学位論文要旨



No 129129
著者(漢字) 小松,真
著者(英字)
著者(カナ) コマツ,マコト
標題(和) プッシュプル型有機色素を用いた色素増感太陽電池の高効率化に関する研究
標題(洋) Studies on Efficient Dye-Sensitized Solar Cells with Push-pull Type Organic Dyes
報告番号 129129
報告番号 甲29129
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第8020号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 瀬川,浩司
 東京大学 教授 山下,晃一
 東京大学 教授 藤岡,洋
 東京大学 教授 石井,和之
 理化学研究所 チームリーダー 但馬,敬介
内容要旨 要旨を表示する

再生可能エネルギーの利用拡大は、低炭素社会の実現に向けて重要な課題となっているが、太陽光発電の普及を進めるためには低コスト化が不可欠である。このため、次世代太陽電池として様々なタイプのものが研究されているが、色素増感太陽電池(DSSC)は、安価な構成材料と平易なプロセスで製造可能であるため、低コスト低環境負荷太陽電池として期待されている。しかしながらDSSCの実用化に向けては高効率化が重要な課題となっている。DSSCの高効率化には光吸収波長域を拡張するための増感色素の研究が特に重要である。これまでに報告されている増感色素の中でも高い光電変換効率を与えるものの多くは、電子供与性部位と電子受容性部位を分子内に持つドナー・アクセプター型構造となっている。本論文では、このドナー・アクセプター型構造の中でも特に、電子供与性部位と電子受容性部位をπ共役鎖でつなぐことで分子軌道が分子全体に非局在化した有機色素をプッシュプル型有機色素と定義する。このプッシュプル型有機色素では、分子軌道の非局在化により高いモル吸光係数と吸収波長の長波長化が期待できる。そこで本研究では、プッシュプル型有機色素を用いたDSSCを検討することで、高い長波長感度を与える増感色素の設計指針を得ることを目的とした。本論文は,以下の六章から構成される。

第一章では,序論として本研究の背景や意義について述べた。ドナー・アクセプター型の有機色素では、DSSCの光吸収波長域を拡張するためにπ共役鎖の伸長により吸収帯の長波長化が目指されてきた。しかし、π共役鎖を十分に伸ばしたドナー・アクセプター型有機色素においてもその吸収帯はいまだ可視域に留まっており、高い長波長感度を与えるドナー・アクセプター型有機色素は実現していない。そのため、吸収の長波長化に向けた増感色素の新たな設計指針を得ることは重要な意味を持つ。そこで本研究では、π共役鎖の長さではなく構造に着目しプッシュプル型有機色素を用いたDSSCを検討することで長波長化を目指したことを述べている。また、有機色素への強い電子受容性部位の導入は吸収帯の長波長化に有効であるため、新たな電子受容性部位としてロダニンを検討し長波長化を目指したことを述べている。

第二章では、吸収帯の長波長化を目指し、ベンゾキノイド構造をπ共役鎖として用いたプッシュプル型有機色素を検討した。ベンゾキノイド構造に着目したのは、この構造が高い共平面性を有するために分子軌道の非局在化が期待できるためである。実際に合成し検討したところ、ベンゾキノイドをπ共役鎖として用いたプッシュプル型有機色素は、従来のベンゼンやチオフェンをπ共役鎖として用いたドナー・アクセプター型有機色素よりπ共役鎖長が短くても吸収帯が長波長側に現れた。これを用いたDSSCは、従来の増感色素に最適化された条件下では、励起した色素から酸化チタンの伝導帯への電子移動が効率よく起こらないことが分かり、半導体電極や電解液組成を検討することで光電変換特性の改善に成功した。その結果、近赤外領域における光電変換が確認され、キノイド構造をπ共役鎖として用いたプッシュプル型有機色素がDSSCの長波長感度向上に有用であることを見出した。

第三章では,チエニルメチンをπ共役鎖として有する有機色素のメチン基の位置による特性の違いに関して検討した。チエニルメチンをπ共役鎖として用いたのは、励起した色素から酸化チタン伝導帯への電子移動を効率よく起こすために、電子供与性の高さが必要と見込んだためである。これまで報告されているチエニルメチンをπ共役鎖として用いたドナー・アクセプター型有機色素では、メチン基はチオフェンと電子受容性部位の間に存在していた。それに対し、本章では新規合成経路を開発することによりメチン基がチオフェンと電子供与性部位の間に存在するプッシュプル型有機色素を合成した。同じ電子供与性部位と電子受容性部位を持ちπ共役鎖長の等しい構造異性体を合成し比較することで、プッシュプル型有機色素ではメチン基の位置の違いにより吸収帯が100 nm以上も長波長化し、モル吸光係数も大きくなることを見出した。また、プッシュプル型有機色素を用いたDSSCの光電変換特性では、メチン基の位置の違いにより長波長感度が大きく向上することを見出した。さらに、色素の会合を抑制するための共吸着剤の検討とDSSCの開放電圧向上のための電解液組成の検討により、光電変換効率の改善に成功した。以上の結果から、本章ではπ共役鎖長が等しくてもメチン基の位置による構造の違いでDSSCの長波長感度の向上と高効率化が可能であることを初めて示した。

第四章では、プッシュプル型有機色素を用いたDSSCの置換基依存性に関して検討した。本章では、電子供与性部位のジアルキルアミノ基のアルキル鎖長を変えた色素を合成した。ジアルキルアミノ基のアルキル鎖をメチル基から伸ばすことで誘起効果により電子供与性が高くなり、吸収が長波長化することが分かった。また、アルキル鎖を伸ばすことでストークスシフトが減少することを見出した。これはアルキル鎖を伸ばすことによりアミノ基の回転が抑制され、Twisted intramolecular charge transfer (TICT) 状態の寄与が減少するためと考えられる。DSSCの光電変換特性では、アルキル鎖を伸ばすことにより短絡電流密度と開放電圧がともに向上することが分かった。共吸着剤と電解液組成の検討により、光電変換効率をさらに改善し最大で6.4%の変換効率が得られた。以上の結果から、本章では電子供与性部位のジアルキルアミノ基のアルキル鎖長の検討がDSSCの光電変換特性改善に有効な手法であることを明らかにした。

第五章では、ロダニンを酸化チタンへの吸着基として用いたプッシュプル型有機色素について検討した。これまでの増感色素の研究では、酸化チタンへの吸着基として電子受容性部位にカルボキシル基が含まれていた。それに対し、本研究ではロダニンがカルボキシル基を含まなくても酸化チタン上へ直接吸着することを見出した。これにより、プッシュプル型有機色素においてロダニンが電子受容性部位としてのみでなく、吸着基としても機能することを明らかにした。ロダニンは電子受容性が強いため、ロダニンを電子受容性部位として用いた色素は、シアノアクリル酸を用いた従来の色素よりも吸収帯が長波長側に現れることを見出した。さらに、これを用いたDSSCでは可視域の広い範囲で光電変換が確認され、90%を超える非常に高い分光感度特性(IPCE)が得られた。以上の結果から、本章ではロダニンが光電変換効率の向上に効果的な吸着基であることを明らかにし、カルボキシル基を含まない電子受容性部位もDSSCへ応用可能であることを示した。

第六章では、以上の研究結果を総括した。ベンゾキノイドの導入やチエニルメチンのメチン基の位置の違いにより、プッシュプル型有機色素がDSSCの長波長感度を大きく改善できることを見出した。この結果は、π共役系の拡張を効果的に長波長感度向上に繋げる手法を示すものであり、近赤外光電変換の実現へのブレイクスルーを与えるものである。また、電子供与性部位のアミノ基のアルキル鎖長の検討が光電変換特性の改善に有効な手法であることを見出した。さらに、カルボキシル基を含まないロダニンが酸化チタンに直接吸着することを見出し、プッシュプル型有機色素においてロダニンを酸化チタンへの吸着基として用いることで、吸収波長域が長波長化し高い光電変換効率が得られることを見出した。この結果は、強い電子受容性部位の利用による長波長感度向上を目指す上で有用な知見である。以上、本研究で得られた知見は、プッシュプル型有機色素に限らずDSSCの長波長感度向上に向けた様々な増感色素の分子設計において有用な指針を与えるものである。

審査要旨 要旨を表示する

再生可能エネルギーの利用拡大は、低炭素社会の実現に向けて重要な課題であり、なかでも太陽光発電の普及を進めるために太陽電池の低コスト化が求められている。このため様々なタイプの次世代太陽電池が研究されており、特に色素増感太陽電池(DSSC)は安価な構成材料と平易なプロセスで製造可能であることから低コスト低環境負荷太陽電池として期待されている。このDSSCの実用化に向けては高効率化が重要な課題となっており、とりわけ光吸収波長域を拡張するための増感色素の研究が重要である。本論文は、これまで報告された増感色素の中でも高い光電変換効率を与えるものが、電子供与性部位と電子受容性部位を分子内に持つドナー・アクセプター型構造であることに着目している。その上で、ドナー・アクセプター型構造の有機色素の中でも、電子供与性部位と電子受容性部位をπ共役鎖でつなぐことで分子軌道が分子全体に非局在化したものをプッシュプル型有機色素と定義し、このプッシュプル型有機色素が示す高いモル吸光係数と長波長化した吸収を利用しようとしている。本論文は、プッシュプル型有機色素を用いたDSSCを検討することで、高い長波長感度を与える増感色素の設計指針を得ることを目的とし、六つの章で構成されている。

第一章では、本研究の背景や意義について述べられている。ドナー・アクセプター型の有機色素では、光吸収波長域を拡張するためにπ共役鎖の伸長が検討されてきたが、DSSCで高い長波長感度を与えるドナー・アクセプター型有機色素はまだ見出されていない。そのため、吸収の長波長化に向けた増感色素の新たな設計指針を得ることは重要な意味を持つ。そこで本研究では、π共役鎖の長さではなく構造に着目し、プッシュプル型有機色素を用いたDSSCを検討することが述べられている。

第二章では、ベンゾキノイド構造をπ共役鎖として用いたプッシュプル型有機色素について述べられている。高い共平面性により分子軌道の非局在化が期待できるこの色素を実際に合成し、従来のπ共役鎖を用いたドナー・アクセプター型有機色素よりπ共役鎖長が短くても吸収帯が長波長側に現れることが明らかにされている。この色素を用いたDSSCは、半導体電極や電解液組成を検討することで近赤外領域における光電変換を示すようになったことから、プッシュプル型有機色素がDSSCの長波長感度向上に有用であると述べられている。

第三章では、チエニルメチンをπ共役鎖として有する有機色素のメチン基の位置による特性の違いが示されている。同じ電子供与性部位と電子受容性部位を持ちπ共役鎖長の等しい構造異性体を合成し比較することで、プッシュプル型有機色素では、メチン基の位置の違いにより吸収帯が100nm以上も長波長化し、モル吸光係数も大きくなることが見出されている。これは、DSSCの長波長感度にも反映されている。さらに、色素の会合を抑制するための共吸着剤の検討とDSSCの開放電圧向上のための電解液組成の検討により光電変換効率を改善し、π共役鎖長が等しくても構造の違いだけでDSSCの長波長感度の向上と高効率化が可能であることが示されている。

第四章では、プッシュプル型有機色素を用いたDSSCの置換基依存性に関して検討されている。電子供与性部位のジアルキルアミノ基のアルキル鎖長が長くなるとTwisted intramolecular charge transfer (TICT)状態の寿命が長くなることが示され、これは分子内回転の抑制によるものとして説明されている。これを反映して、アルキル鎖が長い色素を用いたDSSCの光電変換特性が向上し、さらに共吸着剤と電解液組成の検討により、6.4%の光電変換効率が得られたことが示されている。このように、動的過程の制御による特性改善が実現されている。

第五章では、プッシュプル型有機色素の電子受容性部位であるロダニンが酸化チタン上へ直接吸着することを見出し、カルボキシル基を含まない電子受容性部位もDSSCへ応用可能であることが示されている。電子受容性の強いロダニンを用いた色素が、従来の色素より長波長側に吸収帯を示すため有用であることが述べられている。

第六章では、以上の研究結果が総括されている。

以上、本研究では、DSSCの長波長感度向上に向けてプッシュプル型有機色素を提示し、その有効性を明らかにしたことから、近赤外光電変換の高効率化へのブレイクスルーを与えている。また、本研究で得られた知見は、プッシュプル型有機色素に限らずDSSCの長波長感度向上に向けた様々な増感色素の分子設計においても有用な指針を与えるものであるといえる。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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