学位論文要旨



No 129133
著者(漢字) 花岡,雄哉
著者(英字)
著者(カナ) ハナオカ,ユウヤ
標題(和) 三次元アトムプローブを用いた分析手法の高性能化に関する研究
標題(洋)
報告番号 129133
報告番号 甲29133
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第8024号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾張,眞則
 東京大学 教授 立間,徹
 東京大学 教授 藤岡,洋
 東京大学 准教授 火原,彰秀
 金沢工業大学 教授 谷口,昌宏
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

近年ナノテクノロジーの発展により電子デバイスの小型化・高集積化が急速に進んでいる。例えばマクロプロセッサ中のトランジスタのゲート長は現在10 nmオーダーで設計されており近い将来1 nmオーダーになると予想される。このような微小デバイスでは不純物の位置や濃度が特性に大きく影響すると考えられ、デバイスの性能評価や故障解析を行う上ではそれらの特定が重要となってくる。しかしながら、二次イオン質量分析法に代表される従来の分析法では、原子1個を単位とした分析の場合分解能や検出感度の点で限界に到達しつつある。このような状況に伴い高い検出感度・空間分解能を有する三次元アトムプローブ(3DAP)が注目されている。

3DAPは投影型顕微鏡である電界イオン顕微鏡(FIM)に位置敏感型検出器と飛行時間型質量分析器を組み合わせたものである(図1)。針状試料に直流電圧、さらに電圧パルスを印加することで、試料表面の原子がイオン化される電界蒸発という現象を利用する。まず位置敏感型検出器により電界蒸発したイオンの平面方向の位置情報を得る。次にイオンの飛行時間からイオンの同定を行う。さらに試料は表層から順にイオン化するので、検出順序から深さ方向の位置情報が得られる。最後に得られたデータと試料形状を基に原子を配列することで、原子レベルでの三次元的な再構築が可能となる。高電圧を印加する必要があるため、従来は導電性試料のみに適用されてきたが、近年レーザーパルスを用いることで半導体や絶縁体への応用が示唆されている。我々は様々な試料に適用可能な汎用的な3DAP法の確立を目的とし、独自に開発を行ってきた。

【研究目的】

3DAPの実用化・汎用化に際しては様々な問題点がある。まず10 V/nmオーダーという高電界による応力のため測定中に試料破壊が頻発することがあげられる。次に試料作製に用いる収束イオンビーム(FIB)により表層にイオンがうちこまれ構造を乱してしまうインプランテーションという現象があげられる。また原子の熱拡散による三次元再構築像の精度低下を避けるため、試料は測定中常に極低温に冷却しておく必要がある。このような問題点のため、現状では3DAPをデバイスの故障解析などには適用できていない。

本研究では、試料固定法及び加工法の比較・評価、冷却機構の導入を行うことにより3DAPの実用化・汎用化に際しての課題を深刻な順に解決し、さらにデータ取得システムの改良を行うことにより分析手法としての高性能化を達成することを目的とした。

【試料破壊確率の低減】

3DAPの半導体分析への適用に際し故障解析が期待されている。故障した半導体は唯一無二のサンプルであることが多いため、試料破壊の頻発は最も深刻な問題である。本研究では3DAPの試料作製法であるマイクロサンプリング法を応用した試料固定法の比較・評価を行った。

マイクロサンプリング法

試料は先端曲率半径が100 nm以下の針状に加工する必要がある。また分析範囲は平面方向で数10 nm四方、深さ方向で数100 nm程度しかなく、被分析箇所をこの領域におさめる必要がある。これを可能としたのがマイクロサンプリング法である。FIBにより目的箇所を切り出し、その部位を土台となる針に収束イオンビーム化学気相蒸着法を用いて固定する。蒸着膜には通常フェナントレンガスが用いられる。

固定法の比較・評価

図2に固定法の比較を示す。従来は試料と土台針を単に接近させ、その隙間に蒸着膜を堆積させることで固定していた( 図2. (a) )。しかし、この固定法では固定部位からの試料破壊が頻発した。強度をあげるため蒸着膜原料ガスとして白金化合物ガスやタングステン化合物ガスが用いられることもあるが、これらはフェナントレンガスと比較しそれぞれ約2倍, 7倍の堆積時間がかかる上、依然として試料破壊は頻発する。この問題を解決するため、我々はFIBにより試料と土台針を加工し、蒸着膜を鎹状にして固定する方法(図2. (b)~(d))と、試料と土台針を物理的にかみ合わせ蒸着膜で固定する方法( 図2. (e)~(g) )の計6種類の固定法について評価を行ってきた。これまでに電圧を徐々に印加して破壊される電圧を比較することで最適な固定法の検討を行った。

本研究では破壊電圧に加え破壊確率や加工時間などの詳細な評価を行い、最適な固定法を検討した。その結果、固定法(c)及び(e)を用いた場合に試料測定時の破壊確率を従来法の1/5である10 %以下に抑えるができ、フェナントレンガスでも十分な強度を得られることが明らかとなった。これにより3DAPにおいて最も深刻な試料破壊の問題を解決することに成功した。

【インプランテーションの軽減】

3DAPではマイクロサンプリング法により試料を土台針に固定した後、annular milling法という加工法により針状に加工するのが一般的である。annular milling法は試料前方からドーナツ型のイオンビームを照射し、その径を徐々に小さくして試料を針状に加工する。しかしながら、この手法ではFIBに用いるガリウムイオンのインプランテーションが起こり、表層の構造が乱されてしまう。これでは試料構造の三次元再構築を行ったとしても表層ではガリウムイオンにより乱れた構造しか得ることができず、実際の三次元像を得ることはできない。このため、インプランテーションの問題は3DAP測定の意義を揺るがす、試料破壊の次に重要な問題と考えられる。我々はこの問題の解決策として、ささがき法という新しい加工法を提案しその評価を行ってきた。

図3にささがき法の概略図を示す。モーターで試料を回転させ、イオンビームを試料斜め後方から照射し加工していく。従来のannular milling法では試料正面からイオンビームを照射するのに対し、ささがき法では試料斜め後方から側面に照射するため、分析領域である試料先端に対しガリウムイオンのインプランテーションを軽減できると考えられる。これまでに電圧パルスを用いた測定によりささがき法の優位性を確認したが、電圧パルスでは質量分解能が悪く、また検出されたイオンの総数も少なく信頼性の上で問題があった。

本研究では、レーザーパルスを用いて測定を行い試料中のガリウムの割合を評価することでささがき法の再評価を行った。図4にannular milling法およびささがき法により作製したタングステン試料の表層付近のマススペクトルを示す。図4. (a), (b)について全イオンに対するガリウムイオンの割合はそれぞれ6.5 %, <1 %となった。この結果ささがき法では試料表層のガリウムイオンの割合を従来法の1/6以下に軽減することに成功した。このことから従来法に対するささがき法の優位性が明らかとなり、ガリウムイオンのインプランテーションを軽減する新たな加工法としてささがき法を確立した。

【冷却機構の導入】

3DAPにおいて三次元再構築を行う際、電界蒸発によりイオン化した原子は試料の法線方向に飛び出すことが前提となっている。しかしながら、すべての原子は熱拡散しているため本来の位置とは異なる位置から電界蒸発が起こり、誤った位置に原子を配置してしまう場合がある。このような分析精度・分解能の低下を避けるため、一般には100 K以下での測定が望ましいとされている。これまでに液体窒素により冷却を試みたが、140 Kまでしか冷却することができなかった。

本研究では、ヘリウム冷凍機を導入し冷却性能の向上を図った。この結果、液体窒素冷却時の半分の時間で60 Kまで冷却することに成功した。図5に液体窒素及びヘリウム冷凍機冷却時のタングステンの電界蒸発像を示す。液体窒素冷却時には結晶方位は確認できるものの明瞭な格子面は確認できないのに対し、ヘリウム冷凍機冷却時にはより精細な像が得られ、格子面も確認できる。以上より、熱拡散の影響を受けない3DAP測定を実現した。

【データ取得システムの改良】

3DAPにおいて三次元再構築を行う際、試料の先端曲率半径と電界蒸発時の印加電圧値が重要となる。本研究ではこれらの情報をより正確に取得するため、FIM及び電圧時間変換回路(VTC)の導入を行った。

FIM

FIMでは試料の表面構造を反映した像が得られる。この像中で観測できる、ある2つの指数面間の距離と面の数から試料の先端曲率半径を決定することができる。本研究ではFIMを3DAPに導入したことにより、試料を大気にさらすことなく3DAP測定前後のFIM測定が可能となり、従って試料の表面酸化等の影響を受けることなく先端曲率半径を測定することが可能となった。

VTC

従来の我々のデータ取得システムは印加電圧一定の下でイオンを検出することを前提としており、印加電圧を変動させている間に電界蒸発したイオンについては同定することが困難であった。本研究では独自に作成したVTCを組み込むことにより、検出されたイオン毎に印加電圧値を時間として与える機能を付与した。この結果、検出されたイオンが持つ飛行時間などの情報とともに印加電圧値を取得することが可能となった。

以上2点の改良により3DAPにおける三次元再構築の際に必要となる先端曲率半径及び印加電圧値をより正確に取得することが可能となり、3DAPの高性能化に貢献した。

【結言】

本研究では、3DAPの実用化・汎用化に際しての課題のうち、(1)測定時の試料破壊頻発, (2)試料作製時のイオンのインプランテーション, (3)測定時の極低温維持の3点を解決するとともに、さらに(4)データ取得システムの改良を行うことで分析手法としての高性能化を達成した。実用化が先立ちその原理面や汎用性の向上といった学術的な進捗が立ち遅れている中で、本研究はその分析手法としての信頼性・有用性を支持する基幹的な研究であり、今後の3DAPの応用・普及に大いに寄与するものである。

図1. 3DAP概略図

図2. 試料固定法の比較

図3. ささがき法概略図

図4. 試料表層付近のマススペクトル

((a) : annular milling,法, (b) : ささがき法)

図5. タングステンの電界蒸発像

((a) : 液体窒素冷却, (b) : ヘリウム冷凍機冷却)

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、近年小型化の著しい電子デバイスの性能評価や故障解析を行う上で最も有望な分析手法として期待される三次元アトムプローブ(3DAP)に対し、その実用化・汎用化に際しての課題を順に解決していくことで分析手法としての高性能化を図ったものである。具体的には(1)測定時の試料破壊頻発, (2)試料作製時のイオンのインプランテーション, (3)測定時の極低温維持の3点の問題点を解決するとともに、さらに(4)データ取得システムの改良を行うことで高性能化を達成することを目的とし、以下のような構成とした。

第1章 序論

第2章 3DAP装置の概要

第3章 3DAP測定時の試料破壊確率の低減

第4章 試料加工時におけるインプランテーションの軽減

第5章 冷却機構の導入

第6章 データ取得システムの改良

第7章 結論

以下、各章について簡単に説明する。

第1章では、まず電子デバイスの故障解析などにおける3DAPの必要性及びこれまでの3DAPの歴史について述べ、次に3DAPの問題点を挙げたのち、上記のような4点の具体的な目的について説明した。

第2章では、学位申請者らの研究グループにおいて開発した3DAP装置の構成について説明したのち、その装置を用いた測定方法について述べた。

第3章では、測定時に試料破壊が頻発する問題について、試料固定に用いる蒸着膜の強度の比較・評価及び固定法の比較・再評価を行うことにより解決を図った。まず蒸着膜の強度の比較・評価では、その原料としてフェナントレンガス, 白金化合物ガス, タングステン化合物ガスの3種類を用いて作製したシリコン試料に対し3DAP測定を行い比較した。その結果、Pt化合物ガスが最も強度が高いことが示唆された。次に試料固定法の比較・再評価では、7種類の固定法を用いて作製したシリコン試料に対し破壊するまで電圧を印加し、その電圧値と試料固定に要する時間・難度さらに実際に破壊する確率について比較・検討を行った。その結果、破壊確率を従来の1/5以下に低減する試料固定法を確立した。

第4章では、試料加工時に試料表層へイオンがうちこまれ構造を乱してしまうインプランテーションの問題について、新たな発想に基づく試料加工法であるささがき法の再評価を行うことにより解決を図った。イオンビームを試料正面から照射する従来法と試料斜め後方から側面に照射するささがき法を用いて作製したタングステン試料に対し3DAP測定を行い、得られた試料表層におけるマススペクトルをもとに、検出された全イオンに対する、うちこまれたガリウムイオンの割合を算出し比較を行った。その結果、ガリウムイオンの割合を従来法の1/6以下に軽減する試料加工法としてささがき法を確立した。

第5章では、試料構成原子の熱拡散の影響により分析精度・分解能が低下するおそれがあることを避けるため、測定中試料を常に極低温に冷却しておく必要があることについて、冷却機構を導入することにより解決を図った。まず液体窒素及びヘリウム冷凍機を3DAP装置に組み込み冷却性能の評価を行い、次に室温下, 液体窒素冷却下, ヘリウム冷凍機冷却下の3種類の温度においてタングステン試料の3DAP測定を行い、得られた電界蒸発像を比較した。その結果、ヘリウム冷凍機を用いた場合に約2時間で60 Kを達成し、熱拡散の影響を受けない3DAP測定を実現した。

第6章では、三次元再構築を行う際に重要となるパラメーターである、試料の先端曲率半径及び電界蒸発時の印加電圧値をより正確に取得するため、電界イオン顕微鏡(FIM)及び電圧時間変換回路(VTC)を作製して3DAP装置へ組み込みデータ取得システムの改良を行った。まずスライド式のFIMにより大気にさらすことなく3DAP測定前後のFIM観察を可能とし、次に印加電圧値を時間に変換するVTCにより飛行時間などの情報とともに、検出されたイオン毎に印加電圧値を記録可能とした。その結果、試料の表面酸化などの影響を受けることなく先端曲率半径を算出可能となり、また印加電圧変動時にも取得イオンに対しより精度よくイオン同定を行うことが可能となった。

第7章では、第3章から第6章において得られた成果をまとめた。また、今後の展望として、インプランテーションのさらなる軽減法, ささがき法による分析領域拡大の可能性などについて述べた。

以上、本論文では、3DAPの実用化・汎用化に際しての課題のうち、(1)測定時の試料破壊頻発, (2)試料作製時のイオンのインプランテーション, (3)測定時の極低温維持の3点を解決するとともに、さらに(4)データ取得システムの改良を行うことで分析手法としての高性能化を達成した。実用化が先立ち、その原理面や汎用性の向上といった学術的な進捗が立ち遅れている中で、試料作製法の再検討や測定法としての精度を向上する種々の装置面での改良を行った本研究は、今後の3DAPの応用・普及に際して、その分析手法としての信頼性・有用性を支持する基幹的な研究である。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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