあい、デバイスとしてのバンド形状はpin型のダイオードに類似したものとなった。これに対し、δドーピングを行った系では、イオン化ドナーと中間バンド電子が近接してはいるものの空間として離れて存在するため、互いの電荷を打ち消しあう効果が低下し、ポテンシャル形状としてはドーピングを行っていない系に近くなることが明らかになった。イオン化ドナーの存在により、中間バンド電子の濃度が高くなること、また、ドナーによる電荷の影響で面内方向のポテンシャル変化が急峻になる様子が明になった。これらのポテンシャル形状の変化はキャリア輸送に大きく影響を与え、太陽電池特性としてダイレクトドーピングの優位性を示唆する結果が得られた。

本章ではさらに、量子ドットに存在する伝導帯‐中間バンド(連続準位‐量子ドット基底準位)間での早い緩和過程として知られるAuger coolingによる影響についても検討を行った。Auger coolingは伝導帯電子が正孔にエネルギーを与え、その結果中間バンドへ遷移する過程である。このため、これらキャリア濃度に対する依存性を反映した定式化及び数値計算への実装を行った。この結果、Auger coolingはポテンシャル形状に大きく依存する様子が明らかになった。 太陽光照射下でポテンシャル変化の大きいドーピングを行わない系では、トップのp型エミッター層から正孔が拡散することで著しく緩和量が増大し、中間バンドを介したキャリア再結合が支配的となった。これに対し、ドーピングを行った系ではp層、n層からのキャリア拡散を防ぐ電界を持つ構造となるためAuger coolingの影響が小さくなることが明らかになった。さらに、ドーピング導入手法によるポテンシャル形状の違いによりダイレクトドーピングに優位性を示す結果が得られた。Auger coolingによる緩和の影響はドーピングによる中間バンド領域のポテンシャル形状制御により一定程度小さくすることが可能であることが明らかになった。

第7章に、本研究を通して得られた結論と今後の展望について述べる。

本研究では、中間バンド型太陽電池に対するドリフト拡散法に基づいたデバイスシミュレーションを実現し中間バンド太陽電池のデバイス特性並びに構造依存性を明らかにしてきた。また、中間バンドに空間的な構造を導入することで、多重積層量子ドット太陽電池系への応用を行った。この結果、積層数の依存性、ドーピング導入手法に対する解析を行うことが可能となった。本研究で得られた結果は、中間バンド型太陽電池の特性理解並びに構造最適化に対する指針を与えうるものであると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「Numerical Study on Intermediate Band Solar Cells based on Drift-Diffusion Method and its Application to Multi-Stacked Quantum Dot Structure(ドリフト拡散法に基づいた中間バンド型太陽電池の数値解析と多重積層量子ドット構造への応用)」と題し、多重積層量子ドットを用いた中間バンド型太陽電池の高効率化を実現するために必要とされるデバイスシミュレータの構築及びこれを用いた中間バンド型太陽電池の特性解析に関して述べたものであり、全7章からなる。

第1章は序論であり、本研究の背景と目的を解説している。再生可能エネルギーとして太陽光発電の重要性を述べるとともに、太陽電池の高効率化の必要性を論じている。本論文では高効率太陽電池として中間バンド型太陽電池を取り上げている。中間バンド型太陽電池は、半導体のバンドギャップ内に光吸収可能なエネルギー準位を設けることで、この準位を介したキャリア生成を行うことにより従来は利用できなかったバンドギャップ以下のフォトンを利用することで高効率動作が実現される。本論文では、多重積層量子ドットを用いた中間バンド型太陽電池の高効率化を実現するためのデバイスシミュレータの構築と特性解析を目的としている。

第2章では、詳細平衡モデルに基づく単接合太陽電池の変換効率の物理を述べ、次に中間バンド型太陽電池の動作原理、及び近年の報告例を基に現状と課題を紹介している。

第3章では、本論文で構築したデバイスシミュレータの基本となるドリフト拡散モデル、及び中間バンドを介した電流生成メカニズムのモデルについて述べている。

第4章では、デバイスシミュレーションによる中間バンド型太陽電池の特性解析結果に関して詳細に述べられている。中間バンドを占有する電子は、伝導帯また価電子帯との間での励起・再結合過程の平衡を満たしながら太陽電池の動作特性に強く影響し、この電子濃度に依存する形で静電ポテンシャルが決定される。中間バンドの電子占有率が中間バンドを介したキャリア生成割合に大きく影響するため、中間バンドの占有率をコントロールすることが高効率動作を実現するために重要な鍵となることを明らかにした。次に占有率の制御法として、中間バンドを導入した領域に対して不純物ドーピングを行うことにより、大幅な電流増加が実現されることを示した。この結果は、実際にドーピングを施した量子ドット型太陽電池で得られた電流増加の結果と定性的に一致する。他方、入射太陽光を集光して光強度を増大することで中間バンドの占有率が増加し、中間バンドを介したキャリア生成を最大化するように決定されることも明らかにした。以上で得られた結果は、本手法の特徴であるデバイス構造全体を考慮して太陽電池特性を求めることができる点と自己無撞着な中間バンド電子の取り扱いを行えるようにしたことによって初めて明らかにされた。

第5章は、本論文の主題である多重積層量子ドットを有する中間バンド型太陽電池の1次元シミュレーション結果について述べている。10 nmの中間バンド導入領域と、導入を行わない領域の組み合わせを単位構造とし、この構造を繰り返すことにより多重積層構造の取り扱いを行った。この結果、非集光下において実際の多重積層量子ドット太陽電池における積層数依存性の実験結果で観測されるような、積層数増加に伴う短絡電流の増加、また開放電圧の低下並びにダイオード特性の劣化が説明できることを示した。また、集光倍率に対する依存性を調べることにより、集光倍率に対する短絡電流の非線形的な増加や開放電圧、ダイオード特性の改善の様子を説明した。高倍集光下で高効率を実現するためには、非集光下では特性劣化の原因となるものの中間バンド層の層数をできるだけ多くすることが高効率動作実現に向けて必要である。

第6章では、前章で構築したデバイスシミュレータの3次元系への拡張を行っている。局所した中間バンド電子により伝導方向に垂直な面内でのポテンシャル形状が中間バンド電子濃度に依存する形で影響を受ける様子を明らかにし、このポテンシャルへの影響により、空間的に電子電流と正孔電流が支配的に流れる領域が分離されること、また電子、正孔自身も空間的に分離されることを示した。さらに本章では、非常に早いエネルギー緩和過程としてAuger coolingによる影響についても検討している。

第7章は結論であって、本研究で得られた成果を総括するとともに、将来展望について述べている。

本論文は、中間バンド型太陽電池に対するドリフト拡散法に基づいた自己無撞着デバイスシミュレーション法を実現し、中間バンド太陽電池のデバイス特性並びに構造依存性を明らかにしたオリジナリティーの高い研究である。本論文の特筆すべき研究成果として、中間バンドの電子占有率が中間バンドを介したキャリア生成割合に大きく影響し、中間バンドの占有率をコントロールすることが高効率動作を実現するために重要な鍵となることを明らかにしたこと、またキャリア占有率の制御法として、中間バンドへの不純物ドーピングあるいは集光動作が有効であることを示したこと、などが挙げられる。本論文の研究成果は、今後の高密度量子ドットを用いた太陽電池技術、また光エレクトロニクスデバイス応用に寄与するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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