No | 129135 | |
著者(漢字) | 堀内,新之介 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ホリウチ,シンノスケ | |
標題(和) | 自己集合性中空錯体を利用した反応性制御 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 129135 | |
報告番号 | 甲29135 | |
学位授与日 | 2013.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第8026号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 応用化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 生体模倣化学が提唱されて以来、分子認識を利用した空間内反応が数多く報告されてきた。しかし、従来のホスト分子の孤立空間は拡張性が低く、生体分子の模倣にとどまっていた。近年、自己集合を利用したホスト分子の合成が報告されたことで生体模倣化学に新たな局面を迎えることとなった。すなわち、従来の2次元的な小さな孤立空間から3次元的な大きな孤立空間の利用が可能となった。それに伴い、扱える分子の数も単分子から複数分子へと拡大した。 本研究では、自己集合中空錯体の巨大な3次元孤立空間に着目し、酵素反応の模倣を凌駕する新奇空間内反応の創出を行った。酵素の孤立空間に見られる反応点近接効果や多核金属錯体の固定をモデルとすることで、通常では反応性を示さない有機化合物の活性化や不安定な構造を安定化し、新奇空間内反応の創出に成功した。 本論文は以下の7章で構成される。 第1章 序論 第2章 ナフタレン類のDiels-Alder反応 第3章 不活性芳香族分子の[2+2],[2+4]付加環化反応 第4章 2核ルテニウムカルボニル錯体の配座固定 第5章 2核ルテニウムカルボニル錯体の光アルキン付加反応 第6章 2核鉄カルボニル錯体の立体的・電子的安定化 第7章 総括 第1章では、本研究の背景、目的及び概論を論じた。 第2章では、酵素の孤立空間において見られる反応点近接効果を模倣することで、孤立空間内でのナフタレン類のDiels-Alder反応を行った。一般的に、ナフタレンはほとんどDiels-Alder反応性を示さない。その理由は、ナフタレンが高い共鳴安定化エネルギーをもち、Diels-Alder反応には大きなエントロピーの損失を伴うためである。そこで、孤立空間を用いて基質を濃縮し、反応点を近接させることでエントロピーの損失を抑制できると考えた。反応点を近接させるため置換基を導入したナフタレンを、マレイミド誘導体とともに自己集合性中空錯体にペア包接させた。得られたペア包接錯体を加熱することで、中空錯体内で位置・立体選択的なナフタレンのDiels-Alder反応が進行した。反応前後の単結晶X線構造解析の結果から、ナフタレンとマレイミド誘導体の反応点は、互いに非常に近接した形で包接されていることが示された。擬一次式で仮定した速度定数を用いて、活性化エントロピーを算出したところ、アルキル鎖が伸長するにつれて、反応のエントロピーコストが抑制されていくことが分かった。これは、伸長したアルキル鎖が中空錯体の空間を埋め、反応点がしっかりと固定されたためである。 第3章では、第2章と同様に反応点近接効果を模倣することで、不活性芳香族分子の[2+2],[2+4]付加環化反応を行った。これまで、中空錯体内で見出されてきた反応は、1種類の包接錯体から1種類の反応のみ可能だった。今回、適切な芳香族分子をゲスト分子に用いることで、1種類の包接錯体から[2+2],[2+4]の2種類の反応性を引き出すことに成功した。アセアントリレンとマレイミド誘導体をペア包接した中空錯体の水溶液に対して、高圧水銀灯を用いて光照射すると、 [2+2]付加環化反応が進行した。一方、同一の包接錯体の水溶液を加熱すると、[2+4]付加環化反応が進行した。どちらの反応も位置・立体選択的に反応が進行した。単結晶X線構造解析の結果から、生成物が中空錯体に密に包接されている様子を確認した。 第4章では、金属酵素に見られる活性中心の固定化をモデルとし、2核ルテニウムカルボニル錯体の包接を行った。2核ルテニウムカルボニル錯体を中空錯体の水溶液に懸濁させ、100 ℃で2時間加熱撹拌したところ、包接錯体が定量的に得られた。包接前後の1H NMRスペクトルを比較したところ、2核錯体のピークが中空錯体の遮弊効果を受けたため顕著に高磁場シフトして観測された。単結晶X線構造解析の結果から、2核錯体が中空錯体に密に包接されている様子を確認した。(13)C NMRによって、分子内カルボニル交換が抑制されていることを確認した。自己集合性中空錯体の孤立空間を用いることで、ホストゲスト間の相互作用が協同的に作用し、2核錯体の配座が固定されることを見出した。 第5章では、孤立空間によって配座の固定された2核錯体を用いて、光アルキン付加反応を行った。多核錯体の光反応は、分子内に複数の金属中心を持つため、単核錯体とは異なる特異な反応性が期待されるものの、今なお未開拓の領域である。それは、金属-金属結合が光に不安定であり、光照射によって容易に開裂するためである。孤立空間を用いることで2核構造を安定化し、新しい反応経路での光反応を開拓できると考えた。 2核錯体の光反応性を調べたところ、包接前後で光反応性が劇的に変化した。まず、孤立空間内では通常優先的に起こる金属-金属結合の開裂反応は完全に抑制された。つぎに、アルキン存在下で高圧水銀灯を用いて紫外光を照射したところ、カルボニルの脱離を伴う光アルキン付加反応が進行した。有機溶媒を用いてアルキン付加体を抽出、単離したところ、速やかに2核錯体は構造変換を起こした。単離生成物の構造は単結晶X線構造解析によって確認した。2核金属中心上でアルキンのカルボニル化反応が進行した。基質の立体効果を調べたところ、2核錯体のCp配位子を小さくした場合、孤立空間内においても金属-金属結合の開裂反応が見られた。これは、2核錯体のサイズが小さいため、ホストゲスト間の相互作用が小さくなっているためである。また、アルキンのサイズを小さくした場合、反応中間体は観測されず、中空錯体の内部においてもアルキンのカルボニル化反応が進行した。2核錯体を孤立空間に包接することで、金属-金属結合を安定化し、通常とは異なる反応経路で光アルキン付加反応が進行することを見出した。また、得られたアルキン付加体は中空錯体によって安定化された反応中間体であり、抽出によって取り出すと、2核ルテニウム金属中心上でアルキンのカルボニル化反応が進行した。 第6章では、孤立空間を用いてルテニウムよりもさらに不安定な2核鉄カルボニル錯体の安定化を行った。ルテニウム錯体の時と同様に、孤立空間内では2核鉄カルボニル錯体の配座は固定され、光に不安定な金属-金属結合が安定化された。さらに、中空錯体の12価のカチオン性との静電反発によって、鉄2核錯体の酸化が抑制された。孤立空間内では鉄2核錯体は、立体および電子的に保護されることが分かった。 以上のように本研究では、自己集合性中空錯体の巨大な3次元孤立空間に着目し、酵素ポケット内で見られる反応点近接効果を模倣した特異的分子間反応、金属酵素に見られる活性中心の固定化をモデルとした2核金属錯体の包接およびその反応性制御を行った。複数の分子を包接可能な巨大な3次元孤立空間を利用することで、種々の基質に対して反応性を制御することが可能である。巨大な3次元孤立空間と生体酵素の孤立空間の仕組みを組み合わせることで、天然の酵素を超えるような触媒設計や、既存の反応開発の設計指針では達成できない新たな化学反応の開拓が可能となる。 | |
審査要旨 | 生体模倣化学が提唱されて以来、分子認識を利用した空間内反応が数多く報告されてきた。しかし、従来のホスト分子の孤立空間は拡張性が低く、生体分子の模倣にとどまっていた。近年、自己集合を利用したホスト分子の合成が報告されたことで生体模倣化学に新たな局面を迎えることとなった。すなわち、従来の2次元的な小さな孤立空間から3次元的な大きな孤立空間の利用が可能となった。それに伴い、扱える分子の数も単分子から複数分子へと拡大した。 本研究では、自己集合中空錯体の巨大な3次元孤立空間に着目し、酵素反応の模倣を凌駕する新奇空間内反応の創出を行った。酵素の孤立空間に見られる反応点近接効果や多核金属錯体の固定をモデルとすることで、通常では反応性を示さない有機化合物の活性化や不安定な構造を安定化し、新奇空間内反応の創出に成功した。 本論文は以下の7章で構成される。 第1章では、本研究の背景、目的及び概論を論じた。 第2章では、酵素の孤立空間において見られる反応点近接効果を模倣することで、孤立空間内でのナフタレン類のDiels-Alder反応を行った。一般的に、ナフタレンはほとんどDiels-Alder反応性を示さない。そこで、孤立空間を用いて基質を濃縮し、反応点を近接させることでエントロピーの損失を抑制できると考えた。置換基を導入したナフタレンとマレイミド誘導体のペア包接錯体を加熱することで、中空錯体内で位置・立体選択的なナフタレンのDiels-Alder反応が進行した。反応前後の単結晶X線構造解析の結果から、ナフタレンとマレイミド誘導体の反応点は、互いに非常に近接した形で包接されていることが示された。擬一次式で仮定した速度定数を用いて、活性化エントロピーを算出したところ、アルキル鎖が伸長するにつれて、反応のエントロピーコストが抑制されていくことが分かった。 第3章では、第2章と同様に反応点近接効果を模倣することで、不活性芳香族分子の[2+2],[2+4]付加環化反応を行った。これまで、中空錯体内で見出されてきた反応は、1種類の包接錯体から1種類の反応のみ可能だった。今回、適切な芳香族分子をゲスト分子に用いることで、1種類の包接錯体から[2+2],[2+4]の2種類の反応性を引き出すことに成功した。 第4章では、金属酵素に見られる活性中心の固定化をモデルとし、2核ルテニウムカルボニル錯体の包接を行った。自己集合性中空錯体の孤立空間を用いることで、ホストゲスト間の相互作用が協同的に作用し、2核錯体の配座が固定されることを見出した。 第5章では、孤立空間によって配座の固定された2核錯体を用いて、アルキンの光付加反応を行った。2核錯体の光反応性を調べたところ、包接前後で光反応性が劇的に変化した。まず、孤立空間内では通常優先的に起こる金属-金属結合の開裂反応は完全に抑制された。つぎに、アルキン存在下で高圧水銀灯を用いて紫外光を照射したところ、カルボニルの脱離を伴う光アルキン付加反応が進行した。2核錯体を孤立空間に包接することで、金属-金属結合を安定化し、新しい反応経路で光アルキン付加反応が進行することを見出した。得られたアルキン付加体は中空錯体によって安定化された反応中間体であり、抽出によって取り出すと、2核ルテニウム金属中心上でアルキンのカルボニル化反応が進行した。 第6章では、孤立空間を用いてルテニウムよりもさらに不安定な2核鉄カルボニル錯体の安定化を行った。ルテニウム錯体の時と同様に、孤立空間内では2核鉄カルボニル錯体の配座は固定され、光に不安定な金属-金属結合が安定化された。さらに、中空錯体の12価のカチオン性との静電反発によって、鉄2核錯体の酸化が抑制された。孤立空間内では鉄2核錯体は、立体および電子的に保護されることが分かった。 以上のように本研究では、自己集合性中空錯体の巨大な3次元孤立空間に着目し、酵素ポケット内で見られる反応点近接効果を模倣した特異的分子間反応、金属酵素に見られる活性中心の固定化をモデルとした2核金属錯体の包接およびその反応性制御を行った。複数の分子を包接可能な巨大な3次元孤立空間を利用することで、種々の基質に対して反応性を制御することが可能である。巨大な3次元孤立空間と生体酵素の孤立空間の仕組みを組み合わせることで、天然の酵素を超えるような触媒設計や、既存の反応開発の設計指針では達成できない新たな化学反応の開拓が可能となる。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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