学位論文要旨



No 129116
著者(漢字) 松下,雄一郎
著者(英字)
著者(カナ) マツシタ,ユウイチロ
標題(和) 第一原理計算に立脚した凝縮物質の内包空間に広がる電子状態の研究
標題(洋) Theoretical Study on Electron States Floating in Internal Space of Condensed Matter Based on First-Principle Calculations
報告番号 129116
報告番号 甲29116
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第8007号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 押山,淳
 東京大学 教授 今田,正俊
 東京大学 准教授 有田,亮太郎
 東京大学 教授 尾鍋,研太郎
 東京大学 教授 常行,真司
内容要旨 要旨を表示する

I report first-principles electronic-structure calculations that clarify the floating nature of electron states in covalent semiconductors. It is found that wave functions of several conduction- and valence-band states, including the conduction-band minima, do not distribute near atomic sites, as was taken for granted, but float in interstitial channels in most semiconductors. The floating states have a nearly-free-electron (NFE) like character, and extend in the channels broadly without atomic-orbital characters. The electrostatic potential at the channels and the directions and shapes of the interstitial channels depend on the crystal symmetry so that mysterious variation of the energy gaps in silicon carbide (SiC) polytypes is naturally explained by considering the floating nature.

The substantial band-gap variation in SiC has been analyzed by an empirical parameter "hexagonality" for a half century. Yet, I have clarified that the parameter "hexagonality" is a misleading parameter. Instead, I have found that a new parameter channel length, which represents the spatial extension of the floating state, is essential in describing the band-gap variation in SiC. In addition, I have performed the linear-combination-of- atomic-orbitals (LCAO) calculations and compared the results with those calculated by the plane-wave-basis set. It is found that the floating characters in the electron states are difficult to find in the LCAO calculations. We also examined the floating states in pressurized sp3-bonded materials. We have also found that the energy bands consisting of floating states manifest different behavior from other bands consisting of atomic orbitals under the pressurized circumstances.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、「Theoretical Study on Electron States Floating in Internal Space of Condensed Matter based on First-Principle Calculations(第一原理計算に立脚した凝縮物質の内包空間に広がる電子状態の研究)」と題し、論文提出者が行った研究の成果をまとめたものである。論文は7章から成っている。

第1章は序論である。応用上重要な半導体材料、とくにパワー・エレクトロニクス材料として有望なSiCの特性について概観した後、SiCにおいて顕著な結晶多型の存在が説明されている。原子層スタッキングの違いにより、2H構造(ウルツ鉱型)、3C構造(閃亜鉛鉱型)、4H構造、6H構造などの結晶多型が実在し、それらの構造は局所的には4配位の同一構造をもつにも関わらず、バンドギャップの値が原子層スタッキングの相違によって40%程度大きく異なること、また有効質量にスタッキングに依存した大きな異方性が見られることがまとめられている。また、グラファイト、炭素ナノチューブ等の内包空間を有する物質では、原子軌道の線形結合では表せない自由電子的な状態が存在することが紹介されている。これらの研究背景を踏まえて、本研究の目標は、結晶多型に依存した物性の相違を第一原理に基づく理論計算で明らかにすることであると設定されている。

第2章は、本研究に用いた理論的枠組である密度汎関数理論(Density Functional Theory: DFT)の概略と、それに基づく具体的な計算法が述べられている。ボルン・オッペンハイマー近似、密度汎関数理論の基礎定理、コーン・シャム方程式が説明され、交換相関エネルギーに対して一般化勾配近似(Generalized Gradient Approximation: GGA)が導入されている。さらに「凍った殻電子」近似を具体化する擬ポテンシャルの概念が導入されている。それらを踏まえ、本研究における、SiC、AlN、BN、GaN、Si、diamondに対する全エネルギー・電子状態計算の精度を決定する計算パラメータの説明がなされ、さらに得られる計算値の精度が詳細に評価されている。

第3章から第6章に本研究で得られた計算結果とその物理的意味が示され、さらにはこれまでの実験結果との整合性が議論されている。

第3章ではまず、本研究で調べる6種半導体のそれぞれの結晶多型の原子位置、全エネルギー差がDFT-GGA計算で決定され、実験データが存在する場合には、それと良い一致を示すことが確認されている。さらにその原子配置におけるエネルギー帯とバンドギャップが計算され、6種半導体に対して、結晶多型の相違により伝導帯は定性的に異なること、バンドギャップの値も大きく異なることが示されている。バンドギャップの変化の大きさは、実験と定量的に一致している。

この伝導帯の大きな変化の理由を解明するため、SiCの3C構造に着目し、伝導帯下端を形成するブリルアン域内M点の波動関数が詳細に調べられ、それらが原子軌道の線形結合では記述しきれず、結晶内の[110]方向に伸びた格子間チャネルに、主に分布していることを見出し、floating状態と命名している。ブリルアン域の他の点での波動関数も詳細に解析し、floatingの度合いを定量的に算出し、伝導帯下端の状態は、大なり小なりfloating状態であることを示している。またこれはSiCに限らず、3C-GaN、3C-AlN、3C-BNでも共通に見られる特徴であることが解明されている。またエネルギー解析により、広い空間に広がったことによる運動エネルギーの減少と、カチオンからアニオンへの電子移動に起因する静電エネルギーの利得が、伝導帯下端の状態の軌道エネルギーを押し下げ、バンドギャップの減少につながっていることを明らかにしている。さらに2H構造では、伝導帯下端の状態の波動関数は、[0001]方向に伸びた格子間チャネル内にfloatしていることが明らかにされている。結晶多型の違いは、格子間チャネルの方向と長さを規定し、それにより運動エネルギーの減少、静電エネルギーの利得が制御され、固有の伝導帯形状、バンドギャップを生みだすことが示されている。

第3章ではさらに、従来からのLCAO(Linear Combination of Atomic Orbital)法によるバンド計算が実行され、通常の原子軌道を基底として用いた場合には、floating状態が記述できないこと、また拡張された原子軌道を導入すると、floating状態が再現されてくることなどが明らかにされ、基底関数系の完備性が議論されている。また電子のヘビー・ドープにより、floating状態に電子を占有させることが可能であることも示されている。

第4章では、結晶内の格子間チャネルでの静電ポテンシャルの分布が調べられ、floating状態がバンドギャップ付近に出現する成因が議論されている。また圧力印加により、floating状態の軌道エネルギーが低下することが明らかにされ、その物理的理由が、格子間チャネルでの静電ポテンシャルの圧力印加による変化、であることが示されている。これは通常の原子軌道の線形結合からなる反結合軌道の振舞と逆であり、実験で見られているブリルアン域境界の伝導帯下端が圧力印加により下がってくることを説明している。

第5章では、SiCの結晶多型によるバンドギャップの変化が系統的に議論されている。従来、多型でのバンドギャップの変化は、原子層スタッキングにおけるhexagonality(cubic構造を壊すスタッキングの仕方の割合) の違いで議論されてきたが、必ずしも妥当な概念とは云えなかった。本研究では、伝導帯下端がfloatingの性質をもつことより、格子間チャネルの長さがバンドギャップを決定していると予想し、実際24種類の多型のバンドギャップが、チャネル長さによって見事に説明できることが示されている。チャネルに対応する、簡単な円柱閉じ込めモデルによる解析も、DFT-GGA計算の結果を説明することが示されている。第5章ではまた、いくつかの結晶多型で実験的に観測されている、ある特定方向の有効質量の著しい増加が、有限長のチャネルに閉じ込められた状態が、近接するチャネルにホッピングするという新しい描像で説明できることが示されている。無限長のチャネルが存在する方向の有効質量には、そうした増加は見られていないことと整合している。

第6章では、2H-SiCでの自発的分極効果が計算されている。対称性の高い3C構造ではそうした自発分極は存在しないので、2H-3Cの超格子構造を作ると、3C内にも逆方向の分極が発生し、電子・正孔ともに界面、それも互いに反対の界面に2次元的に局在することが示されている。そこでの有効質量の変調が議論されている。

第7章は本研究の結論であり、結果の要約とそこから得られた知見、今後の展望が述べられている。

以上、本研究は、量子論の第一原理に立脚した電子構造計算により、典型的半導体の伝導帯の波動関数が、原子軌道の重ね合わせで記述し難いfloating状態であることを初めて明らかにし、結晶多型の違いによるバンドギャップの変化、有効質量の変化を理解する新たな基礎を提供している。これらの成果は物理工学分野における顕著な寄与と評価できる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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