学位論文要旨



No 129131
著者(漢字) 田邉,一郎
著者(英字)
著者(カナ) タナベ,イチロウ
標題(和) 単一銀ナノ粒子の形態と光学特性のプラズモン共鳴による制御
標題(洋)
報告番号 129131
報告番号 甲29131
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第8022号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 立間,徹
 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 教授 工藤,一秋
 東京大学 准教授 小倉,賢
 理化学研究所 チームリーダー 但馬,敬介
内容要旨 要旨を表示する

金や銀といった貴金属ナノ粒子は、その自由電子集団と光電場との相互作用による局在表面プラズモン共鳴(LSPR)により、特定波長の光を吸収・散乱する。共鳴波長はナノ粒子のサイズ・形状・粒子間距離・周囲の誘電率などの様々な因子から決定される。また、共鳴粒子近傍には強い局在電場が生じることが知られており、これらを利用してバイオセンサーや蛍光増強など、多くの分野で研究が進められている。

当研究室では、酸化チタン(TiO2)上に担持させた貴金属ナノ粒子にプラズモン共鳴波長の光を照射することで,共鳴粒子からTiO2に電子が移動するプラズモン誘起電荷分離現象を見出し、可視光応答型の光電変換デバイスや光触媒への応用を報告してきた。銀ナノ粒子を用いた場合、プラズモン誘起電荷分離により電子がTiO2に引き抜かれると同時に、銀が銀 イオンとなって表面吸着水中へと酸化溶解するため、ナノ粒子の形態・色が変化する。これを利用して、マルチカラーフォトクロミック材料などを開発した。

本系のより詳細な機構解明や、用途に合わせた材料設計指針を得るためには、TiO2上の金属ナノ粒子の形態と光学特性を単一粒子レベルで知ることが必要である。しかしこれまでの研究では、多分散な粒子群を用いた検討に留まってきた。そこで本研究では、酸化チタン上の単一金属ナノ粒子の形態と光学特性を測定し、それらを制御することを目的とした。

1章では、本研究の背景となる金属ナノ粒子・酸化チタン・両者を複合させた金属ナノ粒子担持酸化チタンの光学特性や触媒能をはじめとした諸性質について述べた。また、単一金属ナノ粒子の光学特性の観察に関する既往研究についてまとめた。さらに、当研究室が見出したプラズモン誘起電荷分離の発見とこれまでの研究の流れを記述し、最後に本研究の目的と意義について述べた。

2章では、酸化チタン微粒子膜上に析出した直立銀ナノプレートに注目し、散乱光とその偏光特性の観察と制御を行った。原子間力顕微鏡(AFM)に暗視野顕微鏡を組み合わせ、単一の直立銀ナノプレートの形態と散乱光のスペクトルを同時に観察した。さらに、散乱光を偏光フィルターに通して観察することで、直立プレートの配向に対応した偏光角度依存性を確認した。これにより、直立プレートは短軸方向の可視偏光と、長軸方向の近赤外偏光に共鳴することが明らかとなった。この偏光角度依存性は、理論計算に基づくシミュレーションからも支持された。

本研究により確立された単一粒子の形態と光学特性の同時観察技術は、酸化チタン-金属ナノ粒子複合系におけるプラズモン誘起電荷分離のより詳細な機構解明や、高機能化に向けた材料設計指針を得るうえで重要な技術である。また、直立銀ナノプレートの配向に応じた偏光特性を利用することで、その偏光特性を制御できる可能性がある。

そこで3章では、2章でその光学特性を解析した直立銀ナノプレートに、可視域あるいは近赤外域の偏光を照射することで、ナノプレートの配向と光学特性を制御することを試みた。まず、析出した直立銀ナノプレートにプラズモン共鳴波長の光を照射することで、直立プレートが転倒することがわかった。これは、銀と酸化チタンの接触部分である直立プレートの根元で、プラズモン誘起電荷分離に基づく銀の酸化溶解反応が進行するためだと考えられる。光照射前後のナノプレートの観察・測定により、その転倒に伴い、プラズモン共鳴波長がレッドシフトすることがわかった。これは、誘電率の高い酸化チタンとの接触面積が増えるためであり、シミュレーション結果とも一致した。

さらに、可視または近赤外域の偏光を照射することで、配向選択的に銀の酸化溶解反応を誘起し、本材料の偏光特性を制御することに成功した。また、直立銀ナノプレートを析出したサンプルの上下を逆にして、水中で光を照射することで、共鳴粒子を基板から除去することもできた。このときに偏光を照射することで、配向選択的に直立プレートを除去し、直立プレートの配向が概ね一方向に揃ったサンプルを得ることができた。

このような配向の揃ったナノ粒子は、偏光特性を有するプラズモニック材料の開発に繋がると期待できる。また、ナノプレートの転倒・除去法は、情報の多重書き込みや認証・偽造防止技術などへの応用が考えられる。これまでに報告されている配向の揃ったナノ粒子担持の技術は、電子線リソグラフィー法に代表されるように、大規模で高価な装置を必要としたり、単結晶などの限られた基板を必要としたりしていた。本研究で開発した方法は、従来に比べて簡便かつ安価であり、他の方法では析出させることが難しい直立プレートを析出させ、その配向・偏光特性の制御を可能とした。

一方で、2-3章で光触媒析出させた粒子は、そのサイズや形状を精密に制御することができず、異なる形態の粒子が近接して析出するために、その共鳴波長と粒子形態の関係を系統的に検討することが困難であった。そこで、4章ではサイズや形状を制御した金属ナノ粒子の担持方法について検討することにした。金属イオンを吸着させた導電性TiO2基板に、AFMを用いて電圧を印加することで、金属ナノ粒子を電気化学的に析出させた。同様の機構に基づいて、コンタクトモードAFMにより銀ナノ粒子を析出する方法についての報告はあったが、サイズや形状を十分には制御できないものであった。そこで、本研究ではコンタクトモードに加えて、タッピングモードAFMによる検討を行い、析出粒子の形態制御を目指した。タッピングモードを利用することで、コンタクトモードと比較して析出粒子サイズの再現性を飛躍的に向上させることに成功し、印加電圧や電圧印加時間に応じたサイズ制御を達成した。さらに、粒子間距離の制御や、長さを制御した銀ナノロッドの析出にも成功した。また、NbをドープしたTiO2単結晶だけでなく、ITO被覆ガラス基板上に製膜したTiO2薄膜でも粒子を析出させることができ、本手法は幅広い導電性基板に適用可能であることが示された。さらに、銀ナノ粒子だけでなく金ナノ粒子の析出にも成功した。

本検討で開発した技術は、基板上への金属ナノ粒子担持技術として広く使われている電子線リソグラフィー法などと比較して、非常に安価で簡便な方法である。金属ナノ粒子のサイズや形状を粒子レベルで制御することで、ナノ粒子の種々の性質(光学的・磁気的・化学的性質)を粒子レベルで検討することが可能となり、これは金属ナノ粒子を利用した機能材料・デバイスの開発にもつながると期待できる。

しかし4章で開発した手法により析出させた金属ナノ粒子は、粒子サイズに対する酸化チタンとの接触面積が大きく、また、高さも低いため、可視散乱光が弱く、その観察が困難であった。そこで5章では、形態が制御されており、かつ可視散乱光を十分に観察できる金属ナノ粒子として、市販の球状銀コロイド(直径100 nm)を利用した検討を行った。TiO2上に担持させた単一銀ナノ粒子の散乱スペクトルを測定し、光照射による粒子形態と色の制御を目指した。球状銀ナノ粒子を誘電率の高い酸化チタンに担持することで、ナノ粒子と酸化チタンの界面に振動電場の局在化したinterface modeがレッドシフトし、粒子全体に電場の広がったfull-surfaceモードと分離することができた。次に、それらのモードの一方を選択的に励起することで、それぞれのモードに由来する波長の散乱光強度を優先的に減少させ、単一粒子の色を橙色から赤色あるいは緑色に変化させることができた。さらに、両方のモードを同時に励起することで、散乱光は橙色から暗色へと変化した。また、各モードを励起した時、それぞれ電場強度の強い場所で優先的に銀の酸化溶解が起こっていることが、AFM観察から確認・推察できた。この結果をもとに粒子形態の変化前後の散乱スペクトルを計算したところ、各モードに由来する散乱強度が選択的に小さくなるという実験結果を再現することができた。

こうして、これまで様々なサイズや形態を有する多分散な銀ナノ粒子群から、照射する光に共鳴する銀ナノ粒子を酸化溶解することで実現してきたマルチカラー変化を、単一銀ナノ粒子によって達成した。さらに、本検討で示された局在電場近傍での優先的な銀の酸化溶解は、プラズモン誘起電荷分離が金属ナノ粒子から酸化チタン伝導帯への電子移動に基づくとする機構を強く支持するものである。このような単一粒子による色や形態の変化は、ナノスケールの光学・電気化学デバイスまた回路素子などの開発にもつながると期待できる。

6章では、本研究のまとめと、将来展望について述べた。本研究により、酸化チタン上の単一金属ナノ粒子の形態と光学特性を解明し、さらにそれらを制御することに成功した。具体的には、電気化学的手法による銀および金ナノ粒子の形成やサイズ・形状の制御、また、プラズモン共鳴を利用した光電気化学的手法による銀ナノプレートの配向および偏光特性の制御と、球状銀ナノ粒子の形状および散乱色の制御が可能となった。このような単一ナノ粒子の制御は、プラズモン誘起電荷分離をはじめとする、ナノ材料系特有の現象の解明に貢献することが期待される。また、金属ナノ材料の形状や光学特性だけでなく、電気的・磁気的な特性や触媒活性などの制御にも利用できると考えられ、新たなナノデバイス・ナノ材料の開発へとつながることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

金や銀などの金属ナノ粒子は、局在表面プラズモン共鳴(LSPR)により、特定波長の光を吸収・散乱し、また、近傍に強い局在電場が生じることが知られており、様々な分野で研究が進められている。LSPR波長はナノ粒子のサイズ・形状・周囲の誘電率などから決定される。

これまでに、酸化チタン(TiO2)上に担持させた金属ナノ粒子にLSPR波長の光を照射することで、共鳴粒子からTiO2に電子が移動するプラズモン誘起電荷分離現象が見出され、可視光応答型の光電変換デバイスや光触媒へ応用されている。銀ナノ粒子を用いた場合、電子がTiO2に引き抜かれると同時に、銀が銀イオンへと酸化するため、ナノ粒子の形態・色が変化することを利用して、多色変化材料などが開発された。

本系のより詳細な機構解明や、材料設計指針を得るためには、光照射に伴う金属ナノ粒子の形態と光学特性の変化を観察する必要である。しかし、これまでの研究では、多分散な粒子群を用いた検討に留まってきた。そこで本研究では、酸化チタン上の単一金属ナノ粒子の形態と光学特性を測定し、プラズモン誘起電荷分離に基づきそれらを制御することを目的とした。

1章では、本研究の背景をまとめた。さらに、プラズモン誘起電荷分離の発見とこれまでの研究の流れを記述し、最後に本研究の目的と意義について述べた。

2章では、酸化チタン微粒子膜上に析出した直立銀ナノプレートに注目し、散乱光とその偏光特性の観察と制御を行った。原子間力顕微鏡(AFM)に暗視野顕微鏡を組み合わせ、単一の直立銀ナノプレートの形態と散乱光のスペクトルを同時に観察した。さらに、直立プレートの配向に応じた偏光特性が確認され、これはシミュレーションからも支持された。

このような直立銀ナノプレートの配向に応じた偏光特性を利用することで、その偏光特性を制御できる可能性がある。

3章では、2章で析出させたナノプレートの配向と光学特性を制御することを試みた。まず、直立銀ナノプレートにLSPR波長の光を照射することで、銀と酸化チタンの接触部分である直立プレートの根元で銀が酸化し、直立プレートが転倒することがわかった。

さらに、可視または近赤外域の偏光を照射することで、配向選択的に銀の酸化反応を誘起し、本材料の偏光特性を制御することに成功した。また、水中で偏光を照射することで、配向選択的に直立プレートを除去し、直立プレートの配向が概ね一方向に揃ったサンプルを得ることができた。

このような制御により、他の方法では析出させることが難しい三次元的な構造を持つ直立プレートを析出させ、その配向・偏光特性の制御を可能とした。

一方で、2-3章で光触媒析出させた粒子群では、そのサイズ・形状や粒子間距離を精密に制御することができず、そのLSPR波長と粒子形態の関係を系統的に検討することが困難であった。そこで、4章ではサイズや形状を制御した金属ナノ粒子の担持方法について検討した。銀イオンを吸着させた導電性基板とAFMカンチレバーの間に電圧を印加することで、銀ナノ粒子を電気化学的に析出させることに成功した。さらに、タッピングモードAFMを利用することで、印加電圧や電圧印加時間に応じた析出粒子サイズの制御を達成した。粒子間距離の制御や、長さを制御した銀ナノロッドの析出にも成功した。また、金ナノ粒子も析出することができた。

本検討で開発した技術は、電子線リソグラフィー法などと比較して、非常に安価で簡便な方法である。

しかし4章で開発した手法により析出させた金属ナノ粒子は、その形態の異方性から、LSPRに基づく可視散乱光の観察が困難であった。そこで5章では、形態が制御されており、かつ可視散乱光を十分に観察できる金属ナノ粒子として、市販の球状銀コロイド(直径100 nm)を利用した検討を行った。球状銀ナノ粒子を誘電率の高い酸化チタンに担持することで、ナノ粒子と酸化チタンの界面に振動電場の局在化したinterface modeがレッドシフトし、粒子全体に電場の広がったfull-surfaceモードと分離することができた。次に、それらのモードの一方を選択的に励起することで、各モードに由来する波長の散乱光強度を優先的に減少させ、単一粒子の色を橙色から赤色あるいは緑色に変化させることができた。さらに、両モードを同時に励起すると、散乱光は暗色へと変化した。また、各モードの励起に伴う粒子形態の変化を観察・推察し、それによる散乱スペクトル変化をシミュレーションしたところ、実験結果を支持する結果が得られた。

こうして、単一銀ナノ粒子による多色変化を達成した。さらに、本検討で示された局在電場近傍での優先的な銀の酸化溶解は、プラズモン誘起電荷分離が金属ナノ粒子から酸化チタン伝導帯への電子移動に基づくとする機構を強く支持するものである。

6章では、本研究のまとめと、将来展望について述べた。

本研究により、酸化チタン上の単一金属ナノ粒子の形態と光学特性を解明し、さらにそれらを制御することに成功した。このような単一ナノ粒子の制御は、プラズモン誘起電荷分離をはじめとする、ナノ材料系特有の現象の解明に貢献することが期待される。また、金属ナノ材料の形状や光学特性だけでなく、電気的・磁気的な特性や触媒活性などの制御にも利用できると考えられ、新たなナノデバイス・ナノ材料の開発へとつながることが期待される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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