学位論文要旨



No 129117
著者(漢字) 横田,知之
著者(英字)
著者(カナ) ヨコタ,トモユキ
標題(和) 有機薄膜トランジスタの微細化と高周波増幅器への応用
標題(洋)
報告番号 129117
報告番号 甲29117
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第8008号
研究科 工学系研究科
専攻 物理工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 染谷,隆夫
 東京大学 教授 岩佐,義宏
 東京大学 教授 川﨑,雅司
 東京大学 教授 田中,肇
 東京大学 准教授 関谷,毅
 東京大学 教授 高木,信一
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

フレキシブルエレクトロニクスは、これまでの無機のデバイスとは異なり柔軟性・軽量性を有しており、次世代のエレクトロニクスとして注目が集まっている。その中でも、有機トランジスタは印刷プロセスで作製が可能であるために、大面積・フレキシブルなアプリケーション応用への注目が集まっている。しかしながら、低電圧駆動する有機トランジスタで1 MHz以上の速い動作速度を実現するデバイスは作製が困難であり、アプリケーション応用の幅を狭めてしまっている。

本研究では、有機トランジスタの低電圧駆動かつ高速動作を実現する取り組みとして、絶縁膜にアルミ酸化膜と自己組織化単分子膜(SAM)のハイブリッド構造を、ソース・ドレイン電極にはサブフェムトリッターインクジェット装置を用いて印刷した銀電極を利用した有機トランジスタの作製とその性能評価、アプリケーション応用を行った。

短チャネル有機トランジスタの作製と評価

従来のピエゾ素子を用いたインクジェト装置は、吐出するインクのドットの大きさを微細化することが困難であったために、数10 μm程度までしか微細化することが困難であった。一方で、サブフェムトリッターインクジェット装置は電界を用いてインクの吐出を行うために1 μm程度まで微細化することができる。本研究では、サブフェムトリッターインクジェット装置を用いてチャネル長が1 μmのトップコンタクト構造の短チャネル有機トランジスタの作製を行った。

従来のインクジェット装置で作製したトップコンタクト構造の有機トランジスタは、インクに含まれる有機溶媒の影響のために蒸着で成膜した電極のデバイスに比べてトランジスタ特性が劣化してしまった。一方で、サブフェムトリッターインクジェット装置を用いて作製したデバイスは移動度1.0 cm2/Vsと大きな値を示し、この値は蒸着により電極を作製したデバイスと比較してほぼ同等であった。これは、吐出するインクの量を微小化することにより、インクが基板に着弾する前にほとんどの有機溶媒が揮発してしまい、有機半導体への影響を手減することができたためであると考えられる。実際に、TEMを用いてデバイスの断面を観察したところ、従来のインクジェット装置で作製した有機トランジスタでは、インクが有機半導体層までに浸み込んでしまっていたのに対して、サブフェムトリッターインクジェット装置を用いたデバイスでは、半導体層への浸み込みは観察されなかった。

また、チャネル長の微細化を行うことで、電極幅1 μm、チャネル長1 μmの微細なデバイスを作製することができた。絶縁膜には自己組織化単分子とアルミ酸化膜のハイブリット絶縁膜を用いた。絶縁膜の厚さは合計で6 nmと非常に薄膜であり、3 V以下の低電圧駆動を実現することができる。作製した有機トランジスタの移動度は0.2 cm2/Vs、オンオフ比は107と短チャネルのデバイスとしては大きな値を示し、4 V駆動の際のトランズコンダクタンスの値は760 μS/mmと印刷プロセスを用いた有機トランジスタの中では世界最大の値を示し、この値から見積もられる遮断周波数は4 MHzと大きな値となった。一方で、チャネル長を小さくした際の移動度は、チャネル長が大きなデバイスと比較して、1/5程度の値になってしまった。これは、短チャネル化を行うことにより電極と有機半導体との間にある接触抵抗の影響が大きくなったためであると考えられる。そのため、この接触抵抗を改善することができれば、さらなる高速動作が実現できると考えられる。

さらに、この技術を回路への応用を行った。Pseudo-CMOSインバータ回路を作製したところ、0.5 Vの低電圧でも動作することを確認した。また、2 V駆動の際のインバータのゲインの大きさはおよそ400と非常に大きな値を示した。このインバータを3個つなぐことで、リングオシレータの作製も行い、2 Vで1 kHzの周波数での発振を確認することができた。

フローティングゲート型有機トランジスタ

有機トランジスタの問題点にデバイスの不安定性、ばらつきの大きさがあげられる。そのため、有機トランジスタの閾値電圧を制御することは非常に重要である。特に、作製後に閾値電圧を制御することができれば、デバイスのばらつきや大気による特性変化を低減することが可能である。これまでに、ダブルゲート構造を用いた閾値電圧制御の報告がなされているが、トップゲート絶縁膜の薄膜化が困難であるために低電圧駆動する有機トランジスタの閾値制御には用いることができなかった。

そこで、本研究では有機トランジスタにフローティングゲート構造を用いることで低電圧駆動する有機トランジスタの閾値制御を行った。作製したトランジスタは2 Vでの駆動を実現し、-6 Vのプログラミング電圧を印加することで2 V以上の閾値電圧の変化を実現することができた。また、プログラミング電圧を変化させることで閾値電圧の変化量を制御することができた。

さらに、この回路を有機CMOS回路に応用することでインバータのスイッチング電圧の制御も試みた。作製したCMOSインバータは1.5 Vの低電圧駆動を実現した。また、プログラミング電圧をコントロールゲート電極に印加することで、スイッチング電圧を動作領域である0 Vから1.5 Vの間で変化させることができた。その際に、インバータのゲインの大きさは変化しておらず、スイッチング電圧のみを制御変化させることができることを確認できた。また、CMOSインバータを5段に接続したリングオシレータを作製し、プログラミング電圧によりオシレータの発振を制御するできることを確認した。

Pseudo-CMOSインバータを用いた有機増幅回路

フレキシブルエレクトロニクスの応用として近年注目を浴びている分野として生体・医療デバイスがある。その中でも、特に生体信号の測定などにフレキシブル電極やプローブが行われている。しかしながら、生体信号はシグナルの大きさが1 μVから数 mVと非常に微細である。そのため、多点測定を行うとするとノイズやクロストークの影響を受けてしまい、きちんと測定を行うことが困難である。これらを解決する方法として、生体信号を生体直下で増幅することで、配線中のノイズやクロストークの影響を減らすという方法がある。本研究では、このような生体応用を実現するために重要であると考えられる増幅回路を、Pseudo-CMOS回路技術を用いることで作製を行った。

まず、従来の75 μmの厚さの基板上に増幅回路の8×8のマトリックス作製を行った。作製した増幅回路は、フローティングゲートを有しており、トランジスタのアクティブマトリックスによりPseud-CMOS回路のスイッチング電圧を制御することができる。この構造を用いることで、制御前には400 mV程度あったばらつきを20 mV程度まで低減することができた。また、400程度の非常に大きなインバータのゲインは、スイッチング電圧の制御を行ったとしても変化することはなかった。このアクティブマトリックスをPVDFとつなげることで圧力センサへの応用を試みた。PVDFを押すと、内部分極により10 mV程度の微小な電圧を発生する。この電圧を増幅回路により100 mV程度に増幅することに成功した。

さらに、1.2 μmの厚さの非常に薄膜のPENフィルム基板上へ増幅回路の作製のための最適化を行った。薄膜フィルムは生体との密着性が高く、生体応用を考える上ではこのような基板上に増幅回路を作製することは非常に重要である。作製した有機トランジスタ、増幅回路は厚い基板に作製したデバイスとほぼ同等な特性を実現することができた。さらに、実際にネズミの心臓の生体信号の増幅を行い、1 mV程度の信号を100 mV程度まで増幅することに成功した。

サブフェムトリッターインクジェット装置とSAM絶縁膜を組み合わせることで、5 V以下の低電圧駆動かつ1 MHz以上の高速動作を同時に実現することができることが実証された。さらに、フローティングゲート構造が有機トランジスタのばらつき低減に有効であることも実証することができた。また、実際に有機トランジスタを用いて作製した増幅回路による生体信号の増幅も実現することができた。これらの実験結果は、今後の有機トランジスタの生体・医療への応用が可能であることを示す結果である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究においては、有機トランジスタの低消費電力化、高速動作化、特性ばらつきの低減を進め、さらに、集積回路を試作して有機増幅回路を試作することによって、その生体・医療への応用のフィージビリティーを示している。

フレキシブルエレクトロニクスは、これまでの無機のデバイスとは異なり柔軟性・軽量性を有しており、次世代のエレクトロニクスとして注目が集まっている。その中でも、有機トランジスタは印刷プロセスで作製が可能であるために、大面積・フレキシブルなアプリケーション応用への注目が集まっている。しかしながら、低電圧駆動する有機トランジスタで1 MHz以上の速い動作速度を実現するデバイスは作製が困難であり、アプリケーション応用の幅を狭めてしまっている。そこで、本研究では、有機トランジスタの低電圧駆動かつ高速動作を実現する取り組みとして、絶縁膜にアルミ酸化膜と自己組織化単分子膜(SAM)のハイブリッド構造を、ソース・ドレイン電極にはサブフェムトリッターインクジェット装置を用いて印刷した銀電極を利用した有機トランジスタの作製とその性能評価、応用を行った。

まず、サブフェムトリッターインクジェット装置を用いてチャネル長が1 μmのトップコンタクト構造の短チャネル有機トランジスタの作製を行った。絶縁膜には自己組織化単分子とアルミ酸化膜のハイブリット絶縁膜を用いた。絶縁膜の厚さは合計で6 nmと非常に薄膜であり、3 V以下の低電圧駆動を実現できた。作製した有機トランジスタの移動度は0.2 cm2/Vs、オンオフ比は107と短チャネルのデバイスとしては大きな値を示し、4 V駆動の際のトランズコンダクタンスの値は760 μS/mmと印刷プロセスを用いた有機トランジスタの中では世界最大の値を示し、この値から見積もられる遮断周波数は4 MHzと大きな値となった。さらに、この技術を応用して、Pseudo-CMOSインバータ回路を作製したところ、0.5 Vの低電圧でも動作することを確認した。また、2 V駆動の際のインバータのゲインの大きさはおよそ400と非常に大きな値を示した。

次に、有機トランジスタの閾値電圧制御に取り組んでいる。これまでに、ダブルゲート構造を用いた閾値電圧制御の報告がなされているが、トップゲート絶縁膜の薄膜化が困難であるために低電圧駆動する有機トランジスタの閾値制御には用いることができなかった。本研究では有機トランジスタにフローティングゲート構造を用いることで低電圧駆動する有機トランジスタの閾値制御を実現した。さらに、この回路を有機CMOS回路に応用することでインバータのスイッチング電圧を動作領域である0 Vから1.5 Vの間で変化させることができた。その際に、インバータのゲインの大きさは変化しておらず、スイッチング電圧のみを制御変化させることができることを確認できた。

さらに、フレキシブルデバイスの生体応用を進めるためにキーとなる有機増幅回路を、Pseudo-CMOS回路技術を用いることで作製を行った。まず、厚さ75 μmの基板上に増幅回路の8×8のマトリックス作製を行った。作製した増幅回路は、フローティングゲートを有しており、トランジスタのアクティブマトリックスによりPseud-CMOS回路のスイッチング電圧を制御することができる。この構造を用いることで、制御前には400 mV程度あったばらつきを20 mV程度まで低減することができた。また、400程度の非常に大きなインバータのゲインは、スイッチング電圧の制御を行ったとしても変化することはなかった。このアクティブマトリックスをPVDFとつなげることで圧力センサへの応用に成功した。さらに、1.2 μmの厚さの非常に薄膜のPENフィルム基板上へ増幅回路の作製のための最適化を行った。薄膜フィルムは生体との密着性が高く、生体応用を考える上ではこのような基板上に増幅回路を作製することは非常に重要である。作製した有機トランジスタ、増幅回路は厚い基板に作製したデバイスとほぼ同等な特性を実現することができた。さらに、実際にネズミの心臓の生体信号の増幅を行い、1 mV程度の信号を100 mV程度まで増幅することに成功した。

以上、要するに、本研究においては、サブフェムトリッターインクジェット装置とSAM絶縁膜を組み合わせることで、5 V以下の低電圧駆動かつ1 MHz以上の高速動作を同時に実現することができることが実証された。さらに、フローティングゲート構造が有機トランジスタのばらつき低減に有効であることも実証することができた。また、実際に有機トランジスタを用いて作製した増幅回路による生体信号の増幅も実現することができた。これらの研究成果は、今後の有機トランジスタの新応用として生体・医療への可能性を明らかにしたもので、物理工学における貢献は大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

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