学位論文要旨



No 129120
著者(漢字) 陳,豊文
著者(英字)
著者(カナ) チン,リブン
標題(和) メゾプラズマCVDによるパターン基板上Si高速エピタキシャル成長に関する研究
標題(洋)
報告番号 129120
報告番号 甲29120
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第8011号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 霜垣,幸浩
 東京大学 准教授 神原,淳
 東京大学 講師 澁田,靖
 東京大学 教授 藤岡,洋
内容要旨 要旨を表示する

昨今、温室効果ガスの排出量は増え続けており、地球温暖化は世界各国が最も早急に解決しなければならない問題である。その対策の一つとして、二酸化炭素の排出量を如何に低減させるかというところに着目した。特に、先進国では二酸化炭素の排出量を大幅に削減することが求められている。そこで、再生可能エネルギー等新しいエネルギー源の開発が促進されており、環境に対する影響が極めて少ないクリーンなエネルギーの一つである太陽光発電に再び注目が集まっている。経産省から発表されたエネルギー長期需給見通しでは2030年に最も導入量が多く、かつ現在と比べ、伸び率が高いのは太陽光発電であると位置づけられている。他の発電方式と比較すると、太陽光発電は設置制限が少なく、運送に適した小型製品があり、発電時に廃棄物、排水、排気が発生しないという利点がある。

太陽電池は用いられている材料で分類できる。市場でも様々な種類の太陽電池が存在し、その種類は、大まかにはSi系、化合物系、有機系の三つに分類されるが、最も広く用いられているのがSi系である。数多くの種類の太陽電池の中で、特に光安定性、高変換効率、省原材料利用等の観点から、将来的に使用される可能性が大きいのがSi系に所属する結晶系Si薄膜太陽電池であり、バルクの結晶系Si太陽電池とは違い、材料不足の心配がない。特に薄膜太陽電池の中では、単結晶Siの発電変換効率(~20 %)は微結晶(~12 %)と多結晶太陽電池(~16.6 %)より高く、また単結晶Siは少数キャリアの再結合が少なく、キャリア寿命が長いため、太陽電池の理想的活性層として期待される。

単結晶Si薄膜太陽電池の場合、間接遷移型のエネルギーバンド構造であり光吸収係数が小さいため、有効的に光を閉じ込めうる表面テクスチァーや裏面反射層を導入しても、アモルファスSi薄膜太陽電池の厚さ400~500 nmと比較すると5 μm以上と10倍程度の厚みが必要となる。さらに、この厚み5 μm以上の膜を転写(レイヤートランスファー)できるよう、いわゆる、Siウエハーを利用しその上にソーラーグレードのエピ層(ウエハー等価薄膜)を成長させ、この単結晶Si膜を低コストのガラスあるいはプラスチック基板に移転させるため、膜と基板の間に分離層を形成することが必要である。しかし、分離層としての多孔質の基板上にエピタキシャル薄膜を堆積するELTRAN(Epitaxial Layer Transfer)技術は多段階プロセスであり、水素blisteringを利用するSmart-Cut法は分離層の深さに限界があるという問題を有す。また、単結晶Si薄膜を実現するため、高堆積速度と大面積エピタキシャル堆積技術が必要である。したがって、この次世代単結晶厚膜Si太陽電池の実現に向けては、新たなプラズマを利用し、高速、高品質のエピタキシャル成長技術の確立と共に、異種基板上への単結晶膜のトランスファーに関する研究が必要である。

本研究は基板の上方に急な温度勾配に起因する強い熱泳動によるクラスターの形成が、高速堆積にとって重要なキーであることを提案した。この成長前駆体の存在は堆積プロセスにおけるメゾプラズマの応用にとって一つ重要な特徴だと考えられる。そして、モノシラン(SiH4)を用いてメゾプラズマ化学気相堆積法(Chemical vapor deposition, CVD)により、厚さ数十μmのエピタキシャルSi膜を60 nm/sの高堆積速度で実現している。さらに、約360 ℃の堆積温度で生成した膜のホール移動度はほぼウエハーの80 %の品質を維持していることが確認された。このプロセスのメカニズムとして、プラズマのフレームは基板の上部で急冷されるため、熱境界層が生成し、原料ガスがメゾプラズマコア内で原子状態に完全分解し、この熱境界層を通過すると高温のSi蒸気が凝縮し、成長前駆体としてクラスターを生成することが考えられる。実際、その場X線散乱の測定により、原料ガスが導入された場合のみナノサイズのSiクラスターの形成に関連する結果が熱境界層から得られた。また、散乱プロファイルの詳細な分析によって、散乱体は平均サイズ約2~3 nm程度の球状構造で原子は緩く結合したものである可能性が示された。これらのユニークなナノクラスターが、高速低温エピタキシーの成長前駆体として寄与していると考えられるが、その詳細なメカニズムはまだ明確にされていない。

一方、プラズマ内基板直上の境界層での数μ秒程度と推察されるクラスター生成過程とその基板衝突に伴う原子スケールのエピタキシャル成長時の原子の動きを直接観察することはほぼ不可能である。それゆえに分子動力学法が金属系のクラスター堆積過程、並びにサイズと基板温度による依存する粒成長挙動におけるクラスターの役割解明ために利用されている。また、Siクラスターの基板上での堆積挙動にも適用された例も数件報告されている。しかし、凝縮時のクラスターの生成過程そのもの、およびそれに続く高速エピタキシャル成長の観点からの検討報告例はない。

このような現状に鑑み、本研究では、次の2点に重点化した研究を進め、これらを統合することで、ユニークな特徴を持つクラスターを成長前駆体としてのメゾプラズマCVDにおける高速単結晶Si薄膜の成長と理解に基づいて、単結晶Si厚膜を異種基板上へトランスファーする開発指針を提示することを目的とする。

(1)分子動力学法の解析により、高温状態でのSi/H原子の高速凝縮過程で形成したナノクラスターの基本的な物性とナノクラスター支援高速エピタキシャル成長における役割の解明に重点を置く。

(2)ウエハー上に堆積された単結晶Si厚膜と基板の間に分離層として導入するSiO2パターンを施した基板への、ナノクラスター支援メゾプラズマCVDを利用した横方向オーバーエピタキシャル成長の実現と成長機構の理解。これらに基づき、高品質単結晶Siのリフトオフ技術開発に必要となる技術要件を明確にする。

分子動力学法を用いた解析により、メゾプラズマCVDにおける高温蒸気からの急速冷却過程において、ナノクラスターの形成過程とそれに続く高速エピタキシャル成長のメカニズムを解明した。また、ナノクラスター支援メゾプラズマCVDを利用し、原料ガスSiHCl3とRF入力を主なパラメータとして、SiO2パターン基板(Line/Space: 4/4 μm)上でSiHCl3 20 sccm、RF入力33 kWで、平均堆積速度104 nm/sの全面エピタキシャル膜の高速堆積を達成した。分子動力学法によるクラスター成長前駆体の形成過程、クラスターと基板との相互作用、そして、ナノクラスター支援メゾプラズマCVDによる酸化膜パターン上のオーバー成長に着目して、調査結果より以下の知見を得た:

(1)基板表面とメゾプラズマフレームの間の急激な温度勾配により生じた熱境界層を基に行った計算により、高温Si蒸気からの急速冷却過程で、Si原子は凝縮し液体のように緩く結合したSiナノクラスターを形成することが確認された。

(2)成長前駆体としての2~3 nm程度のクラスターの形成が自発的な自己組織化と瞬間的な変形により高速エピタキシャル成長を実現する可能性が示唆された。一方、5~8 nm程度のクラスターにおいては基板近傍のみで原子が再配列することにより、多結晶成長になる傾向が観察された。

(3)2~3 nm程度のクラスターにおける、エピタキシャル成長のメカニズムについて、クラスター内部/外部を構成する原子のポテンシャルエネルギーの違い、すなわち、表面効果により、小さなクラスターがより変形しやすいことを判明した。そして、マルチクラスター堆積の計算結果より、このような小さなクラスターの堆積による薄膜は、より高品質となると考えられる。

(4)分子動力学法により、緩く結合したSi:Hクラスターは高温のSi/H原子状態からの連続冷却過程中に生成することが確認された。液体のようなクラスターとしての特徴は、H原子が添加されたSi:HクラスターにおいてもSiクラスターと特に変わらないが、Siクラスターと比べるとより低温の基板で、変形/自己組織化することが分かった。水素添加により、より低温で高速、高品質のエピタキシャル膜が成長することが可能になると考えられる。これは、比較的高いポテンシャルのH原子が存在することで、系全体のポテンシャルエネルギーが上がったと考えられ、特にH原子が内部までに入り込むと、その傾向はより顕著になる。よって、水素添加により、クラスターの変形が促進されると考えられる。また、クラスター内部と表面に存在しているH原子がSi原子とラジカルを形成しクラスターから離脱することにより、Si:Hクラスター内部のSi原子はより広い空間で再配列することができると考えられる。

(5)ナノクラスター支援メゾプラズマCVDにより、SiO2パターン基板上において、選択エピタキシャル成長(SEG)および横方向エピタキシャルオーバー成長(LEO)を行う適切な条件を見つけ、高速エピタキシャル膜をオーバー成長させ得ることを確認した。原料ガスを投入する前のAr-Hプラズマによる予備加熱時間を最小限にコントロールできれば、SiO2パターンはプラズマによりエッチンツされることを防ぐことができる。また、高堆積速度でのSEG/LEOを達成するため、低流量の原料ガスと高入力のRF入力が求められている。原料ガスの流量は多くなると、熱境界層で生成したクラスターのサイズが大きくなり、酸化膜表面上で核生成しやすく、多結晶成長しうると考えられる。一方、RF入力は高くなると、サイズの小さいクラスターが形成しやすいと思われる。そして、高RF入力によるエッチング作用も強くため、酸化膜表面上での核生成を抑制することが可能であると考えられる。

以上より、本研究では分子動力学法による高速エピタキシャル成長の理解およびSiO2パターン基板上の高速単結晶Si堆積を試みた。メゾプラズマCVDにより、厚み数μmの単結晶Si膜が数秒で堆積されることから、本手法が次世代単結晶厚膜Si太陽電池の実現の確立への礎となり、延いては応用分野拡大に向けた新たなプロセス設計へ繋がることを期待したい。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「メゾプラズマCVDによるパターン基板上Si高速エピタキシャル成長に関する研究」と題して、メゾプラズマCVDのナノクラスター支援エピタキシャル成長機構を、分子動力学を用いてクラスター生成とその基板衝突ダイナミクスの観点から明らかにすると共に、当該成膜法によるパターンマスク基板上への単結晶薄膜成長の実現と、その横方向オーバー成長のメカニズムを議論したものである。

単結晶Siは太陽電池の理想的な光活性層であり、必要厚みの単結晶Si膜のみを低コスト異種基板に転写させた薄膜単結晶太陽電池に期待が寄せられている。この次世代太陽電池の実現には、高速エピタキシャル成長技術開発のみならず、何らかのリフトオフプロセス開発が必要であり、本研究ではSiO2パターンマスクを施したSi基板上への横方向エピタキシャルオーバー成長(以下LEOと略す)が検討されている。ごく最近、メゾプラズマCVDが高速エピタキシャル成長技術として期待され、その成膜機構はプラズマガスの急速凝縮時に形成する粗に結合した2~3nm程度のSiナノクラスターが成膜前駆体として組織形成過程に重要な役割を果たすことが実験的に示唆されてきた。しかし、その詳細な成膜メカニズムや当該手法のLEO技術への展開可能性は、未だ明らかに確にされていない。以上を背景として、本論文では、クラスターの生成・衝突挙動の観点からナノクラスター支援エピタキシャル成長機構を明確化すると共に、当該成膜法によるLEO成長を実証し、これを可能とする機構と技術的要件について議論している。本論文は以下の5章から成る。

第1章は序論であり、太陽電池グレードSiの各種製造法の特徴と課題、並びに単結晶薄膜Si太陽電池開発に向けた技術要件をまとめ、メゾプラズマCVDの位置づけを明確にすると共に、クラスター支援高速エピタキシャル成長の基本成膜機構を詳説することで、本研究の目的を明確にしている。

第2章では、高温Si蒸気の凝縮に伴うナノクラスター形成とそれに続く基板表面での衝突に伴う相互作用を、分子動力学法を用いて詳細に検討している。具体的には、冷却過程の融点前後の温度領域にて凝縮を開始し、Si原子が緩く結合した液体様構造を呈する球状のナノクラスターが生成することを確認すると共に、当該ナノクラスターが、サイズ依存のない粗な原子構造を特徴とすることを導出している。また、これらナノクラスターのSi基板衝突時に、クラスター自体が扁平すると共に変形クラスターの基板表面から2~3nmの領域内にある構成原子が基板と同一の結晶格子位置に瞬時に自発的に再配列することを確認し、2~3nm程度のサイズと粗に結合した原子構造に起因する瞬時的原子再配列挙動が高速エピタキシャル成長を可能とする基本機構であると説明している。さらに、水素を含有した混合気相の冷却時には、前述Siクラスターと類似の液体様構造でH原子を内包した水素終端Si:Hクラスターが形成することを示し、特に重要な点として、これらSi:Hクラスターの衝突扁平・原子再配列挙動が、Hを含まないクラスターよりも低温度で生じることを示している。また、その原因としてSi原子よりも高いポテンシャルエネルギー状態にあるH原子が扁平と同時にクラスター表面へ移動することで、Si原子の移動が有利となる粗なクラスター構造となり、原子再配列が促進されるとして水素添加効果を論じている。

第3章では、メゾプラズマCVDにより、SiO2パターンマスクを施したSiウエハ基板上へ堆積を行い、堆積速度約100nm/sで膜厚5μmの単結晶Si膜を基板全面に堆積できることを実証した。また断面TEM観察等よりマスクの無いSiウエハ領域からのLEO (横方向エピタキシャルオーバー成長)であること確認すると共に、LEO速度が上方向への堆積速度に対して少なくとも1桁以上速いこと、更にSiO2マスク厚みの減少によって更に1桁程度高速化する傾向を実験的に示している。

第4章では、前章で実験的に確認されたSiO2膜厚に依存する超高速LEO成長の基本的な機構について、プラズマに晒される基板表面の負電荷密度及び負に帯電したSiクラスターの相互作用に起因して生じるSi原子のSiO2上表面拡散の観点より論を展開している。即ち、負に帯電したSiナノクラスターが負に帯電したSiO2膜へ衝突する場合には、SiクラスターのSi上でのエピタキシャル成長モードとは異なり、Si原子への分解機構が支配的に成ると推定し、SiO2膜上での原子状Siの表面拡散と滞在寿命を考慮した横方向エピ成長モデルを構築している。その結果として、観察された高速LEO成長が基本的に本機構で説明され得ること、表面負電荷密度が増加する環境下ではSiの特性表面拡散距離が1桁程度長くなりうること等を示している。

第5章は総括であり、ナノクラスターを成膜前駆体とする高速エピタキシャル成長機構の特徴と、高速横方向エピタキシャルオーバー成長の基本メカニズムをまとめ、将来の単結晶Si薄膜太陽電池プロセスへの応用に際する技術要件をまとめている。

以上を要すると、本研究は、ナノクラスター支援高速エピタキシャル成長機構をクラスターダイナミクスの観点から詳細に解明すると共に、SiO2マスク基板上の高速横方向エピタキシャルオーバー成長を実現し、その基本メカニズムプラズマ材料科学の観点から論じているものであり、材料工学分野に対する貢献は極めて大きい。よって本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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