学位論文要旨



No 129097
著者(漢字) 劉,洋
著者(英字)
著者(カナ) リュウ,ヨウ
標題(和) 光援用過程による酸化亜鉛量子ドットの寸法分布制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 129097
報告番号 甲29097
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7988号
研究科 工学系研究科
専攻 電気系工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大津,元一
 東京大学 教授 浅見,徹
 東京大学 教授 田畑,仁
 東京大学 准教授 八井,崇
 東京大学 准教授 関谷,毅
 東京大学 講師 松井,裕章
内容要旨 要旨を表示する

第1章 研究背景・目的

近年ナノテクノロジーの発展に伴い、量子ドット(QD)を用いたナノスケールのデバイスは非常に盛んに研究されている。QDとは、バルクの材料をnmオーダーまでに微細化することによって得られる微粒子のことである。QDにすることによって電子がQD中に閉じ込められ、エネルギー準位が完全に離散化する。これにより従来のバルク材料で得られなかったような独特な性質が現れる。これにより従来のバルク材料になかった機能を持つデバイスが実現できるようになり、単電子トランジスタ、太陽電池、LEDや近接場光を利用したナノフォトニックデバイスなどが提案されてきた。またエレクトロニクス分野のみならず、生物・化学分野においてもQDをラベリング剤として利用することや、細胞中に新機能を組み込むなどの研究が行われている。今後QDの応用先が更に広がり、次世代の大きな産業となると予想される。

QDを利用したデバイスを実用化するためには、まず高品質なQDを作製する手法を確立させる必要不可欠がある。これまでに様々なQDを作製する手法が提案されてきた。例として基板上にQDを堆積するMBE法やCVD法、また化学的に溶液中でコロイド状のQDを作製するホットソープ法やゾル・ゲル法が挙げられる。しかし従来の研究はいかに所望な材料のQDを作製するかに研究の重点が置かれており、作製したQDの品質を高めるための研究がまだ十分なされていない。そのためにQDをデバイス応用する際に問題となる、「QDの寸法ばらつき」や「結晶欠陥」に対する打開策はまだない。本研究ではこの部分に焦点を当て、寸法ばらつき及び結晶欠陥のない高品質なQDを作製する手法を開発することを目的に研究を進めてきた。具体的には、従来のQD作製手法に光の効果を加えることで、光と物質の間で発生する相互作用を利用した「光援用過程」を用いて寸法ばらつきと結晶欠陥を改善した。本稿ではこれまでに進めてきた研究について述べると共に、今後の予定・展望についても紹介する。

第2章 ゾル・ゲル法によるZnO QD作製

本研究では前節で述べた問題を解決するために「光援用ゾル・ゲル法」を提案し、研究を進めてきたが、本節では光援用ゾル・ゲル法の基本となる従来のゾル・ゲル法を紹介すると共に問題点を提示する。なお本研究ではQDの構成材料として酸化亜鉛(ZnO)を使用した。ゾル・ゲル法は金属の有機材料を加水・脱水反応を通じて、所望金属の酸化物を作製する比較的に新しい作成法である。これまでは薄膜や微細繊維を作製できることで注目されてきたが、近年ゾル・ゲル法を用いてQDを作製する研究も徐々に増えつつある。ゾル・ゲル法を用いる利点として、安価で簡易なプロセスで、高品質かつ大量に作製できることがあげられる。また作製プロセスは基本的に無害の有機溶液中で行われ、また作成環境は大気・室温中で行われるため、工業的に非常に優れた手法と言える。本研究ではゾル・ゲル法を用いてZnO QDを作製した。作製手順は、酢酸亜鉛二水和物1.1gと水酸化リチウム一水和物0.29gをそれぞれエタノール(50ml)に溶解させた後、0℃に冷却してから両者を混合するものである。原料である酢酸亜鉛が脱水反応を繰り返し作製されるZnOHが、脱水反応によりZnO QDの核表面に堆積することでQDが成長する。

ゾル・ゲル法を用いて作製したZnO QDをTEMで観察した結果、ZnO結晶の格子構造を明確に確認することができ、単結晶のZnO QDが作製できることがわかった。またゾル・ゲル法においてQDの寸法は成長時間によって制御することができ、成長時間を長くすることでZnO QDの寸法を増大させることができる。なおZnO QDの成長速度は1日に0.2nmであるため、非常にきめ細かい寸法制御が可能である。しかし、通常のゾル・ゲル法でZnO QDの寸法ばらつきは20%以上と非常に大きいことがTEM写真の画像解析から分かった。また寸法ばらつきに加えてZnOが持つ酸素欠陥も非常に多く含まれていることがPhoto luminescence (PL)測定によって判明した。以上のことからゾル・ゲル法で作製されたZnO QDの品質を改善することが必要である事がわかった。寸法ばらつきと結晶欠陥を改善するために具体的に以下の3つの要求を満たす必要がある。

要求1、平均寸法より大きいQDを選択的に取り除く手法

要求2、成長中のZnO QDから自律的に結晶欠陥を取り除く手法

要求3、平均寸法よりも小さいQDを選択的に取り除く手法

本研究では要求1,2を満たすために「光エッチングゾル・ゲル法」を提案し、要求3を満たすために「ドレストフォトンフォノン援用ゾル・ゲル法」を提案し研究を進めた。

第3章 光エッチングゾル・ゲル法によるZnO QD作製

寸法ばらつきの要因の1つとして、所望の寸法よりも大きいQDが存在することあげられる。本研究では光を用いることで寸法の大きいQDを選択的にエッチングすることで寸法ばらつきを改善する「光エッチングゾル・ゲル法」を提案した。本節ではこれについて述べる。

成長中のZnO QDに対して光を照射することによって、QD中に電子正孔対を励起することができる。励起された電子正孔対はそれぞれZnO QD上に存在するZnとOに対して酸化還元反応を起こし、ZnOをZn2+とO2-に分解することでZnO QDをエッチングできる。これにより光エッチングでZnO QDの成長レートを制御でき、またZnO QDの寸法を制御することができる。QDの吸光度はQDの体積に比例するため、寸法の大きいQDはより光を吸収することで優先的に上記のエッチング反応が進行すると考えられる。そのため平均寸法より大きいQDが選択的にエッチングされることでその数が減少し、これにより寸法ばらつきが改善される。

具体的な実験手法として、通常のゾル・ゲル法と同様にZnO QDの成長溶液を作製し、続いて成長溶液中にHe-Cdレーザを照射した。なおHe-CdレーザはZnO QDの吸収端より十分短波であるためZnO QDによく吸収される。作製されたZnO QDのTEM写真から、光照射しながら成長させたQDは光照射なしで成長させたものよりも寸法が小さくなっていることが確認できた。またTEM写真を画像解析の結果から、光照射ありのものは光照射なしと比べ寸法ばらつきが23%から17%へと低減していることがわかった。以上のことから本手法は前節で述べた要求1を満たすことが確認できた。

なお本手法を用いることで要求(2)を満たすことも可能である。ZnO QD中に存在する結晶欠陥は、ZnOの結晶中に酸素または亜鉛原子の欠落、または過剰含有物が存在することに起因する。結晶欠陥が存在することにより、励起された電子正孔対は欠陥部分にトラップされるために、欠陥発光または非発光緩和過程を経て緩和し、ZnO QDの発光効率は著しく低下してしまう。しかしこのことを逆に利用することで欠陥を取り除くことができる。光エッチングゾル・ゲル法において、QDの成長途中で欠陥が生じると、照射光(λ=325nm)によって励起された電子は欠陥部分に移動し、欠陥部分で酸化還元反応が起きる。これにより欠陥部分がエッチングされ、ZnO QDは欠陥を取り除きながら成長する。実証実験の結果、光エッチングゾル・ゲルを用いて作製されたZnO QD欠陥部分からの発光が減少し、逆にZnO QD本来の発光が増強されることが確認できた。

第4章 ドレストフォトンフォノン援用ゾル・ゲル法によるZnO QD作製

更なる寸法ばらつきの改善を実現するために、平均寸法より小さいQDの数を減らすことも必要である。そのために本研究では寸法の小さいZnO QDの成長を選択的に促進させる「ドレストフォトンフォノン援用ゾル・ゲル法」を提案し、本節ではこれについて説明する。

微細構造にバンドギャップよりも低い光子エネルギーの光を照射することで、微細構造周囲にドレストフォトンを発生させることができる。ドレストフォトンは物質中のフォノンと結合することが可能であり、ドレストフォトンフォノン状態が作られる。これにより従来励起不可能である光学禁制準位であるフォノン準位を励振させることができるようになり、フォノン準位を介した多段励起が可能となる。そのためバンドギャップ以下の低い光子エネルギーでも化学反応を引き起こすことができる。これを利用することで、光によってZnO QDの成長反応を誘起し、ZnO QDの成長を促進させることが可能となる。またドレストフォトンフォノンは寸法の小さい構造に対して強く影響を与える性質があるため、寸法の小さいZnO QDの成長をより強く促進させることができる。これにより寸法ばらつきの改善が予想される。

具体的な実験手法として、ZnO QDの溶液に対して波長671nmのレーザを照射しながらZnO QDを成長させた。なおZnO QDの吸収端は360nm付近であるため、照射光はZnO QDに吸収されない。作製したQDを観測したTEM写真から、光を照射して作製したものは照射せずに作製したZnO QDよりも寸法が大きくなっていることがわかる。このことからドレストフォトンフォノンを介した成長反応が起こっていることが確認できた。また寸法ばらつきも28%から21%へと改善された。以上のことから本手法が要求3を満すことがわかった。

第5章 まとめ・展望

本研究では、ZnO QDの寸法ばらつき及び結晶欠陥を改善するために光援用過程を利用したゾル・ゲル法を提案し研究を進めた。その結果、平均寸法より大きいQDを選択的にエッチングすることにより寸法ばらつきを改善することに成功した。これに加えて結晶欠陥を取り除くことにも成功した。またドレストフォトンフォノンを利用することでQDの成長反応過程を速めることに成功し、平均寸法より小さいQDの成長を選択的に促進させることに成功した。今後は本手法で作製された高品質なQDをデバイスに利用することで、QDデバイスの実用化が大きく前進するであろう。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「光援用過程による酸化亜鉛量子ドットの寸法分布制御に関する研究」と題し、全5章からなる。

第1章「序論」では半導体量子ドット(QD)の性質、構造、種類について述べ、それらの製造方法について解説している。次にナノテクノロジーの発展に伴い、QDを用いたナノ寸法のデバイスの開発が進んでいること、さらに、それに用いる微粒子の寸法を制御する必要性が高まっていることを指摘している。その必要性を満たす為、本研究では光と物質との間で発生する近接場相互作用を利用した光援用過程を用いて寸法ばらつきを抑えること、加えて結晶欠陥を除去することを目的とすると述べている。

第2章「ゾル・ゲル法による酸化亜鉛量子ドットの作製」ではQDの材料として頻繁に使われている酸化亜鉛(ZnO)を対象とし、それを安価で簡易に作製する方法としてゾル・ゲル法を取り上げている。まず作製方法について述べた後、実際に作製されたQDの寸法のばらつき、結晶欠陥の存在を、それぞれ電子顕微鏡、分光装置を用いた観測により評価している。これらの結果を対数正規分布曲線によりあてはめ、かつシミュレーションと比較した上で、これらの性能を改善するために光エッチングゾル・ゲル法を提案している。

第3章「光エッチングゾル・ゲル法によるZnO QD寸法分布の制御及び結晶欠陥の改善」では、原料溶液中でゾル・ゲル法によりQDの寸法を増加させる際、外部から光を照射することにより光エッチングを施してQDの成長レートを抑制することを試みている。He-Cdレーザーを光源として用い、溶液中において一定以上の寸法をもつQDの数の割合を減らすことに成功し、一定以上の寸法をもつQDの数の割合を従来の23%から17%へと減少させている。また、シミュレーションと比較し、実験結果の妥当性を主張している。寸法制御の更なる精度向上のための原理限界について計算を行い、11.7%の限界値を導出している。さらに、本手法により結晶欠陥の数も減少させることに成功し、その結果、ZnOのQDからの固有の発光強度が増強され、発光の量子効率が39%に達することを確認している。

第4章「ドレストフォトンフォノン援用ゾル・ゲル法による寸法分布の制御」では、ゾル・ゲル法により作成中の溶液にQDの共鳴波長より長波長の光を入射し、それにより誘起されるドレストフォトンフォノンの効果を用いて、一定以下の寸法をもつQDの成長を促し、その割合を増やすことに成功し、一定以下の寸法をもつQDの数の割合を従来の28%から21%へと減少させている。また、これらの実験結果を理論的に解析している。さらにまたこの制御特性をQD表面の電気二重層の厚さとの関連から考察し、溶液のLi濃度の減少とともにQDの成長率が減少することを見いだしている。

第5章「結論と展望」では本論文のまとめとして、光エッチングを利用した光援用ゾル・ゲル法において中心寸法より大きい寸法分布を制御することに成功し、さらに結晶欠陥も除去することができたこと、さらにドレストフォトンフォノン援用ゾル・ゲル法において中心寸法より小さい寸法分布を制御することに成功したこと、これらを定量的に評価できたと主張している。さらに残された問題と今後の展望についても記している。

以上を要するに、本論文は光援用過程と称する新しい方法により微粒子の寸法のばらつきを著しく減少させることに初めて成功したものであり、電子工学および光加工技術の発展のために寄与するところが少なくない。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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