学位論文要旨



No 129126
著者(漢字) 武元,宏泰
著者(英字)
著者(カナ) タケモト,ヒロヤス
標題(和) siRNA-ポリマーコンジュゲート体を用いたsiRNAデリバリーシステムの構築と機能評価
標題(洋) Development and evaluation of siRNA-polymer conjugate for PIC-based siRNA delivery system
報告番号 129126
報告番号 甲29126
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第8017号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,一則
 東京大学 教授 石原,一彦
 東京大学 教授 一木,隆範
 東京大学 准教授 伊藤,大知
 東京大学 特任准教授 長田,健介
内容要旨 要旨を表示する

small interfering RNA (siRNA)は、細胞内において自身の配列と相補的なmRNAを特異的に切断する現象、RNA interference (RNAi)を誘導することで広く知られている1。2003年にヒトゲノム解析が完了して遺伝子治療への道が拓かれた現在、RNAiはその優れた遺伝子選択性のため医療への応用が期待されており、標的疾患としてはC型肝炎やHIV、がん等が盛んに研究されている2。核酸医薬として同様に研究されているプラスミドDNA(pDNA)が核まで送達される必要があるのとは異なり、siRNAは細胞質内に導入されればRNAiを誘導できる上、遺伝子改変を施さなくてすむという倫理的観点、なおかつその効果は1週間程度で無くなるという代謝の観点からも、次世代型の医薬としての期待は大きい。そのような期待に応えるためにも、siRNAを標的細胞内に可能な限り効率的に送達するためのデリバリーシステムが必要となる。

siRNAやpDNAに代表される核酸は、細胞膜と同様に負電荷を帯びているため、細胞膜を容易に透過出来ない。そこで、核酸とカチオン性ポリマーとでポリイオンコンプレックス(PIC)形成を行い、負電荷を中和することにより、細胞内への移行を促進する方法が広く受け入れられている3。この手法では、PIC内に核酸を内包することで核酸分解酵素からの保護が見込まれる上、PICの調製自体が簡便であるという長所もある。ところが、siRNAは短い剛直性分子であるため、siRNA由来のPICは血清培地中では不安定であることが知られている。そこで本研究では、柔軟なポリマーに対して複数のsiRNA分子をグラフト導入することにより、siRNA由来のPICの安定性を改善する手法を開発した4。この手法では、siRNAグラフト共重合体の有する電荷数が単量体のsiRNAに比べて多いため、カチオン性ポリマーとの静電相互作用が増大し、結果として血清培地中でも安定なPIC形成が可能となる。さらに、長い二本鎖のRNAは免疫反応を誘導することが知られているが5、本研究の分子デザインではsiRNAの主鎖への導入は細胞内環境に応答して開裂するリンカーを介して行われているため、低い免疫原性でもって効率的に遺伝子発現抑制を誘導することが期待される。

まず本研究では、ポリアスパラギン酸側鎖に対してジスルフィド結合を介してsiRNAを導入したPAsp(-SS-siRNA)を開発した(図1)。これは細胞内外の還元環境の差異を利用してPICの安定性をコントロールするものである。細胞内環境は細胞外に比べてより還元的であり、それは還元性物質であるグルタチオンの細胞外濃度が数μMであるのに対し細胞内では数mMに昇ることに由来する。実際に、PAsp(-SS-siRNA)由来のPICは血清培地中で安定であったが、還元性物質を加えた条件下では不安定化し、siRNAを遊離することが確認された。さらに、ルシフェラーゼを恒常的に発現するマウスメラノーマ(B16F10-Luc)を用いた細胞実験において、PAsp(-SS-siRNA)由来のPICは、単量体siRNA由来のPICに比べて5倍量のsiRNAを細胞内へと送達可能であることがわかった。これは、PAsp(-SS-siRNA)由来のPICが血清培地においても安定に存在できることに帰結される。遺伝子発現抑制能においても、PAsp(-SS-siRNA)由来のPIC(80%の効果)は単量体siRNA由来のPIC(30%の効果)に比べて強力なルシフェラーゼ発現抑制を誘導した。

一方で、PAsp(-SS-siRNA)に代表されるグラフト共重合体では、ポリマー同士のカップリング反応がしばしば合成手法として用いられるが、その反応効率は低いことが多い。実際に、PAsp(-SS-siRNA)の合成ではカップリング効率は30%程度であり、70%のRNAが無駄となっている。よって、ポリマー同士のカップリング効率を改善することが出来れば、合成の際のRNAの無駄が低減されるだけでなく、液体クロマトグラフィーを利用した煩雑な精製操作も不要となる。そこで、カップリング反応の改善を目指し、Copper free Click Chemistry(CFCC)6に着目した。CFCCはアジド基とシクロオクチンとのカップリング反応であり、低温においても高い効率でポリマーを低分子修飾することが可能である。しかし、CFCCでのポリマー同士のカップリングは報告に乏しく、実際にsiRNA末端修飾アジド(siRNA-アジド)とPoly(ethylene glycol)末端修飾シクロオクチン(PEG-シクロオクチン)とのカップリングによりPEG-siRNAの合成を水溶液中で試みたところ、反応溶液を室温にて2日間静置してもsiRNA-アジドの反応率は60%と芳しくなかった。siRNAに代表される生体高分子を長時間水中に置くことは、バクテリアの発生や酵素による分解等の問題をはらむため好まれない。そこで、さらなるカップリング反応改善の試みとして、反応溶液の凍結・解凍という簡便なプロセスを通じて、凍結の際に誘起される溶質の濃縮現象に基づいて反応率を向上させる手法を開発した7。siRNA-アジドとその2倍のモル量のPEG-シクロオクチンとを水溶液中で混合し、-30℃にて一晩凍結した後に4℃で解凍すると、siRNA-アジドの反応率は約95%であった。このことから、凍結・解凍処理により反応率が飛躍的に向上することが示された。また、凍結温度を-80℃にすると反応率は解凍温度に依らず約10%であり、凍結温度を-30℃としても解凍温度を42℃にすると反応率は約75%となったことから、凍結・解凍の温度が反応率向上に重要であることが明らかとなった。一般に、凍結時に高い温度を設定することで水分子の結晶化が誘起されやすくなり、それに伴って溶質分子が系内で追いやられることで溶液が局所的に濃縮される8。凍結・解凍処理によるCFCCカップリング反応の促進においても同様の現象が起きていると考えられる。さらに、凍結・解凍処理により合成されたPEG-siRNAが(変性などを起こさずに)生物活性を維持していることを調べるために、ルシフェラーゼ安定発現ヒト子宮頸がん細胞(HeLa-Luc)に対して市販の遺伝子導入試薬(Lipofectamine RNAiMAX)を用いたトランスフェクション実験を行った。結果として、PEG-siRNAは通常の単量体siRNAと同等のルシフェラーゼ発現抑制を誘導した。このことから、凍結・解凍処理の後でもsiRNAの生物活性が維持されていることが確認された。

さらに、この凍結/融解の手法を用いることにより、後期エンドソーム内pHに相当する弱酸性条件下で、電荷がアニオンからカチオンへ反転するポリマー(Charge Conversional Polymer、CCP)を主鎖としてsiRNAが側鎖に導入された新規siRNAグラフト共重合体(CCP(-siRNA))を開発した(図2)。CCP(-siRNA)では弱酸性条件下にて主鎖の電荷が反転する際にsiRNAが遊離し、反転した後に生成したカチオン性ポリマーがエンドソーム膜を破壊することで、エンドソーム内包物の細胞質への移行を促進するように設計されている(CCP(-releasable siRNA))(図2a)。実際に、CCP(-siRNA)は合成時のカップリング効率が約95%であり、そのPICをルシフェラーゼ安定発現ヒト卵巣がん細胞(SKOV3-Luc)に対してトランスフェクションすると、単量体siRNA由来のPIC(エンドソームとの共局在率70%)に比べて効果的にsiRNAがエンドソームから細胞質へと移行する様子(エンドソームとの共局在率30%)が確認された。さらに、CCP(-siRNA)由来のPICは、単量体siRNA由来のPIC(10%の効果)に比べて有意に高い遺伝子発現抑制(50%の効果)を達成した。また、CCPが電荷反転を起こしてもsiRNAがポリマー主鎖から遊離しないように設計されたポリマー(CCP(-unreleasable siRNA))(図2b)を用いてPICを調製すると、CCP(-releasable siRNA)由来のPICと同等の遺伝子発現抑制を実現するものの、有意に高い免疫反応(IFNα産生)を誘導した。このことから、低い免疫原性を備えた分子設計に対して、siRNAが主鎖から遊離する機能の重要性が示唆された。

本研究では、siRNAグラフト共重合体を基盤としてPIC型siRNAデリバリーを展開することにより、効率的な遺伝子発現抑制の誘導に成功した。次に、siRNAグラフト共重合体を合成する際に課題となっていたカップリング効率を飛躍的に向上させる合成手法を新規に考案し、その手法を応用することによりsiRNAグラフト共重合体合成時に生じる未反応のsiRNA量を大幅に削減した。また、siRNAグラフト共重合体の主鎖としてエンドソーム脱出能を有する機能性ポリマー(CCP)を採用することにより、siRNAを効率的に細胞質へ送達することに成功した。さらに、siRNAグラフト共重合体においてsiRNAが主鎖から遊離する機能(化学結合)を組み込むことで免疫原性が低下することを実証し、低い免疫原性と高い薬理活性を両立する新規siRNAプロドラッグの開発に成功した。

1 Elbashir, S. M.; Harborth, J.; Lendeckel, W.; Yalcin, A.; Weber, K.; Tuschl, T. Nature 2001, 411, 494-4982 Castanotto, D.; Rossi, J. J. Nature 2009, 457, 426-4333 Kircheis, R.; Wightman, L.; Wagner, E. Adv. Drug Deliv. Rev. 2001, 53, 341-358.4 Takemoto, H.; Ishii, A.; Miyata, K.; Nakanishi, M.; Oba, M.; Ishii, T.; Yamasaki, Y.; Nishiyama, N.; Kataoka, K. Biomaterials 2010, 31, 8097-81055 Manche, L.; Green, S. R.; Schmedt, C.; Mathews, M. B. Mol. Cell Biol. 1992, 12, 5238-52486 Jewetta, J. C.; Bertozzi, C. R. Chem. Soc. Rev. 2010, 39, 1272-12797 Takemoto, H.; Miyata, K.; Hattori, S.; Osawa, S.; Nishiyama, N.; Kataoka, K. Bioconjugate Chem. 2012, 23, 1503-15068 Hagiwara, T.; Mao, J.; Suzuki, T.; Takai, R. Food Sci. Technol. Res. 2005, 11, 407-411

(図1 PAsp(-SS-siRNA)の構造式)

(図2 CCP(-releasable siRNA)

(図3 CCP(-unreleasable siRNA)

審査要旨 要旨を表示する

siRNAは、配列特異的に遺伝子発現抑制(RNAi)効果を誘起することから、核酸医薬として注目されている。siRNA医薬の実用化には、その効果を最大限に高めるドラッグデリバリーシステム(DDS)が必要となる。核酸DDSの手法として、siRNAを化学修飾するコンジュゲート体の開発があり、核酸デリバリーに必要とされる機能をsiRNAに直接付与できる利点がある。しかし、siRNAコンジュゲート設計に関するマテリアル工学上の知見は不足しており、合理的な設計指針及び合成法は確立されていない。本研究では、その課題を解決するために「高いRNAi効果と低い免疫原性を両立するsiRNAコンジュゲートの設計指針の確立」と「高い生産性を有する合成法の開発」を目的に掲げている。以下、各章毎に、本論文の審査結果の概要を述べる。

第1章では、siRNA医薬開発の背景、及び本研究の目的とその方法論を説明している。具体的な方法論として、ポリイオンコンプレックス(PIC)の高機能化に向けたsiRNAコンジュゲート設計を述べている。一般に、PIC形成により核酸の細胞取り込みは増大し、高い薬理活性が期待される。しかし、単量体siRNAあたりの負電荷数は、安定なPICを得るには少ない。そこで、複数のsiRNAを共有結合で繋げ、高分子1本あたりの電荷数を増大させたsiRNAコンジュゲート高分子を提案している。これに関して、siRNAを直鎖状に繋げると構造が長鎖2本鎖RNAに類似し、免疫応答が懸念されることから、ポリマーの側鎖にsiRNAをグラフト導入する方法論の有効性を述べている。一方で、siRNAコンジュゲート合成時のカップリング効率の低さを指摘し、その改善は産業化に向けて重要であると述べている。そこで、カップリング分子同士の衝突頻度を増大させる凍結濃縮法に着目している。以上より、目的実現に必要なコンジュゲート体の設計指針および合成法を提案し、本研究の意義を明確に述べている。

第2章では、実際にsiRNAグラフト共重合体を合成し、そのRNAi効果と免疫原性を評価している。合成に関しては、親水性かつアニオン性のポリアスパラギン酸(PAsp)を主鎖に選択することで、水中での反応を容易にし、またグラフト共重合体1分子の負電荷数のさらなる増大を図っている。一方、RNAi効果を得るには、細胞内で単量体siRNAを遊離する機能が求められる。そこで、細胞内還元環境に応答して開裂するジスルフィド(SS)結合をPAspとsiRNAのリンカーとして選択している。そして、得られたSS型コンジュゲートを用いてPIC調製を行い、単量体siRNAからなるPICに比べて有意に高いRNAi効果を確認している。さらに、SS型コンジュゲートのPICは有意な免疫応答を誘起しないことも確認している。以上より、siRNAグラフト共重合体の構造は高いRNAi効果と低い免疫原性を両立することを実証している。

第3章では、siRNAコンジュゲートの新規合成法を開発し、その反応率の改善を検討している。第2章で述べたSS型コンジュゲート合成では、約70%のsiRNAが未反応物として残存している。そこで、本章ではカップリング分子の衝突頻度を増大させる方法論として凍結濃縮法を行っている。これは溶液の凍結融解過程において溶質分子の濃厚溶液相が一時的に形成される現象に基づいている。実際に、反応系のモデルとしてsiRNAとポリエチレングリコール(PEG)のコンジュゲート体を合成する際に、一度、反応系を-30℃で凍結し、4℃で融解させるという単純な処置を介して、系中の95%以上のsiRNAがPEGとカップリングできることを実証している。

第4章では、第2章と第3章の知見に基づき、収率の高いsiRNAグラフト共重合体の設計を行っている。この際に、SS結合は血中での安定性に欠けるという弱点が挙げられることから新たなリンカーを検討している。具体的には、エンドソーム内の酸性pHに応答するように、酸性条件下で加水分解されるマレイン酸アミド(MAA)を主鎖とsiRNAのリンカーとして採用している。実際に、凍結融解法を用いて、siRNAがMAAを介してグラフト導入されたコンジュゲート体を合成することで、siRNA換算で98%の優れた反応率を達成している。得られたMAA型コンジュゲートによるPICは、SS型と同様に、単量体siRNAのPICに比べて有意に高いRNAi効果を示している。

第5章は総括として、一連の実験結果及び今後のsiRNAコンジュゲート開発の展望についてまとめている。

以上、本研究ではsiRNAコンジュゲートの開発を通じて、高いRNAi効果と低い免疫原性を実現する材料設計指針を明らかにし、また高い生産性を有する合成法の開発に成功している。本論文の内容は、その独創的な方法論で新規siRNAコンジュゲートを構築し、その有用性を物理化学/生物学的評価を通じて示している。本研究の成果は、ポリマーコンジュゲートというマテリアル工学的視点に立脚したプロセスを新たに導入し、siRNA医薬の実現に大きく寄与するものと判断される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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